13 美形が睨むと3割増し怖い
ピアノは、思った通り調律されてなかった。
オルセイン伯爵のご令嬢は思うように弾けなくて、終わった時はちょっと半泣きになっていた。
諦める勇気、大事。
だけど来賓の方々は優しくて、ヨシュア様とカミラ様を褒めちぎっていた。
ええ、わたしもそう思います。和音が気持ち悪くて、全然乗れないのによく弾き切りました。
ヴァイオリンを出して、それでは僭越ながら私も、春の日を迎えられたことを祝して。
ワルツですので、皆さまダンスをお楽しみください、と言うと、オルセイン伯爵はカミラをダンスに誘ってくれ、とヨシュア様にけしかけていた。
カミラ様も嬉しそう。
さて。
楽譜を広げて、調音をするため構えると、横にいたオルセイン伯爵が、太鼓だけじゃないんだな。楽譜が読めるのか、と独り言みたいに言った。
がっくり。
声大きいよ!
読めるに決まってるでしょ!神官なんです!
「いい加減にしてください。叔父様。」
わあ、ヨシュア様が怖いー。美形が睨むと、3割り増し怖いー。
けど、ありがとうございます。
雰囲気を変えるために、適当な前奏をつけて、入場を促すと、みんなうきうきと、パートナーを探し出した。ホールに並んだ頃合いを見て、一際大きく、アグレッシブな出だし。
春の日のためのワルツ。社交シーズンの終わりに、夜会で一番選ばれる曲。
ちら、とホールを見ると、驚いたように目を少し開いたヨシュア様と目が合った。
なによう。
わたしだって、ヴァイオリン、弾けるんです。歌姫をなめないでください。
おーお。ヨシュ様のパートナーに選ばれたカミラ様の嬉しそうなこと。機嫌が直って良かったわ。
アンサンブル用に編集されてる楽譜だから、合間合間に重奏のフレーズを入れる。
だんだんとアンサンブルの雰囲気を思い出して、自然と体が動く。まるでヴァイオリンとダンスしてるみたい。
時々、ホールを見ると、みんな楽しそうに頬を赤らめて、くるりと回っている。
とっても優雅。
素敵。
まだ寒さの残る、春の夜。
きらびやかな舞踏会。みんな、心から嬉しそうにステップを踏む。
やっぱり音楽はいい。どんな時もささくれだった心を、癒してくれる。
ここにいる人には腹がたつことも多いけど、わたしの奏でる音に合わせて、嬉しそうにしてくれるから、怒りも収まる。
これ以上、リズムを急かさないように気をつけて、合間をゆっくり目に。
音楽だけの時と違って、ダンスに合わせる時は人の動きに合わせる。
みんなが踊りやすいように。
楽譜全部、演奏したら結構長丁場になっちゃった。
踊り終わった紳士淑女の方々が、飲み物を取って満足そうに笑った。
場が盛り上がったので、もう一曲。
今度はこの地方から流れ出る運河、ザロウ川を称える歌。国民的なワルツ。
静かなプロローグから入って、主旋律に入った頃、誰か後ろに立った。
ヴァイオリンの伴奏が入ってびっくりして振り向くと、ヨシュア様だった。
目が合うと、にこ、と笑いかけられた。
目礼をして楽譜が見やすいように場所を空けると、するりと横に入り込んできた。
何小節か弾いて、小さな合図を出して主旋律を譲る。
二重奏にすると、音楽に深みが出る。
わたしが持っているのは、アンサンブル用の楽譜だからわかってないと読み取るのが大変。伴奏をつけて、テンポと展開を誘導する。
ヨシュア様、やっぱりすごく上手。良く知ってる曲とはいえ、初見の楽譜でわたしの合図に本当によく付いてきてくれる。
アリシア様ともこうやって、合奏したのかな。
重ねた旋律でフィナーレを弾くと、踊ってた人たちから盛大な拍手をいただけた。淑女の礼で返した。
「アリエッティ殿。」
ヨシュア様が今まで一番、親しみを込めた目で見てきた。
わたしもすごく楽しい合奏だった。
こうやって、気の合う合奏をすると、心の中に信頼が生まれる。言葉でわかりあってるわけじゃないのに。
お互いを気遣いあい、励ましあった親友の気分になれるから、すごく不思議。
「ありがとう。アリエッティ殿。素晴らしい演奏でした。本当に…。」
「こちらこそ、ありがとうございます。とてもお上手で、正直、驚きました。」
あれだけ神殿を蔑ろにしてるから、音楽には興味ないのかと思ってた。
ヨシュア様は何も言わず、それでも何か言いたそうに、わたしから目を逸らさない。
わたしは言葉を待っていたが、カミラ嬢が入ってきた。
「素晴らしい演奏でした!ヨシュア様!ああ、わたしもヴァイオリンで合奏したかったわ!」
「そうだね、カミラ。神官殿のリードは本当に素晴らしかった。歌姫の実力がこれほどまでとは、わたしも初めて知ったよ。それともアリエッティ殿が特別なのかな。」
「いいえ。歌姫は合奏の機会も多いので、他の方よりは慣れているのです。」
「わたしも持ってきたら良かったわ!ご一緒したかった。良い機会でしたのに。」
では、ヴァイオリンをお貸ししましょうか?と申し出ると、カミラ嬢が俄然、食いついてきた。
次もぜひ、神官様もご一緒に、とヨシュア様。
勉強になるから、絶対に一緒に演奏したほうがいい。とカミラ様を説得した。
「わかりました。では、フルートを持ってまいります。」
「あら、ピアノでは、だめなのですか?」
えー?カミラ嬢、宣戦布告?それとも。
「・・・調律があってないので。」
「「え?」」
ヨシュア様とカミラ嬢がハモった。
え?気づいてなかったの?