2 え?場違い?
おおお、すごい気後れ感。
久しぶりに王都に帰ってきました。
生まれて初めて、王宮舞踏会に参加するために。
舞踏会でもわたしは踊らない。
だって神官だし。
ってことで、ドレスも着てない。
神官の司祭服。
新年を寿ぐ王家主催のこの舞踏会に参加できるのは、国の中枢を担う高位貴族と招待された人たちだけ。
今回、カービング領の神殿神官として、初めて招待されました。
ほほほ。
‥全くもって嬉しくない。めんどくさい。
辺境のカービングでの暮らしは、意外とわたしの性にあっていたらしく、王都のような娯楽も流行もなくても、寂しくなくて、充実しております。
だから、今更の王宮の煌びやかさに気後れ感が半端ない。
周りは全身からキラキラ発光している人たちばかり。
司祭服にしといてよかった。
ここで頑張ってドレスなんか選んだら、間違いなく田舎者の流行遅れ、空気読めない中途半端な年増のご降臨ってとこでした。
うん、わたしの選択、正しい。
入場の順番を待つ私たちには、チラチラと紳士淑女の皆様からの熱い視線が送られてますが、大丈夫。
とりあえずの選択は間違ってなかったから、気後れ感はこのすまし顔で気付かれてないことでしょう。
「‥緊張してるのか?」
と思ったら、気付かれてた。
まあ、この人ぐらいは気づくでしょう。
隣に立ってエスコート、とまではしないけど、一緒に入場を待つカービング伯爵ヨシュア様。
弱冠20歳の若き伯爵。
噂に違わぬ美青年で、前回の巫女姫選定までは、王宮の近衛騎士をしていました。
軍人にふさわしい、鍛えられた体格は、舞踏会の礼服を着てもはっきり分かる。
むしろ、姿勢の良い立ち姿は、これだけの人の中でも、人目を集めるぐらいの美青年。
規格外ですな。羨ましい。
わたしはヨシュア様の問いかけにわざと緊張しているように、少しだけ微笑んで頷いた。目線はそのまま、階下の大広間に向けたまま。
ああ、あそこのホールまで降りるのね。
そこで、向かいの玉座に向かって正式礼。
王夫妻の返礼を受けて、さらに大広間に降りる、と。礼は5秒ってとこかしら。
王夫妻の横には、巫女姫と神官長様。
その一段下に王族がずらりと勢揃いして並んでいる。
ああ、王太子妃のリュシーネ様、お久しぶりです。
王太子妃リュシーネ様は元歌姫。
中央神殿の世話役として、先代のロメリア様とは懇意にされていたので、その頃の歌姫たちにはよくお心をかけていただいていた。
お言葉をいただいたことはあったけど、あちらは覚えていないでしょう。
なにせ、100人ほどいる歌姫の一人。
特に目立った表彰もないし。
王弟オスカー殿下もいらっしゃる。
宮廷楽団の長だけど、この入場の儀は王族として並ばれてる。
王弟妃のティアベルゼ様も相変わらずお美しい。
他に知った顔はいないかと、じっくり大広間を見ていたら、視界にヨシュア様の手が入った。
これはエスコートしますという意思表示。
不思議に思って隣を見上げると、端正な顔を、薄く微笑まれたヨシュア様。
思わずドキリとした。
カッコいいです。とても。
「手を。緊張していると、階段でつまずいてしまう。」
あら、お優しい。でも、結構です。
「恐れ多いです。卿。」
軽く腰を落として、淑女の礼で断った。
ヨシュア様は何か言いたげに眉を寄せたけど、すぐに順番が呼ばれたので歩き出した。
機嫌を損ねちゃったかしら。
まあ、いいわ。
ほらね、視線が痛い。
さっきのエスコート、受け入れても断っても、お嬢様方の怒りを買ってます。なんでよ。
同伴は立場的に仕方ないじゃないの、自領の神官なんだからさ。
悔しかったら譲ってあげますよ。
結婚できなくなるの、必至だけど。
だって、4年たったら、あの巫女姫様が降嫁されて、追い出されるのよ。まだギリギリ嫁げる年だけど、4年たったら普通の結婚は無理でしょ。
大衆演劇並みの大波乱がない限り。
ないわー。
こと、わたしに限ってはない。
何せ2番手の女だから。
あ、2番手なら後妻はあるか。
…地味に凹む。普通の結婚を夢見たかった。
なんてこと考えてたら、ちょっと興奮も冷めてきて、つまずくことなく階段を降りれてた。
「カービング辺境領、ヨシュア=ヴァン=カービング卿、並びにカービング領エチュア神殿、神官アリエッティ=エト=スミス様、ご入場!」
ヨシュア様がホールの真ん中で止まったので、先例に倣って、隣にたち、深々と礼をした。
1.2.3と心の中で数えてヨシュア様の気配に合わせて、顔を上げると、正面の国王様と目があった。敬意を表すために視線をわずかにずらし、移動のために顔を動かすと、巫女姫アリシア様と神官長様が目に入った。
アリシア様は満面の笑みを浮かべて、小さく手を振っていた
あらー、なんてあからさまな。
お隣だから、顔は見れないけど、多分ヨシュア様も微笑んでいらっしゃるのでしょう。
相思相愛ですものね、お噂によると。
しかしねぇ、今はこの国の安寧と恵みを祝う大事な会なのですよ。国幹を担う重鎮たちがいる前で、よく臆面もなく私情を出せますね 。
まあ、あのアリシア様の天真爛漫な性格は、歌姫の時からだし、歌姫の時も随分と規則や不文律を犯してたけど、咎められる感じもなかったみたいだし。
アリシア様のお取り巻き様たちのおかげなのか、はたまた、噂にあるように国王陛下の隠し子説が本当なのか、わたしのようなその他大勢には説明されようのない理由で、今でも自由に過ごされているようだから。
個人的に言うと、ものすごく。
腹立つっていうか?馬鹿馬鹿しいっていうか?呆れるっていうか?
ま、面白くないのよね。
これって、羨望からくる嫉妬なのかしら?それとも堅物的な考えからくる怒りなのかしら?
どっちにしても、こんな下っ端腰掛け神官の不興なんか、ここにいるこの国の大人の人たちにとっては、ないと同然なものなので、これ以上わたしも深く考えないでおきましょう。
気分が悪くなるだけだから。
改稿 「噂に違わぬ美青年で、昨年の巫女姫選定までは、王宮の近衛騎士をしていました。」→「噂に違わぬ美青年で、前回の巫女姫選定までは、王宮の近衛騎士をしていました。」