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短編集「死の物語」

あの後悔を、私は一生抱えていく

作者: 九十九疾風

私は、君に……雛姫(ひなき)に「生きなさい」と叫んでいた。理由もなく、ただあなたのためになるからって思っていた……ただそれだけで。

結局、雛姫は絶望だけを乗せた表情で飛び降りた。私の……目の前で。

どうしてかな。私、何か悪いことしちゃったのかな。ずっと、雛姫を救いたいって思っていただけなのに。ずっと、一緒に生きていたいって思っていただけなのに。

どうして、こうも上手くいかなかったのかな。やっと掴んだと思ったチャンスも、雛姫にとっては命を捨ててまでして逃げたくなるような、大ピンチだったのかもしれない。

今日も、君は目覚めなかった。

機械の音だけが聞こえてくる、静かな病室で。





・・・





きっかけは、本当に些細なことだった。授業中にペアが作れず溢れていた2人だったから、少しずつ仲良くなった。ただそれだけ。それだけだったのに、もっと雛姫のことを知りたいと思ってしまった。

私は、あの時以外は誰かといるけど、雛姫は毎日1人で過ごしている。クラスでも、ちょっと浮いてる感じで。

純粋な好奇心から、私は雛姫に聞いたんだ。


「ねぇ、なんでいつも1人なの?」


って。雛姫は苦笑いを浮かべながら、


「えっと……1人が、楽だから。かな?」


って言った。でも、なんだか重要な秘密を隠してるような気がして、どんどん遠慮せずに立ち入っちゃったんだ。雛姫の心に。それも、土足で……

雛姫は困った様子で笑っているだけで、何も答えてくれなかった。それもそうだよね。その理由が雛姫にとって、知られることすら怖いようなことなんだったんだから。

その日から、雛姫は少しずつ壊れていった。最初は、少しよそよそしくなっただけだったけど、少しずつ痩せ細っていってて、それでいて、寝れていないような感じだった。死に急いでる。パッと見で、そう思ってしまうほどに。

だから私は、何度も「ちゃんとご飯食べて!そうじゃないと死んじゃうから。ちゃんと生きなさいよね!」とか「また寝てないの?ダメだよ!ちゃんと寝て、ちゃんと生きなきゃ」とか言ったんだ。それでも、雛姫が壊れるのを止めることは出来なかった。むしろ、加速させてたんだと思う。

それで、雛姫は学校を休むようになった。その時かな。私が「まずいことをしたのではないか」って、思い始めたのは。もしかしたら雛姫は、私と関わることで苦しんでて、それなのに私がしつこいから学校に来れなくなっちゃったんじゃないかって。今に比べたら本当に小さな後悔だったけど、その時は、そう思ったんだ。

雛姫が学校に来てない間、極力雛姫から距離を取れるように準備をしていた。クラス内外に少しづつ友人を増やし、雛姫にどうやって謝まろうかを考えて、学校に来れなくなってる雛姫の分まで勉強を頑張って……その途中でたまたま雛姫の抱えている秘密について人伝に聞いたんだ。「なんだそんなことだったのか」って、その時は簡単に考えちゃって、雛姫と再会出来る日を楽しみに待ってた。そんな日々が2ヶ月くらいした時かな。たまたま学校の屋上に行ったら、雛姫がいたのは。


「雛姫!学校、来てたんだね」

「……え?奈乃(なの)、なんでここに?」


久しぶりに会った雛姫は、あのころの面影が無くなってしまっているかのようにボロボロで、傷だらけでぐちゃぐちゃな状態だった。

そんな雛姫を励ますために……と言うより、元気を出させてあげよう、苦しみから解放してあげよう、軽い気持ちで、言っちゃいけなかったことを全部口走っちゃった。雛姫の顔を、一切確認することなく。


「雛姫、──さんから聞いたんだ。雛姫の苦しみの内容……」


聞かされたくなかったと思う。私だって、あんな内容を「親友」だって思ってた人の口から言われたらショックだし、死にたくなる。

でも、全部話しちゃったんだ。その上で、雛姫が1番聞きたくなかったであろうことまで言っちゃった。


「何も知らなかったのに、変に励ますようなこと言っちゃってごめんね。私が余計苦しくさせちゃってたよね。だから、もう関わらないようにするから」


って。その時の雛姫の表情は、いつまでも色褪せなくて、いつも、頭の片隅に張り付いてる。

言葉で表すのは難しいけど……生きることそのものを諦めさせられたって、顔してた。その顔のまま、雛姫はふらふらと後ろによろめいて、絞り出すような声で私に話し始めた。


「違う……奈乃は…………奈乃は、初めてできた親友だって……思ってた。だから、『何も知らないのに』とか思ってなかった。それに、私が頑張って戻れば……もう一度手を引っ張ってくれるって……また一緒にいてくれるって信じてた…………信じ、てたのに」


私は、何もかもを間違えてたんだと思う。雛姫のために雛姫のためにってやってたこと全てが。その全てが、ただのエゴだったんだって、思った。

私には、もうどうすればいいのか分からなかった。


「だから…………奈乃」


目の前で屋上のフェンスを飛び越え、1歩踏み出せば落ちることが出来るという場所に雛姫が立った。私には、その光景をただ見ていることしか出来なかった。体は動かなかったし、声も、出すことが出来なかった。


「さようなら」


振り返った雛姫と目が合ったのを、覚えてる。雛姫は──


「…………あっ…………ひ……なき……?」


──泣いていた。





・・・




「雛姫、来たよ。今日はテストだったから、いつもより早く来れたんだ」


ベッドの隣に置かれた椅子に座り、眠ったままの雛姫の顔を見ながら、今日あったことを優しく語り掛ける。

飛び降りた雛姫は、地面に直撃する前に木の葉っぱの中に入ったせいで勢いが殺され、何とか一命を取り留めることが出来た。意識は、もう1ヶ月以上戻っていないけど。担当してくれている人曰く、外傷が見た目以上に深く、死んでいてもおかしくないくらいだったそう。それと、起きた時に脳に障害が起こっている可能性が高いってことも言っていた。


「──ねぇ雛姫」


一通り今日のことを話し終え、雛姫の顔を見つめながらあの日々の懺悔を始めた。これは、雛姫と面会ができるようになってからずっと続けていること。


「あれから私……ずっと考えてるんだ。あの時、何をすればよかったんだろうって」


何度も何度も言葉にしてる。それでも、いつもいつも新しい後悔が生まれてきて、それを言葉に継ぎ足して。気がついたら、これだけで10分近く語りかけているようになってた。


「……だから、もう…………起きてよ……ちゃんと、謝りたいよ……雛姫…………」


いつも泣きそうになる。でも、泣いちゃいけないんだ。私に、涙を流す資格なんてないんだから。


「……行くね、雛姫。またあs──」

「…………誰?」


その時だった。雛姫の意識が回復したのは。

私は急いでナースセンターに向かってナースの人に声をかけ、一緒に雛姫の元に戻った。


「雛姫!」

「本当に意識が……先生を呼んでくるから待っててね!」


上半身を起こし、自分の体をゆっくりと眺めている雛姫を見て、ナースの人は慌てて担当の人を呼びに向かった。


「ねぇ雛姫、私わかる?雛姫、あれからずっと眠ってたんだよ?」

「…………あれから?」

「そうだよ!それで──」

「…………えっと……君、誰?」

「あっ……」


また雛姫と話せる。そう思った私を突き落としたのは、雛姫の「誰」という2文字だった。脳に障害が起こる可能性が高いと言われていたから覚悟はしてたつもりだったけど、いざ目の前で言われたら私の覚悟なんて簡単に崩されてしまった。

でも、これはもしかしたら好都合なのかもしれない。たとえ事故とはいえ、私を忘れている。それならいっそ、二度と関われないように、私が雛姫の目の前から消えてしまえばいい。そうすればきっと、雛姫は苦しまないで済む。


「えっと……そうだね。私は、赤の他人だよ」

「赤の他人?他人が、なんでここに?」

「えっと〜……興味本位、かな?」

「……変な人」

「あはは…………」


そんな会話をしていた時に、さっきのナースの人が担当の人を連れてきた。多分、今から色んな検査をすることになるんだと思う。その中で、この刹那の私すらも忘れてくれたらと願いながら、そっと病室を後にした。ナースの人に、「私のことはくれぐれも話さないようにしてください」と、お願いしてから。





・・・




病院からの帰り道、不思議と足取りは軽く、不思議と体も軽かった。

これから私は、近くの川に飛び込んで死のうと思う。でも、ただ飛び込むだけじゃ死ねないから、行く途中にある薬局に寄って睡眠薬を2ヶ月分買った。


「……雛姫、さようなら。私がいない世界で、どうか幸せに」


橋の上でそう呟き、睡眠薬を一気に服用してから飛んだ。一瞬の無重力感の直後、重力に引っ張られるかのように水面に向かって落ち始め、水面に接触した瞬間、強い衝撃が全身を襲った。あとはもう、時間が私を殺してくれるのを待つだけ。

そういえば……鞄、どうしたんだっけ。



もう、どうでもいっか。




・・・




病院に忘れられていた鞄を見つけ、興味本位で覗いた雛姫は、その中身を眺めている途中で自分の膝に落ちてきた一枚の写真を見ながら、ポツリとつぶやき、そして、涙を流していた。


「赤の他人なんかじゃ…………なかったじゃない」








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