体育倉庫に眠るもの
この時期がやってきた。体育倉庫の鍵が開けられ、体育の先生がほこりや蜘蛛の巣を避けながら倉庫の奥までやってきた。
「よいしょっと」
マスクをしながら私達を引っ張り出す。私達は体育倉庫の奥に眠る運動会の用具だ。埃にまみれている万国旗やネット、大玉や玉入れの網や大量の小玉、綱引き、表彰台、1位から5位までのポール、得点板など、普段から使われているボールやハードルやカラーコーンとは違い、運動会用の用具は運動会当日でしか出番がない。だけど、それを毎年子どもたちに会えるのを用具たちも楽しみにしているし、純粋に嬉しいのだった。太陽の光をあびた用具たちは、まるで小さな妖精のような姿でふわふわと浮かび上がった。
「あー、この姿、久しぶりだわ」
「そうね、体がすっかりなまっちゃっているわ」
次々とあらわれる妖精の姿の用具たちは、準備運動のように体をのばしたり、自分たちの体の手入れをしはじめた。
「今年のクラスは何クラスかしら」
ホコリを払いながら5位の旗がついているゴールポールが用具たちに話しかける。
「噂によれば、3年だけ4クラスで、あとは3クラスみたいよ」
上の段にしまわれていた綱引きがたまに、体育倉庫にくる体育委員の子どもたちを見て予測していた。
「そうなのね、いつの時代もこどもたちは減ったり増えたりするわよね」
得点板は爪の手入れをするように数字をふいていた。
「今年はどんな子どもたちが競技するのかしらね」
「昨年は運動会がなかったし、2年も眠っていて、もう体中がうずうずするわ」
「今年は晴れるといいわね」
2位、3位、4位のゴールポールが井戸端会議のように話し始める。
「本当よね、毎年雨だからびしょびしょでいやになっちゃうわ」
「あら、でもみずもしたたるなんとかっていうじゃないの」
「そうね。私達は常に強く美しくあるべきね」
運動会用の用具たちはとてもおしゃべりだった。眠っている時のほうが長いが、光を浴びると妖精の姿になり、とたんにおしゃべりがはじまる。その姿は人間には見えないし、聞こえない。用具たちは運動が好きな子どもたちのパワーが命の源となっている。普段、勉強が苦手の子でも、運動会で輝く子がいる。応援団や金管バンド、競技に参加しない子たちも、応援だけならできるという子どもたちもいる。みんながみんな運動会が好きなイベントではないことも用具たちは知っている。だから、運動が好きな子からパワーをもらって応援する、運動が苦手な子にも、怪我をしないように見守り応援することにしている。
「さてと、今年も頑張りましょ」
「もちろん!」
万国旗が旗をなびかせながら、用具たちに気合い入れをしていた。
前日に校庭の端から万国旗が張り巡らされる。先生たちは担当を決めて作業をはじめる。運動系の先生たちは張り切って校庭のトラックのライン引きをしている。そして、笛やピストルの準備をする。文化系の先生たちは、ダンスの立ち位置の確認や、必要な運動会の用具を体育倉庫の前から校庭の端に運ぶ。
「先生方、おつかれさま」
用具たちは先生たちにお礼をいうが、姿も見えなければ声も聞こえない。用具たちは明日が晴れるように、てるてる坊主を作っている子どもたちを思い浮かべながら、夜空の月や星を眺めて眠りについた。
運動会当日は曇り空だった。しかし、用具たちはあくびをしながら登校してくる子どもたちをにやにやとながめていた。
「あの子みた?すっごくやる気満々だったわ」
「あの子は下をむいているから、きっと運動会は苦手な子かもね」
「あの子、緊張した顔してる。こっちまで緊張しちゃうわ」
徒競走に使われるゴールポールたちはとってもおしゃべりだった。
「金管の準備もはじまったわ」
この小学校では金管クラブがあり、入場行進や表彰の際は生演奏がきける。
「万国旗、運動会終わるまで子どもたちを怪我からまもるのよ」
大玉ころがしにつかわれる2つの大玉が、万国旗と手を合わせて力を開放した。
「わかっているわよ。できるだけ丈夫な結界をはってみせるわ」
「オッケー」
校庭中にはりめぐらされた万国旗が光りだした。そして運動会は順調に進んでいった。徒競走、玉入れ、ダンス、クラス対抗リレーなど、白熱した戦いをみせていた。リレーで負けて悔しくて泣いている男の子が自分の椅子に座って下を向いていたのを2位のゴールポールはみていた。
「1位になれなかったけれど、よく頑張ったわね」
2位のゴールポールは男の子に近づき、頭をなでるようにそっと手をおく。光が男の子を優しく包む。男の子は涙を体操着の袖で拭きながら、悔しい気持ちを切り替えて、クラスメイトを応援しはじめた。
「がんばれー」
その頃、障害物競走に出ていたハードルやカラーコーンは出番を終えて、体育倉庫の手前に集まっていた。
「おつかれさま。調子いいみたいね」
「天気もなんとかもちそうで、よかったわ。あとは終盤の競技ね」
「玉入れたちも、大玉たちもうずうずしていたからね」
「そうね」
放送委員の子たちや先生が、つぎのプログラムに忙しく動いている間、校庭の隅にあるトイレの前でお腹を抑えている子がいるのを玉入れに使われる小豆入りの玉たちが見ていた。
「あのこどうしたんだろうね?」
「お腹いたいのかな?」
「顔が真っ青だよ」
小玉たちはざわざわ騒ぎ始めたが、トイレの前の子は今にも泣きそうな顔をしていた。次のプログラムは目玉の応援合戦だった。
「この子、紅組の応援団長よ。私、さっきこの子が応援の練習しているの見たわ!」
別の小玉が叫んだ。
「きっと緊張しているのね!」
「応援団長を応援する子っていないよね」
「じゃあ、あたし達があの子を応援してあげよう!」
「そうだよ、そうしよう!」
小玉たちは真っ青の顔の応援団長の子に応援パワーを送った。
「ファイト!頑張れ!負けるな!」
「お腹いたいのとんでけー!」
小玉たちの声は、この子供には聞こえないけれど、ほんの少しだけ、お腹の痛みがひいてきたのか、自分の顔をパンと軽くたたいて、赤いはちまきを結び直し、よし!と自分に言い聞かせて、みんなのところへ戻っていった。
「がんばれーがんばれー」
小玉たちが応援している横で、玉入れのポールは温かい目で眺めていた。そしてこれから応援合戦をする応援団の子たちに光が降り注ぐ。
「子どもたちに力を」
万国旗が大声で叫ぶ。
「赤組ー!」
さっき、泣きそうな顔をしていた応援団長は、りりしい声と顔で叫んだ。
「おー!」
赤組の子どもたちも、応援団長に続いて一斉に叫んだ。
「白組ー!」
「おー!」
白組の応援団長も子どもたちも叫ぶ。応援団の大きな声援と大きな太鼓の音が校庭中に鳴り響く。その音に運動会の用具たちは光出した。
「きたわ!」
「これこれ!」
「力がみなぎるわ!」
用具たちは楽しそうに踊りだす。その間、学校に潜む黒い影が校舎のすみで小さくなっていた。そして誰もいない教室に密かに集まり始めていた。小学校にはたくさんの子供達がいる。それは性格も勉強も運動も全員違う。共同が好きな子もいれば、一人を好む子もいれば、それらすべて拒否し、苦手な子もいる。そこに黒い影はやってくる。どうせできないから、足がおそいから、のろまだから、負のパワーが集まると大きな怪物が学校に住み着く。一度現れた負の怪物は消えることがない。自信が少ない子についたり、昨日元気だった子も次の日には元気ではなくなり、学校にこられなくなってしまう。
「この学校は新しいほうだと思うけど、だいぶ大きな怪物がいるみたいね」
「そろそろやってくるんじゃないの?」
「みんな準備はいい?」
「オッケーよ」
「まったく、やっかいよね。いつの時代の怪物も」
運動会の用具たちは怪物に立ち向かえる力があった。それは今日の運動会の日だけだ。用具たちはそれまで力をためている。
「この小学校の子どもたちを守るよ」
「わかっているわ」
突然、校舎の窓から校庭の上空に黒い怪物が現れた。小さな影があつまって、大きな影となっていた。ちょうど太陽が隠れて校庭も暗くなったときを狙っていたようだった。応援合戦をしている子どもたちめがけて襲いかかる。
「そうはいかないわよ!」
障害物競走でつかわれるネットが、子どもたちを守るようにバリアをはる。そして、玉入れの小玉たちが一斉に怪物たちに向かってとんでいった。子どもたちは応援合戦で声を張り上げている。その声は小学校全体に響き渡り、用具たちは光輝き出した。用具たちにとっても子どもたちの一生懸命なパワーはとても大きな力となる。
「得点板!」
「任せて!」
得点板は校舎の窓から数字のパネルで攻撃をする。怪物の伸びた手足を切り裂き、怪物はうめき声をあげる。
「やった」
「油断してはいけないわ」
「わかっているわよ」
怪物は大きな口をあけて風をおこした。応援合戦中に旋風がふいた。
「きゃあ」
子どもたちは途中で応援を中断して座り込んだ。
「しまった」
怪物は手足を再生させて、子どもたちに襲いかかろうとしたその時、応援団長の子が立ち上がり、大声で叫んだ。
「みんなー!力を合わせて負けるなー!フレーフレーみんな!」
大太鼓のドーンという音とともに響き渡り、黒い怪物は怯んだ。
「いまよ!」
「みんなで力を合わせるのよ!」
応援団長の子の声に合わせて全校生徒も立ち上がり叫びだす。太鼓も大きくなりだした。
「フレ!フレ!みんな!」
光が溢れ出し、万国旗から光の矢が怪物に向かって突き刺さる。そこに、一位の旗がポールを持って怪物の心臓めがけて飛び出す。
「えいっ!」
怪物はうめき声をあげてどんどんちいさくなっていく。雲が流れて太陽が顔をのぞかせる。校庭に光が入ると同時に怪物は消えていった。
「ヤッター!」
運動会の用具たちは手をパンと合わせてガッツポーズをする。
「おつかれさま」
「おつかれー」
「がんばったー」
用具たちはヘロヘロと地上におりて、体育倉庫の前で座り込んでいた。カラーコーンやハードルたちは彼女たちを讃えて、得点板のパネルであおいであげたり、水を持ってきてあげたりしていた。応援合戦の後は、選抜リレーだった。リレーに使われるバトンやアンカーにかけられる襷たちはいってきまーすとヘロヘロな体を起こしてトラックに向かっていった。
「ほら、最後の仕上げでしょ!」
「そうだったー、まだリレーがあったんだー」
「がんばれー」
「これがおわったらうちあげだよー」
「わかったー、がんばるー」
そして無事に競技が終わり、閉会式となった。
「優勝は…」
校長先生の結果発表と総評と長い長い話が終わり、片付けに入る。清々しい顔をした先生方と体育委員がおしゃべりしながら運動会の用具を体育倉庫へと運ぶ。
「せんせー!、これどこにしまうんですかー?」
「体育倉庫の前においておいてくれ!」
「はーい!」
生徒たちはここまでのようだった。
「ありがとうね」
「またね」
運動会の用具たちは子どもたちにお礼を言いながら眠りにつく。子どもたちは最後までこの用具たちの姿はみえないけれど、楽しかったねといいながら校舎へ入っていく。
「よいしょっと」
体育の先生たちが体育倉庫の奥に用具たちをしまっていく。
「先生もお疲れさまでした」
用具たちはあくびをしながら先生に向かって微笑んだ。先生にも聞こえないし見えない。体育倉庫のドアが閉められ、鍵をかける音が聞こえる。これでまた来年までゆっくり眠れる…と思っていたら、
「先生!」
「おう、どうした?」
一人の生徒が先生に何かを話しているようだった。そして再びドアが開き、明かりが差し込む。
「どうも、ありがとうございました!」
「お前、一体誰に向かって言っているんだ?」
「運動会の神様たちに、ですよ」
生徒は体育倉庫に向かってお礼を叫んでいた。先生もびっくりしていたが、またすぐにドアが閉まり、今度こそ鍵がかけられた。先生と生徒の足音がなくなると、体育倉庫にいた用具たちはびっくりして目が覚めてしまった。
「誰よ今の!何?私達にお礼言っていたの?」
「たしか、あの子、応援団長だった子じゃない?」
「ああ、応援合戦の時、一番大きな声を出していた子ね」
「やだ、私達の姿、見えていたのかしら?」
「うーん、そうでもなさそうだけど」
「運動会の神様ですって」
「女神様が正解かしらね」
「うふふ」
来年の運動会も楽しみにしている用具たちであった。