50 わーん!わたしのばかー!
巫女姫一行が到着するまで、1週間となった。
情報は的確に入ってくる。
はっきり言って異例だ。この巡業は。
良く引き返さずここまできた。
参加の歌姫のことを考えると胸が痛む。
大幅に予定を変えて、祝福を行うはずだった神殿祭祀は3回が取りやめになっている。
現在はオルセイン領に滞在しているが、ここでも祭祀はない。
だが、夜会が中止になっているとは聞かない。
歌姫全員で夜会に参加することはせず、半分は祝福を行うことで、なんとか体面を保っている。
そして、巡業の脱落者。
すでに3人が体調を崩し、オルセイン領まで辿り付いていない。
巡業を始めて10日を越したところで一行から離れ、王都に帰ったものがいると報告があった。
その後も少しずつ増えた。気になるのは彼らが歌姫であるのかわからないこと。
歌姫であったとしたら、護衛がついていないこと。
はっきりと誰が欠けたのかわからないのだ。
巡業予定の全ての場所に、全ての旅程が知らされるわけではない。
その場所に必要な分しか知らされない。
わたしが担当官であったら、その地域を統括する領に警護の応援をお願いし、警護に必要な情報を渡したりしたが、書類の作成に労力がいるので、今回は省かれたのかもしれない。
そもそもが、統括領に警護も依頼されてない、とヨシュア様は言うのだ。
おそらく、地方地方の領境いごとに、一応の検問を受けることなるのも、遅延の原因の一つだろう。
気の利いた領主なら、足を止めさせることなく、一行を通すが、領都から出せば終わりと思っているような無能な領は領境いまで見送ることなく、検問官に口添えをしていなかったりする。
そうなると、半日は留め置かれるのだ。領の認めた書式と王都の書式が違うと言われたり、言葉が微妙に違って、話が通じなかったりする。
そのため、統括する辺境伯領の騎士をつけると、すんなり通してもらえるのだ。
はじめの2週間で大幅に遅れが出たのを知って、そう言ったところ、ヨシュア様はすぐに、騎士を出した。
それでも予定は遅れ続け、祭祀が取りやめになり、宿の変更や、休憩を減らしたりして調整されているよう。
そして、異例な天候不良。
このために予定が遅れたとはっきり報告はされてないが、それはそれで旅は悲惨なものになる。参加者の体調はここに大きく影響されるのだ。
ここまでに雨に降られたのは5日。
この時期、南東地域は雨が降るのは普通だが、わたしの知ってる限り巫女姫巡業がいる間は雨が降らない。
雨が降ると、動きが遅くなる。
そして、1番の問題は。
「本音を言いますと、巡業の間の一番の問題は洗濯なのです。」
定例にしている会議。
巡業の道中を治める各地の頭目と、城の領宰、執事、騎士団長などが、集まっている。
「洗濯?」
「はい。雨に降られると洗濯ものが乾かないので、予定が大幅に狂います。」
曇りが続いてもそうなのだ。雨だともっとひどいはず。
「歌姫は若い女性。しかも長い旅です。洗濯物が乾かなくては困るのです。」
会議の参加者に柔らかい笑いが起きた。
やっぱり何もわかってない。小綺麗にしたいとか、そんな単純な話じゃないのだ。
「女性には月のものがあります。洗濯が滞ると困るのです。人数が多いと常時、複数人はいますから。当て布が足りなくなるというのは女性にとっては死活問題なのです。」
みんなが、一瞬、ぎょっとして口をつぐんだ。
ほら、思いつかなかったんでしょう?巡業というのは、思っているより過酷なものなのです。
長い間馬車に座るのも苦痛だが、食事が合わなかったり、馬車酔いをしてしまったり、馬車の中で眠り過ぎて、夜眠れなくなったり、通じが不順になったり、月のものがきたり。
物見遊山ではないので、個人的に買い物はいけないし、楽しみもあまりなかったりする。
「わかった。今からでも下女の数を増やそう。湯殿も増やし、一人で入れる浴室も用意しよう。ここまで辿り着くのに歌姫たちはさぞや疲れているだろう。出来るだけ休養できるように、みな、最大限の配慮をしてくれ。」
ヨシュア様の厚意が有難いです。
カービングの温泉はみんな喜ぶと思います。
は、と、みんなが短く返事をして解散した。
会議が終わって、みんなが退出してもわたしは部屋に残る。
ヨシュア様の執務室につながっている会議のための部屋が、わたしの執務のための部屋のようになっている。
そのまま書類を眺めていたわたしの横に、ヨシュア様が座った。
何も言わず、机に突っ伏す。
珍しくお疲れのよう。
「アリエッティ。」
あら、本当に疲れてるの?珍しく弱ったような声。
「あなたも月のものに、悩まされたのか?」
は?
はああああ⁈
「女性は子供の出来る穴から、血が出るのだろう?毎月、体が痛くなることもあるとか。あなたもそうなのか?」
あなたって人は!なんてことを淑女に聞くのです⁈
あまりのことに、言葉も出せないでいると、ヨシュア様が顔だけ傾けて下からわたしを見上げた。
「・・・そう言うことを、あなたのような女性の口から聞くと言うのはな。」
甘えたような姿勢で見上げないでください!へんな雰囲気を想像しちゃうでしょ!
「あなたが子を産める、月のもののある女性だということを想像させるんだ。男というのはそういうものだ。」
・・・・いやー‼︎みんな、そんな目でみてたの⁈厭らしい‼︎
もう、あの人たちとは、顔を合わせられない。
うわぁん。
「だから、慎みを持てと言ってただろう。」
ヨシュア様がため息をついた。
だって、だって、話の流れで!
恥ずかしくて顔があげられない。
「娘が生まれたら、歌姫にはさせられないな。」
うう、返す言葉がない。淑女教育の最高峰と言われてるのに。
わたしのせいで!わたしのせいで!
何が悪かったのー??!
「あなたがどうして、そんな慎みがないのがわかった気がする。」
今度こそ、反省して聞きます。
教えてください。
「女の城とはよくいうが、男の目を意識しなすぎる。男は常に、子を作る相手と思って女を見てるんだ。・・・たとえ、あなたがその気がなかったとしても、勝手にそう思うもんなんだ。」
そ、そうですよね。わたしだって、時々、あなたにはそう思いますもの。
そうよね、そうよね!
わーん!わたしのばかー!!
「・・・反省、したか?」
顔を覆った手を放すことが出来ず、コクコクと頷いた。
「必要だと思っても、ああいうことは、わたしにだけ話せばいいんだ。」
あなたにだって、話せないわよ。
ああ、でも、そんなことあんなに大勢の前で口にしちゃったのよね。死にたい。
ポン、とわたしの頭に、ヨシュア様の大きな手が乗った。
「全く。女にしておくにはもったいない才能だというのに。これだから、目が離せないんだ。」
そう言って、ピン、とおでこを弾かれた。
おでこをさすりながら、目をあげると、ヨシュア様がちょっと嬉しそうに、ニヤニヤ笑っていた。