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49 不名誉な噂

巫女姫巡業の出発日が過ぎ、やっと中央神殿から詳しい旅程が来た。


遅すぎる。


ヨシュア様に呼び出され、わたしは書類を食いいるように見る。

手元にあるのは、巡業の参加名簿。



巫女姫様。

歌姫 37人。

神官 5人。

下女 10人。

護衛騎士 20人。


歌姫、37人⁈


何回か人数を数え直して、ため息が出た。

バカなの⁈

なんでそんなに連れてくる必要があるの?

それに対して護衛の数が少な過ぎる。


人数のバランスは歌姫に対して倍の数が、基本。


高貴な身分が混じればさらに増える。

王族に連なるセシリアが巡業に参加した時は、自分の騎士を連れてきた。

人が増えるとそれだけ手間が増えるので、あまり巡業には参加しなかった。


それに下女の数も少な過ぎる。


「歌姫や神官のもっと詳しい経歴が載っている名簿はありませんか?それと、班分けの表も。」

黙ってわたしを見ていたヨシュア様に言うと、文官から取り出させた。


名前と年齢、役職や、馬車と宿の班分けの配置をした書類が何枚か渡された。

見慣れた書式、これを使っているということは。


「先触れをする隊の名簿と、馬車列の順番の予定があるはずです。それも。」


ヨシュア様がニヤと笑いながら、無言で書類を渡す。


ちょっとイラッとした。

全部ください。

いちいち、めんどくさい。


「詳しいな。まるで作ったことがあるみたいだ。」

「ええ。作っていました。」


というか、この書式を整えた時に私は参加していました。だから、どんな動きで巡業を動かしているか詳しいのです。


やっぱり。とヨシュア様が呟いた。

「優秀すぎる。」

「光栄でございます。」


名簿をめくり目を通していく。

「歌姫はそんなことまでするのか。」


いや、私は社交しなくていい分、暇だったからです。

あと、無駄に歌姫歴が長いから。

巡業で仕事は分担するが、旅程全体を把握するのは巫女姫様の仕事。私は旅程の管理を補佐することが多かった。


もしかして、これってもっと歳上の神官の仕事なんじゃないの?って疑ったこともあったけど、なんか毎回させられてたし、過去のことはよくわからない。

疑ったところで仕事が減るわけじゃないし。頑張ったら巡業先での居心地は良くなる。


「自分のことは自分でやるのが歌姫の基本ですから。巡業中はみんなで仕事を分担するのです。わたしは全体を進める仕事を。」


それがここにきて役に立つなんて幸運だった。

王都から離れるに連れて、巡業の迎え入れに慣れてない土地が多くなる。


食事や衣服、衛生、体調管理。


ただでさえ大人数での移動はトラブルがつきまとう上に、若い女性のための特別な配慮が何重にもいる。


そのために、王宮から近衛騎士と王宮の警護兵をお借りするのだ。


名簿にガンドルフ=ドゥオ=キックナー様のお名前があった。

ロメリア様を断罪した元婚約者だ。


「キックナー卿?」


彼は宰相の子息だが、神殿での役職はない。騎士でもないはず。

見れば、神官として名前があった。


何故?


神官枠は神官の職に正式についていなくても入れる。たとえば楽器修理の専門家や、体調管理のための医師など。

だが、ガンドルフ様が神殿に関わっている印象はなかった。


そして、もう一つ、気になる名前。

「・・・キリアム様。」


神官の筆頭でこそないが、巫女姫付き、となっている。


やっぱり来たか、とため息が出た。

波乱は一つではないらしい。


もう一つ、神殿から申し出が来ていた。

歓迎晩餐会で周囲の国を招いてほしいと。


「キックナー卿からの個人的な願いで、ガイネ港からはぺヤン夫人を呼んでほしいと。アリエッティ、あなたの友人として。」


何ですって⁈


「なぜ?」

「さあな。」

ヨシュア様が興味なさそうに答えた。


まあね、興味ないでしょうよ。

人の恋路のことなんか。

この方、意外と薄情で、自分の興味ないことは足で踏みつけるようなところあるから。


だけどね、だけど!ちょっとは関わってるのよ!

巫女姫アリシア様とすごく関わることが!


「ロメリア様は、キックナー卿の元婚約者。キックナー卿から婚約を破棄された方のお立場です。」

「ああ、知っている。」


知ってたんかーい!


じゃあ、もうちょっと興味持ってよ?

あなたが開く夜会で何かやらかそうとしてるのよ?


「先代巫女姫は、現巫女姫アリシアに嫌がらせをして貶めようとした。有名な話だ。」


ぐ、と胸が痛くなった。


「それが、キックナー卿の耳に入り婚約を解消された。その後、国外に逃げた。わたしが知っている噂はそういうことだが。」


ヨシュア様が冷たく言い切った。


不名誉な噂。不名誉な巫女姫。

ロメリア様は二度とこの国に堂々と帰ることはできないだろう。


悔しい。


だけど、この方たちはその噂を信じて、アリシア様の味方に着いたのだ。


「あなたはどう思う?」


聞かれて、顔を上げた。

ヨシュア様が考えの読み取れない目で見ていた。

こんな時の彼は若さの侮りを寄せ付けない、統治者の顔をしている。


この人の信頼を勝ち取りたい、そう思わせる雰囲気がある。


「ロメリア様は、ご自分にも私たちにも厳しい方でした。歌姫であることに誇りを持っていらっしゃいました。隠れて嫌がらせをするような方ではありません。」


ヨシュア様の表情は、わたしが尊敬している人たちと同じ。その一人がロメリア様だった。


ヨシュア様がロメリア様を蔑んでいても、わたしはロメリア様を信じる。


彼女の行いが巫女姫の威信に傷をつけ、それを咎められて国外に逃げたと言われても、わたしは嫌がらせを見ていない。

アリシア様が傷つけられたところも。

わたしはわたしの見た、ロメリア様しか信じられない。


「では、わたしはあなたを信じよう。」

ヨシュア様が美しく微笑んだ。


「わたしはペヤン夫人を知らない。だけど、あなたは尊敬してるのだろう?彼女のことを。」

「はい。」


彼女に傅いた5年間。

わたしは彼女の背中をずっと見ていた。


国王に匹敵する敬愛に答えようとする姿。

100人の歌姫の代表として、毎年大変な巡業を行い、民に祝福を与える姿。


わたしは彼女が目標だったのだ。


「あなたは信頼に足る人だ。だからわたしはあなたを信じる。あなたの信じる、ぺヤン夫人を。」


ありがとうございます。とわたしは頭を下げた。


「ガイネ港へは招待状を出すといい。」


え?

今の話は、何だったの?


ぷ、とヨシュア様が笑った。

「変な顔。」


はあ⁈

なに?なに?その悪ガキみたいな顔!


一瞬、頼れるわーとか思ったのに!


「どうせ、断られるさ。だが、出さないわけにもいかない。キックナーのほうへの説明がいるからな。あなたの友人として招待するのだから、あなたの思うことを書いて出したらいい。」


そして、断れたらいいんだ。とヨシュア様は酷薄そうに笑う。


「お断りにならないのですか?外国の方を招くこと。」


こんな厚かましいお願いを聞いてやる必要はない。


「断らない。人の城で何をしようとしているのか、見届ける必要がある。」


あー。

カッコいい。


ズキュン。て、きた。今の表情。


どうして若いのに、こんな悪そうな顔をできるのー?

いろんな邪な気持ちがなければ楽しめるのに。


急にヨシュア様がわたしの頬をつねった。


痛い!


「もっとわたしを信用しろ。あなたの愛するものを、わたしは傷つけない。」


ああ。

何でそんなこと、かっこよく言うの⁈

わたしだって、信じたい。

あなたを信じたい。

だけど。


わたしを一番傷つけたのは、あなたなのよ?


領主夫人としての辺境行きを断られた時も、そして今も。



それからは怒涛のように日が過ぎた。

巡業予定地に散らばらせておいたカービングの使いから次々と、知らせが入ってくる。


巡業が始まって3日目、雨が降ったらしい。

これはわたしが歌姫になって以来の珍事だ。


巫女姫巡業中、一行のいく先では雨が降らない。


しかも、祭礼の最中。


これを珍事とわかる人は神殿の教義と内部が分かった人。


アリシア様は、巫女姫の資格を失っている。


わたしが確信できる出来事だ。

このことに恐れを抱いて、彼女がここに来るまでの間に態度が改められるといいけど。


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― 新着の感想 ―
>わたしを一番傷つけたのは、あなたなのよ? それ、本人に言ってやれ。
[一言] 何でそんな自信満々なのか全然分からんヒーローと、このヒーローに上司としても1人の男性としてもときめいてるヒロインがほんとに謎 アリエッティが信じる歌姫の在り方や、今自分がやるべきことにどう…
[良い点] アリエッティ頑張れって、報われてくれって毎話思う [気になる点] チョロイン、あと不誠実な行動続ける領主様が気に食わない〜!! [一言] 元歌姫の、アリエッティの友達が皆んな好きです!
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