12 バカなの?バカです。
春の日の祭り。
夜は城で晩餐会がある。
当然、カービング領の神殿神官のわたしも、主賓で招待された。
苦痛である。
大広間に隣接した、大晩餐会用の食堂。
今回はちゃんと服装を確認したので、ドレスにしました。
奮発したよー。
レッティモンさんの特別代金のおかげ。
だって神官はお金がありませんの。
ほほほ。
ええ、次の依頼も馬車馬のように働きます。
で、せっかく新調したドレスも、久しぶりの豪華な晩餐も、全く心踊りません。
はあ。
せめてヨシュア様と二人だったら良かったんだけど。
なんで直接関係ない人たちにここまで言われなきゃいけないんだろ。
きっかけは晩餐に音楽がなかったこと。
カービング領の手下の貴族と有力者を集めた晩餐会で、先日までヨシュア様の代わりにここを治めていた、オルセイン伯爵夫妻がねちねちとわたしに文句を言い出した。
祭りの晩餐に楽団が用意できないなんて、音楽の使徒じゃないとか。
いや、神殿は宮中楽団の元締めじゃありませんから!
時々いるんですよね。こういう人たち。
そりゃ、音楽っていう同じ分野を通じて、なにかと交流は多いですよ。指導者を派遣したり、神官から楽団に入ったり。
でも、全く違う組織です!
王弟オスカー殿下は、宮中楽団の長であって、神官ではないでしょう?と窘めても、全く通じてない。
ヨシュア様も苦笑してるのに。
ヨシュア様は彼らが誤解してるんだろうと、優しく対応されてたけど。
彼らが本当に言いたいのは、わたしが領民に教えたのが行進曲だったのが気に入らないってこと。
あの人たちのなかでは、あれは音楽じゃないんですよね。
貴族の音楽こそ、音楽。
つまり、宮中で使われる音楽じゃないと認められないってこと。
賛美歌や、室内楽こそが音楽で、単調なドラムや雄叫びをあげるようなものは音楽には入らない。そんな下賤なものを神殿が教えるなんてありえないってことなんでしょう。
わたしの解釈とは違うけど、そういう考えがあるのは知ってます。
そして統治者である貴族階級の方々の多くがその感覚であるってことも。
やっと、わかった。
カービング領から音楽が消えた理由。
絶対、この人たちの間違った政策のせいだ。
気に入らないなら中央神殿に訴えていただいて結構ですよ。教義に関することなので神官長様はじめ、中央の判断を仰ぎましょう。
わたしが歌姫として教え込まれたのは、人びとを励ます音楽こそ女神の意思、ということだけだったので、手法や分野に関しては在野の常識と違うことがありますので。
と、やわらかーく言ってみたけど、城に楽団も置かないのに軍人に音楽なんて無駄なものを。
客人を招いて音楽もつけないなんて、みたいなことをまだ言い募るから、ヨシュア様がヴァイオリンを披露することになった。
恐縮してたけど。
あの人たち、バカなの?
城は領主の持ち物で、領主のもてなしにけちつけたんだよ!だから、ヨシュア様が弾くことになったんでしょ?
わたしは主賓だ!どこの主賓が自ら楽団引っさげてくるのよ!
あ、神殿なら歌姫、引っさげてくるのか。それを期待してたのか。それができるのは巫女姫だけです!
すみませんね!巫女姫じゃなくて。
なんで、この前までこの城に責任を持ってた彼らが、ここに楽団がないことを理解できないのか、わたしにはさっぱりわからない。
楽団欲しかったなら、自分たちが代理でやってる間に、育てて雇っとけばいいのに。
って事で、晩餐が終わって、ヨシュア様がヴァイオリンを披露してくれました。
なかなか。
王都でお育ちになっただけあって、かなりの腕前です。
招待された方々も、満足そう。
「ヨシュア様。私に伴奏させてください!」
頬を染めながらお願いしてきたのは、ヨシュア様の従姉妹姫。
オルセイン伯爵夫妻の娘さん。カミラ様。
御歳18歳。
ヨシュア様がアリシア様と恋に落ちなければ、この方が婚約者になったんだろうと噂で聞きました。
えー?歌姫が欲しかったんじゃないのー?
意味わかんなーい。
地方貴族のお嬢さんが美貌と名高い巫女姫様に、勝てる見込みはなく、泣く泣く諦めて最近、やっと婚約者を立てられたとか。
本人を前にしたら諦められないんだろうなー。いや、美青年と親しくなりたいってのは本能か。
大広間のピアノでアンサンブル?あの調律のあってないピアノで?
調律したのかな?
はい、楽譜が必要なんですね。部屋から持ってきます。
メヌエットですね。
ついでにワルツの譜面とヴァイオリンも持ってこよう。
みんな、踊りたいんでしょ?
そんなに言うなら、わたしが楽員になります。
あれだけ言われてまだ良いように使われてる。
ええ。お人好しの自覚はあります。ただの馬鹿です。