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71 若い者は手がかかる

若い者は手がかかる、とリチャード様が、笑いながら揶揄った。


「リチャード様にも怒ってるんですからね!」


ひどいわ!リチャード様!


慈愛の微笑みの裏で、足を掬うこの方のやり方を知っていたから、何かあると思っていたけど、わたしまで欺いて!


こんなやり方しなくても!


でもそういうところが、リチャード様なのよね。神殿から権力を遠ざけるために、わざと逆手にとるやり方を何回か見てきけど、まさか自分が巻き込まれると思ってなかった。


優しいね、と声をかけられる度に、甘いな、と心の中で言われてる気がしてた。勘違いじゃなかったんだ。

腹立つ。


そう思いながら睨むわたしに、リチャード様は手を広げた。

「許しておくれ、アリエッティ」


うわああん、と何も考えられず、その胸に飛び込んでしまった。


「睨むな、カービング卿。わたしは父親のようなものだ」

ああ、ヨシュア様が睨んでるのね。想像がつくわ。ヨシュア様、とても苛烈なところがある。わたしの前ではなるべく見せないようにしていた。


いくらわたしがカービングの慣習を無視しても、我を

通して意固地に立場を変えようとせず困らせても、許してくれていた。わたしはどこかでヨシュア様の好意に甘えていた。


でも一度踏み躙られたことが許せなくて、ずっと見ないふりをしていた。

本当は嬉しくて、舞い上がってて、そんな自分が恥ずかしくて。


すごくすごく辛くて、苦しかった。

この苦しみはこの人から離れたら無くなる。そう思って見ないようしていた。

リチャード様に言われて気づいた。


許せない自分に苦しんでるんだって。

許せないって、ヨシュア様を踏み躙り返したら、それでわたしは幸せになるのかって、そんなこと分かりきってる。


幸せになんかなれない。


許せない自分に固執して、哀れんで、その場で立ち尽くしても誰も幸せにしてくれない。


わたし、子どもだった。

ヨシュア様の好意を知ってるくせに、その好意を裏切ろうとしていた。そうやって復讐したら心が晴れると思っていた。

誰よりもわたしのことを想ってくれて、わたしもあなたに寄り添いたいって思ってる人なのに。

許さない、と初めて言葉に出して、その歪さに気づいた。目の前にある愛情を踏み躙って、裏切ることの感触に言いようのない悍ましさを感じた。


自分の心さえ裏切って、その醜悪な気持ちを引き受けるほどの覚悟はわたしにはない。


結局、子どもだったんだ。

いろいろ言い訳して、覚悟を自分で決めることができないでいたんだ。

可哀想な自分を捨てて、ヨシュア様の手を握り返したらたくさんの新しい困難を引き受けることになる。

アリシアと正面切って戦うこと、領主夫人という本物の貴族になること、荒廃したカービングをヨシュア様と立て直していかないといけないこと、そして今まであんなに欲しがってた愛情を受け止めて、こちらも返してあげること。

彼を選んだら、その全てが初めてのことで、自分にはできないと逃げていた。

復讐という自分なりの大義名分を掲げて、劣等感の中に逃げようとしていた。


目の前で仕立てられていくギル=ガンゼナ城の女主人という舞台に臆して、一歩を踏み出すことができなかった。


わたしはカービングが好きだ。雄大な自然も。朴訥な人々も。土地土地を回って少しづつ好きになった。最初は受け入れてくれなかった人々も、進んで祝福を受けに来るようになった。

それは間違いなくわたしの功績だ。巫女姫の権威じゃない。歌姫としてのわたしの足跡。


初めて、その功績を誇ることを許される気がした。

許せないという内向きの悪意より、素直に好きだと思える気持ちの方が、心地よくて、楽に息をすることができる。


わたしを幸せにする舞台は整っている。


ここでヨシュア様の手を握り返して、一歩を踏み出せば新しい舞台の幕が開ける。

ここからは神殿の歌姫という子どもの自分ではなく、女神の意思を継いだ本物の歌姫として、カービングの土地に励ましを贈る。


リチャード様をぎゅ、と抱きしめて、ヨシュア様を振り返った。

拗ねたような目で、焦れた顔でわたしを見ていた。


「今、ここで、婚姻の誓いをさせてください。アギネルズ神官長」


えええ?

突然何言い出すの⁈


「ヨシュア様、それは・・・・・・」

「それはいいね。だけどせっかく神殿にいるんだ、少しくらい体裁を整えた方がいいでしょう。特に女性にとっては生涯で最も大事な儀式ですからね」


はい?リチャード様も何をおっしゃってるの?

辺境伯様ならなおさら、ちゃんとした手続きを踏まなくては。


説得しようとするわたしに、ヨシュア様は笑った。

「心配しないでいい、アリエッティ。わたしは辺境伯だ。手順なんてあって無いようなものだ」


ええ?あなた、そんな暴君でした⁈


オロオロするわたしを横に、ヨシュア様とリチャード様がテキパキ指示を出し始めた。


手順なんて、と言ってたけど、一応、届けを出すらしい。

本来なら国王陛下の御璽が押印された許可証を前に女神の祝福を授けられる婚礼の儀式。


許可には、届出人の署名の他に、見届け人になる両親や後見人の書類が必要なはず。

本人の署名は今できるとして、見届け人は用意できません。だってうちの両親にも何も知らせてないんですよ⁈と抗議したら、今さら両親の許可が必要かい?とリチャード様に釘を刺された。


うう、そうですよね。うちの親の無関心はご存知ですものね。


それに成人して、とうに何年も経ってる年増のわたしに保護者面されても。


見届け人ならわたしがなるよ、とリチャード様はいつのまにか用意されていた書類にサラサラとサインして、ヨシュア様が侍従を王宮に走らせた。


ヨシュア様の見届け人は、ロードティア将軍閣下。また大物を引っ張ってきた、と頭を抱えたら、既に署名までさせてるから提出するだけだ、と宣って。


ええええ?


外堀を埋められてると思ってたけど、ここまで・・・。しかもそのまま国王陛下に発布をしてもらうから典礼局を通さないって。


ちょ、ちょ、ちょっと、待って。

どういうこと?!ああ!そうか!辺境伯は国王の麾下じゃないから?!


一人であたふたしてるのに、リチャード様は落ち着きなさいって、なんだか機嫌良く笑って。

いやだ、なんだかその笑顔怖いです!

ろくなこと考えてない時のやつでしょ!


引き攣るわたしに神殿の衣装係を呼んで、着替えなさいと指示された。

巫女姫の衣装を使いなさい。好きなものを選べって。

いいの?いいの⁈

だって巫女姫の衣装よ⁈

わたし、歌姫でもないのに、本当にいいの?


なんだかわけのわからないまま、衣装部屋に連れていかれて、顔見知りの衣装係の奥さまたちにいじくり回されて。呆然としていたら、ノックがされ、ヨシュア様が、ひょいと、顔を出した。


きゃあ!と衣装部屋に黄色い声が響いた。


ううむー。カッコいい。

いつの間に取り寄せたのか、ヨシュア様は騎士の礼服。左肩から掛けられたサッシュには紺地に銀糸でカービングの紋章が刺繍されている。

腰には装飾のサーベル。

髪もいつのまにか整えられて、先ほどまで降ろされていた前髪が、きっちりと横に流される形になって、秀麗な目元がはっきりと見える。


何気に盛装⁈

もう引き下がれないくらいの大行事じゃない!ほんとにやるの⁈


「何を今更」

ヨシュア様は立ったまま睥睨して、わたしを上から下まで見回して、うーん。と腕を組んだ。


「ちょっと大きいのじゃないか?その衣装」


え?ダメ?

だってすごい憧れてたんだもの、この衣装。


ロメリア様が以前お召しになった、ビスチェタイプの白の衣装

伝説にある奪還された巫女姫の衣装に一番イメージが似てる。

上半身には全体に細かな刺繍がしてあって、腰から下の膨らみのあるスカートは何層も薄衣が重ねられている。肩から背中にかけて羽根のようなマントをかける。

上品で優美。


ヨシュア様はじっと見て、一言言った。


「・・・・・・まあ、いいか」


はっきり言いなさいよ!

と思って、そっと自分でヨシュア様の視線の先を辿った。

うーん、やっぱり大きいかな、ちょっと胸元が。


!!


「や、やっぱり着替えます!!」

「いや、いい」

「着替えます!」

「悪いが時間があまりないんだ。アリエッティ」

そう言うと、ヨシュア様はつかつかと寄ってきて、ひょいと抱き上げた。


「よ、ヨシュア様!」

「ここは誓いの儀式だけだ。こうやって持ち上げて動けば、誰にも見えない。それに、祭祀の間には誰もいない」


あなたに見えてるじゃないですかー!


「おとなしくしてくれ。花嫁を落とすなんてみっともないことはしたくない」

祭祀の間の扉が開かれると、キャア!と若い女の子たちの嬉しそうな悲鳴が聞こえた。


祭祀の間に集められていたのは、巡業に参加していなかった歌姫たち。


「見てるじゃないですか!」

「知らなかったんだ」

ハハハ!とヨシュア様が快活に笑った。



横抱きにされたまま、歌姫たちの間を通って、祭壇の正面部で待っている神官長様の前まで進み、下ろしてもらった。


うー!恥ずかしい!


顔から火を噴くってこんなこと。

恥ずかしすぎて、顔があげられない。


神官長の言祝ぎの後、パイプオルガンの伴奏に合わせて歌姫が歌い始めた。

自然と顔が上がった。


音が天から降ってくる。この瞬間が大好きで、歌姫になった。

1番も2番も関係なく、地に立つ人に満遍なく雨が降り注ぐように。この瞬間だけは女神の祝福を自分は受けている。わたしはきっと幸せになれる。そう思える時間だった。


わたしは授ける側になった。

それを目指して歌姫になった。


カービングは万全な場所じゃない。

ただ歌うだけでみんなが喜んでくれる、そんな単純な場所じゃない。


歌を喜ぶ、という単純な行為は、自分は安心だという余裕がないとできない。

ヨシュア様やカービングの民は、荒廃の中、巫女姫という象徴にそれを願ったのだろう。


歌姫は民に心の安寧を授けるために育てられる。

そしてわたしは今、その立場に立った。愛する人とともに。

ヨシュア様の手を握り返した。






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― 新着の感想 ―
主人公いい子なのに ヨシュアにはもったいないわ 神官長もクソだし
[一言] 式でアリエッテイ歌うのかなー、自分の結婚式だもの、思い切り歌ってほしいな。 ドレスが合わずにお胸パカパカしててもありえない程の美形が新郎でも友人が誰も出席してなくても!もう全部好きにして欲…
[良い点] エエエ!もう完結?早い、早すぎ!まだまだ読み続けたい作品ですよ!
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