勇者
その3分間、僕は生まれ変わるために全てをかけて戦った。
今まで生きてきた25年はこの日のためにあったのではないかと思えたほどだった。
僕は前にいたおっさんの手首を掴んで勢いよく振り上げた。
と同時に電車の中で思い切り叫んだ。
「こ!、こ!、この人痴漢です!!」
「えっ」
おっさんは僕の方を振り返って言った。
そして電車の車両内の人ほとんどが僕の方を見た。
イヤホンをしている若者も話に夢中になっていたオバサンも、周りの乗客につられて僕を見た。
「ち、違う!!俺はやってない!!」
一瞬で我に返ったおっさんは僕の手を振りほどき、周りをキョロキョロしながら弁解をするように必死に僕の言葉を否定した。
僕はおっさんの嘘に腹が立って怒鳴った。今度ははっきりと。
「嘘だ!前の娘のスカートに手を入れてたじゃないか!」
すると僕の隣にいた30代くらいのサラリーマン風イケメンが、すかさずおっさんの両手首を後ろに回して掴んだ。
それでもおっさんは「やってない」と足をジタバタさせながら何度も繰り返した。
唾を飛ばしながら「離せ」と必死に抵抗した。
そんなことはお構い無しにイケメンサラリーマンはさらに力をこめて男を抑えた。
すると周りにいた男達がおっさんを取り囲み始めた。
間もなくして電車は駅に到着し、ドアが開いた。
おっさんはそのまま男達に引きずり降ろされて行った。
あっという間の出来事だった。
するとホームに降りた乗客の一人に、僕と痴漢被害の女性も一緒に降りるよう促された。
僕はこの時初めて彼女の顔を見た。
20代前半くらいの、綺麗というよりも可愛らしい顔立ちをした女の子だった。
女の子は無表情でホームに降り、その顔を崩すことなくその場で立ち尽くしていた。
きっと何も考えられないのだろう、たった今自分に起こった出来事を受け止められずにいるのだろう。僕は彼女の心の気持ちを察した。
そしてそれは僕にも共感できるところがあった。なぜなら、こんな事今まで経験したことがない。
僕はそのうちバカになってしまうんではないかと心配になるくらい速く動く自分の心臓の鼓動を感じていた。
それは恐怖心と達成感と色んな気持ちが要り混ざった感情の高ぶりからくるものだった。
その時僕は明らかに興奮していた。