37 2番手だと意味がない
春の日の祭りの晩餐のために、祝福は日が陰るころに終えた。
それでも、何時間も、歌い続けたので疲労困憊。
出さなくていい声は出したくないくらい、疲れていた。
それでも、主賓である晩餐会には出ないといけない。
帰る馬車で少しだけ眠れるだろうか。そんなことを思いながら、頭からショールを被った。
きっと酷い顔色のはず。
顔色を隠すのと、喉を温めて守るために目と鼻を覆い、顔を隠す。
これで少し眠れば、だいぶ回復する。
控えの天幕を出ると、ヨシュア様がぎょっとしていた。
「大丈夫か?アリエッティ!」
大丈夫です。少し休めば。
声を出さずに、大きく頷いた。
お疲れのようです。と侍女のマーガレットが代わりに答えてくれた。
ごめんなさいね、今は話したくないのです。
ヨシュア様は眉を寄せて何か考えているようだったが、一緒に馬車までついてきた。
一緒に馬車に乗るつもり?
いつも愛馬で来られるのに?
「わたしも馬車で帰ることにするよ。」
えー。せっかく寝たかったのに。
でも、お断りもできないので、す、と、手で先に乗るように合図した。
「話すのも辛いくらい、疲れた?」
すみません、そうなんです。
ショールの下で苦笑しながら、頷いた。
「そうだね、わたしも疲れたよ。歌も体力がいるものなんだな。」
そうなんですよ。体力も気力も要ります。だから、夜会は無しでお願いしたいです。
なんて、そんなことできないよね。
ああ、これからまた、あのオルセイン卿夫妻と会うことを考えると、気が滅入る。
去年のことを思い出すわ。
また、演奏することになった時のために、体力を回復させなきゃ。
ショールを深く被り、前に座るヨシュア様に見えないように、目を瞑る。
こんな時に寝るのは、ちょっと失礼だけど、目を瞑るだけなら。
「マーガレット、席を代わってくれ。」
あ、うとうとしてた。
ヨシュア様が侍女のマーガレットと代わって、横に座った。
すぐに肩を引き寄せられて、頭をヨシュア様の肩に凭れさせる。
「しばらく、眠るといい。」
温かい。
眠気に勝てず、そのまま寝入ってしまった。
夢を見た。
若い女の子たちがはしゃぐ声。
前日に誘われた夜会の話が、ところどころ聞こえていた。
多分あれは、アリシア様。
そして彼女の仲の良い友人たち。
誰に夜会に誘われた、ダンスはどうだった。お酒を飲み過ぎて、酔ってしまい、ふらついたところを、どこかの貴公子が支えてくれた。
昨晩の夜会はどんなドレスを用意した。どこかの令息が贈ってくれたのだ。
そんな話を、こうやってショールにくるまりながら聞いていた昔、の夢。
何年か前もこうやって、祝福の歌を歌いすぎて、喉を守るためにショールに身を包み、馬車で眠っていた。
あれは、何かの巡業の時だろうか。
ヨシュア=ヴァン=カービング様、という名前を聞いたのは、多分その時。
あんなに素敵な人を初めて見たわ。夢見心地で言っていたアリシア様の言葉が離れなかった。
辺境伯夫人なんて素敵じゃない。あら、わたしはやだわ。辺境なんて。いくら身分が高くでも王都にいられなくなるじゃない。領地に行かなければいいのよ。わたしだったら王都のタウンハウスに一年中いるわ。劇場さえろくにない田舎は退屈だもの、きっと。
侮蔑のこもったそんな会話を呆れながら聞いていた。
沢山の貴公子にダンスに誘われているアリシア様たち。歌姫でありながら、彼女たちは社交をしていた。
そんな歌姫がいる中で、わたしはひたすら歌を歌い続けた。
歌姫は夜会でも人気だ。
土地の安寧を祈り、人々に励ましを与える歌姫と出会うには、誰かからの紹介か、社交場である夜会や茶会で出会うしかない。
そこに出るのにはドレスも宝飾品も、美貌も教養も必要だった。
そして、エスコートの相手も。
何一つ手に入らなかった。
それに、歌姫の仕事は社交ではなく、祝福だと思っていたから。
どうして彼女たちは、歌い続けても、美しい声が保てるのだろう。
夜会に出られるほどの体力が残せるのだろう。
いいな。
歌姫の仕事をしても、軽やかに夜会に出る彼女たちが羨ましかった。
歌の才能も、音楽の才能も、女性としての魅力も。
2番手がいるから、頂点がいる。ひれ伏すような才能を前に、傅く存在がいるから、頂点が輝く。
それでいいと、ずっと思っていたけど。
恋だけは、2番手だと意味がない。
体を揺り起こされ、目が覚めた。
「大丈夫か?城に着いた。歩けるかい?」
どうやら夢を見るくらいぐっすりと眠ってしまっていた。
ずっと、支えてくださってたのかしら。
また、こんなことして。
わたしも、周りの人も誤解をさせる真似をする。
うん、と咳払いをした。
少し喉が動く。回復したようだ。
「ありがとう、ございました。」
ああ、声がガラガラ。
喉も強くないのよね、私。
ロメリア様は長時間歌っても、喉を保てるのに。
こんなに歌姫の才能がないのに、よく10年も続けられたわ。
「疲れているから、休んでほしいんだが。すまない。晩餐には出てくれないか?」
「はい。大丈夫です。」
ヨシュア様がエスコートして、馬車を降りた。
そのまま、部屋までエスコートするらしい。腕を離してくれない。
もうちょっと、ゆっくりお願いします。
足の長さが違うのです。
ただでさえ疲れていて、足が重いのに、ヨシュア様の歩幅について行くのがやっと。無言でついて行く。
わたしの離れまでついて、やっと解放された。
「アリエッティ。」
呼ばれて顔を上げると、にこ、と、微笑まれた。
「良かった。少し顔色が良くなった。」
よっぽど酷い顔色をしてたんですね。
自覚はあります。
巡業の時は、夜は大概そうだったので。
「あの髪飾りをつけてきてほしい。ネックレスも。」
あ!そういえば!わたしの髪飾り返してもらうの忘れてた!
まだ返してもらってないから、どっちみち、先日ヨシュア様から寄付してもらったものしかない。
「今夜は、一度だけわたしとダンスを。」
ええー。
ショールの中で眉をひそめると、ヨシュア様が、くく、と笑った。
苦手だって言ってるのに。
夜会で踊ったことがないって知ってるくせに。
「大丈夫。わたしに任せておいて。」
「・・・足、踏まれますよ。」
もう淑女の仮面もつけれず、ブスっと言い返した。
「楽しみにしてるからね。」
何だか、強引ねー。
こんな人だった?
去年なら、主賓であってもすぐに休ませてくれそうだったのに。
疲れたよー。秘蔵のチョコレートでも食べなきゃ、やってられない!