17 カッコいいけどムカつく!
実家に帰らなくていいのかって?
ぽかんとしたわたしに、ヨシュア様が意外な顔をした。
「すでに1年以上、家族と会っていないだろう?会いたいのでは?」
ああ、春の日だから。
春の日は家族で祝うのが普通だしね。
歌姫の時も、春の日の祭りのあとは何日かの休暇をもらって帰省する人が多かった。わたしも最初の数年はそうしていたが、ここ何年かは忙しくて、そんなことはしていない。
春の日の祭りの前後は貴族のお茶会も多いので、神殿が手薄になる。
春の日に祝福を受けに来る民も多いので、そちらのお手伝いに入ることが多かった。
ということもあるんだけど、帰っても微妙な雰囲気だったんだよね。
今、思えば邪魔だったんだろう。
祝日が終わってから、普段いない家族が帰ってきても、みなそれぞれに予定があって相手にできないって言われた。
母からは申し訳なさそうに言われたが、他の家族は珍獣を遠くから見ているような扱いだった。
「お気遣い、ありがとうございます。私は今までもこの時期に休暇を取ることはないので、家族は気にしないでしょう。」
「それならば、余計に一度ご家族にお会いしてきては?これから先、巫女姫巡業に向けて忙しい。休暇を取りにくくなる。」
「私の実家は王都の近くなので、かなり遠いのです。」
「構わない。あなたの気晴らしになれば。」
ヨシュア様はちょっと言葉を切って、私に気遣うような目を向けた。
「…あなたが、故郷が寂しいのではないかと、侍女が。」
ああー。
昨日、ベルセマムに涙を見られたから。
「お気を使わせてしまって、申し訳ありません。神殿に入った時から家族とは疎遠になってますので、本当に大丈夫です。」
「え…なぜ。あ、いや。…。」
そうね、あんまり立ち入ったことを聞くものじゃないわ。ヨシュア様。
わたしは単なる腰掛け神官ですから。
そういうとこが、まだ若いわね。
「ですが、休暇をいただけるならありがたいのですが。」
「何だろう。あなたの希望を叶えたい。」
随分、大盤振る舞いですこと。
昨日以前との落差に驚くわ。
「ガイネ港に行きたいのです。来月、友人の結婚式があって。」
「ガイネ港…。」
流石にすぐにいいよって言えないよね。
ガイネ港は外国。
ここから5日ほどの隣国にある港町。
ロメリア様の結婚式があるのだ。
昨日、お誘いいただいて、無理でしょうと断ったのだけど、行けるのなら嬉しい。
外国に出るには身元を保証する書類と、境界の領からの許可がいる。
わたしの身元ははっきりしてるとは言え、神殿に所属する身。預かっている神殿もある。
ヨシュア様からの提案がなければ旅行に行けるなんて思いつきもしなかった。
ましてや、ヨシュア様の恋人であるアリシア様の仇敵、ロメリア様の結婚式。
友人、というのを突っ込まれれば、あらぬ誤解を招きかねないので、引っ込めるつもりでいた。
ヨシュア様はじっと、わたしの顔を見て考えていた。
「わかった。行ってくるといいでしょう。」
「ほんとですか⁈」
やったー!
「ただし、護衛をつけます。最低でも3名。侍女も。」
え。
そんなことしたら、ロメリア様のことがバレちゃうじゃない。
「いえいえ。それには及びません。あの。」
「あなたはこの国の大事な神官。しかも若い女性だ。それでも少ないくらいだが、友人を訪ねるのに大げさにはしたくないでしょう。」
「だけど、あの、そんなに旅費を出せません。」
立場的に護衛を雇わなければいけないのだろう。
ヨシュア様に言われて、初めて気づいた。
だけど私的な旅行で護衛を雇うとなると、出費がかさむ。せめて出せて1名だ。
ヨシュア様がため息をついた。
なに?その分かってないなぁって感じのため息。
繰り返しますが、神官は貧乏なんです。
「旅費はカービング領が出します。あなたはエチュア神殿の神官なのですから。」
出してくれるの?やっぱりこの手のひら返し怖いわ。あまりにも都合が良すぎる。
「でも、わたしは一個人として行くのです。護衛は雇います。」
ロメリア様のことをうるさく詮索されても嫌だ。せっかくの結婚式なのに。
「・・・・ガイネ港の交易ギルドの会頭が、我が国の貴族出身の元歌姫と結婚するのだとか。」
ヨシュア様のすごーくいい声が低く響いた。
わたしのカップを持とうとする手が止まった。
恐る恐るヨシュア様を見ると、ぴた、と目が合った。
目を眇めて、にこ、と笑われた。
うわ、意外と腹黒いんだ!この人!
だけど、この顔めちゃくちゃ、かっこいい。
こんな時に、こんな表情するなんて、自分の顔の良さを分かってる!ムカつく!
「お祝いに行かれたいんでしょう?アリエッティ殿。だけど場所はこの国ではありません。無事に帰ってきてもらわないと。護衛は譲れませんよ。よろしいですね?」
もう、コクコクと頷くしかない。
若造だと思ってたヨシュア様の意外な一面を見た。