21 魔王との対決!
城に着くと、すぐにヨシュア様から呼び出された。
すでにウィルヘルムはケビンに伴われて、馬で先に城に返されていたから、ヨシュア様の耳には入っている。
大ごとにはしたくないけど、騎士としてあり得ないことだから、なんらかの処分は免れない。
だけど、聖歌隊からは外してほしくない。
ウィルヘルムからは土下座で謝られたし、彼がいなくなれば、聖歌隊の核になる人材を探すところからまたやらなければいけない。
巡業は秋と聞いているから、正直もう時間がないのだ。
ちょっとしつこく指導し過ぎたから、わたしにも責任はある。と説得するしかないだろうと、緊張しながら、執務室に行った。
部屋に入ると、ヨシュア様が息を飲んだのが分かった。
すぐに頭を下げて、ご心配をおかけして申し訳ありません、と謝った。
「・・・ケビンから聞いた。謝るのはわたしの方だ。ウィルヘルムは、騎士を剥奪の上、領外へ出すことにする。申し訳ない、アリエッティ殿。」
「え?ダメ、ダメです!!」
そんな!領民でさえなくなってしまう。
騎士爵位の返上は仕方ないとはいえ、住む場所さえ追い出されるなんて大袈裟だ。
「わたしの怪我なんて、大したことありません!そんな大層な処分はしないでください!」
「大したことないだと?そんなに顔を腫らして。女性の顔にそんな・・・。馬車から突き落とされたんだぞ?!命さえ危なかった。」
「でも、わたしは生きてます。それに、傷はいつか消えます。残る傷でもなかったんです。」
「傷の問題ではない。彼は護衛騎士だ。護衛する者を突き落とすなど、言語道断だ。それにあなたは神官だ。聞けば身分の則を無視して、随分とあなたに気安かったと。その気の緩みが今回の失態なのだ。騎士としてあるまじきことだ!」
ヨシュア様の顔色が変わった。
目には苛烈な怒りが映っている。
直視できずに、思わず目を逸らした。
覇気に飲まれないように、なるべく冷静に、と必死に言い返した。
「神官は一代騎士爵位。彼とわたしはほとんど身分の差はありません。それに気安く接していたのは、わたしがそう望んだからです。気の緩みがあったのなら私もそうです。私が望んで、御者台に乗り、彼を練習に付き合わせたのですから!」
「あなたは伯爵家だ。そしてわたしが中央神殿からお預かりしている、神官だ。あなたの振る舞いが気安くても、ウィルヘルムは自分で律するべきだ。それができなくては爵位は持ってはいけない。そう訓練されているはずだ。」
ヨシュア様が一歩前に出て、わたしは思わず、後ずさった。
改めて、彼は騎士なのだと悟った。
覇気に気圧されてしまう。
だけど。
「それなのに、あなたに怪我をさせてしまった。本当にすまない。彼の追放だけで済めば軽い方だ。」
「っ!やめてください!わたしにも責任はあるのです!」
「・・・・なぜ、それほど庇う?」
ヨシュア様の目が先程とは違う剣呑さで、わたしを睨んできた。
恐れを見られたくなくて、思わず俯いた。
ああ、彼は本当に騎士なのだ。
そして、ここの領主なのだ。若くても、人を制圧することに慣れている。
普段の少し戸惑いのある雰囲気とは全く違って、わたしには俯くことしかできない。
「ガイネへの道中、随分親しかったとか。彼へ特別な思い入れがあるのか?」
「彼は聖歌隊の核になってほしくて、訓練していました。」
「本当にそれだけ?」
か、と頬が熱くなった。
そんなことを聞いてくるなんて。
確かに気安い言葉の応酬で、そんなやり取りはした。
だが、本気で思っていたわけではない。
「そうだとしたら、なおさら、彼の処分は変えられない。あなたは伯爵家だ。わたしの預かる令嬢。身分の則が分からないような不埒な者の狼藉を見過ごすわけにはいかない。」
あなたがそれを言うの⁈
頭の中がかっとした。
身分の則や倫理の法を犯して、神殿を貶めているのはあなたたちでしょう⁈
大声で詰ってやりたかった。
だけど怒りに任せてそんなことを言えば、自分の矜持が傷付く。
わたしはそんなことにこだわって、自分の使命を放り出したくない。
「・・・彼に恋愛の情はありません。同じ年頃で、話しやすかったのは事実なので、親しみを持って、わたしに引き入れたかった。そのことで彼を勘違いさせたかもしれません。そのことについても、ウィルヘルムからは平身低頭、謝られました。ですので、わたしへの謝罪は済んでいるのです。」
声が震えている。
だけど怒りを抑えるのと、彼への畏怖に負けないようにするには精一杯だった。
「それは聞いている。だが、職務を全うせず、女性に乱暴までした処分は別だ。」
「騎士職の解雇は致し方ないでしょう。ですが領からの追放は重すぎます。どうかご容赦を。」
「何度も言うが、あなたは伯爵家だ。それにただの神官ではない。王に匹敵する巫女姫になるかもしれなかった歌姫だ。この国を代表する女性なのだ。その方に傷をつけた罪は重い。」
傷なら既に付いている。
目に見えない、深い傷だ。
跡に残るなら、間違いなくそちらだ。
それをつけたのは、あなたなのに。
皮肉に、自然と口端が上がった。
「私は巫女姫ではありません。そんなことはありえない。」
選ばれたのは、アリシア様。
わたしではない。
もしかして、なんて、思うのは、恐れ多いことだ。簒奪を狙う者の考え方だ。
「それに伯爵家と言いますが、既に手切れ金を渡されて、ここに送り出された身。身分など本当に名前だけなのです。ウィルヘルムにもそう話したからこそ、気安くなったのでしょう。」
目を閉じたまま、懇願した。
「どうかわたしに免じてご容赦を。彼を領から追い出せば、残された家族も肩身が狭い思いをするでしょう。わたしにはそれほどの。」
自分を卑下する言葉を使うことにためらいを感じ、一旦言葉を切ったが、うまく言葉が見つからなかった。
「わたしの考えが甘かったばかりに、見も知らない誰かを不幸に追いやるような、そんな覚悟はわたしには無いのです。身分で守って頂くほどの価値も。ウィルヘルムは反省しています。彼がここで自分を変えたいと願うなら、そうさせてやるのが、民の心の安寧を願う神官の務め。お願いいたします。彼にチャンスをお与えください。」
ヨシュア様は長い間、沈黙していた。わたしはその間、頭を下げていた。
顔を上げて、と言われ、ヨシュア様を見ると苦々しい顔でわたしを見据えていた。
「・・・あなたは、甘い。」
だめか。
ヨシュア様の言葉は残酷だった。
だが、これが統治者なのだ。
久しぶりの絶望感に片足を入れた気分だったが。
「だが、わたしにも非がある。ウィルヘルムは短気ですぐに手を出してしまうことを知っていても、あなたの護衛につけた。わたしの判断が甘かったのだ。ウィルヘルムの性格もあなたのことも見くびっていた。」
わたしには希望が見えたような気がしたが、ヨシュア様はとても辛そうだった。
「今回限りだ。領の追放は取り下げよう。」
ああ。
ほっとすると膝から崩れ落ちた。
ヨシュア様が慌てて抱きとめてくれた。
「・・・大丈夫か?」
はい。すみません。
こんなに緊張したのは、初めてで。
言葉もでず、コクコクと頷くと、ヨシュア様が何かを抑えたような低い声で言った。
「もうこれ以上、無茶はしないでくれ。アリエッティ殿。」
できればわたしもしたくないです。
なんて、言えなかったけど。
なんか、でも。
男の人の腕ってこんなに硬くて、太いの?
なんか、ドキドキする。不埒なのはわたしの方かも。
ウィルヘルムの隣に座ってたときは、全然意識しなかったけど、確かにこんな大きな体で体当たりされたら吹っ飛んじゃうわね。
やっぱりわたしは世間知らずなんだわ。
こうやって、魔王との対決は終えた。