16 見直してくれてありがとう
戸惑っているわたしに、ヨシュア様は、優雅に笑って、お茶を勧めてきた。
はあ。
終わったの?終わった?
謝罪タイムは終わったらしく、メイド長さんたちは静かに部屋を退室していった。
終わったらしい。
でも、ここからが本題なんだよね、多分。
今までの非礼は水に流しました。
これからアリシア様の巡業を盛り上げてくださいってことだよね。
うん、それはね、もちろん。
わたしはそんな仕事だし。
でもできれば丸投げはやめてほしい。
民に音楽を教えるのと違って、将来の奥方に、歓迎を表すっていう目的があるんなら、アリシア様の好みをよく知ってるヨシュア様が考えてほしい。
じゃないと昨日みたいに不興を買うことになる。
歌姫として同じ教育をうけていても、彼女のことはよく知らないので。
「春の日の祭りでの、演奏、感動しました。騎士たちの士気が上がったのは、あなたのおかげですね。」
行進曲の演技に参加していたのは、半分が領兵の騎士だった。あれで士気が上がったのなら、重畳。
「そんな変化があったなら良かったです。あれは外国の軍隊が閲兵式で行う演技なので。意識統一のためにああいった訓練を行うのだそうです。」
へえ、とヨシュア様が食いついた。
「よく、ご存知ですね。外国に行ったことが?」
「巫女姫の巡業について、二回、行きました。あの儀式はバストマ皇国で行なっていたものです。巫女姫巡業の歓迎式典で披露されました。もっと規模も大きく、200人ほどの隊列で、音楽もオーケストラ並みでしたけど。」
「そんなに大規模なものができるのか。圧巻でしょうね。あの演技を軍の訓練に正式に取り入れたい。指揮官を訓練してもらえますか?」
「かしこまりました。すでにウィルヘルムやジャンは、指導ができるまでになっています。ですが、彼らは指揮官ではないですよね。指揮官となる方を訓練いたします。紹介して下さい。」
行進の練習だけでも、軍団の規律行動は上がるはず。ヨシュア様が近衛騎士を辞して、昨年帰還されてから、領兵は相当鍛えられたよう。
最近ではのんびりと立ってただけだった衛兵も、顔に精悍さが出て、引き締まったのがわかる。
「あの曲は初めて聞きました。あの掛け声も。あれは古語か?カービングに、栄光あれ。かな?」
「曲は元からあったものをわたしが作り直しました。掛け声は古語です。」
「古語なんてよく知っていたね。」
「地方に残る賛美歌にはよく混じってるんです。歌姫は歴史と一緒に古語も習います。さわりだけですが。」
「マナーも?」
「はい。」
元々の身分が高い歌姫は、高位貴族に嫁ぐことも多い。
巫女姫になれば王と同じ扱いを受けるので、歌姫は一律、淑女教育も施される。
「歌姫が淑女教育の最高峰と言われるわけだ。演奏技術といい、歌姫教育がここまでとは。」
見直してくれてありがとう。
今更ですけど。
アリシア様とはそんなお話、しなかったのかしら?
ええ、歌姫の修行はとても厳しいんです。
だから入ってきてから3分の1くらいしか残りません。
巫女姫候補に残れるのはさらに選ばれた者のみ。
人数は決まってないけど、17歳から21歳までの歌姫から候補が決まる。候補に選ばれず、5年に一度の選定に出れないとわかった時点で、歌姫を辞めてしまう者も多くいる。
最近では短期間でいいから、歌姫という経歴が欲しいという人も後を絶たず。
修行になかなかついてこないと、神官様たちも嘆いていた。
歌姫という経歴があれば奏者として楽団に入りやすい。貴族であれば高位に嫁げる。
ていうジンクスを信じてたんだけど。
・・・全国の歌姫志望のみなさん、こんな残念な先輩ですみません。
巫女姫巡業の打ち合わせをするのかと思っていたら、ヨシュア様が意外なことを言い出した。