チャンス
僕は思わず声が出そうになったのを何とか堪えた。
信じられないことに僕の目の前の中年男性が若い女性に痴漢をしている。
おっさん…
なんでこんな時に…
僕は周りの乗客を見たが、誰もおっさんの行為に気づいている人はいなかった。
さて、どうする。
僕はこんな場面に遭遇したことはなかったが、もし遭遇したとしてもきっと見てみぬふりをする。
しかも今日は大切な面接なのだ。
もし彼女を助けたとしておっさんとトラブルになって殴られでもしたら…
いや、逆に僕が痴漢の罪をなすりつけられる可能性だってある。
怖い怖い。
そんなことになったら面接どころかバイトだってクビになるかもしれない。
見なかったことにしよう。
そうだ。
面接だ。
面接に集中しなければ…
えぇっと…
…
……
………
だ、だめだ。
暗記したことが全部飛んでしまった。
今から覚え直すしかないが、目の前でこんなことが行われているのに暗記に集中なんてできない。
暗記できたところで上手に言える自信もない。
上を見ながら棒読みで覚えたことをただ言ってしまうだけで相手に何も伝わらないのがオチだ。
今日の面接はうまくいく気が全くしない。
これも全部おっさんのせいだ。
痴漢なんかしやがって。
もういっそのことやけくそになって彼女を助けてやろうか。
いやまてよ。
これはチャンスなのか?
僕はもしかしたら神様か誰かに試されているのか?
ここで彼女を助けたことによって自信がつき、面接もうまくいく。
そういうことなのか?
もし僕が痴漢から女性を助けたとして、そのことを面接で話す、というのも良いんじゃないか?
今日ここに来る前に痴漢を捕まえてきました、なんて正義感が強い印象を受けるし、仕事も責任を持ってやってくれそう、と思われるんじゃないか?
痴漢されている彼女だって僕に感謝してくれるはず。
もしかしたらこれがきっかけで好意を持たれ連絡先を聞かれたりなんかして。
何回か会っているうちに付き合うようになったりして…
一人暮らしを始めた僕の家に彼女が泊まりにきて、料理を作ってもらったり一緒にベッドで寝たり…
僕は彼女を助けなければいけないのかもしれない。
彼女を助ければ僕の人生すべてがうまくいく。
彼女を助けなければ僕のこれからはずっと変わらない。
ずっと…
そうか。
彼女は僕の救世主だったのだ。