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10 楽しい!

華やかなトランペットが鳴り響き、楽隊が広間に入場した。規則正しいドラムと足踏みで、舞台の前に3重に並んで整列した。


広場を見下ろすように作られた舞台の中央には、半年ぶりに帰郷した、ご領主ヨシュア様。

その両側、扇型に来賓の方々が座っている。


わたしは舞台下に整列した唱歌隊に並んで、楽隊の指揮者に目で合図した。


再びトランペットが鳴り響き、力強く華やかな行進曲が始まった。


楽隊の人数は50人と増えていた。

楽器が足りず、それでもせっかくきてくれた人を無下にはできないので、唱歌隊を用意した。

すると、そこに加わりたいとさらに人が増えた。

楽器は持ち帰っての練習が必要だが、歌ならものはいらない。いつでも練習できる。


冬が終わり、山脈の麓にも春が訪れた。

今日は春の日を祝う日。

民にとっては、新年よりも大事な祭りの日だ。


華やかな行進曲が1クール目が終わり、行間のドラムで列が動く。

箱型から中央から分かれて横一線へ。

曲の2クール目が始まり、演奏しながら、両端が少し後退して、中央を山の頂点とした隊列が出来上がる。


演奏しながらの移動は、難しい。


1年かけて、人を集め、やっとここまでできた。

だが、それでも、わたしがかつて見た外国の演技に比べると子供の遊びのようだ。


それでも初めて見る行進の演技に、見物に来た領民たちが驚いているのに心がすいた。


最高に盛り上げたドラムを、斬るように終わらせて、楽隊が叫んだ。


「春の日に幸あれ!カービングに栄光を!」

という意味だけど、古語で。

だってかっこいいでしょ。


わあ!と会場が沸いた。やった!!


舞台を見ると、ヨシュア様が、目をキラキラさせて見ていた。興奮しているのがわかる。やったね、ひとまず成功。


興奮が冷めない会場で、わたしがヴァイオリンを持った。

唱歌隊に合図を送り、カービングで広く歌われている、花の歌の一節を弾いた。


最初は唱歌隊だけ、山場から楽隊の人たちも加わる。わたしもヴァイオリンを下ろし、唱歌に加わる。

2回繰り返すと、見物していた人たちが口ずさんでいた。

大成功!


消えるように終わらせて、舞台の方たちに、礼をした。

ヨシュア様が立ち上がり、ゴブレットを持って叫んだ。


「春の日、おめでとう!この一年、幸多からんことを!わたしは、また一年、みんなの安寧に努めよう!女神に感謝を!」


そう、短く言って祝杯をあげた。

いいわねー。挨拶が短いって最高!

ヨシュア様、なかなか、センスいいじゃない。


とはいえ、大切な楽器を騒ぎで壊されちゃ、たまんないから、慌てて楽隊に入って、楽器を荷馬車に回収。

トランペットは先日、レッティモンさんから特別代金の代わりに送ってもらったもの。

これはさすがに王都じゃないと手に入らないから、壊されたら泣く。


「すっごくよかったわよ!アリエッティ!」


わあ!ロメリア様!

こんなとこに!

帽子も被らずに、ヨシュア様に見つかったらどうするの?!


前代巫女姫のロメリア様が、わたしのところに現れたのは、ひと月前。


アリシア様のお取り巻きの宰相子息、ガンドルフ=ドゥオ=キックナー子爵様の婚約者だった。

アリシア様に嫉妬して、巫女姫の立場から散々嫌がらせをしたってことで、婚約を解消され、引退と同時に人知れず姿を消された。


なんと、カービング領の隣国にいらっしゃった。

ここからだと、馬車でも5日ほどの交易港を拠点にしている富豪の商人といい仲になって、来月、式を挙げる。


エチュア神殿の神官に歌姫がやってきたという噂を聞いて、様子を見にきたのだ。


アリエッティじゃない!心配してたのよ!と楽隊の練習をしていたわたしに、嬉しそうに声をかけてくださった。


けど、なんていうか…。


「痺れたわー!今度はもっとラッパ系を入れてやりましょうよ!カービングの軍服でやれば、女の子が倒れるくらいかっこいいわよ!100人くらいいると、大旋回も見ものよね!あの古語の寿ぎはあなたが考えたんでしょう?あのアイデアは、さすがアリエッティだわ!」


こんな性格じゃなかったはずなんですが、ロメリア様?

巫女姫様の時は、氷の巫女姫って二つ名があるくらい、厳格で近寄りがたい感じだったでしょ?


というと、歌姫を引っ張って行くために、ずっと緊張してたのだとか。

こっちが地なんですね。とほほ。


憧れてたのにー!


いえ、ミーハーなロメリア様も嫌いではないんです。ただ落差に戸惑います。


楽器の荷馬車は先に神殿に返してもらうから、その算段をして、後片付けをしていたら、聞き慣れた三拍子が聞こえてきた。


「神官様!早く!早く!」


子供たちがわたしを呼びにきた。


えー。朝早くからリハーサルして疲れてるのに。

仕方ないなぁ。


すっかり定着してしまった、準備運動代わりの劇中歌。

私じゃなくても歌えるんだから、誰かやってくれたらいいのに。


ロメリア様とお話ししてたんだけど。



でも、ロメリア様も一緒になって引っ張って行ってる。

ほんとはこんな性格だったのかー。じゃ、巫女姫は窮屈でしたね。って言ったら、


「そうよ!あなたたちのときの歌姫、天才ぞろいだったじゃない。もう苦痛で苦痛で。怖い顔でもしなきゃ、示しもつかないってやってたら、引っ込みつかなくなって。まぁ、最後は変なおバカちゃんのせいで、自然とそうなったんだけど。」


あー、それはあの方ですかね。

人生狂わせられましたからね。


ご愁傷様です、というと、狂った先に最高に素敵な方がいらっしゃったからいいのよー!と惚気られました。砂吐く。


わたしが着いた頃には、拍子を取っていた人だかりは二重もの円になっていて。

輪の中央に放り込まれると、むさい軍人さんたちがギラギラした感じで、わたしの歌い出しを待っていた。


怖い。食われそうだから早く終わらせよう。



峻険な山脈に開けたカービングの都を、踏み鳴らす足音は、今までで一番大きかった。

大地を揺り起こすような、人々の足音。その命の力強さ。高揚感。

神官になってから、本当に色々と理不尽だけど、こういうのを感じると、もういいやって思ってしまう、自分ってほんと単純。

だけど、いいや。


楽しい!


雄叫びで歌を終えると、楽隊や唱歌隊だけでなく、見物してた人たちもみんなで、肩を叩きあって、女神に感謝を述べた。

次の曲だ!ってまた足踏みが始まったところで声がかかった。


「神官様。ご当主がお呼びです。」


あーはい。わかりました。行きます。


「神官様ー!あとでヴァイオリン、弾いてー!歌、歌って!」


子供たちが引き止めてくれるけど、ごめんね。あとでね。

大人って仕事しなきゃ、だから。


小袋に入ってた飴を近くの子に渡して、お詫びの代わりにみんなで分けるように言って、呼びにきたお城の侍従について行く。


あ、あの行商のおじさん、きてくれたんだー。


アヒージョのお店が出てる!食べてみたーい!ワインもある!


は!あの帽子はロメリア様!

目ざとい。さすがだわ。


いいなぁ。今から舞台の上に行ってご挨拶。めんどくさ。普通にお祭り、楽しみたい。





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