20 歌ってこそ歌姫!
「それにしても、歌姫ってのは、ほんとうに歌が上手いんだなぁ。」
ウィルヘルムがのんびりと言うのに、吹き出してしまった。
「当たり前だろうが!何を失礼なことを。」
ケビンはそう言うけど。
当たり前なんだけど、今まで当たり前じゃなかったんでしょうね、カービング領では。
巫女姫巡業もなかったし、神官もいなかったから、歌姫が歌う姿も見たことがなかったんでしょ。
「そうよ。だって、厳しい修行をするんですもの。」
「神官様も歌姫なんだって、改めて分かったよ。本当にすごかった。あれって何か打ち合わせしてたわけじゃないんだろ?それなのに、よく歌えるなぁ。神官様って、楽器だけじゃないんだ。」
「あはは!歌姫は歌が本職なのよ?!」
だから歌姫っていうんじゃない!と笑うと、そっかー、とウィルヘルムも笑った。
ガイネ港からの帰り道。
ヨシュア様の付けた護衛にわたしは、ウィルヘルムを指名した。
ヨシュア様は最初、いい顔をしなかったが、彼には道中、歌唱の指導がしたかった。
ウィルヘルムは行進曲も一番初めに覚えた。
音感が良く、ギターも弾ける。声も良い。
とても音楽の素養のある青年だった。
長く神官不在だったエチュア神殿には聖歌隊がない。秋に巫女姫巡業を控えた神殿には、聖歌隊の不在は致命的だった。
わたしはウィルヘルムを聖歌隊の核にしようと考えた。
そのためには、何曲かの賛美歌を急いで覚えてもらうこと。できれば簡単な楽譜が読めることが急務。
ガイネへ向かう間もなるべく、彼の隣に座り、賛美歌を覚えてもらった。
おかげで、ウィルヘルムとは随分、親しくなった。
前からついてくれている、騎士のケビンと侍女のベルセマムも同行しているので、彼らにも同じように教えているが、ウィルヘルムは鷹揚な性格なのか、堅苦しいところがない。
おかげで、わたしも肩肘張らずに好きなことが言える。
ここに来て、初めて友人と言えるくらいの親しみが持てた。
「歌姫様ってのも、辞めちまったらふつうのお嬢さんなんだなー。楽しそうに笑うし、大酒は飲むし。神官様のお友達は綺麗な人ばっかりだった。」
辞めなくても、ふつうのお嬢さんよ!
「歌姫は選定に受かれば、誰だってなれるのよ?」
「そうなんだってな。それ初めて知ったよ。貴族のお嬢様じゃないとなれないと思ってた。」
「ある程度の音楽の訓練がいるから、貴族のお嬢様が多いけど、もちろん爵位を持たない人もいるわよ。そういう人は辞めてしまったら、平民に戻るわ。神官は騎士爵位だけど、歌姫から神官になる人は少ないわね。」
「へえ、でも神官様は伯爵家の娘さんだろ?」
「名ばかりのね。すでに手切れ金を渡されてるから、家には帰らないわ。だから、名前だけ。神官を辞めてしまったら平民になるわ。」
「ふうん。なら、俺みたいな騎士とも結婚できるのか。」
あら。脈あり?
ちょっと短気なところはあるけど、心根は素直だし、何より音楽的な素養がいい。わたしはけっこう気に入ってるほうだけど。
「そうね。もらってくれる?やめる頃は相当おばさんだけど。」
「早くに辞めたら考えてもいいぜ。嫁は若くて可愛いのがいい。」
「ウィルヘルム!軽口も大概にしろ。」
ケビンが怒鳴った。ウィルヘルムが、軽い分、真面目なケビンが締めてくれる。バランスがちょうどいい。
こんな感じで、ガイネの旅は楽しく過ごせていた。
「怒られちゃった。さて、練習でもしましょうか。」
「俺のせいかよ?それにしても神官様の練習はしつこいなぁ。休む暇もない。」
「だって、時間がないんだもの。あなたを頼りにしてるのよ。ウィル。」
そう言って、ギターを抱えなおして、賛美歌を口ずさむ。
すでに行きの道中で、教え込んでいるが、合唱となると、ところどころ主旋律に引っ張られてしまう。
わたしはなるべくウィルヘルムと一緒に御者台に乗って、隣に座って教え込むようにしていた。
「やっぱり、休憩中に練習しましょう。この山道だと、手綱が難しいんじゃなくて?交代して馬車の中で、もう一度合わせましょう。」
何度も同じ場所でつまずくので、そう言ったのだが、ウィルヘルムの機嫌を損ねたらしい。
「大丈夫だってんだろ!もう一回歌わせろよ!」
「口を慎め、ウィル。」
「今はやめときましょう。集中して気をつけたら、すぐに覚えられるわ。今は御者をしてるから・・・。」
「うるせえ!早く弾けよ!」
怒ったウィルヘルムが、わたしに体当たりをしてきて、バランスを崩して御者台から転がり落ちてしまった。
「神官様!!」
危なかった。もう少しで車輪にひかれるところだった。
車輪の外側に落ちたので、引かれることは免れたが、体の半分を強かに打って、声が出なかった。
ウィルヘルムもケビンも、みんな蒼白になっていた。
しまった。
わたし、護衛されてる身だった。
これは、ヨシュア様から怒られるだろうなぁ。
ウィルヘルムが外されるのは痛いから、それだけは勘弁して。