52 予定外です!
巫女姫巡業の先触れとなる第一陣がついたのは、6日後の昼過ぎだった。
予定より少し早い。
夕方に着き、翌日、巫女姫を含む本体が到着する予定だった。
だが、予定変更どころではなかった。
先触れの隊と一緒に巫女姫が到着したのだ。
知らせを聞いて、門まで走ると、すでに警備の騎士たちが、整列していた。
二重に並ぶその隊列の向うに、たしかに巫女姫の馬車があった。
巫女姫は城主の出迎えを待っている。
ギル=ガンゼナ城の騎士たちは引き締まった顔で、微動だにせず、当主の命令を待っていた。
その凛々しい姿に安心した。取り乱したりせず、姿勢良く立つ姿が頼もしい。
落ち着かなければ。
「本体はすぐに着くの?」
「いえ、全くそれらしいものは見えません。先触れの隊の話によると、前泊の宿から巫女姫の馬車は追いついたとか。今朝もかなり早く出発したようです。」
「本体は今どこに?」
「昨日の報告では、予定通りに。先触れの隊より、半日遅れる場所に宿を取っています。先程、こちらから様子を見に行かせました。」
わたしの隣に立つジャンが、報告してくれた。
本来ならヨシュア様の近衛だけど、今はわたしとヨシュア様の専属の連絡係。
侍女のマーガレットと、文官のオーリオは執事長と領宰の専門の連絡官のような仕事をしてくれている。
ヨシュア様がつけてくれた、わたしの補助だ。
夏が過ぎてからなんだか急に立場が変わり、今では部屋も城主の私殿に移されてるしジャンのような側近もつけられている。
城の人たちの雰囲気も・・・。
なんだかなー。
外濠が埋められていて、辛い。
「先に着いた騎士は何名だった?」
「10名です。」
半分の騎士が、巫女姫の警備に当たっている。
残りの歌姫と下女を合わせて、女性が40人近くはいるというのに、10人しかいない。
その時、オルセイン領に出していた偵察隊から報告があった。
体調の不良で2名、オルセイン領のリリスの屋敷に留め置くとのこと。
リリスの屋敷なら、安心だわ。
留め置くというのだから、帰り、合流すればいい。
「ですが、昨日の報告と人数が異なるのです。おそらくもう二人、どこかで、離れております。」
馬車列はかなり、バラバラになっているので、はっきりした人数が把握できないとのこと。
血の気が引いた。
あれだけの少女を連れ回しているのに、人数もはっきりわからないなんて。
人の気配がして、振り向くと、ヨシュア様が来ていた。鋭い眼光で巫女姫の馬車を見ている。
「卿、あの。」
「本体とはかなり離れて、到着したらしいな。報告を待って本体を迎えに行かせる。警護が手薄だ。」
領境いから、カービングの領兵たちもつけているが、それほど多いわけではない。
ありがとうございます。とわたしは、頭を下げた。
「礼には及ばない。この地で事故を起こさせてはならない。」
一旦、言葉を切って、わたしを見た。先程とは違う、優しい目。
「心配するな。あなたの大事な歌姫たちを必ず守ると約束しよう。」
泣きそうになりながら、うん、と頷いた。
お願いします。彼女たちを守って。
どれだけ心細いだろう。
長い旅の末にたどり着いた辺境の地で、巫女姫に置いていかれるなんて。
ヨシュア様が顔を上げて、みんなを見回した。
「これより巫女姫を迎える。神殿の御一行はみな、女神の使徒。決して粗相がないように。」
張りのある声で命令して、踵を返す。
歩き始めたので、わたしも従おうと動いたところで、足を止めてわたしを見た。
「あなたは、ここにいてくれ。」
ヨシュア様が言った。
ゴロゴロゴロ。
雷が鳴った。
ありえない。曇天が続いていたが、こんなこと。
二人で空を見上げた。
「いよいよだな。」
ヨシュア様が呟いた。そしてわたしを見る。
「行ってくる。」
短く言って階段に足をかけると、ヨシュア様に侍っていた騎士団長のゴードンが、ならえ、の号令をかける。
ザン!!
騎士たちが、持っていた銃剣を一斉に地面に打ち付け、背筋を伸ばした。
かっこいいー!!
こんな時に不謹慎なのはわかってるけど、頭の芯が痺れる。
勇ましい騎士の間を長身のヨシュア様が、優雅に歩き、巫女姫の馬車に向かった。
こんなにかっこ良かったら、アリシア様は絶対に諦めないと思う!
むしろ情け無いすがたで振られてしまったら良かったのに!!
不謹慎に身悶えしていると、巫女姫の馬車の扉が開いた。
最初に出てきたのは、侍女。
ん?侍女?
「メグ。名簿に侍女の役はあったかしら?」
「いいえ?ございません。」
「あれは侍女だわ。下女ではないはず。巫女姫様のお部屋の侍女部屋を、すぐに使えるように確認してくれる?」
かしこまりました。と、マーガレットは部屋を用意するべく下がっていった。
先代の巫女姫ロメリア様は子爵家の出身だったが、巡業に侍女は連れてない。
巡業中は身の回りのことを自分でするのが、基本。
侍女が名簿にはなかったのなら、参加人数そのものの数が変わってしまう。
アリシア様は巡業そのものを何か勘違いしているのではないかしら。
侍女に続いて降りてきたのは、キックナー卿。そしてキリアム様。
巫女姫の馬車に男性が二人も乗るなんて。しかも、隊を率いるはずの立場の二人。
あとの本体は一体誰が率いているんだろう。
最後に巫女姫アリシア様が降りてきた。
ヨシュア様に手を取られて馬車から降りて、出迎えの隊列ににっこり笑った。
花のよう。
見事な金髪と白のドレスに身を包んだ華奢な身体。背は低くないから、長身のヨシュア様と並んでも釣り合いがとれ、一幅の絵画を見ているよう。
ヨシュア様をうっとりと見上げ、両手で彼の手を包み、何かを話しかけている。
恋人たちの再会。
城のみんなに初っ端からそう印象付けているのだろう。
胸がじくじくと痛んだ。
ゆっくりと城の玄関で待つ私たちの方へ向かってくる。
真ん中あたりまで来たとき、急に雨が降り始めた。なんの前触れもなく大粒の雨。
きゃあ、とアリシア様の可愛い悲鳴が響き、ヨシュア様がアリシア様を庇うようにして飛び込んできた。
わたしは頭を下げる。
キャハハ!と、アリシア様の明るい笑い声が玄関ホールの石畳に響いた。
「やだ、濡れちゃった。」
「大丈夫か、アリシア。」
わたしの前で、ヨシュア様のアリシア様を気遣う声が聞こえた。
いつものヨシュア様。
わたしを気遣う声と同じ声。
顔を伏せたまま眉を寄せた。
嫉妬なんて、みっともない。こんな気持ち、絶対に見せたりしないんだから!
「大丈夫。ヨシュアが庇ってくれたから。でも裾が濡れちゃった。早くお部屋に案内してね。」
わたしの暗い気持ちと対照的にアリシア様の明るい声。
ああ、アリシア様、だわ。
思いだす、彼女の性格。
伯爵家のご令嬢なのに、天真爛漫で令嬢らしい気位があまりない性格だった。
それが災いして祝福を授かりに来た男性に気安く触れられたりして、ロメリア様に叱責されたりしてたっけ。
どちらかというと、彼女の方が慎みがないのだけど、何でわたしは最近こんなに怒られてるのかしら?
コツコツとヒールがわたしの前を通り過ぎるのを聞いた。
神官がいるのに声ひとつかけないつもり⁈
そう、そういうつもりなのね。いいわ。わたしはわたしの仕事を全うするだけよ。
「巫女姫様。」
ヨシュア様が声をかけた。ヒールの足音がとまる。
「エチュア神殿のスミス神官だ。」
あら、気を使ったのね、ヨシュア様。
今更いいのに。
わたしの興味はもう彼女にはないわ。
ヨシュア様に呼ばれてわたしは顔を伏せたまま、一歩踏み出した。
「エチュア神殿をお預かりいたしております、アリエッティ=エト=スミスでございます。巫女姫様には、ご来訪いただきまして誠にありがとうございます。」
そう言って顔を上げて驚いた。
アリシア様の目の冷たいこと。
「久しぶりですね、アリエッティさん。」
アリシア様の口がいびつな形で笑った。
ヨシュア様。あなた、かなり悪手をつかったわね。
別れ話が拗れてるじゃないの。
冗談じゃないわ。
いくら好きでも、こんなの引き取れない。