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殿下と悪女の秘密の関係

作者: サイダー

隠し撮りや収集癖などのストーカー要素を含むので、苦手な方はご注意ください。

 照りつける夏の太陽の下、ある王宮の庭園で三人の男女と一人の女が対峙していた。


「ベアトリス・フェリックス!!お前が悪役令嬢だと言うことは分かっているんだぞ!殿下にまとわりつき、勝手に個人情報をばら撒く悪魔の所業!許されるとでも思ったのか!?殿下も迷惑してらっしゃるぞ!!」


 己の罪状を突き付けられた女は、吊り上がった鋭い目でキッとこちらを睨み付け──


「そ、そんな……」


 べしゃり、と縦ロールを揺らして地に伏した。



 フェリックス侯爵家の長女、ベアトリス。

 ボリュームのある金の縦ロールに吊り上がった目と冷たい面差し、流行に迎合しない華美なドレスは古臭く悪趣味で、時代遅れの化粧も相まってまるでこの世の全てを見下しているようだ。女王様然と振る舞う姿はどこからどう見ても悪役令嬢、いや、むしろ悪女と呼ぶに相応しいとクライドは思う。


 ──こんな女に付け込まれるとは!守るべき殿下のお側を離れるのではなかった!!


 第五王子の婚約者であるというのにこの女は、あろうことかその殿下に牙を剥いてみせたのだ。

 この事態を知らせてくれた令嬢には感謝しかない。クライドの背後では二人の男女が彼の背に隠れるようにしてこちらを伺っていた。

 一人は共に殿下に仕える仲間であり友人でもあるシャノンだが、あいつはただの臆病者だ。本当は王宮の一番目立つところでベアトリスの罪状を暴きたかったのに、シャノンにごねられ、離宮に続く裏庭などという人目のない場所で行うことになってしまったのだ。証拠など十二分にあるというのに、だ。


 それを携え現れたのが、クライドの背に縋りつく令嬢だ。


 殿下をお守りする為の長い武者修行から帰ってきた彼の元へ現れた親切な令嬢。今時らしい軽やかなワンピースドレスを着た可憐な少女は、愛嬌のある顔を悲しみに歪めてクライドに訴えてきたのだ。大粒の涙をこぼしながらもその顔は愛らしく、けばけばしいベアトリスとは大違いだった。


「殿下がわたくしのことを迷惑に思ってらしたなんて……そんなこと一言も言ってくださらなかったのにぃ〜……」


 膝から崩れ落ちたベアトリスは地面を見つめて泣き言を吐いていた。なんだか想像していた態度とは違うが、事実を突きつけられて反抗する気も失せたのだろう。



 ──勝った。この女の悪行もここまでだ!!



「ベアトリス・フェリックス!今後一切、殿下の前に姿を現すな!当然、お前と殿下の婚約は破棄──」


「何をしている」


 勝ち誇ったクライドがトドメの言葉で決めようとしたところで、聞き覚えのある懐かしい声がこの場を支配するように響いた。


 肩にかかる少し長めの銀の髪に澄んだ空のような瞳。懐かしい主人、第五王子エミールの姿がそこにあった。クライドが彼と会うのはおよそ三年ぶりだ。殿下もこの三年の間にいろいろあったのか、最後に会った時とはまとう雰囲気が変わった気がする。

 ──絶好のタイミングだ!


「殿下!ちょうど良いところにお越しくださいました!今しがたこの女の罪状を我々が暴いたところです!この女、殿下の婚約者であるという立場を利用して自分の私腹を肥やすためにあんなことやそんなことを」


「おい、ベアトリス。そんなところに座り込んでいたら汚れるぞ」


「お、お待ちください、殿下!!」


 断罪しようと勢い込むクライド一行には目もくれず、エミールは真っ直ぐ悪役令嬢ベアトリスに向かっていった。思いがけない事態に混乱するクライドに追い討ちをかけるように、エミールはベアトリスの前に跪き、懐から取り出したハンカチで彼女の涙を拭っていた。


「ビー?」


「でっ、……ルー様!わ、わたくしに嘘をついたのですか?!」


「知らん。それより今月の報告だ。状況はどうなっている」


「えぇ……?!」


 無礼にも縋り付こうとしたベアトリスを一蹴する殿下の姿に胸を撫でおろす。他者を拒絶する冷たい殿下の姿は三年前と同じだ。ハンカチを取り出した時は驚いたが、どうしてもベアトリスに用があっただけなのだ。だが報告とは一体なんだ?


 しゃがみ込んだまましぶしぶといった様子で口を開いたベアトリスの言葉にクライドも黙って耳を傾けた。


「はい……。……今月の売り上げも上々ですわ。リピートしてくださるお方も増えましたし、金を出すからもっと大きなサイズで欲しいとのお声もいただいております。……ええ、そう、そうですわ!」


 不安気に口を開いたベアトリスも話しているうちに段々熱が出たようで、突然立ち上がった。


「ガーデン公爵のところではご夫妻揃って殿下の虜ですわ!特に先月撮影した『寄宿舎の天使』シリーズがお気に入りなようです。なんでもご子息の小さい頃を思い出すとかで……公爵夫人の方は今月の『雨宿りは突然に』シリーズの方が色気があって素敵だとこっそり教えてくださいましたが」


「彼は学生時代から大柄で武芸に秀でていたはずだが?」


「ちっっちゃい頃は小柄でふわふわな天使だったそうです」


「そうか……。貴族の評判は上々だな。これもお前のおかげだ」


「殿下が素晴らしいからですわ!!市井でも出回らせた型落ち品が評判を呼んでいるそうで、目敏い商人からのアプローチも増えております。そしてなんと、ルー様が狙っていた豪商……マーナ商会からも打診がありましたわ〜!あそこの傘下の貴族の間でも人気の新進気鋭服飾ブランドとのコラボを是非にとお声がけいただきましたの!さすがルー様ですわ〜」


「公爵に大商人……今月の成果は充分すぎるほどだな。よくやった、ビー」


「えへへへ」


「褒美を……「ちょっと待ってください、殿下!!一体これはなんなんですか?!!」


 黙って聞いていたクライドだったが、よしよしとベアトリスの頭を撫でるエミールの姿に咄嗟に声を張り上げた。


 二人の言っていることを微塵も理解出来なかったが、それでも確かなことが一つある。二人の間に割り込むだけの理由が。


「その女は大罪人です!聞いてなかったのですか?!そいつは殿下の個人情報を流出させあられもない姿の写真を売り捌き私腹を肥やす悪女ですよ?!なに和やかに頭なんか撫でてるんですか??!」


 息まくクライドとは裏腹に、先ほどまでとは打って変わった冷めきった顔でエミールが答えた。


「ベアトリスはな、俺のプロデューサーなんだよ」


「は?プロデューサー……?ですか……?」


 エミールは妾腹の第五王子だ。市井の舞台女優だった母は既に亡く、後ろ盾を一才持たないエミールは城で孤立していた。

 彼に割り当てられる予算は少なく、王宮の外れにある荒れ放題のままの離宮で忘れ去られたように長い間一人でいたのだ。

 しかし、ここ最近は後妻である現王妃が自分の息子である第三王子を玉座につけようと策謀を巡らせ始め、王宮には不穏な影が蠢き始めていた。

 なんの力も持たないが王位継承権だけは持つエミールが排除されるのは時間の問題だっただろう。

 オマケに婚約者に任命されたベアトリスのフェリックス侯爵家は、歴史が長いだけの貧乏貴族だ。


 二人がこの王宮で生き残るためには力をつけるしかない。


 そこで資金調達と支持を集める手段として二人が考え出したのが、このベアトリスプロデュースのエミールブロマイド販売だと言うのだ。


「聞いた通り評判は上々、生き抜く為の充分な資金もある。俺への支持もずいぶんと堅いものになったぞ?あの偏屈で有名な北の辺境伯も俺の味方になったからな」


「王族のいざこざには我関せずを貫いていた北の辺境伯がですか?!」


「辺境伯夫人がルー様のファンですのよ!『戦場の貴公子』シリーズがお気に入りなようで……ふふふ、歴戦の伯も奥様には弱いみたいですわねぇ」


「あれは撮影が大変だったからな」


「現地撮影でしたものね……でも、実際に体験してみないと辺境に生きる方の心は動かせない、と現地で剣を振るったルー様だからこそ伯も味方してくださったに違いありませんわ!」


 クライドは唖然とするしかなかった。

 エミールがどういう環境に置かれているのか当然クライドも知っていた。だからこそシャノンと二人隣国で研鑽を積んだのだ。

 だが、自分たちが国を出ていた三年の間に王宮内の情勢がそんなに変わっていたとは思いもしなかった……


「ほらぁ……言ったじゃないか、ちゃんと調べた方がいいって。なんだかちゃんとした活動みたいだよ……」


「ぐ、ぐぬぬ……」


 今まで黙って成り行きを見守っていたシャノンがクライドに耳打ちする。シャノンは完全に二人の話を信じ、間違っていたのは自分たちだと思っているようだ。

 だが、クライドにはまだ信じられなかった。

 俺が得た情報が間違っていたというのか?もう殿下に俺は必要ないのというのか?!あんなブリブリした変な恰好の女の方がいいというのか?!?


 ──いいや、まだだ!


「殿下!あなたは騙されているんです!!ここにその女の罪状が記されています!」


 クライドが取り出したのは一冊の本だった。

 市井の本屋で陳列されていそうなどこにでもあるような本。大衆受けしそうな華やかなイラストが描かれ、中身も流行りのネタを盛り込んだ娯楽小説だ。しかし、この小説には隠された内容があり、その為に既に流通していたものは全て回収されていた。その内容こそ……


「あ!わたくしが悪役令嬢だったやつ!」


「……俺たちを貶めるために兄上が書かせた本か……それで悪役令嬢だなんだと言っていたのか」


 そう。これはエミールとベアトリスを題材に書かれたものだ。流行りの恋愛小説の体をとっているが、勘のいい者が読めばベアトリスの悪行の暴露本であると気づくだろう。

 クライドは流し読みしただけで碌に内容は読んでいないが、きっとここにはベアトリスがどのような手段でエミールに言う事を聞かせているのか書かれているはずだ。

 人前に出ることを何よりも嫌い、顔だってなるべく出さないようにいつも長い前髪で隠していた殿下が自ら進んでモデル活動などするだろうか?

 いいや。これはきっと魔女のようなベアトリスが何かしているに違いない。

 何と言ってもこれは極秘裏に持ち出された秘密文書だ。王宮に保管されていたのを彼女が危険を冒してまでクライドの元に届けてくれたのだから。


「ただの本ではありません!確かな情報だとこの方が証明してくれま……あれ?!」


 それを立証し援護してくれるはずの味方の姿が忽然と消えていた。

 俺の後ろで震えていたはずの彼女はどこへ??


「女ならさっさと逃げていったぞ。捕まえるよう指示してあるが、まあ無駄だろうな……どうせ兄上の差し金だろうからな。まったく、本の内容を現実だと信じ込んだのか?国から離れていた間にボケたか?隣国で山籠りでもしてたのか??バカだな」


「バッ!バカとはなんですか!だいたい、『天使』とか『貴公子』とか……自分で言ってて恥ずかしくないんですか?」


「は?恥ずかしくないが???俺の顔がいいのは事実だろ」


 そうだとしてもそんな事を言うような人ではなかった……


「こんな小説としても稚拙なうえ俺もベアトリスも酷い役柄だったくそみたいな本を本気にするなんてバカとしかいいようがないだろう。市場から消したはずだがまだ残ってたのか」


「でも美人に書いてあって嬉しかったですわ」


「……とにかく!まんまと兄上の策略にはまってビーを傷付けたお前たちにはしっかり罰を受けてもらうからな!まずは謝罪しろ!」


「くっ……」


 信じていた仲間に裏切られ、悔しいがクライドはもう自分の過ちを認めるしかない。

 自分はどこの誰かも知らない令嬢の甘言に惑わされ、あろうことかエミールの命を狙う第二王子一派の片棒を担いでしまったのだ。全て嘘、敵の策略だった。


 クライドは自分の未熟さを恥じ入るように拳を握りしめると、悔しさをかみ殺してベアトリスに向き合った。


「申し訳なかった、ベアトリス……嬢……」


「ごめんなさい……」


 勢いよく頭を振り下ろしたクライドの横でシャノンも頭を下げた。


 認めよう、殿下は変わられたのだ。

 もう亡くなった御母堂の形見に囲まれて離宮で一人息を殺すように生きていたあの頃の彼ではない。

 そしてそれはベアトリスのおかげなのだ……


 さんざん責め立ててしまったが、もし許してくれるのなら殿下を守る同士として彼女の活動に自分も力を貸そう。


 クライドの覚悟が伝わったのか、ベアトリスの手が肩にそっと触れた。見上げた彼女の顔は、とても柔らかく微笑んでいて──……


「いいんですのよ、誤解だったわけですし。それに……わたくしが私腹を肥やす為にあんなことやそんなことをしているのは事実ですし……」


「え?」


「ビー、俺からも謝る。変なことに巻き込んで悪かったな……」


「ルー様……あの、わたくしのこと、迷惑に思ってらっしゃいませんか?」


「あいつらが言ったことを間に受けるのか?俺は嘘をついてないし迷惑に思ってもいない。だいたい、この話は俺とお前で決めたことだろ?二人の約束だ。違うか?」


 照れたようにコクンとうなずくベアトリスは、クライドから見ても可愛いと言わざるを得なかった。その時までは。


「わかったならいい。ほら、今月の礼だ」


 言いながら殿下が取り出したのは小さなジャケットだった。あれは見覚えがある。殿下が幼い頃に来ていた服だ。

 それを……なぜ……ベアトリス嬢に渡すんだ…………?


「まあ!!ありがとうございますわ!こんな貴重なものをよろしいのですか……?!ああ、小さいルー様の匂い……」


「それはタンスの匂いだな。ついでに昨日切った爪もつけてやる。欲しいだろ?」


「まああ〜!!当然欲しいに決まってますわ〜!帰ったら早速、殿下博物館に収蔵いたします〜!」


「え……なに殿下博物館って……」


「非公開ですわよ!?」


「いいです……というか、殿下?」


「……ベアトリスは俺のコレクターでもある」


「変態じゃないですか!!」


 あまりの衝撃に、べしゃり、とクライドは地面に膝をついた。


「うるさい!俺たちのことに口を出すな!お前は罰としてフェリックスで雑用でもしろ!ベアトリスの小間使いに任命してやるぞ?フン、せめてよく働くんだな。こいつを止められなかったシャノンも同罪だからな。センスがあるからお前は撮影のサポートをしろ」


「えぇーん……僕にこのイノシシゴリラを止められるわけないじゃないですかぁ……」


「この程度の罰で感謝するんだな」


 地面を睨み続けるクライドには殿下の言葉は遠く感じられた。巻き込まれたシャノンがクライドに向けた避難の声など耳にも入っていない。


 殿下がベアトリスの貢献に対し感謝の意を示すのは分かる。何も持たない殿下が自分の物を差し出すのも──そんなこと本来ならあってはいけないのだが──仕方ない、と理解することはできる。


 だが。


 爪はおかしいだろ!爪は!!


 子供服に顔を押し付けた挙句、目を輝かせて切った爪を見る女がどこにいる?!あ、おい!嗅ごうとするな!!

 本当にこんな女でいいのか?!この女は本当に殿下に相応しいのか??


 地に伏したままガシガシと頭を搔きむしるクライドを無視して、エミールはベアトリスに優しい笑みを向けた。


「ビー、これでお前の負担も減るだろう?だから今度は二人で一緒に撮るぞ。いいな?」


「え。でもそれって、ルー様と並んだりペアルックしたりイチャイチャしたりするってことですわよね?無理ですわ!!」


 間髪を容れず拒否されて殿下の顔が引き攣っている。それでもなんとか笑顔を保ちながら震える声で説得を試みていた。


「カップル撮影も一定数の需要があること知ってるんだぞ」


「推しとツーショなんて恐れ多いですもの!嫌ですわ〜!それに、で、ルー様のガチ恋勢の方がどう思うか……」


「なんの為に夫婦仲良好な貴族をターゲットにしてると……んん゛!!……フェリックス侯爵家との仲が確かなものだとアピールすることも大切じゃないのか?」


「そうかもしれませんけど……」


「お前は自分がされて嫌なことを俺にしてたのか?」


「違いますわ!!うう〜……仕方ありませんわ……わたくしでよろしいのなら……」


「俺の隣はお前しかいないだろ」


 ベアトリスの言っていることが何一つ理解できない。折角の殿下の誘いを訳も分からない理由で拒否するのか?

 一度は認めかけたが、今やベアトリスの全てが異様に思える。


 顔を真っ赤にして狼狽える姿がかわいいとか、ちょっと潤んだ吊り目が子猫みたいだとか、そんなのは全て幻想だ!!こんな変な女がまともなわけがない!!


 やはり殿下には俺たちが必要だ。殿下があの女に何も言えないのなら、あの女のすることに疑問を抱かないと言うのなら、あの女が何かしでかさないか見守るのは俺たちの役目だ。そう思うと殿下が与えた罰は恰好の口実だ。もしかしたら殿下もそれを危惧しているのかもしれないな……


 ベアトリスの性癖に衝撃を受けるクライドにはエミールの言動にまで気が回らなかった。


 だから気づかなかったのだ。

 ベアトリスだけに注意を向けるクライドにも、巻き込まれた己の不運を嘆くシャノンにも、満足そうにベアトリスに微笑みかけるエミールの笑顔に隠された本性を。


「お前は自分がされて嫌なことはしないもんな」








 王宮の裏寂れた離宮。薄暗い一室で一人の男が壁を向いて立っていた。

 揺らめく蝋燭の炎に照らされた横顔は恐ろしいほどに美しく、神々しささえ感じる。が、


「泣き顔……可愛かったな……泣かされたのは許せないが……まあこれからこき使ってやるとしよう。ふふ……ビーの涙を吸ったハンカチか……俺に嫌われると思って泣いたのか?可愛いな……」


 ソッと取り出したハンカチを透明な袋に仕舞い、愛おしそうに上から撫でる姿はあまりにも気持ち悪い。


「…………相変わらず気持ち悪いですね、殿下……」


「イヴリン!!お前、入る時は必ずノックしろといつも言ってるだろう!!」


 思わず口に出してしまったイヴリンを不服そうにエミールが睨み付けた。壁一面にびっしりと貼られたベアトリスの写真の前で。


「私にはバレてるんだからいいじゃないですか……今更恥じることもないでしょう」


「俺のコレクションをお前に見せたくない。ビーが減るだろ」


 言ってる意味は分からないが物理的に一つ二つ減ったところで変わらない気がする。しかし、殿下はこの隙間なく貼られた大量の写真一枚一枚を事細かに覚えているに違いない。イヴリンは触れないことにした。


 イヴリンはエミール付きの執事兼従者だ。五年前に彼の元にやってきてから身の回りの世話だけでなく小さな離宮の管理も行ってきた。


 それなりに親愛の情を持っているが……この趣味だけはいただけない。


 壁に貼られた写真は明らかに隠し撮りだし、一番下に貼られた地図に撮影場所をマークしている上、ベアトリスが好きな場所や関係が深い場所にもメモが貼ってある。他にも彼女の髪やらなんやらがビニールに入って飾られていた。……今回のハンカチのように。

 ちなみにベッドボードの壁も回転させるとベアトリスの写真が出るように改造されている。もちろん隠し撮りだ。


「こんな、キモっ……気持ちワル……気持ち悪い趣味がベアトリス様にバレたらどうするつもりですか」


「お前も聞いてただろ?ビーは自分がされて嫌なことは人にしない。つまり、ビーもしてることなんだから許してくれるはずだ」


「当人の許可を得ているか否かは大きく変わると思うのですが」


「……墓場まで持っていくから気にするな」


 ベアトリスもやっているからいい、というわけではないことはエミール自身もよく分かっているらしい。

 隠し撮りも採集したなんやかんやも、ベアトリスがエミールといる時に得たものだ。その点、まだマシに感じるのはイヴリンもだいぶ毒されてしまっているのだろうか。隠し撮りはエミール付きの影にさせたんだろうが……影はそんなことに使うものではない。


「やっとビーと写真を撮れるんだ……俺がどれほどこの時を待ち望んでいたか、お前は知ってるだろ。このために今まであらゆる役をこなしてきたんだ……ふふふ……どんなシチュエーションでどんな格好をしてもらおうか……あんなことやそんなことだってできるかもしれないんだぞ……」


「殿下、鼻血が出てますよ」


「出てない」


「でもお顔がすごく気持ち悪いです」


「……」


 ベアトリスに出会う前のエミールはとても暗く、内向的な質だった。近付く者は誰であれ拒絶し、周りに興味など一切ない……というよりも、興味を持つことを己に禁じているような素振りさえあった。

 そんな彼が最近では他者に興味を持ち、王宮内どころか貴族間の情勢にまで気を配るほどに成長したのだ。ベアトリスと出会ったことで彼の世界は広がった、そのことは素直に喜ばしいと思う。

 なのになぜ、どこでどう間違えてこんなことになってしまったのか……


 イヴリンの口からはつい溜息が出た。


「ベアトリス様との写真が欲しいならこんな遠回りなことをせず素直に頼めばよろしいのに……」


「俺の顔がいいのは事実だろ。ベアトリスが好きだと言った顔なんだからな。それに、俺はこの関係を楽しんでいる」


 それはベアトリス様プロデュースのモデル事業のことですか?それとも公認相互コレクター(片方は非公認ストーカー)のことですか?とは言わなかった。

 ベアトリスが改造した一室でガラスケースに入れた収集品を眺めている一方、当のエミールは隠し棚の一面に貼られたベアトリスの私物や隠し撮りを見てニヤついているなど誰が思うだろうか。

 二人の関係は──というよりもエミールのこの行動は、誰にも知られてはいけない秘め事なのだ。


 ベアトリスが婚約者の真実を知った時どうするのか……それは誰にもわからない。


ベアトリス

尊い推しのために企画・撮影・販売まで行う。ルー様呼びを強制(お願い)されている。推しは崇め奉るもの。


エミール

ベアトリス以外に興味はない。ベアトリスの理想を体現することに心血を注いでいる。手を繋いだり(あんなこと)、腕を組んだり(そんなこと)がしたい。


クライド

本当に山ごもりしてた。


シャノン

知見を深めるために留学したはずが、なぜかずっと山にいた。


イヴリン

シャノンの兄。エミールが一線を越えないことだけを願ってる。


エミールの影

従順で素直。

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