45 今更なんです
リリスの手前睨むこともできずに、池には入ったことはありませんが水浴びは好きなのです。というと、リリスは言った。
「そういえば、よくセシリア様と浴場で水浴びをされておられましたね。」
そうです。
王都でも暑い日はよく足だけ水に浸したり、水で汗を流したりしていたのです。
お湯を湯船に張って、長湯をするカービングとは習慣が違うの!
「セシリア嬢?」
「ユティア公爵ご令嬢です。セシリア様とアリエッティ様は本当に仲がよろしくて。」
「あの美女と名高い⁈」
あら、ナーガ知ってるの?
ナーガは音楽隊には入ってないから、天覧演技の時もセシリアには会ってない。
まあ、ナーガは次期領宰。この前の社交シーズンもヨシュア様に近衛して王都に行っていたし、夜会にも出ていたから噂ぐらいは聞くわよね。
「私、セシリア姫とは親友なのです。」
王族と知り合いなんですのよ。あまり舐めないでください。
虎の威を借る狐。
「本当に仲がよろしかったですものね。セシリア様が、寮にいらっしゃる時は、大概、アリエッティ様がお部屋にいらっしゃいました。」
ええ。だって、編曲の打ち合わせをさせられてましたから。
おかげでいろんな特訓を受けました。時には、お忍びできたオスカー殿下からも。
「ああ。ミスティア公爵が親しげなのは、ユティア公爵令嬢の伝手で。」
ヨシュア様が言った。
あら、バレちゃった。
あんまり知られたくないんだけどねー。
利用されるのはまっぴらです。
セシリアのお母様は王姉ユティア公爵。オスカー殿下とセシリアは叔父、姪の関係。
王宮楽団長のオスカー殿下はセシリアによく作曲や編曲を依頼して、わたしもよく手伝ってました。
ナーガの目が信じられないと言っている。
ほら、私を舐めるからですよ。
私、歌姫だったんです。結婚できなくても、長年いれば、王族に伝手ぐらいできます。
こき使われますけどね。
色々思い出すと、利用されてるのはこっちのような気がしてきた。
「セシリア姫はお酒には強いのかな?」
が。ヨシュア様、また余計なことを!
「友人と二人でワインを6本も空けたと、聞いたことがあるが、もしかして。」
ぶ、とナーガが口を押さえた。
何なの?わたしの印象を悪くして、何かいいことあるの⁈
聞いていられなくて、目を瞑り額を押さえる。
本当に血管、キレそう。
ええ!その通りです!セシリアですよ!
6本くらい何よ!それだけ飲んでも、二日酔いにはなりません!
蒸留酒小杯1杯で吐いたあなたに咎められたくありません。
第一、彼女は最近まで飲める年じゃない。知るわけないでしょう!
「わたくしはあまり存じません。お酒を嗜まないもので。」
リリスが控えめに言った。
ああ、淑女の鏡だわ。
「夜遅くまで一緒におられたのは知っておりましたが、いつも楽器の音が聴こえておりました。」
「ああ、それも変わらないのだね。」
にっこり、ヨシュア様が笑顔をこちらに向けた。
そうなんです!
いつも遅くまでピアノを弾いていると、早く寝なさいって、翌朝注意されるけど、これが日常でしたの。
作曲は昼間はバタバタしていて集中できないんです。だから子供扱いしないでください。
「一晩中、語り明かすくらい、仲が良かったんだな。」
いや、徹夜してたのは締め切りに追われてる時だけです。あとは二人でお酒飲んだら寝てましたから。
「ええ、よく二人で一緒に寝ていました。セシリア姫はとっても柔らかくて、いつもいい匂いで。それにいつもお優しくしてくださるので大好きな方です。」
は、とヨシュア様がぽかんと口を開けて、それから、一瞬目を瞑り抑えるような声で注意した。
「アリエッティ。だから慎みがないって。」
「良いのです。わたくしは嫁ぎ遅れですから。」
子供ではないのです。
あなたに厭らしい想像をさせるくらいは、色々知ってますのよ。
分かっていてやってるんです。
リリスはニコニコと分かってないみたいですけどね。
「っ。それは・・・。そうじゃない。」
ヨシュア様が悔しそうに睨んできた。
いいえ。今現在、そうなんです。
わたしはもう23。これでも女性としては、遅い方なのに、あと2年待てば完全に嫁ぎ遅れ。誰のせいですか。
「いいえ。アリエッティ様は王都に帰られれば引く手数多です。そんなことにはなりません。」
リリスが少しだけ心配そうに言った。
キリアム様のことを気をつけるように、暗に言っているのだろう。
安心して。王都でも匿ってくれるところはある。多分、長続きはできないけど。
「大丈夫です。王都に帰ったら、セシリア姫の侍女にでもしてもらいます。うつろい安い殿方の寵より、女の友情の方が時には勝りますから。」
にっこり笑って、言ってやる。
今更。今更、なんです。ヨシュア様。
わたしだってあなたに応えたい。
大きな胸に抱きしめられたい。
だけど、もう、状況が許さないでしょう。
お願いですから、振り回さないでください。
それにあなたは何も言ってこない。
あれだけの束縛をわたしに課しても、きちんと気持ちを聞かせてくれたことはない。
そんなの、不誠実です。
だって約束できないからでしょう?
巫女姫も私も手に入れたいと思っているのでしょう?
そんなの、嫌だ。
ヨシュア様を選ばなければ、遅くなっても誰かの唯一になれることだってある。
平民になれば年齢のことだって、それほど問題にならない。
唯一になれる可能性がある愛情までも2番手なんて、受け入れられない。
「全く隙がない。歌姫の教育は男をやり込める術でも習うのか。」
はあ、とヨシュア様が肩を落とした。
リリスはその様子を楽しそうに見ている。
「アリエッティ様は特別、賢くていらっしゃいますから。私は神官長様の代わりとして教義の講義もしていただきました。」
おお、とヨシュア様とナーガが、やっと見直した目で見た。
だけどね、それってね。
「それって、巫女姫候補は持ち回りでやることなのよ。」
わたしだけが選ばれて特別に頼まれてるわけじゃないの。
情けなくため息をついた。
リリス、知らないのね。今の候補はやっぱりそんなことしていないの?だって、巫女姫になる可能性があるのよ。
教義ぐらい叩き込まれわよ。
だけど、その手のことは教えないで。また変なこと思いつくから、この方。
オルセイン卿に講義させられそうになったんだから。
人のこと、手駒だと思って。
ほんと、若いくせに腹黒い。




