4 どんな顔してればいいの?
ようやく国王陛下へのご挨拶の順番がきて、拝謁できた。
国王陛下は寡黙な感じだったから、さすがにものっすごく緊張したけど、ヨシュア様が卒なくこなしてくれました。
若干20歳とは思えません。さすが、高貴な血筋の方です。
辺境伯を継がれたのは16歳の時だっていうから、その時からこうやってご挨拶していたんだろう。
すごい剛胆。
王妃様は気さくな方だったから、とても意外だった。王妃様は、神殿至上主義のこの国の中では珍しく、騎士出身の方。この話はとても有名で、戯曲になって国中の誰も知っている。
ガチガチに緊張したまま、次は神殿の方たちへのご挨拶。
きたよー。
アリシア様と話しづらいなぁ。実は歌姫時代も、ほとんどお話ししたことがないし。
と思ってたら、わたしのことはないものとして、ヨシュア様の手を取らんばかりの雰囲気で、お話しされました。
それはそれで。
どんな顔すればいいのかと、ちょっと戸惑い気味にしていたら、神官長様の方からお声がかけられました。
「アリー、よく来てくれた。」
おっと、まさかのアリー呼び。
神官長様から愛称で呼ばれるのは、10代の頃以来です。巫女姫候補になってからは、ありませんでしたから、5年ぶり?
わたしは長く神殿にいる方だったから、可愛がっていただいたほうだと思う。
あまり依怙贔屓などされない、公正な方なので、ちょっとわかりにくかったけど、愛称で呼んでくださったり、ちょっとしたお使いを指名してくださったりして、わたしはかなり親近感を持っていました。
て、それも2番だったことを、いま思い出した。思い出さなくていいのに。
わたしより長く神殿にいた子は、孤児だったから、神官様たちが親代わり。
他家からお預かりしているお嬢様たちとは、全く親密さが違っていた。
その子は巫女姫選定入る前に、良い人を見つけて、神殿を辞したんだったっけ。
く、一気に虚無感が。頑張れ、わたし。
「元気そうで安心したよ。カービングでの生活もうまくいってるようで。」
「はい。伯爵様が良く計らって下さいますので。それに、わたしは自然の多い静かな場所が好きだったようです。自分でも驚きです。」
そうか、と神官長様は慈愛のある目を細めてくださって、少し近くに寄った。
「無理を押し付けて、ほんとに済まないと思っている。」
巫女姫様に聞こえないくらいの低い声で。
わたしは一歩下がって、深く礼を取った。
この方からはもう何回も謝られている。
度々、お手紙をくださり、その度に謝罪のお言葉を添えられていた。
「お育ていただいた神官長様のお役に立てるなら、私にとって、とても誇らしいことです。どうぞ、私に心から誇らせてくださいませ。」
これ以上の謝罪は、むしろ悲しい。
言外にそういうと。
「…ありがとう。アリー。」
「私こそ感謝を。お教えいただいたことを生かせる場所を、与えてくださって感謝しております。」
「わたしはいつでも、お前の幸せを祈ってるよ。」
じわ、と涙が湧いた。
1年前のあの日以来、涸れてしまったと思った。
人の優しさは、心の琴線に触れる。
だけど、今はあまり嬉しくない、と思ってしまった。
なんだか、泣くと負ける気がして。
「神官長様こそ、ご自愛くださいませ。お体はいかがですか?」
「年齢には勝てないね。この頃、特に感じるよ。巫女姫の代替わりは忙しいものだと分かってはいるのだけどね。」
巫女姫の代替わりは5年に一度、神官長の代替わりは8年に一度と決まっている。
女神信仰が世界的に広がっている今日、この国は聖王国として、君臨しているため、神殿は少なからず政治と関わる。
世界の智慧として存在すべき、神官長をこの方はすでに3回引き受けられていた。
それだけ手練の方が、この言いよう。
きっと神殿内部は、あの恋愛劇のおかげで混乱しているのだろう。
わたしは遠く離れているので、内部に残った友からの時々の手紙でしか知らされない。
「同じようなことを言う神官が、今日は歌姫の引率で来てるよ。あとで労っておくれ。」
はい、と返事をして退出しようと、お隣に目を向けると、まだアリシア様とヨシュア様が楽しそうにお話をされていた。
「ねえ、ヨシュア。いいでしょう?」
「ああ。アリシア。陛下夫妻もある程度の時間が来たら退席されるだろうから。それまで頑張るんだよ。」
「あなたがいっしょにいてくれたら、心強いのに。」
「君が見える場所にいるから。安心して。」
「それまで誰とも踊らないでね?わたし、今夜のために、ダンス、頑張ったのよ。覚えてる?今夜の音楽はあなたと初めて踊った曲で、あのラドラフ侯爵家の、夜会の…。」
これっていつまで、続くのかな。
後ろに次の方たちが控えてるんですけど。
神官長様に目で合図して、わたしは一人でその場を辞した。
わたしが辞したあと、すぐに後ろの順の人たちが来てアリシア様とヨシュア様の会話をぶった切る感じでご挨拶をされたのを背中で聞いていた。
だから、ヨシュア様はわたしのすぐあとに階段を降り始めた。
背中で、大きなため息が聞こえた。
愛しのアリシア様と引き離されたからかな?にしてはとても疲れたような。
違和感を感じたけど、わたしも疲れていたので、あえて振り返らなかった。