62 刺してやる!
会場の雰囲気が変わった。
ワルツが終わり、踊りに出ていた人たちが、一旦、休憩に入る。
給仕のものたちが、グラスを盆に乗せ、会場をまわり始めた。
巫女姫アリシア様とヨシュア様が、こちらに向かってきたのがわかった。
紅潮した頬で、美しく微笑むアリシア様はヨシュア様の腕にしがみつくようにエスコートされている。
・・・・・・面白くない。
だけど、絶対に眉一つ動かすものか!
「皆さま、お揃いで楽しそうだ。ダンスはされなかったのですか?」
ヨシュア様が見回しながら言い、さりげなくアリシア様から離れた。
給仕に盆を持って来させる。喉の渇きを癒すために、飲み物が運ばれた。
あら、こんな可愛いカクテルを作ったのね。歌姫たちが喜びそう。
オレンジの華やかなカクテルに、この時期が盛りの白い花が添えてある。
もう1種類は青のカクテル。縁取りに塩がまぶしてあり、小さな果物が添えられている。
ローレン様が、すかさずオレンジのカクテルを取ってわたしに渡した。
乾杯、とヨシュア様が言って、それぞれの杯に口をつける。
うん、甘い。だけど、結構お酒が濃いわよ。口当たりがいいから、慣れない歌姫は飲み過ぎないか心配だわ。
だけど、オレンジの爽やかさが会場の蒸し暑さを払って、気分がいい。
「皆さま、お揃いで何のお話でしたの?随分、楽しそうでしたわ。」
アリシア様が言った。
あー、ローレン様とのやりとりを見ていたのね。
めんどくさいことになりそう。
声にちょっとしたドスが入ってる。
これだから女王様は。
「神官様をダンスのお相手にお誘いしていたのです。今回は諦めますが、次回は是非にと。私から素敵なドレスをお贈りしたいと思いまして」
ローレン様が悪びれず言う。
何というか。ほんとに臆面もなく口説くのね、この地方の方々は。
ロメリア様の式の時も随分と誘われて、お姉様たちの陰に隠れて逃げ回ったけど、これが普通なのね。
こちらの国の男性たちがたじたじだわ。
「あ、アリー、わたしは話があると」
「おや、ゲドウォーク様とはそのようなご関係だったのですか。だからスミス神官様はご紹介されなかったのですか?」
いいえ、まさか。ほほほ、と笑ってみせた。キリアム様にものすごい顔で睨まれた。こわー。ちょっとローレン様に寄っとこ。
「わたしの妻からもそんな話を聞いたことはないですね。アリエッティ様は浮いた話のない、難攻不落な歌姫だと。ですが、神殿のご紹介なくお付き合いできるのであれば、わたしどもからも是非、推したいものがおりますよ」
エラッド様がおっとりと話した。
ローズ。何気にモテないってことバラしたわね。もう〜。
「歌姫と出会うのに神殿からの紹介が絶対に必要だなど、初めて聞いたな」
ヨシュア様がいつの間にか後に立っていた。
ああ、なるほど。
知っていたのね。そのためにこの会を開いた。
背中がゾワゾワとした。
「おや?そうなのですか?わたしはてっきりそうだと思っていました。なにせ妻にはギリギリまで会うことも叶いませんでしたから」
「私も。ゲドウォーク様からの手紙はそのように受け取れましたけどね。あとは寄付の額によると」
ああ。カービング辺境伯の前で決定的な証言。
あ、いつのまにジャンがキックナー卿の後ろに。
「私は初めて聞いたな。そんな仕組みだったろうか?アリエッティ」
ええ、お答えいたしますよ、ヨシュア様。すっかりご存知なのでしょう?だって統括地域の主としてずっと巡業の様子を見守っていたんだもの。
キックナー卿がわたしを通じてロメリア様をここに呼びつけようとした時から、おそらく知ってたんだわ。だから断られたらいいと言っていたのね。
だけど、どうして黙っていたの?
教えてくれたらこんな巡業、わたしは許したりしなかったのに。
「寄付で歌姫が縁づくのであれば、私のような嫁ぎ遅れが出るはずもございません。私が良い証拠でございましょう?神殿に歌姫との縁を願い出でるのは、若いお嬢様をお預かりしている親代わりだからです。通常の求婚でも、ご家族にご挨拶をしてお付き合いをするのは当然の礼儀。同様のことでございます。歌姫は女神の使徒という役割を持っておりますから、望んでくださるところは数多くありますが、お互いの気持ちが認め合うところでないと幸せは成りません。今まで縁づいた、歌姫たちはみな、夜会などの社交場で殿方と出会ったり、それなりの方のご紹介を経てお互い惹かれあっての結果でございますよ」
「ならば、寄付は何のために?」
「私が知る限り、歌姫の紹介と引き換えに、神殿から寄付を募ることはなかったと思いますが。そもそもが神殿は自ら声を上げて寄付を募ることは、あまりございません。領主の後ろ盾を得ておりますので。神官である私の方にも、今現在、寄付を募るようにとの指示はいただいておりませんし。中央の方では何か事情がございますでしょうか?」
あら、キリアム様とキックナー卿の顔色の悪いこと。ちょっと刺しすぎたかしら?
「まぁ、夜会でこんな不粋な話は似つかわしくない。詳しくは席を設けて、私が伺いましょう」
ヨシュア様が明るく言った。
お願いしますよ、ヨシュア様。
歌姫は幸せの歌を奏でる者。嘆く声は聞きたくない。