53 公開処刑!禁止!
コツコツと急いだ足音が聞こえて、ナーガがヨシュア様にそっと近づいた。
報告があるようだ。
ヨシュア様の方が少しだけ背が高いので、ちょっとだけ頭を下げてナーガの口元に寄せた。
眼福。眼福。
この2人、実はとても仲が良いので、無意識に距離が近い。
ナーガもヨシュア様の冷たい美貌とは、また違う荒削りな男性らしい美男子だから、2人並ぶとお得な感じがするわね。
話を聞き終えたヨシュア様が頭を上げるとアリシア様を見た。
あらーアリシア様。目がキラキラしてる。
眼福ですよねー。わかりやすい。
だけど、前面に出すのはちょっとはしたない。私の矜持が許しません。
「他の歌姫たちだが、どうやら馬車列の中で轍にはまってしまって動けなくなった馬車があるようだ。城の馬車に迎えに行かせるが、立ち往生から時間がかかりすぎて、今日中にはたどり着かないかもしれない。」
どの辺の馬車列が足を取られたのだろう。その後の馬車も通れないのなら、かなりの人数が本体と別れることになる。
おもわず唇に手がかかったのを感じて、そっと手を下ろした。
考え事をするときに唇を触るのはわたしのくせ。
以前ヨシュア様に指摘されて気づいた。
ふうん、とアリシア様は興味無さそうに言った。
「城の中は安全です。今付いている近衛の騎士を、半分お借りして迎えに行かせてよろしいですか?巫女姫様。もちろん、城からはできる限りの騎士と馬車を出します。私用の馬車も。ですが何分、人数が多く、騎士が1人でも多い方が良い。途中で泊まらせるよりも、城に連れ帰った方が安全ですから。」
よかった。迎えを出してくれたのね。
お城まであと少し。頑張ってここまで辿りつけば移動はなく、お世話をする体制も整っている。
馬車を乗り換えて騎士の馬に1人ずつでも乗せてもらえば、せめて歌姫だけでも全員城に連れてきてもらえば
一緒についてきている下女には申し訳ないけど、お城にいる間はこちらが全面的にお世話するつもりでいるから、ゆっくりしてもらえればいい。
歌姫にはこちらでのお仕事があるのだ。
ゆっくり休養を取るのが先決だ。
ええ、いいわよ、とアリシア様は明るく答えた。キリアム様もキックナー卿も何もおっしゃらない。
歌姫のことに興味がないのは、アリシア様だけじゃないのね。
「ねえ、そちらの騎士はヨシュアの近衛?」
アリシア様がニコニコして、ナーガを見ている。
ヨシュア様がナーガを紹介した。
ナーガは騎士だが、実務は領宰の見習いのようなもの。
複数人いる領宰の候補の1人。
最近は良くヨシュア様について回ってるので、美人なお二人は領都でも有名でとても人気が高い。
さすが、アリシア様。抜け目がないわね。
沢山の貴公子を、夜会で侍らせる手管。ここでも健在のようです。
ちょっと勉強させてもらっておこうかしら。後学のために。
「巫女姫のアリシアよ。ヨシュアのお城の騎士は本当に惚れ惚れするわね。近衛の騎士を勝るかも。よろしくおねがいします。」
あらら、そんなこと言っちゃう?
後ろの王宮騎士の方が、おもしろくなさそうに目を逸らした。
この方、本当に気をつけないと、神殿の目的を見失うわ。アリシア様が見失うのは構わないけど、わたしたちが巻き込まれるのは勘弁。
アリシア様はナーガに向かって手を出した。
はあ。ほんと、何様のつもり⁈
こんなこと言いたくないけど、たかだか伯爵家の娘のくせに王族と同じ礼を受けようなんて、本当厚かましいのよ!
夜会に出てた歌姫たちが、呆れるのもわかったわ。
いくら国王と同じ敬愛を受ける、って言っても、巫女姫の間だけのこと。
それも警護を厚くするためにされている措置なのに、まるで生まれながらの姫みたいな態度。
高貴な女性から手を差し出すのは、跪き忠誠を誓わさせるため。
それをカービングの私兵であるナーガにするなんて。
やっていいのは、ここの奥方ぐらい。
王妃様でもヨシュア様の許可がないとできない。
それでもナーガは微笑んで、アリシア様の手を取って軽く持ち上げた。跪きはしなかった。
跪いたら、完全に忠誠の誓いになっちゃうから、その場で裏切りを疑われても仕方ないから。
そういうの分かってやってるのかしら?アリシア様は。
自分が、ヨシュア様の奥方だって見せつけたいのね。
ここの城の方々は主人に似て気位が高いから簡単には受け入れてくれないと思いますよ。わたし、経験済みです。
「アリー。」
えええ?アリー?わたしのこと?
キリアム様が呼ぶんだから、多分わたしよね。
「キリアム様。お久しぶりでございます。」
淑女の礼をとりながら、キリアム様に礼をした。
「もうお兄様と呼んでもらえる年でもなくなったのかな。なんだか、雰囲気が変わった。大人になったのだな。」
はあ、もう23なので。
それにわたしはもう神官ですよ。
歌姫とともに音楽の指導を受ける神官の見習いをお兄様、と呼ぶのは、年若の歌姫の習慣。
というか、わたしは今まで、一度もあなたのことをお兄様など呼んだことはありません。そんな親しくありません。
ですので、勝手にアリーなんて呼ばないでください。
「時間が空いたらでいい。君に個人的に話したいことがあるんだ」
あちゃー。あの噂は本当らしい。逃げたい。
「かしこまりました。」
時間が空いたら、ね。
残念ながら、巡業の間はそんな時間はありません。
詰めの甘いこと。
巫女姫様たちが城の中にはいったのを見届けた。するとナーガと私たちのところにまた騎士が近づいてきた。
現在こちらに向かっている一行の正確な数。やはり、領界を超えてから二人足りない。
「どうやら、馬車を下され、返されたようです。」
返された?どうして⁈
「離脱したのはおそらく、領界を超えてすぐ。馬車酔いがひどく、休憩を求めたところ、神官に帰るように言われていた。と下女が証言しています。」
すでに一日以上、たっている。
離脱したのは下女と歌姫の二人。
体調を壊した女性を置き去りにしていたなんて。
しかも領界を超え、オルセイン領に戻っているかもしれない。
「ナーガ。」
わたしはナーガに向かった。こんなことはしたくないが、仕方がない。
「お願いです。彼女たちを助けて。迎えに行ってあげてください。」
彼なら騎士団に命令を下せる。
だけど、ナーガを動かせるのは本来なら、主人であるヨシュア様だけ。
「領界を超えたかもしれません。オルセイン領に入っていても見つけてほしいのです。出来るだけ、急いで。ヨシュア様には私からお話します。お叱りなら、わたしが受けます。」
領の騎士団はカービング辺境伯の私兵。
領主の命令なく、一人も動かす事は出来ない。
況してや騎士に領界を超えさせるなど、相手の許可なくしては諍いの種になる。
ナーガ一人で判断できる範囲を超えている。
だけど、一刻でも早く動かして欲しかった。
ナーガは強い瞳でわたしを見て、に、と笑った。
「お叱りなど、受けるはずもありません。」
そして、控えていた騎士に命令を下した。
思わずため息が大きく出た。彼女たちが見つからなければ生きた心地がしない。
一行の中には伯爵家の令嬢も混ざっているのだ。
一見、下位の爵位に見えても、実は高位の爵位の一族、というのも普通にある話。
それでなくても、女性が領内で乱暴されたなどあっては、カービングの品位を貶めてしまう。
「神官様。」
ナーガがわたしの前に跪いて手を取った。
そして、一瞬、額をつけて離した。
周囲の城の者たちがそれに倣って、跪いた。
跪ずき、手に額をつけるのは最大限の敬意の表れ。
「何なりとご命令ください。あなた様からの命令は、ご当主と同じと思うよう城のものは心得ております。遠慮なくおっしゃってください。」
ありがとう。震える声でそういうと、ナーガは立ち上がった。
そして、ニヤ、と笑いながら言った。
「あなたを悲しませたら、俺たちの命が危ない。それぐらい俺たちだって分かってますって。」
うー!公開処刑!禁止!
お願いだから、ヨシュア様、自重してください。せめて巫女姫一行の前だけは!
わたしは刺されたくありません!




