43 巻き込まれてる⁈
神殿で話し込んでいた私たちに近づいてきたのは、騎士のナーガだった。
「ここにおられましたか、神官様。」
ナーガが笑うと、ふわっと明るくなる気がする。男らしいのに人懐っこい。
「ご歓談中、失礼いたします。美しいお嬢様。我が主人が神官様をお呼びです。」
リリスの顔がぽーとなってる。
大丈夫⁈あなた、既婚者よ?
「こちらはアンドレア男爵夫人です。ナーガ。何の御用かしら?」
ナーガはカービングの手下の子爵家。優雅な姿勢で、名乗ってから、わたしに言った。
「そろそろ夜が更けてきたので、お部屋にお戻りを、と。ご当主がお送りしますので、一度大広間に来てもらえませんか?」
「彼女は歌姫の後輩なの。偶然ここでお会いしたのです。もう少しお話がしたいわ。一人で帰れますので、どうぞ舞踏会をお楽しみくださいと伝えて。」
「お話はけっこうですが、無理だと思いますよ。」
ニヤニヤとナーガがわたしを見た。
最近、ヨシュア様のわたしへの干渉が度を越していて、正直困る。
「あと少し、お話がしたいの。一人ではダメだというのなら、部屋へのエスコートはあなたにお願いします。そう伝えてきてください。あなたが戻るまでここで待ってるから。」
ナーガが出て行ってから、リリスが夢見るような顔で言った。
「ステキな人ですねぇ。」
大丈夫ですかー?あなたは既婚者ですよ。そして、ナーガも!
「カービング領の騎士様たちは本当に素敵です。最近では、近衛騎士様より人気だとか。あの天覧演奏も本当に凛々しかったと、それはもう噂で。さすが、アリエッティ様ですわ!」
最後のさすが、が意味がわかりません。
確かに天覧演奏は美々しかったですが、衣装で3割増しです。
中身はむさ苦しいおっさんだったりするのよ!
確かに、カービングの領兵たちは近衛騎士だったヨシュア様にかなり鍛えられたみたいだけど。と言うと。
「ああ、カービング伯爵は近衛騎士の方でしたものね。わたくしは今回の舞踏会にも招待されておりませんので、未だ拝見したことはございませんが。大変な美青年でいらっしゃるとか・・・アリシア様のご婚約者とか。」
「確かにとてもお美しいですし、大変優秀な統治者の資質があると思います。まだお若いですけどね。そして巫女姫様のご婚約者というのも、本当でしょうね。」
「はい。わたくしも先日の社交シーズンに、カービング伯爵に早く嫁ぎたいと言われたと耳にしました。・・・言いにくいことなのですが、わたくしが辞めることを決意した噂でもあるのです。正直、アリシア様のご様子は、その、不誠実だと思って。貴公子の方々にも、わたくしたち歌姫にも。カービング伯爵にも。」
ああー。その言葉で歌姫たちのアリシア様に対する感想がわかっちゃった。
アリシア様は歌姫たちの人望を失ってるのね。
百人の歌姫を束ねる長としては致命的。
巫女姫に憧れて歌姫になったのに、これじゃやる気もなくなるわ。可哀相に。
「あんなに誇らしかった歌姫が、なんだか悲しいのです。その中でアリエッティ様のご活躍は嬉しゅうございました。」
リリスが微笑んだ。そう思ってもらえたら良かった。
ものっすごく苦労したと思うけど、あなたの言葉で報われた気分です。
「そう言ってもらえたら報われるわ。オルセイン卿たちには不評だったから。」
「わかります。私も散々、嫌味を言われますので。」
クスクスとリリスが笑う。
ほんと、巫女姫至上主義も疲れるわよねー。と笑うと、
「ですが、あなた様の功績はすぐに認められると思います。天覧演奏もそうですが、その。」
言葉を切って、リリスは探るように聞いた。
「アリエッティ様は、キリアム様と親しくされていたのですか?」
ん⁇キリアム様?
「いいえ。個人的にお話したことはほとんどないわ。器楽演奏をご一緒したことは何度もあるけど。」
やはり、とため息を吐く。
やだ。
わたしに関わることって、もしかしてキリアム様に関係あるの?
アリシア様のお取り巻きだから、もうこれ以上関わりたくないんだけど。
「天覧演奏のあと、アリエッティ様がキリアム様とご婚約されるという話があって。ディーバ様と仲のよろしかったアリエッティ様がおかしいと思ったのです。ディーバ様は事あるごとにキリアム様に反発されてましたので。アリシア様が練習に入られないことを、ディーバ様はいつも怒っていらして、キリアム様が不敬だと叱責されておりますのを私も見たことがございます。」
それなのに急に私と懇意にしていたから、婚約することになりそうだと言い出したとか。
巫女姫降嫁のあと、私が王都に戻るのを待っているのだとか。
はあ?
じゃあ、何で私はカービングに行ってるわけ⁈
「待って。意味がわからない。頭が痛いわ。」
分かるけど、なんとなく分かるけど。
理解したくない。
そこまで神殿が下衆の塊だと思いたくない。
こめかみを抑える。
「・・・行軍曲の功績を取り込みたいのだと。キリアム様は次期神官長様でいらっしゃいますから。」
ああ、言っちゃった。
いやーいやー。
どんどん神官に嫌気がさしてきた。巫女姫巡業のあとに聞きたかったわ。
「・・・キリアム様の次期神官長は決定なの?」
「そうなのだと思います。はっきりした何かはありませんが、リチャード神官長様は何もおっしゃっいませんし、アリシア様に対する振る舞いはすでにそのような姿勢でございますので。」
あ、神官、辞職、決定です。
キリアム=エト=ゲドウォーク様。代々神官を輩出している伯爵家の方。神官も歌姫同様、どんな身分からでもできるので、神官の中には貴族は少ない。その中でもゲドウォーク家は一代に一人は神官を輩出しているので、神殿の中では影響力を持つ。実力は伴わなくても。
キリアム様のお父様は何代か前に神官長も務められていた。そのこともあってか、やけに尊大な態度でいい印象はない。
正直、嫌いな方です。尊敬できません。
「王都にも戻りにくくなっちゃったわね。」
思わずため息が出る。
神官をやめ、平民として市井で生きるにしても中央神殿と社交界が近すぎて生きにくい。
私は目立ち過ぎたのだ。
「・・・ずっとエチュア神殿にいらっしゃることはないのですか?」
「巫女姫が降嫁されるのよ。神官はいらないでしょう?それに、私とアリシア様の関係はめんどくさ過ぎるわ。」
表立って反目してるわけではないが、私はアリシア様の側に立ったことはない。
その反対には友人がたくさんいる。
うまくいくはずがない。
私の性格もそれを許さない。
「悲しゅうございます。」
切なく、リリスが呟いた。
「先代の巫女姫様と候補のお姉様方は、私たちの憧れでございました。あれが理想だったのが、今ではわかります。私たちも頑張ればそうなれると信じて、努力したつもりでした。」
私も誇りだった。
ロメリア様やアリシア様に代表される美貌と美声。
天才的な作曲センスをもつ、高位の令嬢のセシリア。
絶対音感と繊細な演奏表現をするローズやディーバ。
そのほかの姫もそれぞれに個性的な才能を持っていた。
どの姫も美しく自信に溢れていた。
その中にあって埋もれるようにしてだけど、彼女らの仲間であることが誇らしかった。
だが、努力とは違う何か得体の知れない力でそれが捻じ曲げられ、失意のまま神殿を去ることになっている。
「私はまだ、神官長様を信じるわ。」
リリスと自分を励ますように言った。
神官長様は何も動こうとしない、と言われているが私は信じたい。
そこにしか縋ることができない。
「私たちの妹が不幸にならないように、女神の祝福を受けた歌姫がちゃんと育つように、神官長様は考えていらっしゃると信じたいの。」
はい。とリリスは答えた。
「アリエッティ様は、エチュアのあとはどうなさるのですか?」
王都には戻りにくくなった。だが、戻らなければ神官は続けられないだろう。
「神官は辞めるわ。王都にも戻りにくいし、外国にでも行った方が気楽かしら。」
「ですが、女性一人が行くのは危険です。どなたか良い方が?」
いいえ、と苦笑した。
「だけど、当てはあるの。友人だけど。結婚はもうないでしょう。こんな歳だし。」
そんなことは、とリリスが言いかけた時、再び足音が聞こえた。
先にそちらに目線を向けたリリスの表情で、誰かわかった。