25 美形ってズルい!
ヨシュア様のエスコートで応接室に入り、暖炉の前に椅子を持ってきてくれて、座らせてくれた。
王都はカービングよりだいぶ寒い。
パチパチと木が爆ぜる音。
静かな夜に響くその音に耳を澄ませている間、ヨシュア様は家令にテキパキと指示を出して、わたしの隣に座った。
ちょっと酔った頭で、ぼんやりとそのまま見ていて、沈黙に気づいた。
目を上げると、 ヨシュア様と目が合った。優しく微笑まれる。
美形だよなぁ。
でも、わたしの好みはもうちょい年上なのよね。惜しい。
10年経ったら、抱きしめられたい。
あー。
やっぱりかなり酔ってるわ。
「今日はありがとう。アリエッティ。両陛下から、大変なお褒めの言葉を頂いたよ。わたしのような若輩者には、過分なほど。全て貴女のおかげだ。」
「卿の激励があってこそです。わたしは新しい音楽を教えたに過ぎません。卿が訓練に取り入れて、皆がそれに応えたからこその成果です。今日だって。」
ちょっとクスリ、と笑って、ヨシュア様を見ると、とろりとした目でわたしを見ていた。
色気が凄い。
大丈夫?ヨシュア様。あなたもちょっと酔ってるわね。
「わたしはほとんど、動かなかったでしょう?」
そう、わたしはほとんど立っていただけ。
行軍訓練は全て軍の指揮官に任せている。
わたしは動きの簡単な指示書を渡して、楽器の指導をするだけ。
最近では、週に1度ほどしか、指導に入ってない。
それでもこのレベルまでできたのは、指揮官の情熱とヨシュア様が発破をかけるから。
もちろん、領軍の騎士は剣や体術の訓練も怠らない。ヨシュア様はそれに加えて、行軍の訓練や、土木や兵器の訓練もさせている。
「だが、あなたがいたからこそだよ。騎士たちもあなたが総指揮に立ったからあそこまでできたんだろう。正直、今まで一番の出来だった。誇りに思うよ。」
「騎士たちに言ってあげてくださいね、そのこと。卿はいつも騎士たちに厳しいから。」
ヨシュア様が苦笑した。
男の人は褒めるの、苦手よね。みんな頑張ったのに。
「巫女姫の巡業が終わったらな。」
「もう。そんな先なんて、みんな忘れちゃいますよ。明日、言ってください。」
「わかった。明日ね。」
「約束ですよ。ヨシュア様、酔ってらっしゃるから忘れた、なんてダメですからね。」
あ。名前で呼んじゃった。
わたしも酔ってるからつい気安くなってる。
気をつけなきゃ。
早く、コーヒーくださーい。
「約束するよ。アリエッティ。」
すっごく嬉しそうにヨシュア様が笑った。
コーヒーが運ばれてきた。いい匂いー。
やったー!クリフのチョコ付いてる!さすが伯爵家!
「アリエッティ、明日は何か用事が?」
「朝、騎士の様子を見に行きます。その後は、彼らを連れて市街に少し買い物を。」
「夜は?実は何件か夜会に招待されているんだ。今日の演技の話しを聞きたいと。あなたも一緒に。」
わたしも一緒にー?
「夜は、神官長に呼ばれています。」
「その次の夜はどうだろう?」
「はあ。空いてますが。ですが、わたしでよろしいのでしょうか?」
「あなたでないと。行進曲を作ったのはアリエッティだろう?今夜は神殿の功績として、巫女姫と神官長が同席したけど、各辺境伯は訓練の手法を知りたがってるんだ。指揮官たちも連れてこいと言われている。」
今夜はおそらく神官長様が配慮してくださって、わたしと巫女姫を同席させないようにしてくれた。神官長様とはお手紙を度々交わしているから、この行軍演技のことも相談していた。
彼の方には珍しく、手放しで褒めてくれた。
王妃様には神官長様から知らされたようだ。
元騎士の王妃様が推されていることもあって、特に私軍を持つ辺境伯がこぞって話を聞きたがっているそう。
正直、行きたくない。だって。
「あまり、行きたくない?」
「申し訳ありません。王都の夜会には正式に出たことがないのです。」
「まさか!」
ヨシュア様が心底、驚いた顔をした。
ほんとです。
巡業の歌姫としてなら、何回も出たことがあります。
だけど、招待客としては出たことがないのです。
ほら、わたし、名ばかりのご令嬢なんで。
「夜会慣れしてるのに?」
「歌姫として夜会に招待を受けることはあります。巡業の時とか。ですが、最後までいたことがないので。」
ダンスのパートナーに選ばれることがない、と分かったあたりから、早々に退席することにしていた。
巡業の時はやることが多い。
壁の花になっているより、楽器の整備や神官様について民の祝福を手伝ったほうが、有意義な気がしたのだ。あの時は。
今思えば、あの時もう少し頑張っていれば、今頃結婚相手が見つかってたかもしれないのに。
「では、ダンスは?歌姫は習うのだろう?」
「夜会で踊ったことはないのです。恥ずかしながら。明日、練習しておきます。」
「いや、そこまではしなくて良い。ダンスはお断りしたらいい。」
「ですが。」
ヨシュア様のパートナーとして出るのなら、少なくともヨシュア様とは踊らないといけないだろう。
「大丈夫。皆、あなたの話を聞きたがっているんだ。わたしがエスコートするのだから、わたしがお断りしよう。」
「それだと卿が踊れません。」
「わたしは踊らなくていい。今回はそういう社交ではないから。」
それだとほかの方から要らぬ怒りを買うのではないだろうか・・・。じーと、ヨシュア様を見る。
「ダメかい?アリエッティ?」
ずるーい。美形、ずるーい。
そんな風にお願いされたら、断りにくい!!
ちょろい自分を恨むわ!




