3 持ってないんだもん!
舞踏会前半の典礼が終わると、優雅な音楽が流れ始めた。今からは社交の時間。いよいよ舞踏会の始まりだ。
すぐに、ヨシュア様が国王陛下へのご挨拶を促してきた。
カービング領の爵位順は、伯爵と言ってもかなり上位。実質は王族と同じ。すぐに呼ばれるので、待機しなければならない。
待機場所にいると、王弟オスカー様から声をかけられた。
「なんだ、その格好は。」
初っ端からそれか。
「私は神官ですから。」
「普通はドレスだろ。未婚なんだし。持ってないのか?」
「持ってませんし、必要ありません。夜会などに出ることはありませんし、王宮舞踏会に出るにしても、あと1度くらいでしょう。」
神官が全員、この舞踏会に出られるわけではない。招待された時にしか行けないのだ。今回は久しく不在だったエチュア神殿の正規神官就任を賀ぐためだろう。
うまくいけばあと4年で1回くらいは回ってくるかもしれないが、それは状況次第。
「なんでだ?この先、神官だったらここに出る機会も増える。エチュアならなおさら。」
「長くエチュアにいる予定ではございませんよ。それに神官も時期が来れば辞すつもりです。」
「ふーん。そのつもりだったのか。じゃ、わたしも仕事をまわしやすい。」
オスカー殿下がニヤリと笑った。
「ええ、ですから、これから先もどうぞご贔屓に。遠方なのでご迷惑おかけしますが、精一杯させていただきます。」
淑女の礼で深々と頭を下げた。
「ええ、ええ。アリエッティ。もちろんよ!ねえ、レッティモンの新作は見た?あれもあなたが手がけたんでしょう?」
ティアベルゼ様が待っていたかのように、話し始めた。うずうずしてたの、わかってた。
「手直しだけですが。あらかたはセシリア様が。」
「あら、セシリアから聞いたのよ!あの頃、色々煩わしくて、編曲に集中できなかったからあなたに丸投げしてしまったのって。すごく主役の雰囲気が出てて、よかったわよ!あの曲だけで、物語を彷彿とさせるの!」
光栄です。短く答えておいた。
だって、ヨシュア様が戻ってきたから。別の方と歓談してたけど、たぶんそろそろご挨拶に、呼ばれるんだろう。
オスカー殿下、そんな舐めるように彼を見ないでください。へんな誤解をされますよ。
ヨシュア様が丁寧に挨拶されても、王族としての儀礼的なお返事だけ。
まぁね、いろいろ、いろいろ巻き込まれっちゃって、大損害を受けてるのって、多分この方たちかもね。
せっかく育てた才能ある子たちが、みーんな表舞台から追い出されちゃったわけだから。
でも、もちょっと愛想よくしてあげたら?まだ20歳なんだし、若気の至りってやつで。
でもおかげで、突出した才能のないわたしが、おこぼれに預かってる。しばらくはわたしも仕事ができる。そんな長くは続かないってわかってるけどね。
いずれ才能のある人たちは戻ってくるだろうし。
歌姫は歌だけでなく、音楽に関する全てを叩き込まれる。だから、楽器の演奏も作曲も編曲もできる。歌姫のお小遣い稼ぎとして、編曲の仕事をわたしは引き受けてる。
表立って小金を稼ぐわけもいかないので、歌姫在籍中は市井での演奏はできないし、流行の歌の作曲も表立ってはしない。
だから、宮中楽団から依頼される夜会や演奏会用の編曲や、大衆演劇の舞台音楽を作ってあげるのが、いいお小遣い稼ぎになるのだ。時間も精神力も、地味に体力も使う仕事だが、わたしはけっこう好きだ。技術も上がるし。
歌姫みんながこんな仕事をするわけがない。もちろん、実家が裕福なら、こんなことをして小遣いを稼ぐ必要がない。
だが、公爵家出身のセシリアは、作曲の天才で、ご親戚にあたるオスカー殿下はその才能をよく分かっていた。
今、流行っている夜会の音楽はオスカー殿下が作曲してセシリアが室内管弦用に編曲したものが多いとか。
セシリアは公爵家だったから、歌姫在籍中も社交が忙しく、たまたま仲の良かったわたしが彼女を手助けしていた。
そんな縁があって、王族のオスカー殿下とお話しができるわけです。
とまで詳しくは説明しなかったけど、説明しろと、ヨシュア様の目が言っていたので、歌姫時代に大変お世話になって、と答えておいた。
冷たい目で見られたけど。
なんだかモヤモヤ。
わたしの人間関係を詮索しておいて、怖い顔で返されるなんて、理不尽だ!
もう慣れたけど!