59 余計なことを言うからです
「舞踏会に残る歌姫が随分といるのですね」
晩餐の後、ホールへのエスコートを受けながら、レイモンド様に囁いた。
歓迎の晩餐なので、晩餐は全員出席するが、その後の舞踏会は希望するものだけ。
わたしはいつも早々に引き上げていたが、舞踏会に残る姫も少なくなかった。
だが、今回はほぼ全員が残っている。
何人かお揃いのドレスを着ていることに気づいた。
「キリアムが全員出るように言ったらしい」
まただ。また、キリアム様。
「リリスから良くないうわさを聞きました」
レイモンド様に囁いて、壁際に設置してある長椅子に誘った。
「今いる歌姫は外国に嫁ぐよう、神殿から勧められているとか」
はあ、とレイモンド様が難しい顔をして腕を組んだ。
「俺たちは何も知らされてない。キリアムあたりが、一人一人呼んで話しているらしいな」
「神殿が勧めているわけではないのですね」
「そんなことを神殿がする必要がない。外国が歌姫をほしがるならきちんと口説き落とせばいい。この国の貴族と同じように」
うん、とわたしは頷いた。
「外国に嫁ぐことを了承した歌姫だけが巫女姫の候補に残っていると」
「見方によってはそうかもな。歌姫たちの詳しい事情はわたしには分からない。ただ、今回は高位の令嬢たちは巡業への参加をのきなみ辞退した。アリシア巫女姫への反発は強い。候補として侍るのを良しとしていないのだろう」
「なぜアリシア様の振る舞いを誰も抑えられないのですか?神殿の信頼を損ねます」
レイモンド様は顎をしゃくった。その先には、外国の賓客と話し込む、キックナー卿。
「宰相子息がアリシア巫女姫についていることは隠されてない。今回の巡業についてくるなど、堂々としたもんだ。現役の宰相の子息だからな、正面から抗議もしづらい。それにキリアムは代々神官を出す伯爵家。今の神官の中で、爵位をもつものは少ない」
キックナー卿がついているからアリシア様はあんなにも奔放な振る舞いを許されているのだろうか
「リチャード様は何も仰られないのですね」
「あの方のことだ。時が来るまで何も言うつもりはないだろう。ここに送り出されたということは、わたしも試されているんだろう」
「・・・・・・レイモンド様は何か気づいていらっしゃるんですか?」
リチャード様だ。この不穏な空気を知らないはずがない。それなのに巡業を決行させた。
「キリアムたちは歌姫を外国に出そうとしている。わたしが分かるのはそれくらいだ。一体なんのためか、わたしには分からない。」
「・・・外国からの寄付はどうなってますか?」
「増えてはいるが急激にということはない。」
レイモンド様はわたしを見た。
「寄付で神殿の動きは変わらない。巡業にしても歌姫との縁にしても。カービングは寄付を積んだから巡業が呼べたと思っているのか?」
わたしは首を傾げるだけにしておいた。
オルセイン伯爵との会話でヨシュア様から巡業の願い出を出していないような雰囲気だった。どんな手続きをしたのか、深く聞かずにいた。
こんなことになるのなら、きちんと聞いておけばよかった。
それに巡業が決定する過程もわたしは知らない。
歌姫は祈りのための音楽を研鑽することが仕事で、神殿の運営には巫女姫以外関わらない。
「お前にはアリシア巫女姫たちから何か働きかけがあったのか?心配していたんだ、本当に。ロメリアたちがあんなことになって、アリーもこんな辺境に送られた。リチャード様はお前も外国に出そうと思ってらっしゃるのかと勘ぐっていた。ロメリアやローズはそれなりに幸せになっているようだが・・・」
「レイモンド様はロメリア様たちのご様子をご存知なのですか?」
「シュゼリナに繋がっている元の歌姫たちからの噂は聞いている。だが今は、ロメリアとは誰も繋がっていないと思う。ローズは・・・」
「ローズ?!ローズはどうしているか、ご存知なのですか?!」
わたしは噂しか知らない。
歌姫を辞めて、結婚の話がなくなって、混乱していたわたしは、夜会の断罪劇で社交界から追放された彼女たちの跡を追えなかった。
ロメリア様もローズも、西辺境伯の家系に繋がる家柄で、名ばかりのわたしと違ってきちんとした貴族令嬢だった。
神殿から出てしまえば社交界ぐらいでしか、再び会える機会はなかった。
レイモンド様が会場を見回して、再びわたしに目を向けた。
「よくご存知の方がここにいる。あとで紹介しよう。わたしも先程声をかけられて驚いたんだ。」
「アリー」
レイモンド様がわたしを呼んだ。
「この巡業が終わったら王都に戻ろう。お前はよくやったよ。もう十分だとリチャード様も仰ってる。これ以上、ここに尽くす必要は無い、と」
ツキン、と胸が傷んだ。
加護のない土地と言われたカービング。巫女姫をこの地に迎えて、祝福を授けてもらうことがわたしの使命。
「・・・アリシア様は、この巡業で祭礼を飛ばされたとか。ここでは大丈夫でしょうか」
「カービングに来たかったんだ、それぐらいはやるだろう。それだけで辺境伯が許すかは分からないがな」
どういう意味?
「南東地域が巡業に選ばれたのはアリシアの為だ。そんなの誰の目にも明らかだ。いずれ領主夫人として出向くために巫女姫として見せつけたかった。それなのに、祝福どころか祭礼さえ行わない。まともな領主ならそんな歌姫はいらないと言って破談にするだろう。・・・カービング卿は既にアリシアを見捨ててるように思える、わたしが見る限り。ここに来てからお前をべた褒めだったぞ、巫女姫の前で」
何やってるのよー!人がいない時に!
それにしても。ここまで資質のない巫女姫がどうして選ばれたのだろう。
「・・・・・・お前は若いしな。結局、どれだけ頑張っても神殿から権力を遠ざけるのは難しいことなんだろう」
えー、そういうこと。やめてよ、わたしは純粋に巫女姫をめざしたのに。たとえそうであってもわたしは祭礼を失くすことを許さないわよ。
その地位を望んだのなら、張りぼてであっても役割を果たすべきだ。
「ロメリアはガイネ港にいるらしいな」
「キックナー卿は、ロメリア様は自分のところに帰ってくると思っていたようです」
「笑わせる。あの顔で」
それは存在否定ですよー!気をつけてください。レイモンド様。
たしかに、美男子とは言い難いですが。
「もともと、ロメリアとは釣り合わないと思っていたんだ。ロメリアも巫女姫の時はだいぶ、鬱屈していたし、自信を無くしてたんだろうな。あんな奴に嫁ごうなんて」
「驚きました、ロメリア様があんな性格だったなんて」
「ああ、元気になったんだな。良かった。昔はうるさいくらいだったからな。氷の巫女姫だって。腹を抱えて笑ったらヒールで本気で足を踏まれたんだぞ」
「お兄様が余計なことを言うからです」
「・・・歌姫はだいたい淑女じゃない。ホントのことなのになんで怒られるんだ」
納得いかない、とレイモンド様が立ち上がった。