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祇園祭宵山百鬼夜行  作者: 尖晶 蓮華
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祭りのない日のお祭り


ことしはぜったい。

ぜったいにぎおん祭に行くんだ。

おばあちゃんからもらった

青いしましまのじんべえと

きつねのお面をかぶって。

どんなお店がでるのかな。

しゃてきはあるかな。

おなかが空くから、ごはんも食べたい。

楽しみだなぁ。

おきにいりの「かたな」も持っていこうかな。

お祭りのじゃまをするオニがいたら、

ぼくがやっつけるんだ。



「今年もお祭りしいひんて、ホントなん?」


翔太は母に訴えた。どうやら翔太に隠していたらしい。焦りながら「うん」と母親はうなずいた。翔太の心は風船のように膨れ上がっていた。「怒り」という小さな風船はぱんぱんに膨れ上がり、はち切れようとしている。


「お母さん今年はあるかもって言ったやん」


「翔太」


「買ってくれた甚兵衛が着れなくなったらどうすんの…?いい子にしてたのに、お小遣い貯めたのに…!!!!」


翔太のTシャツに大粒の涙がこぼれた。


「嘘つき!!!!」


怒りの風船が爆発し、翔太は泣きながら自分の部屋へ駆け込み、ベッドにダイブした。今まで必死にいい子にしてたのは何だったのだろう?なんて惨めなんだ。こんな僕を慰めてほしいのに、部屋には誰も来てくれない。いい子にしていたのに、みんな僕が嫌いなんだ。


「家出しようかな…」


家出。それも悪くないと思った。いい子にしていてもこんな目に遭うのだ。悪い子でも大差はない。よし決めた。今夜家出をしよう。おばあちゃんからもらった甚兵衛とお面、貯めたお小遣いに「かたな」を携えて。アニメの主人公のように逞しく生きるんだ…!


 家の皆が寝静まった頃、彼は一張羅をびしっと着こなして家を飛び出した。まずは円山公園、家族とお花見に行った場所へ坂道を下っていく。すると楽器のような音が聞こえてきた。


こんこん、ちきちん――――。

祇園囃子の笛の音。太鼓の響き。


あの公園からだ!翔太は履き慣れない下駄で懸命に走った。公園は花見の時よりも賑わって、血のように真っ赤な提灯と鮮やかな屋台に綺麗に飾られていた。


「お祭りはやっていたんだ!」


興奮しながら祭りの中へ飛び込む。ヒトダカリ。いや、行列に近い。大人も子供も皆浴衣を羽織り、翔太のようにお面を被るものや、キセルを吹かすものもいる。中にはオバケの仮装までしている。不思議と普段着の人はどこにも見当たらない。お祭りやなくてハロウィンやと彼は思った。行列の中で人たがりを観察していると、ぐううとおなかが鳴った。腹ごしらえをしようと屋台のほうへ向かう。イヌガミ、コドク…なんだこれ?がらくた屋のような並びばかり。


「いらっしゃい坊ちゃん。猿の手は要らないかい?西洋から取り入れたとっておきの一品だよ!」


「おじちゃん、なんか食べ物ない?」


「食べ物か、子育幽霊の水飴なんかどうだい?」


「甘いものよりもっと食べ応えのあるものがいいなぁ」


「ならキュウリの一本漬けがいい。祭りの縁起物だよ!」


店主は串にささったキュウリを翔太に渡す。緑と薄緑の縞のキュウリに、七味のような真っ赤な粉がかかっている。


「毎度。10文だよ」


翔太は10文が何かわからなかったのでとりあえず100円を2枚店主に渡した。


「…この銭を渡されちゃあ困るなあ」


店主は困った顔をして翔太に言った。翔太は聞いておらずお面を取りキュウリをかじった。店主はその顔を見てギョッとし、いきなり叫びだした。


「人間がいる!!!」


大声が公園に響き、ヒトダカリの視線が翔太のほうに集中した。翔太はきょとんとしている。キュウリをかじったことが悪かったのだろうか?それにしてもこのキュウリ、辛すぎる。


「おじちゃん、悪い事したならこのキュウリ返す!ようわからへんけど許して!」


「かじったもん返されても…。お前、これ食っちまったなら帰れないぞ。地獄行き、池の底の住人の仲間入りだ」


「いいよ!家出してきて、住むとこ探してたとこやねん!」


翔太はラッキーだと思っているようだが、ヒトダカリは絶句している。


「堪忍しとくれよ。こんな小便臭そうなガキが狭い池に来るのかい?」


肩を扇子で叩きながら、女が言った。日本髪を乱し、浴衣をだらしなく着ている古風な出立ちで翔太を睨んでいる。


「僕はかまへんよ!楽しそうやもん」


「…お前さん、私らの事を何だと思っているんだい?」


「オバケの変装してる人たちじゃないの?」


「…なめられたもんだねぇ」


女は首をポキポキとならす。するとすーっと首が天へと伸びて、子供の体に巻きついた。


「うちらはオバケじゃない。妖怪さ、鬼なのさ。一体どこでこの祭りを知ったんだい?冷やかしってんならここで締め殺してやろうか」


翔太の額に顔を擦り合わせて睨みつけた。


「オヤジ!この子供を捌いて屋台に出しちまいなよ?池の奴らも喜ぶよ!」


どっと嗤い声があがる。翔太は笑うヒトダカリを見た。いや人ではない。じっと彼らを見る。妖怪、鬼。僕を食べるモノ。

うわあああと翔太は喚き始めた。食べられるなんて嫌だ。こんな事なら家出しなければよかった。家に帰りたい。帰りたい帰りたい。翔太の身勝手な言葉に鬼たちは苛立ち始めた。祭りに白けた雰囲気が漂い始める。


「――ろくろ首、離すのだ」


後ろから男性の声が聞こえた。声に気付いた鬼たちは蜘蛛の子を散らしたように後ずさる。現れたのは黒い浴衣を着た、浅黒い大男であった。

豆知識。

 キュウリの断面は八坂神社の家紋と似ているという理由から、お祭りの間食べるのはタブー。祇園界隈で暮らす方はその期間キュウリ断ちを行うそうですよ。

 幽霊子育飴は八坂神社周辺、六道の辻付近で実際に売られてます。産んだ子供を育てるべく、幽霊になって夜な夜な飴を買いに行ったという由来のある飴。水飴ではなく、琥珀色が綺麗な飴です。

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