72 裏切り?なんだか、なんだか
翌日から世界が一変するかと思っていたけど、議会が始まるまでは、比較的ゆっくり過ごしていた。
相変わらずヨシュア様は忙しそうだったけど。
あんなに苦手だったタウンハウスの執事には、顔を真っ青にされて謝られた。
そのうち、カービングから誰か呼び寄せて交代させるから、申し訳ないけど、もうしばらく我慢してくれ、とヨシュア様には言われて。
えーと、今、執事を交代されてもわたしも困ってしまう。辺境伯の王都での社交なんて、想像もつかない。
議会が始まるまでは、ヨシュア様も一緒に屋敷の奥向きのことを聞いていたが、議会が始まった途端、ほとんど屋敷に帰って来れなくなってしまって。
全部を一気に考えることはない、と言われるけど、なんだか落ち着かなくて、つい屋敷の中をウロウロしてしまう。
リチャード様からは神官の務めは、カービングのことに専念するように言われたので、神官長の話は脅しだったのかしら。
そんなことをしてるうちに、新年になって、王宮主催の新年舞踏会。
披露宴はしてないけど、正式に妻になったのだから、と連れていかれた。絶対、ダンスはしないから!と約束させて。
アリシアは廃位されたから、新しい巫女姫が改めて選出されているはず。
巡業に連れていかれた歌姫たちは、家ごと処分されているから、神殿に残った歌姫たちの中で誰が選ばれたのか、気になった。
新年の舞踏会の控え室から、巫女姫が見えるかしらと覗こうと思ってたのに、入った途端、次々と取り囲まれて、結婚のお祝いを言われた。披露宴はまだしてないし、公式のお披露目は今回が初めて。国王陛下にはさすがに謁見していたから、もう社交界中が知ってたみたい。
来る人、来る人、舐め回すようにわたしを見る。
苦行だわ。
辺境伯夫人になるには、あといくつ苦行を乗り越えればいいの?注目を浴びるって思った以上にストレスがかかるものなのね。
「カービング辺境伯、ヨシュア=ヴァン=カービング様ならびに伯爵夫人、アリエッティ様」
幕越しにざわ、という声が聞こえた。
あああ。胃が痛い。
はあ、と深いため息をつくと、ぐ、と腰を押された。
「大丈夫。胸を張って。俯いているのはあなたらしくない」
そうね。わたしらしくないわ。
高いヒールだから、ヨシュア様にちゃんと掴まっとかないと。
階段を降りて、王族に礼をして、顔をあげ、固まった。
・・・セシリア。
王族に並んで立つ、巫女姫の場所。
セシリアがにっこり笑って、わたしを見ていた。
なんでしょう、この裏切られた感じ。
どうして歌姫でも神官でもないはずのあなたが、そこに立っているのでしょうか?
両陛下へご挨拶した後、巫女姫の前に立った。
「会いたかったわ!アリー!」
わたし、今、どんな顔してるの?
ただ、無言で立っていることしかできないんだけど。
「ご結婚、おめでとうございます。カービング伯爵。それに、わたしの親友、アリエッティ様。お二人が信頼と愛情に満ちた日々を重ねていけますように。いつまでも女神のご加護とともにありますように」
あらあ、巫女姫直々に祝福がいただけるなんて、なんて光栄なんでしょうか。
でも、わたし、笑えてる?
ヨシュア様が丁寧に礼をされたけど、わたし、動けない。
つーと、わたしの鎖骨をセシリアの白い指が辿った。
「ねえ、アリー。人妻にしては、あまりにも可愛いドレスじゃない?ピンクベージュなんて。でもオフショルダーを選んだのは良かったわ、この辺で色気を出さないと出るとこがないのだし。」
ぐ、とわたしに触れていた指をつかんだ。
「どーゆーこと⁈セシリア」
「あらぁ。怖い顔。新婚なのに黒いわよ。もう、本性出しちゃったの⁈」
コロコロと笑う。
この子は、この子はー!
人を手玉に取るような会話は、絶対この子のせいだと思う!!
「だってね、おとなしくしてたら、イェールとの結婚も推してくださるってリチャード様が言うから」
はあ?イェールって、イェールってもしかしてレッティモンさん⁈
「な、な、な!!」
「もう、アリー。ここで倒れないでよ?披露宴まではいるんでしょ?ゆっくりお話ししましょ」
やだ、もう。倒れたい。
次の方がいるからね、とヨシュア様に背中を押されたけど、足元がおぼつかない。
抱いてやろうか?ってヨシュア様が囁かれてやっと背中を伸ばした。
王都って怖い!お腹の中が真っ黒な人たちばっかり!!
そう小さい声で言って、もうカービングに帰りたいと思わず出た。
すると、トントンとヨシュア様が手を繋いだまま、階段を少し降りて、私のほうを見た。ちょうど下から見上げるように振り向いた。
「やはりあなたが巫女姫だ。カービングの巫女姫。ありがとう。アリエッティ。一緒に帰ろう、カービングへ」
そう言うと本当に美しく、幸せそうに笑った。
頬が染まるのが分かった。
なんでこんな時に、そんなこと言うの⁈
なんで、そんなに綺麗に笑うの⁈
もおー!!
真っ赤になった顔を両手で覆うと、そんな可愛らしいこと、しないで。とヨシュア様に囁かれた。
お願いします。もう限界です。
こんなところで公開処刑はやめてください・・・。
いつのまにか近くにオスカー殿下がいらしていて、新婚だからってこんなところでイチャイチャするなと注意された。
他所でやれ、他所で。と大広間を追い出されたので、もう帰ろうと思ったのに、辺境伯たちに捕まってしまい、取り囲まれて、次々とお祝いを言われた。
「なかなかな大捕物だったな。コンラッドが悔しがっていたぞ」
ザドキエル辺境伯が豪快に笑った。
「卿はお人が悪い。コンラッドを寄越すなんて。どれだけ人を焦らすのですか。おかげで大急ぎで籍を入れたんですよ」
ヨシュア様が拗ねたように言い募った。あら、この前と随分違う。
こんなに親しみのある仲だったの?
ザドキエル卿も他の辺境伯も本当に楽しそうに、ヨシュア様に話しかけている。
可愛がられているのは、本当だったのね。
「改めておめでとうございます。カービング卿。アリエッティ夫人。辺境の守りにこれ以上心強いことはない」
ハイデル卿夫妻が優雅に礼をしてくれた。私たちも正式礼で返す。
実はハイデル伯爵夫人は歌姫とのこと。
私とは親子ほど年が違うので、全く面識はないが、今回のことはとても気にかけてくださっていたのだ、と優しくお話してくれた。
「次は是非、我がザドキエルに本物の歌姫を迎えたいものだ」
「そうやって、孫たちを焚きつけるのはいいですが、火種を撒くのはやめてください」
「わはは!随分、恨まれたものだ。私とて、そんなに本気だと思ってなかったんだ。お前がうまく隠しているものだから」
「隠せとおっしゃったのはあなた方でしょう!恨んで当然です」
もしかしてザドキエル卿も最初から噛んでたの?
ヨシュア様を見ると、教えてくれた。
「この方たちは、私があなたに求婚するのをずっと止めていたんだ。巫女姫と私との関係が変わったらあなたに悟られると言って。恨むならこの腹黒いオヤジ達だ」
「おやおや、言い訳するな。その気になれば私たちの言うことなど聞きはしないくせに。巡業が動き出す前から奥方に首ったけだったのは、城下まで有名だったぞ。動きが遅れたのは、お前が不甲斐なかったからだろう?」
ザドキエル卿が笑った。
ヨシュア様は目元を赤くして、目をそらした。
ん?なんか、リチャード様も、同じようなことをおっしゃってたような。
ヨシュア様は答える気はなさそうに、つん、と顔を逸らした。
ふーん。
あとでお屋敷でしっかり聞かせていただきます。
わたしだけでなく、ヨシュア様も含めてカービングはこの国の高位の方達にいいように利用されたってわけですね。
セシリアも知ってたのに、なーんにも教えてくれず。
あーもー。ほんと、こんな人たちの仲間でやっていけるのかしら。
流石に辺境伯ばかりの集まりには、他の爵位の方たちは入ってこられず。
私たちは大広間に戻ることなく放免された。
踊らないのか、とおじ様たちが勧めていたが、ヨシュア様は、辺境伯の中でも宴会嫌いで有名らしい。
それに顔が良いだけで実は女性が苦手なんだと、揶揄われてた。
あれ?なんだかわたしの知ってるヨシュア様と違う。
なんだか、なんだか。
色んな事が意外。