35 3回目の春の日の祭り
3ヶ月前と同じように、わたしの前には鍛えられた領軍の騎士たち。
揃いの紺の軍服。暖かいカービングの春なので、ケープは外しているが、その分、前びらきの上着に付けられた、ボタン飾りが目立つ。
美しい組紐で二列のボタンを繋げている。
少し高い舞台から、彼らを見下ろすように立っているが、天覧演技のような緊張感に欠ける。
彼らがニヤニヤ笑っているからだ。
思いっきり、見下すように睨みつけるけど、目が合ったジャンは笑いを堪えるように目を逸らした。
口が笑ってるから!
王宮の広場より狭いから、ちゃんと見えてるんだから!
思いっきり睨みつけてるのに、ヨシュア様のようにうまくいかない。なんでかなー?
ガシャン!と指揮杖と打ち付けると、全員の背筋がピンと立った。
よしよし。でも、顔が!締まりがない!
失敗したら、全員あの店で、あのお酒を飲ませてやるんだから!
ジャンに目で合図を送ると、口は笑ってるけど、ちゃんと始まった。
ドラムロールが始まると、やっと、みんなの顔が引き締まった。
はあ、良かった。
騎士はニヤニヤしてたら、カッコつかない。
ヨシュア様が迎えに来た宿から、ギル=ガンゼナ城まで丸1日。
本当は昨日、リハーサルに出れる予定だったのだけど、わたしが生まれて初めて、二日酔いになってしまった。
馬車の揺れに耐え切れなくて、途中で一泊したせいで、春の日の本番のこの時に、直接出ることになってしまった。
二日酔いだったことが騎士たちにバレて、こうやって久しぶりの対面だというのに、締まらない。
ヨシュア様も二日酔いのわたしを見て、肩を震わせて笑っていた。
ええ、前回はわたしがそれをやりましたものね。
どれだけ屈辱か、よく分かりました。
だけど、わたしはもっと優しかったはず!膝枕で寝かせてあげたでしょ!
演技は完璧だった。
わたしもおざなりの指揮をしたけど、ほとんど必要がないくらい、楽隊も揃ってる。
わたしが領内を回ってる間も、どんどんうまくなっている。
もっと楽器を増やしてもいいけど、それじゃ、楽隊なのか、領兵なのか、わからなくなっちゃう。旗なんてどうかしら?
それか、剣舞をいれるとか。
あっという間に演技は終わり、わあ!という歓声が上がった。見物客も去年よりずっと増えて、店も所狭しと並んでいる。
舞台から降りて、聖歌隊に合流し、指揮杖を振ると、ベルセマムがピアノの前奏を弾いた。
1年を費やして広めた賛美歌。自然と観衆から歌声が上がる。
まだまだ少ない声だが、巫女姫巡業の時は、急峻な山々に鳴り響いくように歌ってほしい。
そう思って、行く先々で人を集め、お酒を供しながら男女に違うパートを歌わせた。
音の掛け合い。ところどころにある、和音の妙。
一人で歌うのではなく、誰かと歌う、楽しさ。喜び。
せっかくの巫女姫巡業では、そういうものを感じて欲しかった。
巡業が一年伸びたからこそできる。
歌が静かに終わり、来賓席にいるヨシュア様と来賓の方々に礼を取った。
今年もヨシュア様の短い覇気のある挨拶。挨拶が短いのはいい。
式典が終わると、私の前に子供を連れた夫婦が並んだ。
「神官様。この子に祝福をしてください。」
この祝福の習慣もやっと思い出してくれた。
歌姫や神官は歌とともに、祝福の言葉を送る。
王都では当たり前のこの習慣も、この土地では忘れられていたようだった。
領内を回り賛美歌を教えながら、子どもがいると祝福を与えた。
子どもは宝。私たちの希望。
歌姫は子を産む女性の代表として、真っ先に子供を祝福するようにと教育されている。
習慣でそれをしていると年配の人たちは、昔、ご領主様にしてもらったとか、土地の長老にしてもらったと話してくれた。
聖歌隊の時間があるものに残ってもらい、祝福の歌と言葉を送る。
いつのまにか人だかりができたので、何人かを並ばせ、聖歌隊からも祝福の言葉を送るようにした。
どんどん増えていくので、聖歌隊を半分に分け、楽隊と唱歌にわけ、交代で歌わせた。
これは私には最も馴染み深い、春の日の光景。
真夜中の儀式が終わり、仮眠をとって神殿に出ると、毎年、祝福を受ける人が広場いっぱいに並んでいた。
祝福は希望するときにいつでも授けられるが、巫女姫を始めとする歌姫からの祝福は、諸処の祭の時だけ。
特に春の日の祭りは、民の重要な祭りだけあって、祭りの前後の日は人が絶えなかった。
巫女姫巡業の時には、ここに集まった人たちよりもさらに多く集まってほしい。
巡業が回ってくるのは一生に一度あるかないか。20年前の巡礼を覚えている年配の方もいて、やはりとても嬉しそうに思い出を話してくれた。
美しい歌を奏で、楚々とした深窓の姫君たちはその場でいるだけで、人の心を浮き立たせる。以前の巡業は、火山噴火後の地震で亡くなった前領主夫妻、ヨシュア様のご両親の慰霊のためだったから、希望を失った領民たちにとってとても慰めになったのだろう。
祝福を授けていると、領宰が呼びに来て、来賓へご挨拶を促された。ここの来賓はカービング領の各地を任せられている盟主たち。
喉が疲れてきていたので、ちょうど良い。小さな飴を舐めながら向かった。
今年もヨシュア様の隣に立って、挨拶を受ける。
なんだか今年はみんな、話が長い。
巫女姫巡業への期待がひしひしと伝わって、すごい疲労感。
思わず、溜息をつくと、ヨシュア様が気遣うように微笑まれた。
そんな目で見ないでほしいなぁ。
もうこれ以上、あなたに堕ちたくないの。