9 はっきり言ってよ!
ここに来て、もう1年以上たつのね。
ちょっとだけ感慨深くなった。
あの時の自分が、まるで本の中のように遠い存在に思える。
巫女姫選定が終わって、神官としてカービングに行くことになって。
ギル=ガンゼナに着いて、そのまま真っ直ぐ神殿に送られて。
人気のない神殿は管理人のお爺さんが通いで来てたらしく、神官様がくるとは聞いてたけど、まさか神殿に住むと思わなかったと言われた。
でも他に行くところもないし、簡易の寝床で休ませてもらった。
でも、ほんとに何もなくて、まず、食べ物や生活に困った。管理人さんや近所の人に頭を下げて、いろんなものを譲ってもらった。食べ物とか、お風呂とか、薪とか。
そんな有様だったから、祈りの時間以外寝る間も惜しんで、この曲に打ち込んだ。
そのあと、10日ぐらいして、お城から呼び出しを受けて、お城の執事長に今まで何をしてたんだって怒られた。
で、ああ、ご領主様に挨拶に行かなきゃいけなかったんだ、ってやっと思いたった。
ね、ほんと、バカでしょ?
だから、誰か教えてよ!
呼び出されたのに、領主であるヨシュア様はまだ帰還されてなくて、私に促された謝罪の先は領宰。
自分の価値観が根幹から覆されるってこのこと。
今まで巡業でいろんなところに行ったけど、こんなに神殿を下に見てきたところはなかった。
もうプライドはズタズタ。帰りたくても王都は遠すぎるし、神官長様の下命で来てるし。もう受け入れるしかない。
形ばかりの就任のご挨拶と謝罪をして、神殿に帰ろうとしたら、今度は女一人で神殿に寝起きさせられるかって、なぜか城の離れに行かされて。
離れって言っても、花も植えられてない庭の片隅にある小屋だし、狭いし、ピアノもないし。
ピアノを貸してくださいって言ったら、ピアノは領主夫人の部屋と大広間のグランドピアノしかないし、領主夫人の部屋はいずれ巫女姫様が入ることになるから、貸せません。
基本、城には呼ばれるまで入らないでくださいって言われ。
じゃあ、ここにはいられませんって言ったら、執事に何てわがままなって、はっきり言われちゃった。
もうね、神官いらないなら、いらないってはっきり言ってよ!って切れました。
巫女姫様が降嫁されるまで、神官はいりませんって、中央神殿に言ってください!わたしの仕事は女神のお心を音楽で伝えることです!ピアノもろくに弾けない環境で、仕事できません!って言って神殿に歩いて帰った。
あの頃はカッカしてたなぁ。多分、ピアノを急かしたのも、仕事を仕上げられない!って焦ったからなんだろうな。
だいぶ私情だわ。
だから、あの頃はずーとこの曲を弾いていた。人と喋ったら、関係ない領民の人たちにまで、怒ってしまいそうだったし、自分に降りかかった理不尽なことから一瞬でいいから目をそらしたかった。
物語の世界で悲しんだほうが、何倍も楽だったから。
あまりに何時間も集中しすぎて、何度か管理人さんに声をかけられたから、よく覚えてるんだよね。
その節はお世話になりました。
だけど、今は、他言無用でお願いします。
仕事を受けているのを隠してるわけじゃないけど、今はちょっと面倒なことになりそうだから。
そんなに流行ってるなら、レッティモンさんから特別に追加代金もらえるかもねー。えへへ。
あ、作曲はセシリアだから、半金かな。
この流行ってる劇中歌に曲をつけたのは友人のセシリア、歌詞は売れっ子劇作家レッティモンさん。
わたしはこのメロディーをテーマにした、舞台音楽用に編曲しただけ。
男装した訳あり王女様と、騎士の悲恋もの。身分差、すれ違いの王道の悲恋なんだけど爽やかな結末の、レッティモンさんの大当たり劇。
主人公の騎士のイメージが、ヨシュア様に近いと思って、護衛についてくれた近衛騎士にヨシュア様について色々聞いて作った。
おかげで誤解を招いて、城への立ち入りを禁止されるっていうめんどくさいことになったけど。
だって、似てたから。
近衛騎士っていう立場も、想いが通じあっているのに許されない状況とかも。
一つだと思っていた心を切り分けられた。一つの果実をナイフで分けたように。いつまでも、あなたはわたしの半身。
もし、苦しいなら、わたしのことは忘れてほしい。それくらい、今でもあなたを愛してる。
こんな歌詞の通り、想い合ってるのに、巫女姫に選ばれてしまって、すぐ近くにいたのに手に入らない。そんなもどかしさが、ヨシュア様にあるんだろうなって、勝手に妄想して、作ってました。
決して、ヨシュア様とアリシア様を悲恋にさせようと思っているわけではありません。
ええ。断じて。だから呪いは勘弁してください。