彼の世と此の世の狭間で誓う
こんなはずじゃなかった。
僕はいい子にしてた
きらいなシイタケも食べた
僕のからだはピンピンしているのに
お祭りはないって言われたんだ
腹が立ったから家出した
そしたらお祭りはやっていた
楽しみたかった
それだけなのに
キュウリを食べただけで地獄行きなの?
「オヤジ!この子供を捌いて屋台に出しちまいなよ?池の奴らも喜ぶよ!」
ろくろ首がそう叫びながら翔太の体をぎゅっと締め上げた。苦しいというよりも怖さでどうにかなってしまいそうだ。泣き喚いても助けてはくれない。助けて、誰か。
「ーーろくろ首、離すのだ」
後ろから男性の声が聞こえた。声に気付いた鬼たちは蜘蛛の子を散らしたように後ずさる。現れたのは黒い浴衣を着た、浅黒くいかつい顔立ちの大男であった。
ろくろ首はチッと舌打ちして翔太を離し、元の姿へと戻った。解放された翔太は大男の片腕でひょいと持ち上げられてしまった。
「この子は私が預かろう、皆の衆迷惑をかけた。せっかくの祭りだ、楽しむがよい」
大男の一言で鬼たち元の賑わいへと戻っていった。大男は八坂神社の本殿の屋根へとぴょんと跳んだ。ろくろ首に締め上げられた翔太はもう何も驚かない。担いでいた翔太を屋根の上に下ろし、浅黒の大男は向かい合わせになりじっと見た。厳つい顔つき、瞳はメラメラと怒りで輝いている。
「なぜこの祭りに参加した?」
「…だって楽しそうだったから。家出して、公園行こうと思ったらお祭りやってたんやもん」
「…家出?」
「うん、いい子にしてたのに中止やていうから、腹立って家出してきてん。」
「…中止に腹が立ち家出して、何も知らずにこの祭りに参加したのか」
「何も知らないて、祇園祭やろ?僕初めてやねん。でも変なもんばっかりでがっかりや。」
大男は笑った。そんなに祇園祭に行きたかったのかと。
「…我々ももっと励まねばならぬな」
彼は翔太にこう語りかけた。
「家には帰してやろう。だが二つ約束してほしい。一つ、この祭りのことを誰にも言ってはならぬ。この祭りはおぬしの言う『祇園祭』ではない、ひみつのお祭りなのだ。二つ、何があっても投げ出してはならぬ。家出のようにな。そうすればお前の地獄行きはなかったことになるし、来年の祭にも行けるようになるだろう。約束できるか?」
「わかったよ。やくそくするよ」
「ならば約束の証としてこの粽とお主の刀を交換しよう」
大男の懐から出された粽を受け取り、翔太は刀を渡す。
「…それにしてもなぜ刀を携えているのだ?」
「祭りの邪魔をする鬼がいたら僕がやっつけたろとおもて。でもひとつも使えへんかった」
大男は大爆笑した。いかつい顔がくしゃくしゃになる。
「お主が気に入った。良いものを見せてやろう」
大男は翔太を肩車した。街の景色が見えてくる。妖気にあふれる八坂神社と鮮やかに彩られた円山公園、その反対側にはしんと静まり返った四条通りが真っ直ぐに伸びている。
「良い眺めだろう?彼の世と此の世の境目、私は一年の、この瞬間が好きなのだ。どちらも美しくおぞましくも見える。祇園祭にも、この祭りにも参加できないお主にだけ特別だ。」
良い眺めなのか、翔太にはわからなかった。しかしその特別な景色を目に焼き付けようとじっと眺めた。
「ありがとう、おじちゃん。僕がんばるわ」
「おじちゃんではない。私の名は牛頭天王と言うのだよ」
ごずてんのう?へんな名前だな。翔太は牛頭天王と名乗る大男に肩車されながら高台寺側の鳥居のほうへと向かった。
「さあ行くがよい。その鳥居を抜ければすぐ家に帰れるだろう」
翔太は下駄をからころ言わせながら鳥居へと向かう。その前で振り返って牛頭天王にありがとうと手を振った。彼もにやつきながら手を振り返した。
また来年、おぬしに会えるのを楽しみにしているぞ。
翔太はまばゆい光を感じて、目を開けた。甚兵衛とお面をかぶりながらベッドで横になっていた。
夢かと彼はがっかりした。しかしその手にはしっかりと粽が握られていた。
***エピローグ***
翔太を見送った後、牛頭天王は刀を見つめていた。お祭りを邪魔する鬼をやっつける為の刀。様々な刀を見てきたが、このプラスチックでできた刀は殺傷能力もなく、何の役にも立ちそうにない。だが、面白い。にやりと笑って、牛頭天王は狛犬を呼び出した。
「お呼びですか牛頭天王様」
「この刀を刃物神社の主に奉納してきてくれ」
「ただのおもちゃではありませんか?」
「でも刀だぞ。あの子供はそう言ったのだ」
「また怒られてもよいのですか?」
「良い。この刀は彼らの祈りだ。秘祭も好きだが、やはり祇園祭もやらねばな。」
「…懲りないお方だ。わかりました、そう申し伝えておきましょう」
狛犬に刀を渡し、屋根の上に戻る。あの世と此の世の狭間で彼は叫んだ。
「今日の酒は私が奢ろう!騒げ!魑魅魍魎よ!夜が明けるまで楽しむが良い!」
彼の言葉で鬼たちは雄叫びをあげる。祭りの熱気は最高潮に達した。酒を飲み、舞殿で足を踏み鳴らす。笛の音と太鼓の音を打ち消すほどに。
その賑わいを楽しみながら彼は酒を盃に注ぎ、満月にかざした。そして誓う。
「疫病」という鬼を切る。この祭りの本懐。
来年は息災な世にしよう。翔太の顔が見れるように。必ず。
来年こそは本ちゃんの祇園祭がありますように。




