1 期待したじゃない!
堪えきれず、高笑いをあげた。
もう何がなんだか。
ここまできても、わたしは2番手。いや、2番以下だ。
思えばずっと2番以下だ。よくて、2番。
もうこれが運命ってやつだ。仕方ない。だって、こんなもの努力の問題じゃない。恋敵なら努力もわかる。だけど、恋敵以前の問題。
わたしは歌姫として、12歳から神殿に奉仕してきた。いずれは歌巫女姫になるべく、同じ年頃の女の子たちと研鑽を積んで、先頃新しい巫女姫の選定で、敗れた。見事、敗れた。
この時、4番手。
これはほぼ出来レースみたいなものだから、まあ、良くて3番かな、と思ってたけど、やっぱり4番だった。
生まれはぎりぎり伯爵の名がつく家の、次女。上から3番目、下から2番目。才媛の姉、跡取りの兄に次いで、私。そして愛らしいと評判の妹。1つ違いの兄のおかげで、すっかり空気。やんちゃな兄に振り回されて、なまじ聞き分けが良くて、そつなく器用だったから。そして5つ下に妹が生まれると、家族の興味は全てそちらへ。
すっかりいじけて、捻くれた私は、家族に反抗的になって、扱いにくい子。居場所がなくなって、神殿の歌姫に志願した。
地方神殿の選抜で勝ち残れたのは、3人だった枠の1人が、隣接する領の格上の伯爵家のお嬢様で、どうしても歌姫になりたくないと辞退したから。辞退がなかったら私は、歌姫にもなれなかった。
運良く、地方神殿から巫女姫候補として、王都の神殿で修行したが、一生懸命努力しても、1番はなれなかった。
だけど、歌姫になったことは、とても幸運だった。
だって、神殿の歌姫を勤めあげたら、各地の祭りで仕事が出来る。巫女姫の代わりにだけど。
楽器もみっちり教えられて、音楽理論も叩き込まれたので、今では楽曲の編纂や指導もできる。下請けみたいなものだけど。
だから、女1人でも食べていけるくらいは、技術と伝手を手に入れられたのだ。
歌姫を勤めあげた娘は、神殿に残って次世代を育てるか、結婚して家庭に入るのが通常。歌姫時代に相手が見つけられないと神殿に残って指導者になって良縁を待つ。もし見つからなければ、気がすむまで神殿に残れる。神官という身分の一代爵位を賜るが市井の贅沢はできない。
それを嫌って、歌姫になった貴族のお嬢様たちはちゃんと婚約者を見つけて、引退したらすぐに結婚する。もしくは、家庭教師や音楽に関わる諸々の仕事で糊口をしのぐのだ。
貧乏貴族の娘の私には、婚約者がなかった。両親も神殿に入りさえしたら、自分たちの手から離れたとばかりにそんな話は持って来ず。自力でなんとかしようにもやっぱり2番手。良い雰囲気になっても、この可愛げのない性格のせいなのか、いやいや、これも才能だろう。恋愛の才能。恋愛才能のなさだ。
気づいたら、神殿残り組筆頭になっていた。こんな時だけ、一番なんて、呪われてる。
そんな私に幸運が舞い降りた。
辺境伯カービング伯爵との結婚話だった。
この世界は女神が作った。女神は人間が朗らかに笑い、喜び歌うのを愛でたいために、この世界を作った。各地の神殿は女神を讃え、豊穣の恵みを感謝するため、歌を捧げる。祈りの基本だ。
神殿を引退した歌姫たちの仕事には、この地方神殿の世話役があった。身分はどういう形でもいいが、神殿に関わり、衆人に歌と楽を教える。
できれば身分が高い、領主の夫人が最も良い。手厚く神殿を保護できる。
歌や音楽を忘れた土地には、災いが訪れるという、あながちでたらめでもない信仰があるからだ。
カービング領は20年ほど前に領主が亡くなってしまってから、 神殿を世話する役が手薄になり、カービング領から歌姫が選出されることが少なくなった。同時に天災が続き、隣国との交易地として、有名だったカービングの都、ギル=ガンゼナは活気を失った。若きカービング伯爵には歌姫の夫人が必要だと思われていたのだ。
今回の歌姫との結婚は年頃になったカービング伯には絶好の時期で、巫女姫選定後、巫女姫に選ばれなかった歌姫を連れて帰ってくるだろうと期待されていると聞いていた。
幸いに、私はそれに選ばれたのだ。
選ばれたのはまさに僥倖。棚からぼたもち。
本来、王族と同じ権限を持つ辺境伯なら巫女姫の次点の歌姫や、もっと高位の姫が選ばれる。だが、私より順位が上の姫たちが諸事情により、選ばれなかった。
今までの努力を、女神が報いてくれたのかと思った。わたしは夢のような僥倖に浮かれていた。
市井の民より貧乏な爵位持ちの娘が、本来ならば嫁にいけるような身分ではないのだ。まさに玉の輿。しかも、カービング伯爵は社交界でも有名な美青年。
歌姫になって、勤めあげてよかった。
多分、生まれて初めて、心底から神に感謝した。
ところがだ。
呼び出された神殿で、神官長様は青い顔でわたしに告げた。
妻としてではなく、神官としてカービング領に行くように。
一瞬だけ約束された婚約はなしになったのだ。
その理由は今回の選定の陰で行われた、「諸事情」ってやつだ。
今回の巫女姫に選ばれたアリシア様を巡って、この3年ほど鮮烈な恋愛劇が行われていたようだ。
わたしは見たことがないので、噂でしか知らない。
だって、王宮に令嬢として夜会に出られるほど高位じゃないし、誘ってくれる人もいなかったし。
休みの日に繁華街や観劇になんて、いけるほどの金銭的余裕もなかったし。
アリシア様は高位の令息たちから次々と求愛を受けていた。おやすみの日には、毎回、どなたかにお誘いを受けて、外出し、王宮の夜会や、議会開会中に行われる王都の社交場にも令息たちのパートナーとして選ばれ、出席していた。
そこで繰り広げられた、アリシア様争奪戦は、ここ1、2年の社交場の1番のネタだった。
そして、カービング伯爵は、ご多聞にもれず、アリシア様親衛隊のお一人だったのだ。
アリシアさまが巫女姫に選ばれたので、この親衛隊は解散になるのかと、思いきや、解散されなかった。
お取り巻き令息様たちは、アリシア様が巫女姫を退かれるまで待つとおっしゃって、それぞれの結婚を先延ばしにされたのだ。
そして、それに巻き込まれたのが、このわたし。
カービング伯爵がわたしを巻き込んだ自覚はないのかもしれないが、状況がわたしを巻き込んで持ち上げて、その気にさせて、一気に突き落としたのだから、そりゃあ、もう悲しかった。
なんて不運なんだ。こんなにこけにされて。
わたしは3日、泣き通した。
だけど、誰にも心配されなかった。
神殿から下がり、実家に戻っていたが、家族は一通り、お悔やみのような言葉をくれた。3日の間に、それぞれ1回ずつ。あとは食事を抜こうが、部屋から出てこなかろうが、気にされる様子もなかった。
そして、先程、父から2回目の慰めがあった。
辺境伯夫人になれなかったのは仕方ない。だが、歌姫として、敬愛を受けて、生きていける。もう泣くのはやめて、与えられた仕事をしっかり勤めなさい。嫁入り用に用意していた持参金を渡すから、今まで窮屈な思いをしていた分、自由に楽しく暮らすがいい。
表面上は、結婚の希望がなくなった娘に対しての愛があるような言葉だったが、どこか違和感があった。だが、その時にはその原因が分からず、辞して部屋に戻ってから、気づいた。
「ふ、ふふふふふ」
自由に楽しく暮らす?持参金を渡して?
それはもう実家に戻ってくるな、という意味だ。
自分は家族にも見放されたのだ。
そう気づいたら、涙でなく、笑いが漏れた。
2番手であることを可哀想に思ってるのは自分だけだった。誰かに選ばれなかったり、1番になれなかったことを憐れんでるのは、自分だけなのだ。あとは誰も気にしない。2番だろうが、3番だろうが、順番もつかないその他大勢だろが、だーれも気にしてない。
「あははは!あはは!」
バカみたい。バカみたい!
きっとわたしは褒められたかったのだろう。自慢の娘だと言われたかったのかもしれない。美しい歌姫、救国の歌姫と誉めそやしてほしかったのだ。よく努力した、よくここまでできるようになったと、褒めてほしかったのだ。
だけど、それは得られない。
1番にならないと、そんな賞賛はもらえない。自分の存在を敬ってもらえない。
「あははは!あーはははは!」
笑いすぎて腹がよじれる。こんなに大声で笑ったのは10代の頃以来だ。
得られないものを欲しがってる自分が、くだらなくて、馬鹿馬鹿しかった。そんな可愛い年でもないくせに。
神殿にいる時から、家族の関心のなさは分かっていた。
顔も見たことのない、辺境伯から敬愛なんてかけられるわけがない。
よくよく現実を見れば、そんなこと、簡単に分かる。それを既に持っているものとして考えていたなんて。厚かましさに、また、笑いが出た。
「ふふ。‥ふふふ。あはは。はぁ。」
笑い疲れて、わたしはベッドに転がった。自分を憐れんでいた心は、今の大笑いで吹き飛んでくれたが、虚しさは消えない。
だけど、もういい。
客観的に見れば、自分はかなり恵まれているし、かなり面白い。
それなりの身分の娘が、どこぞの恋愛劇に巻き込まれて、結婚を夢見た相手の顔を見る前に振られてしまったのだ。だけど、領地には連れて行かれる。神殿のために。尊厳も恋心も踏みにじられた哀れな歌姫。
「悲劇ねぇ。」
わたしに才能があったら、戯曲の一つでもかけるかもしれない。
そう思って、はた、と思い出し、わたしは、よっ、と起きた。
そういえば、仕事を一つ引き受けていたのだった。王都を発つ前に、終わらせてしまわなければ。
5年後、新たな巫女姫が選ばれたら、わたしはカービング領の神官の任を退くことになるだろう。それから先の人生を楽しむために、お金が必要となる。この仕事を切るわけにはいかない。
はあ、と大きな息をついた。まだ、頬には笑みが浮かんでいる。この微笑みはすぐには消えない。
もう、自分の人生を憐れまない。
わたしは、水で顔を洗い、預かった譜面を持って、階下のピアノを借りるべく部屋を出て行った。