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64 運命の日


翌朝、起きるなり、ベルセマムからお手紙がございます、と告げられた。


朝から手紙?

しかも、こんなにたくさん?


昨晩の夜会で、挨拶を交わした貴公子から。昨晩とても楽しかった、またお会いしたい。次の約束を取り付けるためのもの。


へぇ、夜会の出会いってこうやって、続けるのね。


支度を整えながら、どうしようか考えてると、ヨシュア様から朝食の誘い。

迷った。


もし、アリシア様がキリアム様たちの企みを知っていたら。きっとヨシュア様たちはその事も視野に入れて調べているだろう。


彼女がここに来たかったのは、キリアム様たちのためではないはずだ。カービングに巫女姫の存在を知らしめるために来た。カービングがそれを望んでいたから。


もし、彼女がキリアム様たちの件を知っていたとしても、彼女の巫女姫としての務めはここで果たして貰わなければいけない。

カービングでの祭礼を中止にはさせない。


ヨシュア様のお誘いをお断りして手早く朝食を済ませ、祭礼の準備を確認。やっぱり飲み過ぎて二日酔いの歌姫もいるそう。

薬湯を準備させ、歌唱の練習ができる歌姫の様子を見る。


今日の祭礼は、街の広場で行う。

城から坂道を降りると城下の街が続く。

その中に街の広場はある。


朝からたくさんの人たちが行き交っているよう。


行軍演技も披露するので、その準備。

歌姫たちの舞台に、休憩の天幕。

来賓のための席もあるので、そこに入り込まないように注意してもらわないと。


祭礼の後はすぐに祝福の儀式が始まる。

人波が途絶えるまで、暗くなるまで、歌姫たちは祝福を授ける。

交代でしてもらうために、休憩が取れるよう、飲み物や軽食。飴や甘いものを用意させている。


そういう細かなものを確認していると、ぐい、と腕を掴まれた。


ヨシュア様!

何をするのです!人を猫の子のように扱わないでください!


「ちょこまかと動き回って捕まえられない。猫の子と同じだ」


だって忙しいのです。ああ、もうこんな時間⁈そろそろお城を出なければ。


「昨日の者たちから、誘いの手紙が来ていただろう。すぐに返事を出してはいけない」


え?そうなの?


「まさか、もう書いたのか⁈」


いいえ。忙しいから、今日の夜にでも考えようと思ってました。


「やっぱり、知らなかったか。だから朝一で呼び出しただろう。すぐに返事を出すのはすぐにでも会いたいということだ。2、3日置いてからでいいんだ」


ふーん。そんなふうになってるのね。


「アリエッティ」

ヨシュア様が呼んだ。


「カービングの巫女姫はあなただ。アリシアを祭礼に立たせる必要は無い」

「いいえ!」

思わず挑むようにヨシュア様を見ると、ヨシュア様が動揺したように息を飲んだ。

「巫女姫は彼女です。神殿に選ばれた聖なる乙女。わたしではない。彼女の歌声がこの地に祝福を授ける」

「・・・・・・アリエッティ」

「わたし達が、カービングの民がこれほど待ち望んで、準備したのです。ここで彼女に立って貰わなければなんの意味もなくなる」

わたしの声が震えていた。


ヨシュア様が小さく息を吐いて、唇を噛んだ。


「・・・分かった」

苦々しく聞こえたその声を、わたしは耳に残らないようにした。


侍従が近づいて、巫女姫が馬車でお待ちです、ご当主と一緒でなければ行かないと仰って、と困り顔で告げた。


「はぁ。しょうがない巫女姫だ」

ヨシュア様がそう呟いた言葉が酷く優しく聞こえて。

「一緒に行くか?アリエッティ」


そう言われて思わず俯いてしまった。

どこかで、彼女とは対峙しなければいけない。だけど今、顔を合わせて冷静に話せる自信がない。


ヨシュア様がそっと頭を撫でた。

「できるだけのことをしよう。何があってもあなたのせいではないんだ」


いいえ。できるだけ、なんて曖昧な言葉はいらない。何がなんでも成功させてみせる。


彼女があの企みを知っていても、今世界で巫女姫を名乗れるのは彼女だけ。それは変えられない事実だ。

彼女はその地位を望み、それを手に入れた。

責任は全うしてもらわなければ。


この巡業はカービングの悲願だ。

裏で何が行われていようとも、そんなことは民には関係ない。巫女姫がこの地を訪れ、祝福を授けた。その事が大事なのだ。



広場に着いたころには行軍演技の列は揃っていた。もうわたしが立たなくても十分、演技ができる。

だから来賓の末席で見ていた。


あいにくの曇天。

一行が来てからずっとこの天気だ。


少し薄暗く感じていたら急に風が吹いた。ガタガタと広場に飾られたカービングの旗が支えごと揺れる。


カービングの騎士たちは動揺も見せず、乱れぬ演技で曲を終えた。


「カービングに栄光あれ!」


短い斉唱の瞬間、分厚い雲が切れて光が射した。

ああ、奇跡のよう。

カービングの騎士たちの力強い言祝ぎに、天が呼応したよう。


心が震えた。


歌姫たちの賛美歌が始まった。


この歌はまだ領土全域には広められなかった。だけど、知っている領民から遠慮がちに歌声が上がる。

わたしが一緒に歌っているのを見て少しずつ声が大きくなっていった。


次に器楽の入った賛美歌。


アリシア様のために捧げられた曲だから、この歌は初めて聞いた。


うーん。誰かが作りそうな感じなのだけど。えーと、セシリア⁈

まさかねー。


彼女にしてはひねりが足りないわ。もっと器楽にしても、歌唱部分にしても、ハッとさせるような変化を入れてくるはず。


それに、もう歌姫でもないし。


アリシア様の歌声が朗々と響き渡る。


綺麗な声だわ、やっぱり。

天から光が降り注ぐような、細かな雨が落ちてくるような、繊細で美しい声。


その声に似つかわしい、線の細い、嫋やかな姿。

長い烟るような金髪。大きな青い瞳。薔薇色に染まる頬と白い肌。


これぞ理想の巫女姫。


いつも、柔らかい微笑をしていて、唇を引きむすんでいたロメリア様とは対照的。

氷の巫女姫、と呼ばれていたロメリア様。その美貌と歌声は、一言で言うと強さ。

それに対してアリシア様は、甘さ。


それぞれの個性の違いだが、見た目だけの男の人の目から見たら、圧倒的にアリシア様が有利だと思う。


わあ、と賛美歌に対する拍手が起きた。


良かった。

ちょっとだけ、胸をなでおろす。


カービングの民が喜んでくれて良かった。

女神とともに歌える喜び。


それを体現した、巫女姫巡業。


裏で行われている貴族たちの様々な陰謀とは、全く無縁の純粋な喜び。


これで少しはわたしの肩の荷が降りる。


舞台転換のために巫女姫が一度舞台から降りる。ヨシュア様がエスコートのために舞台に登り、巫女姫の手を取った。


わあ、と感嘆のような歓声が起きた。


やっぱり、カービングの民は巫女姫を望んでいるのだわ。

改めて現実を突きつけられて、心が痛くなる。


輝く民の顔。


巫女姫さえこの地にいてくれたら、彼らは幸せなのだ。巫女姫でさえあれば。


ぽつ、と頬に冷たいものが当たって、暗い思考から呼び戻された。


雨?


ありえない。やめて。

カービングの祭礼で雨だなんて。



天を仰ぐとパラパラと軽く降ってきて、集まった人の雰囲気がざわざわと揺らめく。


祭礼は雨の準備をしていない。

わたしが経験した限り、巡業中、雨に濡れることはほとんどなかった。

ましてや祭礼の最中に雨が降ることはなかった。


ヨシュア様から雨の準備をしなくていいのか打診されていたが、わたしは賭けた。巫女姫は歌姫の頂点、彼女の歌声がこの地に祝福を与える。そう信じて。


歌姫たちも不安そうな顔をしていたが、レイモンド様はそのまま祭礼を続けるつもりで、歌姫たちを並ばせた。


やがて、雨が止んだ。


歌姫たちの髪が濡れていることに気づいて、タオルを用意するように、控えているマーガレットに囁いた。

城まで取り帰らないといけないだろう。


マーガレットがすぐに戻ってきた。


青い顔をしている。


巫女姫様が城にお戻りになったようです。と告げられた。


え?


まだ祭礼は終わってないのに。

まだ、祝福も授けてないのに⁈


「本当なの⁈馬車だけ帰ったんじゃないの?」


だってまだ、歌姫は残っている。


「おそらく本当かと。神官のゲドウォーク卿とキックナー卿もお帰りだと、護衛のものが申しております。護衛官からアリエッティ様に伝えるようにと、途中で呼び止められました」


そんなことって。


歌姫が新しい歌を唄い出した。巫女姫不在でも続けられる祭礼。

こんなことありえない。


「城に行きます」


もう一度、戻っていただかなければ。


歌が終わるまでに間に合わないかもしれないが、祝福の儀式には出ていただかなければ。


歌については民はわからない。

だけど、祝福はわかる。


ただの神官のわたしでさえ、祝福を受けたくて人は並ぶのだ。巫女姫が不在と知ればどれだけがっかりするだろう。


賛美歌を背に急いで馬車に向かった。


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― 新着の感想 ―
頑張るヒロイン好きだけど、意固地すぎないか?女神の望みが歌を楽しむこと、で形にこだわらないなら巫女姫である必要もない。歌がない場所だから巡業するなら、歌にあふれ始めた場所で巫女姫に無理してもらう必要も…
[一言] ほんっと。 アリシアたちは、ヘイトが溜まる事しかせんなぁ、、、 アリエッティが歌って、快晴させてしまえっ!
[一言] アリシア「様」ってアリエッティの呼び方はずっと気になってた。キックナーやキリアムやヨシュアはアリシア呼びで親しみの結果なのかと思ってたけど今ではむしろ軽く見られてるだけにしか思えない。国王と…
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