41 不毛だ
オルセイン伯爵が言い出した、聖歌隊の指導はまた、思わぬ方向に転がった。
中央神殿に、オルセイン領への巡業を要請したらあっさり了承されたらしく、今度は迎え入れの準備を教えてもらいたいと、ヨシュア様とともにオルセイン領にこちらが出向くことに。
迎え入れの準備って。
そんなの領ごとに事情が違うから、カービングのことが参考になるのかしら。
というか、ヨシュア様はまだ当主になってから3年目。
オルセイン伯爵は親ほどの年齢になるし、ヨシュア様に代わってカービングを20年近く治めていたらしいんだから、教えを乞うほうじゃないんじゃないの?
そしてやっぱりわたしも行くことに。
この仕上げの時期に、何が悲しくて他領のために1週間も時間を空けなきゃいけないのか。とほほ。
ほんとはもっと長く滞在してほしいって言われてたみたいだけど、こちらも準備諸々、忙しい時期になるから滞在は3日。移動を含めて7日間。
カービングでわたしの存在も定着してきて、あちこちで歌の指導やら、楽器の修理の指導やらを頼まれてるのに、なんでこんな目に合わなきゃいけないのか。
不毛だ。
オルセイン領には昔からの聖歌隊もあり、楽団も作られていた。
これをお世話しているのは、オルセイン卿の弟さん。子爵だけど、オルセインの中の実務はこの方が担っていると見た。
ちゃんとはしているんだけど、やっぱり巫女姫偏重と貴族第一主義は変わらず。
その影響で、聖歌隊も楽団の構成員は、爵位のあるものと、それに見合う有力者の家系のみ。
爵位なし有力者は、どうやら多額の寄付によって参加を許可されているらしく、神殿自体はとても豊か。楽器の手入れや、聖歌隊の制服も新調されていて美々しいこと。
聖歌隊参加の金銭による選別は、禁止されてますよー。
時代としては二時代前に蔓延った悪い習慣が残っています。統治者の皆さん、もっと歴史を勉強しましょう。
構成員の基準がそんなだから、みんなの気位が高いこと。
わたし、そんな山、登れません。
聖歌隊も楽団も完璧です。
わたしが教えることはありません。
というと、オルセイン伯爵夫人は当然と頷いた。
だったら、何故呼んだ⁈
ヨシュア様だけで良かったよね⁈
「あなたから教わることはなかったようね。やはり巫女姫様じゃないと。」
いやー、巫女姫でも教えることはないわよ。だって楽譜どおりだもん。
「本当に素晴らしいです!もしかして巡業自体も必要ないくらい。完璧です!」
と褒めまくり。それなのに。
「何ですって⁈なぜ必要無いのです⁈これほど練習したのに!」
「皆さん、すでに音楽の喜びと楽しみを習得していらっしゃいますでしょう?巫女姫巡業がなくとも、この地には音楽が根付いています。きっと女神はお喜びです。」
にっこり笑って言ってやる。
オルセイン伯爵夫人も聖歌隊も、はあ?って顔してた。
「音楽は女神が人間の喜びを味わうために教えてくださったもの。巫女姫巡業は不幸にしてその喜びを失った場所に、種を撒き、歌姫とともに育てる機会です。これほどの完成度があるのなら、歌姫たちの手助けは不要だと思います。」
これは最高の褒め言葉なんだけど。
さすが巫女姫至上主義。伯爵夫人は怒りだしちゃった。
教義を正しく理解してないとこうなるのねー。
ちゃんと本読んで。
神官たちはいちいち教えて回らないわよ。
だってこれはこの国の基本でしょ⁈教育は統治者の仕事。
音楽の価値がわからないあなたに、指導なんてしてもらわなければ良かったなんて。
よくもまぁ、巫女姫の候補にまでなったわたしに言えるものね。
音楽の価値って何よ?
わたしは神官だから、民の励まし以外、音楽に価値はないのよ。どれだけ難しい技法でも、それが伝わらなかったら意味はないんですー!
ヨシュア様がこの場にいないから言いたい放題ね。
ヨシュア様は、オルセイン卿に巫女姫一行の迎え入れについて伝授。
なぜか、カミラ様もそちら。
指導を請うたのはあなたですよー⁈
はあ、疲れる。
結局、若くて見目好い、王都でも評判の若き辺境伯を見せ回したかっただけなんでしょ⁈
国王陛下にも覚えめでたい国一の美青年は、私どもが息子のように育てましたのよ、だから、私たちのお願いならなんでも聞いてくれるの、って言いたかったのよね。って、誰に⁈
ここは王都じゃないから、主要貴族に見せつけることはできないし、見せつけるとしても麾下の貴族とその周辺の領だけ。
不毛だ。
わたしのことが気に入らない、巫女姫しかいらないって言い続けて何になるんだろう?
巫女姫にしか謙らないならなんで神官を呼んだんだろ?
いろんな矛盾があるなー。
夜は晩餐会が開かれたが、わたしは晩餐だけいただいて、祝福を受けに来た領民のところに。
ここはまだ、祝福の習慣があるのね。
気になったのは、聖歌隊や楽隊の構成員の裕福さに比べて、領民の格好が貧しく、元気がないこと。
うん。推して図るべし。
そのうち災害に見舞われるわよ。と思っていたら、ここ、何年も水害に悩まされているとのこと。
女神は、民が音楽の喜びを失った土地は、加護を失うと言われた。
これは、神話のようだけど、あながち嘘ではないのです。
実際に、カービング領は20年以上頻発していた地震がここ2年起きていない。
歌が広まると、災害が止まった。
これには疑義がありまだ研究中だけど、わたしが歌姫として巡業で回っていると、本当なんだなーと思える事象がたくさんある。
だから、わたしは信じている。