39 反省してます!
晩餐が終わって、ダンスの時間が始まった。
ヨシュア様はオルセイン卿以外の来賓たちに囲まれて、中々、ダンスを誘ってこないので、壁の花かなあ、と、思っていたらレオポルドが近づいてきた。
「ワインをお持ちしましょうか?神官様。」
お願いします!
「と言いたいところですが。見つかるとご当主に叱られそうなので。」
「・・・性格、悪いと思います。ここの領兵たちは。誰が訓練したんでしょう。」
レオポルドが、わははは!と大笑いした。食べ物の恨みほど怖いものはないんだから!
レオポルドは、あの宿屋行き、決定。
「神官様が、飲み過ぎるから。」
「それとこれとは別。晩餐でお酒も出さないなんて、酷いわ!」
他の人には出しといて、意地悪なのよ!
主賓に失礼でしょ!
本気でそんなふうに怒ってるのに、レオポルドは笑うばかり。
どうやったらこの人たちの顔色を青くできるの⁈
「神官様は食べ物のことだと、目の色が変わるなぁ。」
「みんな、そうでしょ⁈わたしだって食い意地ばっかりじゃないわ。だけど、今日のは酷い。エチュア神殿に対する宣戦布告よ。」
「おお、怖い。巫女姫巡業の時は樽を用意しなきゃ。」
「ええ、そうして。一つじゃ足りないわ。わたしが半分、飲むんだから。」
「神官様ならやりかねない。全く、その小さい体のどこに消えるんだか。」
いくらなんでも、樽の半分は飲めないわよ。
だけど、今日はガブガブ飲みたい気分。疲れてるのに、散々だ。
「それで、今日はダンスはお誘いできるんですか?」
あら、誘ってくれるの?
「足、踏んじゃうわよ?」
「構いませんよ。神官様ほど小さかったら、痛くもない。それにあなたなら、むしろ光栄です。」
レオポルドが、にっこり笑う。
この前の夜会でちらっと見たけど、彼はダンスが上手。
ご婦人を優雅にリードしてた。
「誘うなレオポルド。わたしが先に申し込んだ。」
ヨシュア様が手ぶくろをはめながら、近づいてきた。
なんで、こうやってひと睨みで、萎縮させられるのかしら。身長?
「かしこまりました。では、ご当主の次にお願いします。」
「ダメだ。彼女は今日は疲れている。これが終わったら、部屋まで送る。」
ばっさり。
ヨシュア様の一歩下がったところで、レオポルドが口笛を吹く真似をした。
指揮官クラスは存外とヨシュア様に気安い。信頼関係があるからかしら。
「待たせたね、アリエッティ。」
ニコリ、と微笑まれ、深く礼をされた。
この落差。
わざと勘違いさせようとしてるのかしら。
ヨシュア様の手をとり、ダンスの輪に入って、ため息が出た。
ぐ、と腰を引き寄せられる。
「レオポルドと踊りたかった?」
ヨシュア様が重ねられた右手をひく。
1.2.3.1.2.3と足元に集中していると、ヨシュア様が聞いてきた。
話しかけないで!
足、踏んじゃう!
足元から目を逸らさず、首を振った。
「・・・じゃあ、ワインのことを怒ってる?」
顔をあげずに、グルルル、と唸った。
「う、くくく。」
笑ったヨシュア様のステップが乱れて、やっぱり踏んでしまった。
もう〜わたしのせいじゃないんだから!
それでも、何事もなかったかのように、ヨシュア様はすい、と重ねている右手をひいた。
「あなたが反省しないからだ。」
反省してます!
ちゃんと二日酔いの罰を受けました。
でも、今夜は主賓ですよ?
もっと、敬うべきでしょ?
ほんと、失礼なんだから。この城の人たちは。
「せっかくの美味しいお料理でしたのに。人の楽しみを奪うことは罪悪です。いたずらを仕掛けた人は、きっと女神の加護を失うでしょう。」
1.2.3.と再び、ステップに集中しながら、言い返した。
ふふふとヨシュア様が笑う。
「そういうのを、披露してほしかったのに。」
やっぱり、わたしを矢面に立たせようとしてたのね。
勘弁してよ。
「無駄な骨は折りたくありません。」
あははは!と堪え切れないようにヨシュア様が大笑いした。
「本当に、あなたの才能には完敗だよ。あなたの頭の良さときたら!さすが、神官長の秘蔵っ子だ!」
何?その二つ名。
この前、ロメリア様もおっしゃってたけど。
そんなに大事にされた覚えないです。
それなら今頃、わたしが巫女姫でしょ?
才能がないから、巫女姫になれないし、誰にも選ばれなかった。
ここにいるのがその証拠。
誰も行きたがらない辺境に恥をかくのを分かっていて寄越された。
そんなお人好し、わたしぐらいだって、神官長様も分かっているんだ。
たまたま、王妃様の目に止まるような目新しいことをしたからって、それだって自分が考えたことじゃない。作曲だって、セシリアの功績があってこそだ。
わたしはいつも先陣を切って花開くような才能はない。
そんな欲もないから、そのことに不満なんてなかったのに。
人を押し退けてまでも、掴み取らない。
それは自分の美徳だと思ったのに。
それがこんなにも、自分を縛るものなんて思いもしなかった。
才能の塊のようなカービング伯爵の隣には、歌の才能の頂点に立つ巫女姫こそ、お似合い。
いくらヨシュア様が、わたしを気に入っているのだとしても、巫女姫に選ばれなかったわたしが、本物の巫女姫を押しのけて居座ることなどできない。
それほどの根性が、わたしにはない。
ヨシュア様が美しく微笑みながら、音楽に合わせて、わたしの肩を押して体を放す。
重ねた左手は繋いだまま。
そのまま、強く引き寄せられて、後ろから抱きしめるように、手を交差して、体を揺らす。
ダンスの上級なテクニック。
ヨシュア様の胸が、わたしの肩を包む。
「上手だ。」
上手なのはあなたのリードです。
今度は後ろから胸で肩を押され、また、体を放す。
繋いだ左手を引き寄せて、元の姿勢に戻った。
ほんとに上手。
こうやって、アリシア様とも夜会で踊ったんだろうか。
開けてはいけない蓋がまた、開きそうになり、また小さく息を吐いた。