もういいかな
「ニュース見ちゃってさ」
友人はそう言った。なんて事ないように。あっさりと。世間話を装った酷い話を平気でする。
「そしたら、いいかなって」
高過ぎず低過ぎない、心地よい声。この綺麗な声を聞くことが好きだったのに、今は耳障りでしかない。
頭に響いて妙な痛みを伴う。聴きたくないと初めて思った。
「もう成人したし、自分のことは自分で、自己責任だから誰かに、誰にも責任はなくて」
長い睫毛が顔に影を落とす。伏せられた目は凪いでいた。一度目線がこちらを向いたが、視線は合わない。
友人はどこも見ていなかった。
「大勢の一人ではないかもなって、思っちゃったら」
信じたくなかった。友人は綺麗なはずだった。美しい人だった。
少し捻くれたところも、意地悪な部分も、子供染みたところも、全て愛していた。
不完全であるが故に、完璧だった。
「別にさ、特別な誰かになりたかったわけじゃないのに、そう思っちゃったら」
いつだって一歩前を行く存在だった。なのに、私の友人でいてくれた。憧れと友情と甘えを許してくれた。
私の特別な人だった。
「いきなり選択肢が増えたんだ」
目の前の友人は少し笑った。安堵したように。呆れたように。
友人は可哀想な人になっていた。いや、最初から可哀想な人だった。それを見ない振りしていたのは私だった。
他の選択肢を見せないようにしたのは、私だった。
「馬鹿だろう?」
ばかだと掠れた声で伝えた。どうして私が隠したと思っているのだ。
ずっと友人でいてくれるはずだった。
いつまでも完璧であるはずだった。
変わらないことを望んだのに、全て台無しだ。
「でも、いいかなって」
良くない。何も良くない。私の思いも努力も、全て無駄になってしまう。
「そっちは、もういいかな。まだかな」
ばかやろう。もう音にならない声で呟く。
捨てればいいのに、そうしないあなた。
私の特別。私の友人。私の憧れ。
私の愛したあなた。
もういいよ。囁いた私にあなたが抱きつくまであと少し。
友達以上恋人未満な関係から一歩踏み出す話。
登場人物の性別ははっきりさせていませんので、お好きなように想像してください。
最後に。
馬鹿なことを試みたので笑ってください。(文字数)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。