32 なんで当たらないかな?
「さあ!神官様!あんたの番だ!」
威勢のいいおじさんが、わたしに矢を渡した。
これで、3投目。外したら、罰ゲーム。
「神官様。私が!」
「ダメよ、ケビン。わたしのゲームよ。」
「しかし!」
大丈夫だって。
だいぶハンディをつけてもらってるし。
狙いを定めて。と投げたが、やっぱり外れ!
酒場の遊び。
的に3本の矢を当てる。
得点の高い人が勝ち。
単純なんだけど、なんで当たらないのかなー?
わあ!とおじさんたちが、大はしゃぎ。
「ほらよ!神官様!」
回ってきたのは、一口で飲める小さなグラス。
中は琥珀色の液体。
「砂糖はいるかい?神官様?」
「要らないわ。」
「神官様!いけません!わたしが飲みます!」
飲めないでしょ。ケビン。
あなた、さっきの一杯で真っ赤じゃない。
く、と一飲みすると、喉が焼けるよう。
これは喉に悪いわ。時々にしなきゃ。
「全く、水のように飲みやがって。呆れるぜ。顔色、一つ変えやしねえ。」
ありがとう。わたし、お酒強いんです。
もうひとゲームだ!とおじさんたちが、騒ぐのに、乗った。
「おやめください!」
「大丈夫だったら。これで最後にするから。」
「いけません!ご当主に怒られます!」
「騎士様が言わなかったらわかんねえよ。神官様、水代わりだもんな!」
いやあ、そこまでない。全く美味しくないし。
「相変わらずだなぁ!神官様。騎士様、無理すんな!神官様には代わりなんていらねえよ。ご領主様は一杯でひっくり返ったけど、神官様は二杯飲んだんだぞ!」
そうです。わたしはヨシュア様よりお酒に強い。
前回、ここを訪れた時はヨシュア様も一緒だった。
ヨシュア様も顔色を青くしたり赤くしたりして、わたしを止めていた。
喉が焼けるくらい、度の強い酒を飲み干して、ペロリと唇を舐めると、ヨシュア様の一杯目で赤くなっていた顔色が青くなった。
その時、初めて、わたしをアリエッティと呼び捨てにして、怒られてしまった。
巫女姫巡業が決まってから、わたしは領内を回るようになった。
賛美歌を広めるためだ。巫女姫が来訪した際に、みんなで歌えるように。
神殿とすり合わせるため、何曲かを選曲して希望を出している。
どれが受け入れられるかはわからないが、出来るだけ領民と歌えるように、基本となるものを。そしてカービングに広く知られる花の歌を。
ヨシュア様にお願いして、先に領内の有力者を通じ、領民に広めるようにしてもらったが、会議の際披露すると、少しずつ旋律が違うことが判明。
土着した賛美歌には、これもよくあることだ。
歌姫と合唱するには、矯正する必要がある。
和音を楽しむ、という、音楽の段階をあげる機会でもある。
そう思って出来るだけ領内を周り、直に賛美歌を教えることにした。
領内全ての領民が、巫女姫を見に領都に来ることはないが、それでもたくさんの人が訪れるだろう。
歌姫たちと歌えた、というのは、彼らの喜びになり、しあわせな記憶になる。
それを経験から知っていた。
行進曲と聖歌隊の指導の合間に、なるべく遠くの土地から始めた。
領の端まで行くのに、遠いところで3日。指導をして、そのまま戻っても1週間はかかる。
出来るだけ、時間を無駄にしたくないので、行く先々で教えるようにすると、2週間ほどかかることもあった。
そのうち、ヨシュア様が同行するようになった。
毎晩、挨拶がわりに供されるお酒をあけていたら、だんだんヨシュア様の、わたしを見る目が変わってきた。
酒灼けするからほどほどにしてたつもりなんだけど。
そしてこの宿。
炭鉱に近いから力仕事をする人夫たちが出してくれた、蒸留酒。
前回もゲームで負けて、あまりに強い酒だから、おじさんたちもわたしじゃなくて男が飲めっていうから、ヨシュア様が代わりに飲んだ。
思わず顔をしかめたのが、すっごくかっこよかった。
でも、2杯目はわたしが飲んだ。
止められたけど。
続けてゲームに負けたから、2杯続けて飲んだら、ヨシュア様が悪魔のような顔で仁王立ちしてて、引きずるように部屋に戻された。
でも、次の日、二日酔いで吐いたのはヨシュア様だったけど。
その前にビールも飲んでいたしね。
また、矢が回ってきた。ケビンに奪い取られる。
「休んでて、ケビン。回るでしょ?」
「いいえ。ダメです。神官様は的に当てたことがありません。」
「あら、次は当たるかもよ。体が温まってきたし。」
「絶対、無理です。これ以上、飲ませたら俺の首が危ない。本気でご当主に斬られます。」
「わたしが強いの、知ってるでしょ?吐いたりしないわよ。」
「わかってます!だけどダメです!それにあなたは、最近飲み過ぎです!ご当主に、ここで飲ませるなって言われるんです!」
彼は保護者ではないわよ。
わたしの方が年上だし。
あ、保護者だわ。
でも、それは立場上のことよ。
わたしの行動を制限することはできないはずでしょ?夫じゃあるまいし。
むーと口を尖らせている間に、ケビンが矢を投げてしまった。見事命中。
約束どおり、ゲームはここまで。
「おやすみ、神官様!早く騎士様を寝かせてやんな!」
「また来てくれよ!」
皆さんも、巫女姫巡業には来てくださいね、と言って大人しく、部屋に戻った。
立っているのもやっとのケビンの背中を支える。
「自重して下さい。神官様。恨みますよ!」
日頃、我慢強いケビンからお小言、いただきましたー。
ごめんね。
新婚のベルセマムが待ってるから、二日酔いで、帰るの遅らせたくないものね。