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魔王〈クイーン〉

 

 夏の暑さも本番となってきた七月下旬。

 並風(なみかぜ)市にある天前(てんぜん)高校に通う高校生ーー楠田士郎(くすだしろう)の学生生活は夏休みに突入していた。しかし、だからといって世間一般の学生のように浮かれている訳では無い。


 あれから一ヶ月半ほど経つだろうか、如月斬華(きさらぎきるか)という少女が死んだ。

 彼女は士郎にとってかけがえのない存在だった。魔王という超常の存在でありながら、士郎という人間に対して理解をしてくれた稀有な存在。そして何より、士郎はその暴力的なまでの美しさに心を奪われたのだ。

 夜空のように煌めく髪や、吸い込まれそうな純黒の双眸だけではない。その立ち居振る舞い、一挙手一投足が士郎の世界を鮮やかに彩った。

 しかしそんな彼女も、もうこの世にはいない。その死を受け入れることはできたが、忘れることはできない。

 日常生活は問題なく送れているが、夏休みに入ったからといってわざわざ外に出るような気にもなれない。斬華の死は未だに士郎の胸に傷として残り続け、それは一生付き合っていかなければならないものとなった。

 だがそんな士郎とは裏腹に、斬華の死を目の当たりにしていながらも、既に立ち直った人物も存在している。


「お兄ちゃん、夏休みぐらいどこかに出かけたら?」


 肩辺りまである髪を後ろで一纏めにしている少女は呆れたような口調で言う。士郎の三つ歳下の妹ーー楠田双葉(ふたば)だ。

 双葉は斬華が死んでから三日間、学校にも行かず食事も最低限のものしかとらずに自室ーー斬華と一緒に寝ていた部屋に閉じこもった。

 そして四日目の朝、今まで通りの元気な妹として士郎の前に現れたのだ。何もかもが前と同じ、斬華の死など無かったーーいや、如月斬華という存在なんて初めからいなかったと錯覚させるほどに。

 もちろんそれは士郎の錯覚で実際に斬華の話を振れば、複雑そうな表情はするがちゃんと返事をしてくれる。そんな表情をするということは、斬華の死を完全に乗り越えた訳では無い。ただそれを真摯に受け止めて、その上でいつも通りの自分を演じているのだろう。

 誰でもない、士郎のために。


「ただでさえここ一ヶ月ぐらい学校以外で外に出てないんだから、お日様の光浴びてきたら?暗い気分も晴れると思うよ」


「お、おい……押すなって」


 リビングのソファでぼーっとしていた士郎は、双葉に背中を押されて家から追い出された。さっきチラッと見た天気予報では、本日の並風市の予想最高気温は三十五度。

 まだ午前中ではあるが、今の時点で三十度は超えているように感じる。


「お昼は私が作っとくから、それまでには帰ってくるんだよ?」


 そう言い放って一方的にドアが閉じられる。勝手に追い出して「帰ってくるんだよ」とは身勝手な妹だ。

 このまま玄関先の影で昼頃までじっとしていたいが、せっかく双葉がここまでしてくれたのだから、少しだけその思惑に従うことにした。


「…………はぁ」


 何も考えず、ただ気の向くままに歩いた士郎がたどり着いたのは家から少し離れた場所にあるショッピングモールだ。

 ここの屋上に構えているカフェには、そこそこ思い入れがある。どうもここは斬華のお気に入りの場所だったらしく、わざわざ学校帰りにやってきていたほどだ。


「あつい……」


 斬華がいつも座っていた席で、斬華がいつも飲んでいたホットコーヒーを口に含んだ士郎はそう零した。

 冷たいのはこんな日にホットコーヒーを頼み、更に屋上の端の屋根もない席に座った士郎の姿を見た店員の視線だけだ。


「そういえば……」


 斬華のコーヒーについて、一つだけ不思議なことがあった。

 魔王としてこちら側の世界に顕現したばかりの頃、斬華はほぼ毎日ここでコーヒーを飲んでいた。もちろん顕現直後の魔王は現金など持っていない。しかし話によれば斬華にコーヒーを奢る「物好きな女」がいたらしい。

 士郎としてもその人に会ってみたかったのだが、どういう訳か斬華が士郎と二人でカフェに来るようになってから姿を見せないようなのだ。そして結局、士郎はその人の姿を拝むことはなかった。


「変わった人もいるもんだよな」


「ーーやあ、少年。相席いいかな?」


「え、はい。……え?」


 咄嗟の出来事に士郎は了承してしまった。

 何が起きたかといえば、ホットコーヒーを飲んでいたら突然歳上のお姉さんに声をかけられたのだ。俗に言う逆ナンなるものかもしれない。

 外見の年齢は士郎よりも少し上ぐらい。女性にしては背が高く、目線の位置は士郎とほとんど変わらない。

 髪はオレンジ色をしたショートカットで、瞳は宝石を思わせる紅色。

 夏場だというのに黒いジャケットを羽織ったその人は、手に持っていたカップをテーブルに置いて士郎の向かい側へ腰掛けた。


「ありがとう」


「は……はい」


「誰だこの綺麗なお姉さんは、って顔だね?わかってるよ、ちゃんと自己紹介してあげるから」


 若干面倒くさそうな雰囲気を感じるが、どうせしばらく暇なのだ。士郎は謎のお姉さんの話に少し付き合うことにした。


「ボクの名前は文月燐(ふみつきりん)ーー魔王だ」


 前言撤回。

 士郎は何の容赦もなく面倒なことに巻き込まれた。


「えーっと……何を言ってるのか、ちょっとわからないんだけど」


「とぼけなくてもいいよ。キミが〈眷属(けんぞく)〉を封印できることは知ってる。あと『ブレイヴ』って組織のこともね」


「なっ……」


「まあボクも友人ーーキミらが〈ウィッチ〉って呼んでる子から聞いたんだけどね」


「ち、ちょっと待ってくれ」


「ん、どうした少年。質問があるなら答えるよ」


 あまりに突然のことだったので、士郎は一瞬思考を放棄していた。

 それもそうだ。いきなり魔王を名乗る人物が現れ、驚くほど馴れ馴れしく話しかけてくれば誰だって戸惑う。しかもその魔王がまた別の魔王の話まで始めようとしたのだから、士郎の頭の中は既にキャパオーバーだ。


「少し情報を整理したいんだけど……まず君はーー」


「燐でいいよ、ボクもキミのこと士郎って呼ぶし」


「わかった。それで、燐は魔王なんだな?」


「ただの魔王じゃない、正真正銘最強の魔王さ。魔王の中でも間違いなくボクが一番強いね。まあ〈眷属〉が戦闘向きっていうのもあるんだけど」


 そう言った燐の頭にはいつの間にか、黄金に輝く王冠が乗っていた。それを目にした瞬間に理解した、この魔王の強さと恐ろしさを。

 士郎の中にいる〈斬殺鬼(キャンサー)〉と〈箝替公(リブラ)〉が警鐘を鳴らしているのが伝わってきた。


「こいつの名前は〈燼滅妃(レオ)〉。能力は口で説明するより見せた方が早いんだけど、さっきも言った通り戦闘向きでね、戦う相手がいないと本領発揮できないんだ。だから少年、ボクと手合わせしてもらえないかな」


「……嫌だって言ったら?」


「戦うのが嫌なら頑張って口で説明するよ?」


「へ?」


 士郎は目を丸くした。いったいこの魔王は何をしたいのだろうか。そもそもどうして自身の〈眷属〉の能力を明かそうとしているのかさえ謎だ。そんなことにメリットなんて一つもないはずなのに。

 戸惑う士郎とは裏腹に、燐は楽しそうな笑みを浮かべている。


「いいね、お姉さんその顔好きだよ」


「なっーー」


「なになに、魔王を二人もおとしといて今更恥ずかしがるの?かーわいー」


 燐はにやにやしながら士郎の鼻先を人差し指でつついた。


「あ、怒った?ごめんごめん、こんな風にどうでもいい話をするのは久しぶりだからさ。つい調子に乗っちゃったんだ、許してよ」


「……で、俺の前に姿を見せた理由は?素直に〈眷属〉を封印させてくれるってわけでもないんだろ?」


「ま、そうだね。ボクとしては〈眷属〉の封印をさせてあげる義理はこれっぽっちもないんだけど、そうだなぁ……少年がボク以外の魔王を全員封印できたら考えてあげるよ」


「燐以外の魔王を全員……」


「ちなみに魔王はボクの知る限り十二人いる。キミが封印した二人とボクを除けば残り九人だ。先は長そうだね」


「そんなに、いるのか……?」


 士郎は絶句した。

 てっきり『ブレイヴ』の観測していた七人で全員だと思っていたのに。このことは一刻も早く『デュランダル』に知らせるべきだ。

 そう思った士郎はポケットから携帯を取り出し如月(きさらぎ)の番号へ電話をかける。


『ーーもしもし、何か用事かい?』


「如月さん今ーー」


 と、そこで士郎の手から携帯電話が取り上げられた。もちろん犯人は士郎の向かい側に座っている燐だ。彼女は士郎から取り上げた携帯を自分の耳に当てた。


「もしもーし、はじめまして。ボクの名前は文月燐。魔王なんだけど、キミが『ブレイヴ』の偉い人?」


『ーーいや、残念ながら私は『ブレイヴ』の保有する空中艦『デュランダル』の副艦長だ。如月と呼んでくれ』


「空中艦の副艦長って上からどれぐらい?」


『ふむ……総督がいて、その下の元老のことも考えると……高く見積っても三十か四十番ぐらいだろう。半分よりは上だろうが、正直まだ下っ端もいいところだよ。作戦の決定権も与えられていないのでね、できることといえば精々怪我をしたクルーの治療やカウンセリングぐらいさ』


「ふーん、ならその総督さんと連絡ついたりする?」


『アポ無しで突然そんなことを言われても困るな……とりあえずダメ元でやってみてもいいが……』


「あー、面倒な手続きが必要なら別にいいや。その様子だと総督さんよりキミの方が事情に詳しそうだし」


『事情とは?』


「決まってる、今ボクの目の前にいる楠田士郎についてだよ」


「え、俺?」


 士郎は急に名前を出されて驚いたように声を上げる。が、燐はそんなこと気にもかけず如月と話を進めていく。


「彼の中から感じるんだよね、ボクの〈燼滅妃(レオ)〉と同じ魔力を。かなり微弱だけど間違いなく〈燼滅妃(レオ)〉の魔力だ。これはどういうことかな」


『既に士郎の中に君の〈眷属〉が封印されていると?』


「そうじゃない。ボクの〈燼滅妃(レオ)〉は完全な状態だし、士郎と会ったのも今日が初めてなんだ。なのに彼の中にはボクの〈眷属〉が存在している。ボクが聞きたいのは、どうしてそのことにキミたちは、気がつかなかったのかってことだ」


『ーーどうして気づけなかったかと聞かれると、これは私の予想だが〈眷属〉の魔力の問題だろう。我々も一応最新式の機器を使用しているが、それでも検知できなかった。更に君以外にも士郎と接触した魔王が二人いるが、その二人も何も言わなかった。となると考えられるのは君が特別だということだ。おそらく同じ魔力同士で波長が合うのだろう、だから君は士郎の中にいるという〈眷属〉を感知することができた。と私は考えたが、どうだろうか』


 如月の説明を聞いた燐は、顎に手を当てて少し唸った。しばらくすると今度は小さなため息を吐いて電話を切ると、それを士郎へ投げ渡す。


「話にならないな。魔王が気づかないならまだしも、この程度の魔力も検知できないんじゃ『ブレイヴ』もたかが知れてる」


「なあ、燐。俺の中に燐と同じ〈眷属〉がいるって……」


「そうだよ、というかキミに会いにきたのはそれが目的だったし。士郎の中にどういう訳か〈燼滅妃(レオ)〉がいる。本当に一欠片だけどね。でもほんの少しとはいえ〈眷属〉がいるのを『ブレイヴ』が検知できないはずがない」


「つまり、俺の中に別の〈眷属〉がいるのを知ってて隠してる……?」


「そう考えるのが妥当なところだね。おそらくだけど、『ブレイヴ』には魔王の力を封印する以外にも目的があるんだと思う。それこそ全ての〈眷属〉を一ヶ所に集めたエネルギーを必要とするような何かが」


「そんな、ことが……」


「そう暗い顔しないで。まだそうと決まったわけじゃないし、もしもの時はボクがなんとかする。ーーだからボクの〈眷属〉を封印するのは最後にしてね」


 バイバーイと手を振る燐の姿が陽炎のように揺らぐと、次の瞬間にはその場から消えていた。

 士郎は報告のため如月に電話をかけようとするが、発信ボタンを押す直前でその手が止まった。今さっき会ったばかりの魔王の話を鵜呑みにするわけではないが、『ブレイヴ』及び『デュランダル』に対する疑念は少なからずあった。

 斬華やいろはも『デュランダル』の乗組員に対してある程度心は開いていたが、それでも完全には信用していなかった。

 だから士郎も携帯をポケットに直して席を立つ。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「ただいまー」


 燐と別れた後、もう少しだけ街中をぶらついて時間を潰した士郎は帰宅した。

 昼食にはほんの少し早く、今頃双葉がキッチンで仕上げに取りかかっているだろう。せめて皿を並べるぐらいはしようと思っていたのだが、何やらそのキッチンが騒がしい。


「双葉、何かあったのかー?」


「おかえりお兄ちゃん」


「おう、シロ助。邪魔してるぞ」


 そこにいたのは双葉ともう一人、士郎と同じ歳ぐらいの少女だ。黒いボブカットは前髪の一部だけ白いメッシュが入っていて、彼女はそれをよく弄っている。

 普段はショーツとタンクトップだけなことが多いのだが、流石に外出する時はちゃんと服を着ていて安心した。とは言ってもホットパンツに薄手のTシャツという恰好なので、露出度的には大差ない。


「いろは、珍しいな。どうしたんだ?」


 皐月(さつき)いろは。

 士郎が封印した二人目の魔王で識別名は〈トリックスター〉。

 普段は『デュランダル』に用意された部屋に引きこもっているのだが、稀に楠田家に遊びに来るようになった。そのおかげか双葉とも随分と親しくなり、士郎としては嬉しい限りだ。

 おそらく如月から新しい魔王の話を聞いてやってきたのだろう。だが双葉を巻き込むわけにもいかないので、とりあえずそのことには触れないようにする。


「聞いてよお兄ちゃん。魔王って好きなものは最後に食べるんだって」


「……まおう? そんな動物いたっけ?」


「動物じゃねえよ、あたしら魔王のことだ」


「なんだそれ……魔王の習性みたいなことか?」


「ま、似たようなもんだな。楽しみを最後まで残してるやつは魔王だ」


「人類の半分ぐらい魔王になりそうだな」


 キメ顔で冗談を言ういろはに、士郎は笑いを零しながらツッコんだ。


「まあそれは冗談として、魔王が好きなものを最後に食べるってのは本当だ。エネルギー吸収率の問題でな、結局のとこ魔王にとって食事は魔力の回復手段に過ぎないわけで、最後に美味いもん食った方が幸福感が続くから魔力が回復しやすいんだ」


 そう言われると斬華も好きなものは最後に食べていたような気がする。たまたまかもしれないが。


「で、そんな話をするためにわざわざ来たのか?」


「いや、シロ助にちょっと用事があってな。二人だけで話がしたい」


「俺の部屋でいいか?」


「ああ。ーーというわけだから、双葉。あたしの分も昼飯よろしく」


「はいはい」


 やれやれと肩を竦めながら双葉はもう一人分の昼食を作りにかかる。

 やけに素直というか、いつもならこうも簡単に士郎を他の女性と二人きりにすることはないのだが、それだけいろはが信用されているということだろうか。


「ほら、行くぞシロ助」


「お、おう……」


 いろはに背中を押されて、士郎はそのままキッチンから出る。

 まあ双葉がいろはに懐いているならそれは良いことだ。その点ではやはり、いろはに感謝せねばならないだろう。


「いろは、ありがとう」


「あ? なんだよ気持ち悪いな、そんなことよりさっさと歩け」


 いろはに脛を蹴られながら、士郎は自室へたどり着いた。感謝の言葉を伝えただけで、どうして蹴られなくてはいけないのか理解できない士郎は、これもいろはの照れ隠しだろうと勝手に納得した。


「さて、シロ助。悪いニュースと超悪いニュースがあるんだが、どっちから聞きたい?」


「えぇ……じゃあ悪い方からで」


「新しい魔王の気配を感じた」


「あー、それか……さっき会ったよ」


「……はぁ!? なんで先に言わねえんだよ!」


「いや、如月さんも知ってるし、てっきりいろはもその件で来たもんだと思ってたから……それに双葉に聞かれたくないからな」


 おそらくだが、士郎がまた魔王に関わろうとしていると知れば、双葉はそれを全力で止めにくるだろう。


「……そういうことならしゃーねぇか」


「で、超悪いニュースってのは?」


「ああ、つってもシロ助も会ったならわかるだろ。今度の魔王は今までとは格が違う。あたしみたいな弱小魔王じゃ手も足も出ない」


「……〈斬殺鬼(キャンサー)〉なら」


「無駄だ、お前が振るう〈眷属〉の威力なんかたかが知れてる。それどころか、仮に〈ムラマサ〉が全力でやっても勝てるかわからない」


 言い返せない。

 実際に会った士郎は理解している。燐は軽く挨拶にでも来たつもりなのだろう。それでも、本気の殺意をぶつけてきた斬華に迫るものがあった。

 いろはの言う通り、例え斬華が魔王として全力を出せたとしても、燐と渡り合えるかはわからない。そんな相手に士郎が付け焼き刃で立ち向かってどうこうなるはずがないのだ。


「今回ばかりは、あたしらだけじゃどうしようもない。あんまり『デュランダル』を頼りたくはないけど、そんなこと言ってる余裕もない」


「ーーやっぱりいろはも『デュランダル』を怪しんでるのか?」


「やっぱりってどういうことだよ?」


「実はーー」


 士郎はカフェで燐に言われたことを話した。

 自分の中に〈斬殺鬼(キャンサー)〉と〈箝替公(リブラ)〉に加えて燐の〈眷属〉も存在していること。それを『デュランダル』は観測できているはずなのに士郎には隠していること。そして燐が言っていた、『デュランダル』には魔王の封印の先にまだ何か目的があるかもしれないということ。


「ーー信憑性は半々ってところか。確かに『デュランダル』を完全に信じきれないってのはある。あるけど、ぽっと出の魔王の言葉をそのまま鵜呑みにするほど、あたしはお人好しじゃない。そうやって言えばシロ助が『デュランダル』を頼らなくなるってとこまで考えた作戦の可能性も捨てきれないわけだしな。ただーー」


 言葉を止めて、いろはが士郎の胸の真ん中に手を当てる。


「いろは?」


「しっ、ちょっと黙ってろ」


 いろはは目を閉じて深呼吸をする。ゆっくり慎重に、士郎の中へと魔力を伸ばす。それは糸のように細く、士郎自身ですらそれが入ってきていることに気づかない。

 速度は遅いが着実に奥へと進む。光力の壁を抜け、やがて糸は士郎の最深部へ辿り着く。

 まず〈箝替公(リブラ)〉の魔力を見つけた。次に〈斬殺鬼(キャンサー)〉の魔力も把握する。おそらくこの近くに謎の〈眷属〉も封印されている。いろはの見立てではそのはずだった。

 しかし、付近にそのような気配はない。既に糸は光力の内側へと入り込んでいる。〈斬殺鬼(キャンサー)〉と〈箝替公(リブラ)〉以外の魔力があれば感じ取れるはずなのだがーー

 いろはがそう油断した瞬間だ。


「お、見つけーーやべっ!」


「うわっ!?」


 いろはは士郎を突き飛ばして距離を取った。

 かなり集中していると思っていたら、いきなり壁に叩きつけられた士郎は文句を言おうといろはへ視線を戻して、言葉を失った。


「いろは、その腕ーー」


「ああ、クソ……しくじった。喜べシロ助、お前の中にもう一個〈眷属〉がいるのは事実だ」


 いろはは焼け焦げた左腕を庇うように立っていた。


「待ってろ、すぐ如月さんに連絡してーー!」


「落ち着け、これぐらいなら大丈夫だ。お前がいればな」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 士郎がいろはと話している丁度その頃、天前高校の屋上に一人の女性の姿があった。

 デニムパンツに黒いジャケット。オレンジ色をしたショートカットの女ーー燐はすぐ側の不可視の存在に話しかける。


「てな訳で、例の少年と接触してきたんだけど……なんか怒ってる?」


「あなたに怒るだけ無駄だってのはわかってるから」


「冷たいこと言わないでよ。ボクたち友達でしょ?」


「私の友達はあの子だけ」


「ヒュー、一途なのはいい事だね。お姉さんそういうの大好きだよ」


 茶化すように手を叩く燐に、不可視の存在はあくまで冷静に言葉を返す。


「それで? これからどうするつもりなの」


「うーん、とりあえず士郎には他の魔王を全員封印してからって言っちゃったしなぁ」


「なにそれ。じゃあそれまで様子見?」


 不可視の存在は呆れたようにそう言った。


「まさか、それじゃ面白くないだろ。だからボクもちょっと彼で遊ぼうと思ってね。キミだって士郎の限界は知っておきたいだろう?」


「ーー〈斬殺鬼(キャンサー)〉を召喚して二振り。これがあの人の限界、あなたと戦える力なんて無いよ」


「〈斬殺鬼(キャンサー)〉?それは誰の〈眷属〉かな。キミの〈濤透婦(ピスケス)〉ではないし、〈屍毒翁(スコーピオ)〉でも〈誓従帝(カプリコーン)〉でも〈癒綿姫(アリエス)〉でもない。あの脳筋バカの〈眷属〉だったかな?」


「彼女のは〈破砕王(タウラス)〉だよ。〈斬殺鬼(キャンサー)〉はつい最近現れた新しい魔王の〈眷属〉」


「ああ、あの消えちゃった子のか。やけに詳しいんだね。もしかしてボク以外の子とも仲良くしてる?」


「悪い?」


「いーや、せっかく魔王なんて名乗ってる仲間なんだ。仲良きことは美しきかな、ってやつだよ。キミが誰か一人を特別扱いしていなければそれでいい」


 その瞬間、周囲の景色が揺らいだ。彼女の体から発せられた熱気が陽炎を生み出したのだ。


「ーー安心して、誰に対しても他の魔王の情報は渡していないし、渡すつもりもない。もちろんあなたにもね。と言っても、あなたは私の知らない魔王のことも知ってるんでしょ?」


「そうだね、キミも知らない魔王があと四人いるってことだけは知ってるけど、それだけだよ。彼女たちの〈眷属〉なんて知らないし、そもそも名前すらわからない。でもそうだね、キミがそこまで知っていたのは素直に驚いた。ご褒美にお姉さんが撫でてあげよう」


「いらない。それよりあの人で遊ぶって何するつもり?」


「ヒミツ。だけど安心していいよ、キミに迷惑をかけるつもりはないから」


「……そう。なら今回は傍観させてもらうけど、余計なことはしないでよ」


「あはは、キミの地雷がどこなのか知らないから約束はできないな。できる限り善処はするけど、我慢できなくなったらごめんね」


「その時は私を敵に回すことを覚えておいて」


 言い終えると同時に、不可視の存在の気配がその場から消えた。

 燐は一人になった屋上から見える青空に向かって、渇いた笑いを漏らす。


「ははっーー逃げたなあの子」


 燐の視線の先、天前高校の遥か上空に複数の影があった。

 両手足を機械化された人間の様なシルエット。間違いない、『デモニア』のドール部隊だ。おそらく燐の魔力を嗅ぎつけてやってきたのだろう。大した数ではないので、おそらく斥候部隊だ。

 それを発見した燐は、逃げるでもなく立ち向かうでもなく、ただ手を銃の形にして天へと向ける。そしてーー


「バーン」


 燐の声と同時に、空中に展開していたドール部隊が一斉に爆発した。その際、ドールの破片が幾つか飛び散ったが、まあ人に当たっても死にはしないだろう。

 そんなことより燐の目に付いたのは、ドール部隊よりも更に上空だ。

 先程の爆発で起きた衝撃波で、一瞬だが景色が歪み大きな艦のようなものが見えた。


「ふーん、あれが『デュランダル』か」


 まるで新しいおもちゃでも見つけたかのように、燐は既に姿の見えない『デュランダル』を見つめて口角を上げる。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「あ、あの……いろは……」


「あとちょっとだから我慢しろ、役得だと思っとけ」


「そうは言ってもだな……!」


 いろはに後ろから抱きつかれている士郎は、背中に当たる柔らかな感触に頭が軽くパニックになっていた。


 士郎の中にあるという燐の〈眷属〉の存在を探っていたいろはは、なんとかそれを見つけることには成功したのだが、それと同時に反撃され一発もらってしまった。

 そのせいで左腕が焼け焦げ、人間なら取り返しのつかない重傷を負った。しかし、魔王は少し勝手が違うらしい。


「仕方ないだろ、魔力を供給するには密着した方が効率良いんだよ」


「だいたいなんで魔力が必要なんだよ。そもそも普通の人間の俺に魔力なんか無いだろ?」


「魔王の体は魔力でできてんだよ。皮膚も筋肉も内蔵も血も、全部細かく分解すれば魔力だからな。つまりそれを補える魔力さえあれば魔王の肉体は修復できる。んでシロ助の中には、今まであたしや〈ムラマサ〉といた時の残留魔力が溜まってる。普通なら消えるはずのそれも、光力のおかげでずっと保存されてるみたいだからな。さっきお前の中を探った時にそれを見つけた。とは言っても、精々あたしの腕の火傷を治すぐらいしかできねえ量だったけどな。たぶん前に〈斬殺鬼(キャンサー)〉を召喚した時に使ったんだ。わかったらさっさと光力で封じてる魔力を出せ、直接自分の魔力を伸ばしたんじゃ効率が悪い」


「…………なあ、いろは。もし、もしもの話だけどーー」


「無駄だったよ」


 士郎の言わんとすることを察したのか、いろはが言葉を遮った。

 もし、今のいろはの話が本当なら。魔王の傷はそれに見合った魔力があれば修復できるというのなら。


「俺は、斬華を助けられなかったのか……?本来なら呼べるはずのない〈斬殺鬼(キャンサー)〉を召喚して、その力を使えるだけの魔力があったならさ、斬華の傷を治すことぐらいできたんじゃないのか……?」


「落ち着けシロ助。あればっかりはどうしようもねえ。仮にお前がそれを知っていて、更に魔力の量も十分足りていたとしても、魔力の供給速度が追いつかない。光力から魔力を出すにしても、一度に全部を出せる訳じゃない、水道の蛇口みたいなもんだよ。あの時の状況は底の抜けたコップに蛇口から水を注いでるのと同じだ。あの状態から助けるには、コップごと水に沈めるぐらいしなくちゃいけなかったんだよ」


「…………そう、か。そうだよな。今更俺が何を言ったって無駄だもんな。あの時、斬華を助けられなかったことに変わりはない……」


「ーーああ、そうだ。〈ムラマサ〉は死んだ、お前は助けられなかった。全部もう終わったことだ」


「…………」


「だけどな、そんなことシロ助だけが気にすることはねえ。〈ムラマサ〉が死んで悲しいのはお前だけじゃない。程度の差こそあれ双葉も同じだ。そして〈ムラマサ〉を助けられなかったのもお前だけじゃなく、あたしも同じなんだよ。ーー正直に言って、あたしはあいつのこと好きじゃなかった。だけど同じ魔王として、ほんの少しだけ仲間意識もあった」


 いろはの言葉に少しずつ感情が乗せられていく。それは怒りほど荒々しくもなく、かと言って悲しみほど静かなものでもない。両者が混じりあったような、そんな感情だ。


「だからあたしも〈ムラマサ〉を助けてやりたかった。あの時もそう思ってたけど、この一ヶ月シロ助や双葉に話を聞いて、その思いがもっと強くなってんだよ……。それと一緒に後悔も大きくなって……なんであたし、あんなことしたんだろうって……」


「いろは……?」


「ーーシロ助、お前は一人じゃないんだ。悲しさも悔しさも、お前と一緒に背負って悩んで乗り越えてくれるやつがいる。双葉は家族なんだろ、だったら弱いところも見せてやれ。いつまでもお前が守ってやらないといけない子どもじゃないんだ。それでも双葉の前では意地を張りたいってんなら、その時はあたしを頼れ。一緒に死ぬほど後悔して、悔やんで悔やんで悔やんで悔やんで、もうこれ以上ないってぐらい反省してさ。その先のことはそれから一緒に考えてやるから、だから自分一人で全部背負い込むな」


 いろはの手に、力がこもった。そうしなければ、士郎が今すぐにでも消えてしまうような気がしたのだ。

 そして、その手を士郎がゆっくりと握る。もう逃げない、目を逸らさずに対峙する。そんな意思を秘めて。


「……ありがとう、いろは」


「気にすんな、腕が治るまでの時間潰しだからな」


 そう言って互いにいつものように笑い合う。

 士郎の心に空いた穴が塞がることはないし、いろはの心に生まれた後悔が消えることもない。

 だがこうすることで、少なくともそれに対してちゃんと向き合うことができるようになった。


「あ、そうだシロ助」


「ん?」


 しばらくして、いろはは何かを思い出したように口を開いた。


「あたしも天前高校に通うことになったから」


「…………なんて?」


「だから、あたしも学校に通うんだよ。夏休みが明けてからだけどな」


 士郎の聞き間違いではなかった。『デュランダル』の一室からあまり出ないいろはが、あろうことが見知らぬ人間のいる学校に通うだなんて。実際に本人の口からそれを聞いてもにわかに信じられない。


「それは、どういう心境の変化で?」


「『デュランダル』の方針だとさ。あたしが死ぬまで面倒は見られないから、社会経験を積むって意味でも高校ぐらいは行っとけって」


「そうだったのか。てっきりいろはが自分から言い出したのかと……」


「まあ興味が無かった訳でもないしな。これも良い機会だろ」


 意外にもいろはは学校へ通うことを前向きに捉えていた。もっと駄々を捏ねたり愚痴を言うと思っていたのだが、素直に楽しみにしているように見える。


「あ、でも学校に行くなら住む場所はどうするんだ。斬華みたいにうちに居候するか?」


「それは嬉しい誘いだけど、『デュランダル』から直接通うつもりだ。朝は学校の屋上に転送してもらえばいいし、帰りも適当な場所で拾ってもらえば楽だからな」


「ははは……いいのか、それで……」


「それに、『デュランダル』にはあたしの城があるからな。あれを超える場所なんか存在しない。例え出て行けって言われても居座ってやるよ」


「城って……大袈裟だな、ただの部屋だろ?」


「それが違うんだよな。あの部屋はもうあたし用に完全に完成された究極の部屋だ。なんなら魔界って言ってもいいレベルかもしれない」


「さすがにそれは言いすぎだろ」


 適当に笑って流した士郎は、後日いろはの部屋を訪れた際にその完成度に圧倒されることになるのだが、それはまた別の話だ。


「それよりいろは、もう腕大丈夫なんじゃないか?」


「ん、そうだな。助かったよシロ助、ありがとな」


 いろはは完全に元通りになった左腕を動かして調子を確かめる。軽くジャブを打ってみたり、肩をぐるぐると回してみても何も問題は無い。完治したと言っていいだろう。


「よし、じゃあ戻るか。双葉が待ってるはずだし」


「だな。あー、腹減った」


 士郎といろはがリビングへ戻ると、テーブルには既に人数分の料理が並べられていた。


「お兄ちゃん、いろはちゃん。ちょうど今呼びに行こうと思ってたんだよ。もうお話は終わったの?」


「おう、バッチリ。これでシロ助も元通りだ」


「良かった。ありがとう、いろはちゃん」


「元通り? なんのことだ?」


「お兄ちゃんは気にしないで、こっちの話だから。ほら早く食べないと冷めちゃうよ」


「……? まあいいか、いただきます」


 士郎は手を合わせてから、改めて更に盛られた料理に目を落とす。

 熱々のケチャップライスの上に、ふわふわの卵を乗せたオムライス。双葉の得意料理の一つだ。

 特に卵のふわとろ具合に至っては、三ツ星レストランのシェフに勝るとも劣らない出来で、本人曰く「卵の声が聴こえる」のだとか。


「じゃああたしも、いただきます。ーーん、美味いなこれ!」


「うん、美味しい。また腕を上げたんじゃないか」


「ふふん、そうでしょそうでしょ。今日のは自信作なんだ」


 双葉は得意げに胸を張って言う。

 自信作と聞かされると、いつもより美味しいような気がしてくる。というか、たぶん本当にいつもより美味しい。


「で、いろはちゃんの大事な話ってなんだったの?」


「内緒だ。あたしとシロ助二人だけの秘密」


「……お兄ちゃんは私のだからね?」


「わかってるって、誰も取りゃしねーよ。シロ助は嫌いじゃないが、そもそもあたしのタイプじゃない」


「あれ、もしかして俺フラれた?」


「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私がずっと一緒にいてあげるからね」


「ありがたいけど、あんまりそういうこと言わないようにしような。お兄ちゃんにも世間体ってものがあるから」


「安心して、お兄ちゃんに近づく女にしか言ってないから」


 ドヤ顔でふんぞり返る双葉には聞こえないように、いろはが顔を寄せてヒソヒソ声で囁く。


「シロ助、双葉の育て方間違えたんじゃないか?」


「俺も最近そう思い始めた……」


 今から矯正することはおそらく不可能なので、せめてこれ以上悪化しないように兄離れしてもらいたい。そう思ってはいるのだが、如何せん二人家族なのでどうしても甘やかしてしまう。

 士郎が甘やかせば双葉は更に甘えてくるので、きっと誰かが介入しない限りこの関係は無限に続くのだろう。


「まあ双葉が心配するようなことはないよ。残念なことに、夏休みに一緒に出かけてくれる女子なんていないんだからな」


「それが本当ならいいけどーー」


 ピンポーン。と楠田家のインターホンが音を鳴らした。何か荷物でも届いたのかと思ったが、士郎には心当たりが一切ない。


「双葉、通販で何か買ったか?」


「ううん、私は知らないよ」


「じゃあなんだろう。宗教の勧誘とかならお断りしてるんだけどな」


 そう言いながら士郎は席を立って玄関へ向かう。訪問販売の類だとしたら、こんな真夏の昼間からご苦労なことだ。早めに断って、ついでにオススメの飯屋でも教えてやろう。


「はいはい、どちら様でーー」


「こんにちは、士郎先輩」


「……茉莉(まつり)ちゃん?」


 そこにいたのは意外も意外、緑がかったショートヘアに、翠石のような瞳がどこか神秘的な雰囲気な少女ーー士郎の学校の後輩である水無月茉莉(みなづきまつり)だ。いつも通り首から翡翠色の指輪を下げている。

 ノースリーブに短パンという姿は一瞬だが少年のように見えたが、それを口に出すほど士郎も馬鹿ではない。


「なんで俺の住所知ってるの?」


「話すとちょっと長くなるんですけど……とりあえずこれどうぞ、つまらないものですが」


「ご丁寧にどうも。で、何これ?」


「えっと、今日から隣に引っ越して来ました水無月です。ご近所さんということで、ご挨拶に伺いました」


「……隣って、まさかあのアパートか?」


 士郎は家の隣にある長屋のようなボロボロのアパートを指差して尋ねる。確かあのアパートは一年前に管理人が病気で亡くなってから、誰も住んでいないはずなのだが。


「実は私の親戚があそこの所有者で、なんとか不動産で稼ぎを得たいらしくて、近くに学校がある私が管理人に任命されたんです」


「それはまた……」


「まあ一人暮らしに興味はありましたし、通学時間も短くなるからいいんです。それにお隣さんが先輩なら、何かあった時に頼りになりますから!」


 無邪気な笑顔を見せる茉莉の底抜けの明るさに、士郎は少し目を細めた。まるで彼女から後光がさしているような眩しさを感じたのだ。

 誰かに頼られるというのは悪い気はしないし、それが可愛らしい小動物系の少女なら尚更だ。


「茉莉ちゃんはいい子だな」


「もう、あんまり子ども扱いしないでくださいよー」


 士郎から見て小柄な茉莉の頭はちょうど手を乗せやすい高さにあるので、ことある事に茉莉の頭に手を置いてポンポンとしてしまうのだが、その度に頬を膨らませる茉莉の姿を見るのが楽しくなってきていた。


「ははは、悪い悪い。ちょうどいい高さに頭があるもんだからついな」


「まあいいです。ーーそれより先輩、ちょっとだけお願いがあるんですけど……」


「なんだ? 引越しの手伝いぐらいならできるけど」


「いえいえ、そういうのじゃないです。一応、各部屋に備え付けの家電とかはあるのでその点は問題ないんですけど……。ほら、見ての通りボロアパートじゃないですか」


「……まあ、オンボロだな」


 誰が見てもボロボロの、辛うじて人が住めるかというレベルに老朽化の進んだアパート。

 備え付けの家電があるということだが、それすら満足に使えるのか怪しい。たぶんいくつかは壊れているような気がする。

 それにアパートの敷地内は雑草が生え放題で、そこに野良犬の群れがいたこともあって近所でちょっとした騒ぎになったこともある。


「さすがにあのままだと入居者どころか私も住めないので、業者さんに色々お願いしたんですよ。敷地内の掃除とか、電気ガス水道の整備とか、建物の修繕とか」


「プロに頼んだ方が早いし確実だもんな」


「そうですよね。実際にこの前下見してもらったら、作業自体は二日もかからないって言ってたんですよ」


「あれを二日でなんとかできるのか、すごいな……。それで今からやるのか?」


「……はい。本当なら今からやって、明日の夕方には終わるはずでした」


「……ん?」


「実はですね……向こうで何か手違いがあったらしくて、来るのが一週間ほど先になるみたいなんです」


「そうか、それは災難だな。ーーってことは、引っ越してくるのは来週になるのか」


 茉莉は俯いたまま指を絡ませモジモジとして言葉を発さない。何かを迷っているというか、まるで愛の告白をする決心がつかない乙女のような仕草だ。

 しかし、察しの悪い士郎はその様子を見て「トイレに行きたいのかな?」ぐらいにしか思っていなかった。


「あの、先輩……。ーー今日から一週間だけ泊めてください!」


「ーーは?」


「ちょっとお兄ちゃん! また別の女の子!?」


「うわ双葉お前、聞いてたのか!?」


「聞いてたんじゃなく聞こえてきたの!ーーじゃなくて、どういう状況なの? なんで女の子を泊める話になってるの? というかこの人誰?」


「はい、私、水無月茉莉。茉莉ちゃんって呼んでね。士郎先輩とは学校でたまにお喋りしたり、お弁当を一緒に食べる仲かな」


 瞬時に楠田家の力関係を見抜いたらしい茉莉は、双葉に対して簡潔に自己紹介を始めた。

 双葉の方は、まるで値踏みでもするかのようにじっくりと茉莉のことを見る。足の先から頭のてっぺんまでゆっくりと凝視していき、そして最後に士郎を指差しながらこう尋ねた。


「これに恋愛感情は?」


「一切ないよ」


「合格!とりあえず入っていいよ。外は暑いしね」


「それじゃ、お邪魔します」


 またしても勝手にフラれた士郎は、肩を落としながら玄関のドアを閉めた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 並風市上空二千メートル。

 対魔王制圧組織『ブレイヴ』の所有する空中艦『デュランダル』は未曾有の危機に陥っていた。

 全ての乗組員が艦橋に集められ、艦長である(すめらぎ)恭弥(きょうや)を先頭として一人の女性と対峙していた。


「さあ、これでこの船にいる人間は全員ここに集まった。目的を教えてもらえるかな?」


 皇が一歩前に出る。額に汗が滲むが、心は冷静に、思考はクリアにしておかなければならない。

 目の前にいる黒いジャケットにオレンジ色をしたショートカットの人物の機嫌を損ねれば、この場にいる全員の命が失われることになるかもしれないのだ。


「……そうだね。でもその前に自己紹介を。ーーはじめまして『デュランダル』の諸君、ボクの名前は文月燐。ご存知の通り魔王だ。今日ここにやってきたのは……まあ気まぐれなんだけど、いい機会だからご挨拶でもって思ってね」


「それはまたご丁寧にありがとう。僕は皇恭弥。この艦の艦長を任されている者だ」


「これはどうもーーへぇ、キミ結構強いね。良ければ手合わせをお願いしたいんだけど」


「……嫌だと言ったら?」


 皇の頬を汗が伝い、床へを落ちる。皇だけではない、その他の乗組員も全員がとてつもない緊張に襲われていた。

 目の前にいる魔王の機嫌を損ねれば、この場にいる全員が一瞬で消し炭にされる。そう本能が訴えているのが理解できる。


 もちろん皇も可能な限りの訓練を積み、その上で魔王と対峙した時のために限界以上のトレーニングをこなしてきた。おそらく人間というカテゴリにおいて、皇恭弥という男に勝てる者は存在しないだろう。

 しかしそれでも魔王と渡り合うには力が足りない。人間というステージにいる時点で、どれだけ限界を超えて強くなろうと魔王には勝てない。ならばどうすればいいのか、皇の選んだ答えは至極単純なものだった。


「なんだ、そっちもやる気なんじゃないか。ならちょっとだけ遊ぼうーー〈燼滅妃(レオ)〉」


「……ッ!?」


 一瞬、周囲の景色が揺らいだかと思えば、皇と燐はいつの間にか『デュランダル』の更に上空へと転移していた。

 皇が状況を理解できずにいると、頭に黄金の王冠を載せた燐は口角を吊り上げ凶悪な笑みを浮かべる。


「どうだい! まずはお互いに一発ずつ打ち込もうじゃないか!」


 燐の構えた拳に灼赫の炎が渦を巻く。純粋な魔力に形を持たせたもの、それが燐の炎の正体だ。普通の炎と違い、どんな状況であろうと消えることの無い炎。それが消えるとすれば、燐の魔力が尽きるか、対象が灰と化した場合のみ。

 そんなものを拳に纏わせた燐は、皇目掛けて容赦なく振り抜く。

 対する皇は腕を交差してそれをガードしようとするが、如何せんここは踏ん張れる地面のない空中だ。ロケット弾のような勢いで遥か彼方まで射出される。加えて燐の炎が身を灼くのだ、仮に皇が魔王であったとしても耐えることは容易ではない。


「ーーあっちゃぁ……もうちょっと加減した方がよかったな」


 自分が殴り飛ばした人間が、もう既に点にしか見えないほど遠くまで行ってしまった。

 本気でないとはいえ、燐の拳の速度に着いてこれたことは褒めてもいいし、更にガードを間に合わせたのは人間として到達できる最高峰のレベルだ。正直、ここまでだとは燐も思っていなかった。

 ーーだから調子に乗ってしまった。本来なら軽く打ち込むつもりだった拳に、〈燼滅妃(レオ)〉の炎を纏わせた。その炎は燐の元を離れてなお、相手の身を灼き尽くすまで消えることがない。

 そして既に、皇の身を焦がす炎が小さくなり始めていることを燐は感じ取っていた。この大きさなら残っているのは頭ぐらいだな、と。完全に油断しきった、そこで気づく。

 いくらなんでも早すぎる。たかが数秒で人間一人を完全に灰にすることが可能か? もちろん〈燼滅妃(レオ)〉の力を使えば不可能ではない。

 だが今回に限っては違う。皇の体に付着した炎はそこまでの威力を持たない。時間をかければいつかは皇を燃やし尽くすだろうが、たかが数秒でできるはずがない。


 何かおかしい。そう思って目を凝らすが、皇と距離が離れすぎてゴマ粒ほどの大きさにしか見えない。

 そうこうしているうちに、とうとう皇の体から〈燼滅妃(レオ)〉の炎が消え去るのを感じた。だがまだ皇はそこに存在している。どういう理屈かは分からないが、確かに皇は〈燼滅妃(レオ)〉の炎を消したのだ。

 人間には絶対に不可能。魔王であってもその対処は難しいというのに、皇恭弥という男はそれを初見で破った。


「ああ……いい、すごくいいよ。士郎といいキミといい、『ブレイヴ』は人材に恵まれているみたいだ。あんな機械を送り込んでくるだけの『デモニア』とは大違いだよ」


「それはどうも。我々としても魔王に褒めてもらえるのは喜ばしいことだ」


「……キミ、本当に人間?」


 燐は背後からした声にそう問いかける。

 皇だ。彼は燐に気づかれることなく、ここまで戻ってきた。しかもその体は自由落下を止め、空中に固定されている。

 燐は〈燼滅妃(レオ)〉の力を使い空中に静止することができるが、目の前の男は一体どういう理屈でそれを可能としているのか。


「そうだとも。ちょっと体を弄ってはいるけど、僕は間違いなく人間だよ」


「間違いなく人間、ね。まあそうだよね。魔王の力を封印するなんて馬鹿げたことをやってるんだ、少なくとも魔王と拮抗した力を持っていないと、もしもの時に誰も対処できなくなる。ーーとはいえ、流石にそれはやりすぎじゃないかな。このボクが目で追うこともできないなんて、人間どころか魔王も超えてる」


 頬を掻きながら燐はそう告げる。

 〈眷属〉の力を全て解放すればこの程度はいくらでも殺しきれる。だが目の前にいるこの男がそれなりにやるのも事実だ。

 燐自身も無事では済まないだろう。


「お褒めに預かり光栄だ。僕の力が分かったところで、矛を収めてくれると助かるんだけど」


「そうだねーーときに、皇恭弥。キミは楠田士郎という存在についてどう思っている?」


 藪から棒にそんなことを言い始めた。

 皇の矛を収めてほしいという願いの答えにはなっていないが、少なくとも戦闘行為から会話へとシフトした。

 ここで皇が答えを間違えなければ、きっと目の前にいる魔王はこの場を去ってくれる。


「彼ーー士郎くんはただの少年だよ。確かに特殊な力を持っているが、それ以外は普通の人間だ。周囲と同じように生活し、年相応の変化も見せる。いいことがあれば笑う、悲しいことがあれば泣く、許せないことがあれば怒る、そんな当たり前のことが当たり前にできてる、どこにでもいるただの少年だよ」


 僕なんかとは違ってね、と最後に付け加えておく。

 一方、燐はその言葉を聞いて何故か顔を曇らせた。


「ただの少年ねぇ……じゃああれだ、キミたちはそのただの少年に危険な行為をさせているってわけだ」


「そうだ」


 皇は言い切った。


「そのことについて言い訳するつもりはない。僕ら『ブレイヴ』は魔王を救うという目的のために、一人の少年に過酷な運命を強いた。そのために進言したのは紛れもない僕だ」


 魔王〈ムラマサ〉に斬られた士郎が『デュランダル』に運ばれ、その体を解析した結果、光力という未知の物質が見つかった。

 それに魔力を取り込み、溜め込む性質があることがわかった時、皇は可能性を見出した。

 この少年の力があれば、『ブレイヴ』としての目的を果たせる。しかも幸運なことに、その少年は魔王に恋をした。もう一度会いたいと口にした。そして『ブレイヴ』の目的にも賛同してくれたのだ。

 幸運なんて言葉では言い表せない。神か、もしくはそれに準ずる何かの意思が関与したとしか考えられなかった。

 確かに彼はどこにでもいる普通の少年だ。きっと魔王になんて出会わなければ、その他大勢の人間と同じくたわいない人生を送っていただろうし、その方がきっと幸せだったはずだ。

 しかし彼はこちらの道を選んだ。一時の気の迷いか、若さ故の過ちか、はたまた恋心からくる倒錯か。いずれにせよ、魔王という超常の存在を一方的に救うことを選んだ。それが一種の自己満足に過ぎないことに、きっとまだ気づいていないのだろう。

 現状〈眷属〉の封印に成功している二人の魔王については、どちらも人間として生活を送ることに難色を示さなかった。

 〈ムラマサ〉は楠田士郎に少なからず好意を持っていたため心配はなかったし、〈トリックスター〉にしてもこちらの世界についての興味は尽きないようだったので、別段驚くようなことでもない。


「僕は僕の選択を間違っているとは思わない」


「そのために楠田士郎が死ぬことになっても?」


「魔王を全て封印してくれるのならそれで構わない。もちろんそうならないために手は尽くすが、本当にそれしか方法がないなら僕は彼をーー」


「いいよいいよ、それ以上は言わないで」


 皇の言葉を遮る。最後の一言を言わせないために。


「キミはトロッコ問題だとレールを切り替えるタイプだね」


「……暴走したトロッコの先に五人の人がいてってやつのことかい?」


「そうそう。キミがレールを切り替えれば五人は助かるが、切り替えれた先にいる一人が死ぬってやつ」


「そうだね、それならトロッコを止める方法がないか限界まで足掻くが、解決法が見当たらなければ僕は切り替える」


「その一人を殺すことになっても?」


「僕が何もしなくて五人が死ぬなら、一人を殺してでも五人を救うよ」


「ーーそう。キミがそう決めたならそれでいいし、『デュランダル』もその方針でやればいい。でも気をつけなよ。彼、結構女たらしなところがあるから」


「魔王が彼に味方してくれるならこれ以上心強いことはないよ」


 はっくしょん!と、士郎は今頃くしゃみでもしているのだろう。風邪ではないから安心してほしい。


「それじゃボクはもう行くよ。ーーあれの後片付けはそっちに任せる、じゃあね」


 皇の後方を指差した燐の姿が、陽炎のように揺らいで消えた。

 それから後ろを振り返った皇は、彼方から迫る無数の人影に辟易しながら『デュランダル』の艦橋へと戻るのであった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「はっくしょん!」


「ちょっとお兄ちゃん、くしゃみするなら口ぐらい塞いでよ」


 誰かに噂でもされたのか、士郎は急に出たくしゃみをテーブルの向かい側に座る双葉に叱られた。生理現象なのだから許してほしい。


「悪い悪い。で、何の話だっけ?」


「そこの水無月茉莉ちゃんをうちに泊めるかって話でしょ」


 士郎の隣に座る茉莉を指差しながら言う。双葉に人を指差しちゃ駄目だって後でちゃんと教えておこう。

 ちなみにこの場にはいろはもいるのだが、あたしには関係ねーな、と言って今はソファに腰掛けてテレビを見ている。


「お願いします。家事もお手伝いしますし、必要とあらばお金も入れますので……」


「うーん……」


 双葉は腕を組んで唸るだけだ。


「茉莉ちゃんもこう言ってるし、いいんじゃないか? 確かに初対面でまだ信用できないってのもわかるけど、そこは俺の顔を立ててくれないか」


「……うーん。私としても茉莉ちゃんを泊めるのは別にいいんだけど、その代わり一つだけ条件があります。ーーいろはちゃん」


「ん、どした? 音うるさかったか?」


 一応こっちの声も聞こえていたらしく、いろははテレビの音量を少し下げながら体の向きを変えた。

 そのいろはに対して、双葉は神妙な面持ちで言った。


「茉莉ちゃんを居候させている間、いろはちゃんにもうちにいてもらいます」


「え、あたし関係あったか?」


「これもお兄ちゃんのためなの、いろはちゃんも力を貸して」


 いったい何がどうなってお兄ちゃんのためなのか、この場にいる全員が理解できていない。ただ一人を除いて。


「茉莉ちゃんがお兄ちゃんに色目を使う可能性が捨てきれない以上、二人きりの空間を作ることは一切あってはいけないの。だから私がお風呂に入ってたり、外出してる間にも見張ってくれる人が必要と判断しました」


「はぁ……」「なるほど……?」「えぇ……」と三者三様にこめかみを押さえたり首を傾げたり軽く引いたりした。


「で、どうなの、いろはちゃん」


「嫌だね。あたしは帰るぞ」


「じゃあ茉莉ちゃんには悪いけど、この話はなかったということで」


「そんなぁ……」


 茉莉が目に見えて落ち込む。


「いろは、そこをなんとか頼む!」


「待て待て、あたしじゃなくて双葉を説得しろ」


 それもそうだと、士郎はいろはの方から双葉の方へ向き直る。


「双葉、そこをなんとか頼む!」


「私だって困ってる人を見過ごすのは嫌だけど……」


「なら泊めてやればいいじゃねーか。見張りが必要ってんなら、双葉が四六時中ずっとついてりゃいいだろ。風呂も買い物も全部そいつと二人で行きゃいいんだよ」


「それは流石に……」


「なるほど、いろはちゃん天才」


「確かにそれなら私も先輩にちょっかい出せないし、意外といい案かも……」


「え、嘘だろ二人とも。本気で言ってる?」


 いくらなんでもそんなことある?と士郎は二人の顔を見るが、どうも本気でいろはの案を実行しようとしているらしい。

 お互いに初対面の人間だろうに、そこまでできる理由があるのか。

 いや、双葉にはそれがあるのだが、茉莉は違うだろう。ここを追い出されても友人の家なりなんなり、まだ行く宛はあるはずだ。なのにわざわざ楠田家に固執する理由、色々あるのだろうが、おそらく一番は士郎にそれを頼みやすいからだろう。

 士郎は茉莉に自身の身の上を話したので、楠田家に両親がいないことを知っているし、そうなるとどれだけ揉めようとも最終的な決定権が双葉でなく士郎にあることも理解しているつもりだった。

 しかし、現実はそうはいかない。楠田家の力関係はちょうど半々、もしくは双葉の方が少し強かったりする。

 年齢面なら士郎に軍杯が上がるが、そもそも兄と妹という時点でどう足掻いても士郎は双葉に勝てないのだ。どうしてもどちらかが折れなければいけない場合、九割以上は士郎が折れることになる。

 もちろん茉莉はそんなことを知るはずもないので、単純に士郎を頼るのが一番楽だったのだろう。

 両親はいないが妹がいる。それはつまり茉莉の要求が通りやすく、しかも茉莉自身の身の安全を守りやすい環境ということだ。

 いくら学校で仲良くしているとはいえ、年頃の男女なのだから最低限の節度を持たねばならない。そういう点では中学生の妹がいる士郎の家はなかなか悪くないはずだ。


「じゃあ茉莉ちゃんは私とずっと一緒にいるということでいい?」


「私はそれで大丈夫だよ。先輩もそれでいいですか?」


「……まあ、二人がそれでいいなら俺は何も言わないけど」


「あたしもいいと思うぞー」


 満場一致とまではいかないが、一応は全員の同意により水無月茉莉の処遇が決定した。


 かくして、士郎、双葉、茉莉の三人による共同生活はスタートした。

 その後は当初の予定通り、双葉と茉莉は常に一緒に居る。隣の席で飯を食い、一緒に風呂へ入って同じ布団で寝る。朝も一緒に起き、一緒に顔を洗って一緒にキッチンに立っている。

 一晩が明け、そんな様子をテーブルに座って眺める士郎は、まるで姉妹のようだと思う。双葉に妹がいればきっとあんな感じなのだろう。

 いや、年齢的には茉莉の方が上なのだが、身長は双葉の方が高い。そして何より、慣れた手つきで料理しながら茉莉に指示を飛ばしている姿を見れば、ほとんどの人は双葉の方が姉だと思うのではないだろうか。

 そして士郎はそれを微笑ましく思いながら朝食が出てくるのを待つ。

 士郎も朝食作りを手伝おうとしたのだが、双葉と茉莉に、キッチンが狭くなると止められた。そう言われると士郎は退かざるをえない。三人の中で一番スペースを圧迫するのは士郎なのだから当然だ。


 なんだかんだで、今のところは共同生活も上手くいっている。

 双葉も茉莉も共に明るい性格で、士郎に対してあまり遠慮がないという点で共通しているからか、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

 その証拠というわけではないが、今日は二人でどこかへ出かけるらしい。士郎を置いていくことを謝られたが、それは士郎にとっても都合がよかった。

 文月燐ーー自称最強の魔王にどう対処するのか、そろそろ『ブレイヴ』と話し合っておかなくてはならない。

 正直、燐の存在を『デュランダル』が確認した時点ですぐさま招集されると思っていたが、日を跨いでもその気配はない。ならば自分から出向くまでだ。


 そういう訳で、朝食を済ませて双葉と茉莉を見送った士郎は、『デュランダル』の艦橋へとやってきていた。

 そこには『デュランダル』の艦長である皇の姿はなく、副艦長の如月が指揮を執っていた。いつも通りの不健康そうな顔だ。

 その傍らの椅子にはいろはが退屈そうに座っており、士郎の姿に気づくとひらひらと手を振る。


 なにやらいつもより忙しないような気がした士郎は、その違和感の正体に気づいた。人が多いのだ。

 普段であれば艦橋にいるのは艦長の皇と副艦長の如月、それと数名の乗組員で多い日であっても十名にもならない。

 しかし今はそうではない。ざっと見ただけで三十人はくだらない乗組員がキーボードを叩いたり、書類を確認したり、モニターをチェックしたりと、かなりごたついているに見える。

 さすがにこの状況で誰かを捕まえて事情を聞けるほど、士郎の神経は太くない。仕方がないので暇を持て余していそうないろはに小声で尋ねる。


「何かあったのか?」


「ああ、色々あったらしいーー詳しくは如月に聞いてくれ」


 そう言っていろはは、如月の服の袖をちょいちょいと引っ張り、士郎の方を指差す。


「ん、どうしたんだいーーと、士郎か。すまない、今ちょっと立て込んでてね。あと五分ほどでひと段落つくから、少し待っていてくれ」


「わかりました」


『待て』と言われたので大人しく待つことにした士郎は、かと言って何もすることがないので忙しなく動く乗組員たちをボーッと眺める。

 その中には見たことない顔がちらほらあるが、彼らも『デュランダル』の乗組員なのだろう。考えてみれば、士郎が名前を知っているのは皇と如月を除けば二人しかいない。

 ガタイが良くてよく士郎に筋トレを薦めてくる男性乗組員の佐久間(さくま)と、小柄でいつもおどおどしている女性乗組員の小野(おの)だ。

 この二人とは何か縁があるらしく、士郎が『デュランダル』を訪れると結構な確率で遭遇する。その分二人と話す機会も多く、『ブレイヴ』や魔王なんか関係のない、どうでもいい世間話をすることもあった。

 たとえば佐久間の場合、よく行くスーパーに最近新しいバイトの子が入ったとか、自販機の当たりを引いたとか、そういったどうでもいい話。

 たとえば小野の場合、夕食のおかずを何にするかとか、実家から野菜が送られてきたとか、そういったたわいない話。

 こんな話を皇や如月とすることはない。士郎の中で『デュランダル』の艦長と副艦長という肩書きが気づかぬうちに壁になっている。もちろん士郎にその自覚はない。だが無自覚であるがこそ、どうでもいい世間話をすることはない。


「ーーよし、みんなお疲れ様。一旦休憩にしよう」


 如月が声を張った。

 その瞬間、艦内に『はぁー』と嘆息が溢れかえる。見渡せば乗組員のほとんどがその場に座り込んだり、突っ伏したりと消沈していた。いったい何があって、どんな作業に追われていたのか。


「すまない、待たせたね。それで用件はなんだい?」


「文月燐ーー新しい魔王についてどうするかってのそろそろ決めた方がいいかなって思って」


「そうだね……そっちも早急に手を打たないとな……」


 顎に手を当て思案する。そんな如月の様子に、士郎はなんとなく違和感を覚えた。

 どこか変だが、どこが変なのかわからない。漠然と『如月らしくない』、そんな気がする程度の小さな違和感だ。

 しかし士郎のそんな疑問など知る由もない如月はポンと手を打って、


「うん。そっちは士郎に任せたよ。詳しい話は医務室にいる艦長から聞くといい」


「任せたって……え? 皇さんが医務室に?」


「ああ、昨日ちょっとあってね。それについても……本人から直接ーー」


「如月さん!?」


 途端、糸の切れた人形のように如月はその場に座り込んで寝息をたて始めた。

 普段から寝不足で不健康そうな顔をしていたが、とうとう限界を迎えたのだろうか。

 そういうことなら無理に起こすのも悪い。


 士郎は如月を放置して、皇がいるという医務室へ向かった。ついでにいろはも連れて行く。

 なぜ艦長である皇がそんな場所にいるのか、不思議を通り越して奇妙なのだが、それも本人から話を聞けば解決だ。


「ーーやあ、士郎くん。それにいろはくんも」


 士郎の目に飛び込んできたのは全身包帯まみれで、もはや誰なのかもわからない人物だった。

 声や仕草から皇であることはわかるが、皇を知らない人が見れば古代エジプトのミイラと言われても信じるのではないだろうか。


「どうしたんですか、それ」


「なに、少し無理をしただけだよ。命に別状はないし、一週間もあれば仕事に戻れる」


「一週間って、そんな……」


 普通に大怪我だ。少なくとも一週間は、ここで安静にしている必要があるぐらいの。

 そして皇の体はたった一週間程度でどうこうなるレベルを超えているのが、素人目に見てもわかる。

 痛々しいなんてものではない。そんな皇に無遠慮に近づいて、いろははガンを飛ばす。いつにも増してガラが悪い。


「ーー皇、てめえ昨日あの文月燐とかいう魔王とタイマンして追っ払ったらしいな? どういうことだ」


「それは……うん、隠しても仕方ないか。ーー実は僕、体の半分ぐらい人間じゃないんだ」


 さて、皇恭弥はどこにでもいる普通の人間だった。

 自分ではよくわからなかったが、どうやらアメリカ人と日本人のハーフらしい。

 物心ついた時には既に両親はおらず、同じ境遇の子どもが集められた施設、いわゆる孤児院と呼ばれる場所にいた。ハーフだという話はそこの保護者役の人から聞いた。

 その後、皇恭弥は順調に成長し、順当に人生を歩んだ。義務教育を終え、施設側の厚意で高校へ進学、大学にも奨学金制度を利用して入学した。

 遊び呆けることもなく、平日は学業とアルバイトに勤しみ、休日は施設の大人に代わりに子どもらの面倒を見る。アルバイト先も皇の事情を知っているので、そういった融通がききやすい。アルバイト代のほとんどは高校時代からの学費の返済に充てられ、残りは子どもたちを遊びに連れて行ったり、あとは自身の勉強道具などを買うことにしか使わなかった。

 さて、そこまではまあ珍しいと言えば珍しい境遇ではあったが、まだ誰が聞いても『そういう人生だった』と許容できる範囲である。


 その日、皇は大学の講義で使う教材を買うために、隣町までやってきていた。いつもなら近場で調達できるものなのだが、馴染みの店の店長が体を壊したらしく、しばらく休業しているのだ。

 教材自体はすぐに見つかったので、用事はすぐに終わった。いつもなら直帰するところなのだが、その日はたまたま帰り道でおもちゃ屋を見つけてしまった。手持ちの金に余裕はあったし、せっかくだからいくつかおもちゃを買って帰ることにした。時間にすればせいぜい十分ぐらいか。店内を見て回り、ぬいぐるみや簡単なパズルのようなおもちゃをいくつか購入して店を出る。


 電車に揺られながら、お土産の入った袋を眺めていた。するとーー


 キィイイイイイイイーー!


 と、耳障りな高音が劈いた。それと同時に、がくんっ、と電車が急減速する。皇の体は慣性に従って吹っ飛び、車内の壁に激突した。

 痛い、が動けないほどではない。

 ゆっくりと体を起こしながら、とりあえず電車が急停車したのだろうということだけは理解した。問題はなぜ急停車したのかということだ。

 急停車の直前、次の停車駅が見えていたので誰かが線路に飛び込んだのかと思ったが、どうやら違うらしい。そもそも駅までまだもう少しだけ距離があった。飛び込むにしてはタイミングが早すぎる。

 では何が原因なのか、先頭車両に乗っていた皇は運転室越しに前方へと目をやる。


 ーー消えていた、何もかもが。


 皇の住んでいた街が一つ、無くなっていた。

 目の前の駅の向こう半分が消えていた。

 よく行くスーパーも、通っていた小学校も、子どもたちと遊んだ公園も消えた。

 そして、帰るべき家もそこには存在しない。


 知識としては知っている。が、実際に目の前で起きると、それは遥かに常識の及ばないものだった。なんの前触れもなく、街が一つ消えるのか。そこに生きる人も、何もかもを呑み込んだそれは、どうやらその時、関東地区全域で起こっていたらしい。


「ーーこれが六年前の【関東大滅災(だいめっさい)】で僕が経験したことだ」


「で、それがてめえは半分人間じゃないってのとどう関係がある?」


「それからはありきたりな話さ。色々な経緯があって『ブレイヴ』に入った僕は最前線とも言える『デュランダル』に配属された。その際に魔王に対抗すべく、ほんの少しだけ体を弄っただけだよ。仕組みは簡単、魔王の魔力を吸収して、それを数倍に増幅させて自分のものにするだけ」


 それに加えて人間の限界にまで至った体術も組み合わせているのだが、そっちの話になるとまたややこしくなるので今は語らないことにした。


「なるほど。そりゃあの魔王を追っ払える訳だ。あれの魔力は桁違いだからな、その力を数倍で返せるなら負ける道理はねえ」


「ま、だとしても彼女の力は強力すぎた。おかげでこんな体さ。隠すつもりはなかったが、話す機会もなくてね」


「そういうことなら別にいい。今は文月燐をどうするかだ」


「そうだね、とりあえず今ある情報を整理しよう」


 現在、文月燐との接触は二回。会話をしたのは士郎、如月、皇の三人だが、如月との会話の内容は士郎も聴いていたので知っている。

 つまり現状で知り得る情報は全てここに集まっているということだ。


「最初にはっきりさせておきたいのは、彼女の目的だね。何か心当たりはあるかい?」


「心当たり……特にはないですね。俺のところにきた理由は、燐の〈眷属〉がなぜか俺の中にいるからでしたし……。『デュランダル』にきた時に何か言ってませんでしたか」


「ここを訪れたのは、本人曰く『気まぐれ』らしいよ。その後二人きりで話したけど、士郎くんのことを少し気にかけてたかな」


「え、俺ですか?」


「ああ。魔王を封印することについて、士郎くんがその全てを担っていることに不満があったらしい」


 意外だった。

 燐と敵対しているつもりはないが、それでも〈眷属〉を封印しようとしている士郎はよく思われていないだろうと考えていた。

 しかし実際は、気まぐれとはいえ『デュランダル』に赴いてまで士郎の身を案じてくれていたのだ。それが彼女の本心かはわからないが、もしそうだとしたらやりようはいくらでもある。

 今の士郎たちにとって一番避けなければならないのは、魔王と対立して実力行使に移さざるを得なくなることだ。

 現状こちら側で魔王に対抗できるカードはない。皐月いろはも魔王ではあるが既に封印されており、〈眷属〉の能力も戦闘向きではない。自称最強の魔王である文月燐には手も足も出ないだろう。

 そもそも、魔王と敵対して実力行使で強引にその〈眷属〉を封印するというやり方自体、『ブレイヴ』の方針に反しているのだ。『ブレイヴ』という組織の目的はあくまで魔王との共存であり、武力でもってどちらかの優劣を決めるものでは無い。

 そういう点から見れば、文月燐がどれだけ強かろうと問題ではないと言える。


「……もう少し彼女とコンタクトをとってみないことには、こっちも手を出せないな。士郎くん、どうにかして彼女と接触できないか試しておいてくれ」


「わかりました」


「それといろはくんーー」


「わかってるよ。あたしもシロ助についてきゃいいんだろ。如月たちが働いてんのにあたしが何もしねえってのも居心地悪いしな」


  「ありがとう。じゃあ頼んだよ」


 最後にもう一度だけ会釈をして、士郎といろはは医務室を出る。皇の怪我は重症だが、命に別状はないことがわかった。なのでそちらに気を割く必要はないだろう。

 そうなれば士郎は燐を探すことに力を注げるので、とりあえず二人は足で稼ぐことにした。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「ねぇねぇ茉莉ちゃん、これとかどう?」


「……たぶん私には似合わないんじゃないかな」


「そっかぁ……残念」


 双葉が嬉々として持ってきた布面積の少ないビキニを見た茉莉は、苦笑いしながらそう言った。


 双葉と茉莉は並風市にあるショッピングモールへ買い物に来ていた。

 近々、隣町に新しくレジャー施設ができるらしく、そこには大型のプールもあることから「せっかくだしみんなで遊びに行こう!」と双葉が言い出したのだ。

 そしてどういう訳か茉莉には全く理解できないのだが、双葉が去年の水着だとサイズが合わないらしい。ちなみに茉莉は三年前に買ったものが、未だにサイズピッタリで着れてしまう。

 ということで双葉の水着を買いに来たのだが、双葉は自分の水着をさっさと選んでしまうと、なぜか茉莉の水着を新調しようとし始めた。そして持ってきたのがさっきの布面積の少ないビキニだ。

 茉莉の体型ははっきり言って控えめなので、きっとそういう水着はあまり似合うものではないだろう。そういった需要もあるのだろうが、今回は遊びに行くための水着だ。もっと無難なものでいい。


「ーー茉莉ちゃん、これならどう?」


 今度こそは、と持ってきたのはワンピース型の水着だった。露出も少ないし、かと言って子どもっぽくもない。なるほど、さっきまでと違ってなかなか悪くない。


「まあ、それならーー」


「じゃあ買ってくるね!」


「あ、うん。…………?」


 なんだろう。やけに双葉は急いでいたような気がする。あれだろうか、さっさと買い物を終わらせてお手洗いにでも行きたいのだろうか。なんて考えていると、すぐに双葉は戻ってくる。早い。


「お待たせー。はいこれ、茉莉ちゃんの水着」


「ありがとう。ーーところで双葉ちゃん、何かあった?」


「え、ううん。なんでもないよ。それより私お腹空いちゃったから、何か食べに行かない? ほら、行こう行こう!」


「あ、ちょっと双葉ちゃん!?」


 双葉は何かから逃げるように、茉莉の手を引いて早足でショッピングモールの外へ出ようとする。人にぶつかりそうになりながら、なんとか店内を駆けて二人は外へ出た。

 双葉はすぐさま振り返り、誰もいないことを確認して安堵する。


「はぁ……はぁ……ごめんね、茉莉ちゃん」


「ーー何があったの?」


 茉莉が尋ねるが、双葉は口を噤んで応えようとしない。ただ首を横に振って、更にここから離れようとするだけだ。

 怯えている。そう表現するのが一番しっくりくるといった感じだ。


「落ち着いて。大丈夫、双葉ちゃんは私が守るよ 」


「うん……ありがとう。もう、大丈夫」


「じゃあ一回帰ろっか」


「うん……」


 その後も双葉は気を張り続けていた様子だったが、家の前まで戻ってきたところで士郎といろはの二人と遭遇して、ようやくその緊張も緩まった。


「お兄ちゃん、いろはちゃん……」


「おう、おかえり。二人は買い物行ってたんだっけ。なに買ったんだ?」


「おいコラ、シロ助。そういうのは後にしろ。あたしらはさっさとあいつを見つけなきゃなんねぇんだから」


「わかってるけど、気になるからさ」


「こっちが終わってからにしろ」


「あ、お兄ちゃーー」


 双葉の声も届かず、士郎はいろはに連れられて行ってしまった。


「行っちゃったね、追いかける?」


「ううん、大丈夫。大した用じゃないから」


「そう。じゃあ何があったか教えてくれる?」


 二人は家に入り、冷たい麦茶を持ってテーブルに向かい合って座る。双葉は言わずもがな、茉莉の表情も真剣そのものだ。本気で心配しているのだろう。

 しかしそれでも双葉は口を割ろうとしなかった。大丈夫だから、の一点張り。大丈夫じゃないのは誰が見ても一目瞭然だ。そんな双葉を茉莉は放っておけなかった。


「わかりました。双葉ちゃんがその気なら、私にも考えがあります」


「何をするの?」


 茉莉の顔が苦しそうに歪む。その直後、双葉の意識はすっぱりと途絶えた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「ーーやあ、士郎。そっちの子ははじめましてだね」


 燐を探してあてもなく街中を歩き回っていた士郎といろはは、急に背後から声をかけられた。振り向くとそこでは燐が手を振っている。


「ーーてめえが文月燐だな。魔王だってことはわかってる」


「話が早い、そういうキミも魔王だろう? えーっと、名前は確か皐月いろはだっけ? 〈トリックスター〉だったね。いいなぁ、ボクもそういうの付けてほしいよ。ーーあ、でもあの子は自分で〈ウィッチ〉って名乗ってるのか。じゃあボクも自分で考えていいんだよね」


「んなことはどうでもいいんだよ。それよりてめえの目的はなんだ?」


 いろはの問いかけに、燐は肩を竦めて首を振る。


「皐月いろは、キミはこっちの世界に何か目的があって来たのか? 何かをするために〈眷属〉の力を振るったのか? 違うだろう? ボクたち魔王は『気付いたらこっちの世界にいた』んだよ。そんな存在に明確な目的があると本気で信じてるのかい? 士郎に近づいたのも、『デュランダル』へ行ったことも、全部ただの気まぐれだ。ボクだってできることなら平穏無事な生活を送りたいんだよ」


「ならその〈眷属〉を今すぐシロ助に渡せよ。そうすれば少なくとも、今よりは平和に過ごせるぞ」


「それは無理な相談だ。キミたちには悪いけど『ブレイヴ』のこと、これっぽっちも信用していないからね。〈眷属〉を集めて何をしようとしてるのか、キミたちは疑問に思わないのかい? まさか『魔王を助ける』だなんて目的を本気で信じてるわけじゃないよね?」


「だとしても、てめえを放置する方がこっちにとって危険が大きい。それに『ブレイヴ』の目的なんざ関係なく、このお人好しは心から魔王を助けたいって思ってんだよ」


 そう言っていろはは士郎を指差す。


「それはそれは、頼んでもいないのにありがたいことだね。でもさ、それって現実的な話じゃないよね?」


「…………」


 ここまで燐の言葉にすぐさま反論していたいろはが黙った。現実的ではないとはどういうことなのか、士郎には理解できていないが、いろははそれが指す意味をちゃんと理解しているのだろう。その上で言い返せない。


「ーー士郎。確かにキミは〈眷属〉を封印することで魔王を無力化することができる。でもね、本来なら魔王でさえ一人につき一つしか持つことのできない〈眷属〉を、楠田士郎はいったいいくつまでなら安全に封印を保っていられると思う?」


「…………」


 答えられない。士郎はそんなこと考えてもなかったが、そういう聞き方をするということは、きっとそういうことなのだろう。

 士郎の体にあといくつ〈眷属〉を封印できるのかはわからないが、どう足掻いても魔王全員分には足りないらしい。


「このまま〈眷属〉の封印を続けていけば……まあ、あと二人か三人ぐらいかな。〈眷属〉の強さによって多少誤差はあるだろうが、それでも三人が限界だよ。それ以上〈眷属〉を封印すればキミはどうなるだろうね?」


「……死ぬのか、俺は」


「さあね。でもその可能性も十分にあるよ。今は大人しくしているみたいだけど、キミの中の〈眷属〉たちもいつキミを食い破るか……」


 否定はできない。〈眷属〉が明確な意思を持って暴走することは、おそらくないだろう。しかし、封印した〈眷属〉の魔力の量が士郎の許容量を超えてしまった場合、いったい何が起こるのかわからない。体が耐えきれなくなって死ぬ可能性だってゼロではない。


「ーーだとしても、俺は魔王を救うよ」


「……へぇ、どうしてそこまで?」


「さっき言ったよな。『魔王は気付いたらこっちの世界にいた』って」


「ああ、言ったね。それが?」


「ということは、魔王だって好きでこっちに来たわけじゃない。言い換えれば、勝手に連れてこられたみたいなもんだろ。それなのに、少し強い力を持ってるだけで狙われることが……なんて言えばいいんだろ、許せないというか、気に食わない?」


「締まらねえな……」


 いろはが呆れたようにため息をついた。そんなことは百も承知だ。


「せっかくこっちの世界に来たんだから、どうせなら楽しく生きてほしいだろ。魔王を救うだなんて口では言うけど、俺はそういう当たり前の生活をしてほしいんだ。友達を作ってどうでもいい世間話をするとか、そういうのでいいんだよ」


「ーーそれってさ、別に〈眷属〉を封印しなくてもできることだよね? というか実際、既に街に溶け込んでる魔王もいるよ」


「確かに〈眷属〉の封印をしなくても、魔王であることを隠せばーーいや、隠さなくても友人になれる人間はいると思う。でも問題はそこじゃないんだ。もし何かの拍子で〈眷属〉の力を振るってしまったら、その友人を傷つけるかもしれない。それに〈眷属〉は間違いなく巨大な魔力反応として現れる。そうなったらーー」


「ま、当然『デモニア』も動くだろうね。というかボクも昨日見つかったし」


 降参降参、と燐は両手を上に挙げて首を横に振った。


「キミの言い分はわかった。穴だらけの理屈だけど、そういうのも悪くない。今日のところはボクの負けだ、ご褒美にどんな質問にも三つだけ答えてあげるよ」


 指を三本立てて笑みを浮かべる。そんな燐にイラついたように舌打ちをしたいろはが口を開いた。


「負けってんならてめえの〈眷属〉を封印させろよ」


「それはできない相談だ。やらなきゃならないことがあるからね」


「やらなきゃならないこと?」


「知りたいかい? 今なら答えてあげられるよ」


 シロ助が頷くと、燐の立てられていた薬指が折りたたまれる。残る質問はあと二つだ。


「ーー三日後、七月三十一日。並風市を火の海に沈める」


「は? 火の海って……どういう……?」


「文字通りの意味だよ。ボクの〈眷属〉で焼き尽くす。あ、今のも質問だよね」


 軽い調子で次は中指を折りたたむ。


「な、今のは……!」


「落ち着け、シロ助。焦ればこいつの思うツボだ」


「っ……ああ、そうだな」


「皐月いろは、キミは意外と冷静なんだね。〈トリックスター〉なんて呼ばれてたんだから、もうちょっとネジが外れてると思ってたんだけど……」


「まともで悪かったな。感情的になりすぎると良くねえって、身をもって知ってんだよ。そんなことより最後の質問だ」


「どうぞ」


「何が目的でそんなことをする? この街を破壊することになんの意味があるんだ?」


 燐はくつくつと笑い、最後の人差し指をそのまま口の前まで持ってきた。


「ごめんね、それだけは教えられないんだ。代わりと言っちゃなんだけど……士郎」


「なんだ」


 士郎の名を呼んだ燐はゆっくりと、士郎の胸の中心を人差し指で叩く。


「ボクの〈眷属〉ーー〈燼滅妃(レオ)〉の使い方を教えてあげるよ」


 燐がそう言い終えると、士郎の体は発火した。


「ああああああああああああああああぁぁぁあああああああああああ!?!?!?」


「シロ助ッ!」


「あああああああ? あれ、熱くない?」


「はぁ!?」


「それは特殊な炎だからね、その感覚をよく覚えておくんだよ」


「焼かれる感覚なんか覚えて何の意味がーー」


「それは秘密だよ。キミが自分で気付かなきゃ。それじゃ、ボクはそろそろ行くよ。まだ準備が残ってるからね」


 燐の姿が陽炎のように揺らいだ。


「待ってくれ!」


「あ、そうそう。ボクのことは〈クイーン〉って呼ぶように言っておいてよ」


 ばいばーい、と手を振って燐は姿を消した。

 燐が三日後に並風市を火の海にする。そんな情報を知らされては、もはや士郎一人でどうこうできる問題じゃない。


「とりあえず『デュランダル』に戻ろう。皇さんに知らせないと」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「ーーん……んぅ……?」


「あ、おはよう、双葉ちゃん」


「まつり、ちゃん……?」


 やっと気がついた、と双葉の顔を覗き込んだ茉莉は言う。どうやら双葉は今、茉莉に膝枕をされているらしい。


「私、何してたんだっけ……?」


「覚えてない? 帰ってきた途端に寝ちゃうんだからびっくりしたんだよ?」


「寝ちゃった……?」


 そう言えばそんな気がしなくもない。家に帰ってきた辺りまでは記憶があるのだが、そこからはいつ眠ったのか曖昧だ。

 きっとショッピングモールで目にした人物が双葉に心労を負わせたのだろう。理不尽としか言えないほど膨大な魔力を持ったあの人物が。

 彼女は間違いなく魔王だ。それも斬華やいろはよりも強大な力を持っている。視界の端に掠っただけでもそれがわかった双葉は、茉莉と共にその場を去った。


「ごめんね、もう大丈夫だからーー」


「ダメです」


 起き上がろうとした双葉の体が押さえつけられる。茉莉の華奢な体のどこから出ているのか不思議になるほどの力で押さえられ、双葉の体は微動だにすることができない。


「ま、茉莉ちゃん?」


「さっき倒れたばかりなんだから、もう少し休んでていいんだよ。ね?」


「ひゃっ……」


 つぅ、と双葉の首筋が撫でられる。変な声が出た。


「茉莉ちゃ……んっ……あっ、ちょ……とぉ……っ」


 首筋から鎖骨へ、そしてそこから更に下へと、茉莉の指は流れるように優しく撫でる。


「なんて、冗談冗談。双葉ちゃんが可愛い反応するから、ちょっとイタズラしたくなっただけ」


「……なら手を離してほしいんだけど」


「それはそれ。こういう時ぐらい、お姉さんさせてくれてもいいんじゃない?」


「茉莉ちゃんはお姉ちゃんってより、お友達って感じなんだけど……」


「お友達、ね……うん、私もその方がいいかな」


 茉莉は何かを懐かしむような雰囲気で目を細め、双葉の頭を撫でる。


「友達って言ってるのに頭撫でる?」


「友達の頭を撫でちゃダメ?」


「ダメじゃないけど……なんか、茉莉ちゃん撫でるの上手だから……」


「ありがとう。双葉ちゃんにそう言ってもらえるのが、一番嬉しいよ」


「もう……。ーーお兄ちゃんが帰ってくるまでだからね?」


 やれやれ、と半ば呆れたように言った双葉は目を閉じた。少し恥ずかしいが、それでも茉莉の撫で力は本物だ。こうしているだけで、すごく落ち着く。なんとなく懐かしいような気がするし、そういえば昔母親に撫でられた時もこんな感じだった。


「茉莉ちゃん、お母さんみたい……」


「……さっき、お友達って言ってなかった?」


「うん、そうだけど。なんかこうされてると……ちょっと、思い出しちゃうなぁ……」


「そっか。じゃあゆっくり思い出せばいいよ、先輩が帰ってくるまでまだ時間はあるだろうし」


「うん、そうする。もしかしたら、お母さんの夢とか見れるかもしれないし。お兄ちゃんが帰ってきたら起こしてね」


「あと私の足が痺れて動けなくなっても起こすからね」


 最後に二人揃って笑みを零し、それ以降会話は無かった。双葉は早々に寝息を立て始め、それを眺める茉莉もいつの間にか眠ってしまった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 七月三十一日。

 自身を〈クイーン〉と名乗った魔王、文月燐が災禍を振りまく日。並風市から全ての人間が消えた。と言っても死滅したとかそういうことではなく、並風市全域に避難勧告が出されたのだ。「特殊な災害が〜」などとそれっぽい理由がでっち上げられてはいるが、それも『ブレイヴ』が裏から手を回してのことらしい。現在並風市の住民は隣町の学校や、公民館などの施設に避難している状態だ。避難勧告が解除されるまでおそらく二、三日ほどはそこで寝泊りすることになるだろう。もちろん士郎も、双葉や茉莉と一緒に避難したのだが、こっそりと抜け出して『デュランダル』へとやって来ていた。

 ーーと、そうまでしたのにその日は生憎と朝から雨模様だった。

 いくら魔王であっても、天候に勝つことはできない。燐の力が炎の形をしている以上、際限なく降り注ぐ雨には敵うはずがない。

 つまるところ、魔王〈クイーン〉の計画は自然の気まぐれによって失敗し、『ブレイヴ』の根回しも杞憂に終わったのだ。


「ーーさて、どう出る。〈クイーン〉」


『デュランダル』の艦橋で、如月がぼそりと呟く。本来なら誰にも聴こえない独り言なのだろうが、静まり返った艦橋では全員がそれを耳にした。


「ーーつっても、流石にこの雨じゃ向こうも手の出しようがないだろ」


 如月の隣にいたいろはがそれに答える。その通りだ。

 今日は全国的に雨模様で、さらに言えば関東全域は特に雨が強い。並風市にも大雨警報が出されている。


「いくら燐でも、これにはお手上げだろうな」


 いろはの隣、士郎もそれに続いた。魔王がいくら超常の存在であっても、大自然の力には為す術もない。

 問題の先送りでしかないが、一先ず今日の安寧は得られた。たった一日だが、準備期間が延びたのは嬉しい誤算だ。これでより確実な対策を講じることができる、そう『デュランダル』の全員が息をついたーーその瞬間だった。


 閃光。そして衝撃。


『デュランダル』がまるで高波に巻き込まれた浮き輪のように揺れた。一瞬だが上下が反転した気もする。


「なん、だ…………は?」


 なんとか姿勢を持ち直した『デュランダル』から、士郎たちは外の様子を見て絶句した。ありえない景色を目の当たりにして言葉が出ない。理解が追いつかない。


「佐久間、衛星からの映像は出せるかい?」


「は、はい! ーー出ます!」


「なっ……」


 モニターに映し出されたのは、天気予報なんかでよく見る、日本列島を宇宙から見た映像だ。本当に、毎日見ているようなものなのに、そこでは並風市を中心とした関東地方にかかった雨雲が綺麗さっぱり消えてなくなり、ぽっかりと穴が空いている。


「は、半径百キロの雨雲が、()()()()()()()……!」


「落ち着け、みんな。〈クイーン〉の居場所は?」


「ーー駄目です! さっきの衝撃で街の監視カメラも魔力計もやられてます!」


「場所がわからないのでは、手出しできないな……」


 如月が顎に手を当て思案していると、モニター前の小野がおずおずと手を挙げる。


「あ、あの……さっきの衝撃の直前、天前高校の屋上がちょっと光ったような……」


「それは本当かい?」


「は、はい……ほんの一瞬でしたけど、間違いないと思います」


「天前高校だな、行くぞシロ助。あとはお前の仕事だ」


 いろはに手を引かれ士郎は艦橋を後にする。行き先は天前高校の屋上だ。

 地上へ降りる転送装置の前で、いろはが立ち止まった。


「シロ助、降りる前に確認だ。〈クイーン〉の力はあたしたちの想像以上だ。だからーー」


 いろはは一瞬言葉に詰まって、それでも士郎に伝える。これは言わなければならないことだから。


「だからーー文月燐を殺せ」


「……できない」


「っ……! この後に及んで、まだそんな腑抜けたこと言ってんのか? 〈眷属〉を封印させろって口で頼み続けて、それで封印できるまでに何が起こるかわからねえんだぞ! 」


「それはいろはや、斬華の時だって同じだった」


「あたしや〈ムラマサ〉は自分から人間に危害を加えるようなマネはしてないんだよ。だけど〈クイーン〉は違う」


「それなら……! 燐だってまだ人間に危害を加えてないだろ」


「ーーてめえ、それ本気で言ってんのか? あいつが人間を殺すまで待てって、そういうことか? あの空に向けられた力が、本来ならそのままこの街に落とされてたんだぞ? それでもてめえは同じことが言えんのかよ、なぁ! 答えろよ楠田士郎!!」


 胸ぐらを掴まれ壁に叩きつけられる。

 いろはの言うことが正しいのは理解している。燐は魔王の中でも特に危険な存在だ。今日はたまたま天に助けられたが、また同じことを燐が企んだ時に助かる余地はない。

 ならばいっそ、ここで殺してしまうというのも、後の平和のために考えれば妥当とも言える。

 だがそれでもーー。


「ーーそれでも、俺は魔王を救うよ」


「ふざッけんじゃねえ!!!」


 ゴッッ!と鈍い音が『デュランダル』の廊下に響く。

 床に倒れた士郎は、口の端から血が垂れるのを感じた。どうやら今の一発で口の中を切ったらしい。

 対するいろはは顔を真っ赤にして、肩で息をしながら士郎を見下ろす。


「てめえの考えはよくわかったよーー〈箝替公(リブラ)〉」


 いろはの手に白銀の指揮棒が現れる。

 魔王〈トリックスター〉の〈眷属〉である〈箝替公(リブラ)〉。物体を自在に操ることのできるその指揮棒には、もう一つシンプルな使い道がある。


「しばらくここで頭冷やしてろ」


「づっ……!」


 いろはは〈箝替公〉を士郎の腿に突き刺した。


「傷口にあたしの魔力を流して治癒の妨害もする。三十分は動けねえから大人しくしてろ」


 そう言い残し、いろはは地上へと降りていった。士郎にはその後ろ姿を見ることしかできなかった。


「くそっ……」


 とにかく今は足の傷を治すことが先決だ。

 いろはが燐と戦って勝てる見込みはない。殺す気で向かえば確実に殺される。そうならないためにも、少しでも動けるようになればすぐに地上へ降りる。

 いろはは三十分かかると踏んだようだが、それはあくまで完治するのにかかる時間だ。普通に動けるようになるだけならその半分、そして無理をしてでも動くというなら十分もかからない。

 いろはが燐と対峙して十分も生きていられるかはわからないが、そこはいろはを信じるしかない。


 しかし、ここで士郎は一つ重大なことを見落としていた。それは至極真っ当で、ごく当然のことで、物体が上から下に落ちるのと同じぐらいに当たり前のこと。

 そもそも、魔王同士が殺し合いをしている場に士郎が介入してもなんの解決にもならないのだ。

 確かに士郎は一応不死身ではある。しかし死んでから意識が戻るまでに時間がかかるし、体の強度も光力で多少頑丈になってはいるがそれでも人間の範疇だ。切り札となり得る〈斬殺鬼(キャンサー)〉の召喚も真っ向から燐にぶつけて勝てる見込みは薄い。


 そんなことも考えず、士郎はとうとう立ち上がってしまう。

 傷はまだ痛むが、耐えれない痛さではない。庇うように歩けば幾分かはマシだ。

 一歩踏み出すごとに痛みが刺すが、それでも士郎は進む。


 そうして、士郎はとうとう天前高校の屋上へと足を踏み入れた。一刻も早く魔王同士の争いを止めるため、何の策も持たずにーー



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 暗い。広い。


 最初に浮かんだのはこの二つ。

 次に浮かぶのは


 懐かしい。


 この感覚を知っていた。この場所を知っていた。何も無いということを知っていた。

 しかし理解した


 満たされる。溢れる。


 それは肉体を構築する。それは精神を形作る。それは全身を循環する。

 それでも


 まだ足りない。もっと寄越せ。ここに在る全てを持ってこい。


 でなければ帰れない。でなければ護れない。でなければーー生きられない。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「ーーやあ、士郎。遅かったね」


 士郎が地上へ降りてすぐ、背後から声がかけられる。

 振り向けばそこにいるのは案の定、魔王〈クイーン〉、文月燐だ。

 黄金に輝く王冠をかぶり、屋上の落下防止用フェンスの上に腰掛けてこちらを見ている。周囲にいろはの姿は見えない。


「燐……。俺の前にいろはが来てたと思うんだけど……」


「ああ、来てたね。いきなりボクを殺そうとしてきたからびっくりした」


 燐はどこかつまらなさそうに、やけに冷めた目をして言う。

 雲を払うのに力を使いすぎて疲弊しているのだろうか。


「それで? キミもボクを殺すのかい?」


「違う! 俺は燐を傷つけるつもりなんてない」


「口ではなんとでも言えるよ。ボクを傷つけないという証拠は?」


「証拠は……ない。けど、信じてくれ! 俺はただ燐を救いたいだけでーー!」


「救いたい、ね。〈眷属〉を封印された魔王は救われる。キミはそう考えているわけだ」


 燐は小さくため息をついて、落下防止用フェンスから降りる。


「確かにこっちの世界で生きていくなら、〈眷属〉を持っているのは少々リスキーだよ。『デモニア』や『ブレイヴ』に狙われるし、日常のふとした瞬間に誰かを傷つけるかもしれない」


「ならーー」


「でもね、士郎」


 燐の両手に炎が灯る。それは明らかに攻撃の意思を持っていて、今にも士郎を灼き尽くそうと襲いかかってきそうだ。


「ーー〈眷属〉を封印したからこそ訪れる危機ってのもあるんだよ。キミがそれを知らなければ、救ったはずの魔王が傷つくことになる。丁度、彼女みたいにね」


 ーーガァン!!


 屋上へと入るためのドアが、勢いよく蹴破られいろはが現れるが、その姿は見る耐えない痛々しいものだった。

 白銀の指揮棒は焼け焦げて黒ずみ、手足には幾つも火傷を負っている。顔も右半分が焼け爛れ、あれではもう右目は見えていないだろう。


「やあ、早かったね。でも王子様の方が、キミよりほんの少し早かったみたいだ」


「いろは……その怪我……」


 士郎がいるとわかったいろはは、さっきまで喧嘩していたことも忘れたように笑ってみせた。


「……ったく。来るのが、早えんだよ……一番格好悪いとこ、見られちまったじゃねえか……」


「いろは……? お前、何をーー」


「……シロ助、あとは……頼んだ……」


 そう言うと、いろははその場に倒れ込んだ。


「いろは!」


「ダメだよ、士郎」


 いろはの元へ駆け寄ろうとするが、その行く手を〈燼滅妃(レオ)〉の炎が塞ぐ。


「っ、なんでだよ! もう勝負は着いただろ、早くいろはを『デュランダル』に運んで治療しないと……」


「だからダメなんだって。ボクは皐月いろはを殺す」


「なーー」


「さっき言っただろう? 〈眷属〉を持たないからこそ訪れる危機があるって。それがボクだ」


「それは、どういう……」


「まあ、この場合で言えばボクってこと。この間死んだあの子、如月斬華だっけ? あの子にとってはそこの皐月いろはが、それに当たるわけだけど……。言ってしまえば『自分以外の魔王』なら誰だってその可能性はある」


「『自分以外の魔王』……あ、まさかーー」


「そう、魔王なんて呼ばれてるんだからみんな少なからずプライドが高くてね、たかが人間ごときに〈眷属〉を封印された間抜けな魔王がいるのは許せないんだよ」


 そう言えばいろはもそんなことを言っていた。やはり魔王にとって〈眷属〉とはそれほどのものなのだ。そしてそれを封印されるなど、本来ならあってはならないこと。ほかの魔王からすれば恥晒しもいいとこだ。


「わかるかい士郎。〈眷属〉があれば襲ってくる敵に対処できるが、〈眷属〉が封印されることで、それよりも強い相手から狙われることになるんだよ。キミが〈眷属〉を封印しなければ、皐月いろはも如月斬華も死なずに済んだ」


「そんな……俺の、せいなのか……?」


「ああ、キミのせいだ。キミが殺したんだよ」


「ち、違う、俺はただ助けたかっただけで……」


「それはキミのエゴでしかない。そんな自分勝手な理由で殺されたなんて、可哀想でいたたまれないね」


「そんな……俺が……」


「思い出してみなよ。皐月いろはも如月斬華も、たった一言でもキミに助けを求めたかい? キミは彼女たちのために動いたみたいだけど、それは本当に彼女たちの意思を尊重しての行動だった? 自分のエゴを押し付けて満足していたんじゃないか?」


「俺は……俺は……ただ……」


「ーーここまでだ。もういいだろう、今楽にしてあげるよ」


 燐の掌に炎が集中する。ピンポン玉くらいの大きさだが、それでも士郎といろはを消し飛ばすには十分な威力を秘めている。

 いろはは当然のこと、士郎も既にそれを避ける気力はない。そもそも狙われていることに気づいているのかすら怪しい。ただ俯いてうわ言のように何かを呟くだけだ。


 はぁ……、と最後に大きくため息をついた燐は、二人の命を消すため躊躇うことなく炎を撃ち出した。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ーー鼓動が聴こえる。心臓が動いている。一体いつからだ? 今か? それともずっと動いていた?


 どうでもいい。心臓が動いているということは『生きている』ということだ。


 ならば話は変わる。『生きている』なら手脚は動く。目が見え、音が聞こえ、言葉を発する。


 私は歩く。彼を目指して。


 私は見る。彼の姿を。


 私は聞く。彼の言葉を。


 私は言う。彼に向かって。



 死ぬな、と叫んだ。


 助けたかった、と聞いた。


 絶望した横顔を見た。


 そして私は踏み出した。



 ーー彼の隣へと。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 少女の持つ漆黒の刀が、燐の放った炎を真っ二つに斬り捨てた。斬られた炎は消えるのではなく、ボロボロと崩れて無くなる。


「ーー私の士郎に、随分と言ってくれたじゃないか。貴様、覚悟はできているんだろうな?」


 その少女は暴力的なまでに美しかった。

 風に靡く髪は降り注ぐ太陽と相まって夜空のように煌めき、その双眸もまた吸い込まれるような純黒であった。ひと目でわかる、彼女はこの世界の存在ではない。禍々しい気を立ち上らせた、漆黒の刀を手にするその姿はまるで絵画のようだ。

 燐は、そのあまりの美しさに絶句した。瞬きを忘れ、思考も、呼吸さえも放棄して、魔王は少女の美貌に目を奪われる。

 それでも、人間離れした魔力を持つ少女を人間と定義するならば、彼女は制服を着ている。それは髪や瞳と同じく、真っ黒なセーラー服であった。


「ーーきる、か……?」


「ただいま、士郎」


「ほんとに……斬華、なのか?」


「ああ、私は如月斬華。士郎に救われて、士郎のことを世界で一番愛した人間だ」


 そう言って、彼女は士郎を抱きしめた。

 如月斬華は生きていて、今もそこにいると、士郎に確かめさせるように。

 その感触を、その存在を士郎は全身で感じるために、斬華のことを力いっぱい抱く。もう二度と彼女を失わないために。


「ーー士郎、気持ちは嬉しいが、少し痛い……」


「ごめん、でももう絶対に離さない」


「……はぁ。ーーそういうことだ、すまないがあいつの相手を頼んでもいいか?」


 斬華が誰もいない空間に話しかける。するとそこから声だけが返ってきた。


「それは構わないけどーーいいの?」


「ああ、士郎の顔を見たら全部吹っ飛んだ。あとは任せる」


「そう。なら遠慮なくーー」


 ぽんっ、と可愛らしい音を立てて、一人の少女がその場に現れた。

 背丈は小さく、士郎や燐と比べても胸あたりまでしかないだろう。真っ黒のローブを纏うその子は、大きな三角帽子を目深に被っているため素顔が見えない。両手の指にはその全てに指輪がはめられている。しかしその姿を表現するなら、魔女というのが一番しっくりくる。


「その姿……キミが〈ウィッチ〉か。実際に見るのは初めてだね」


「そうだけど、あなたにはもう関係ないよ」


 瞬間、どこからともなく巨大な腕が現れ燐を捕らえる。


「言ったよね。余計なことはするなって」


「ボクも言ったよ。我慢できなくなったらごめんってね」


「そうなったら私も敵に回るって言ったのは覚えてる?」


「そういえばそんなことも言ってたね。別に大した問題じゃないから忘れてたよ」


「そう。ーーなら死んで」


 またしても、何も無い空間に突然無数の剣が現れた。それらは全て燐の方を向いており、おそらく〈ウィッチ〉の号令一つでその全てが燐を串刺しにするのだろう。


「最期に言い残すことは?」


「ないね」


 燐が言い終えると同時に、剣が発射された。

 巨大な腕に捕まっている燐が、それを避けることなどできるはずもなく、次から次へと剣が刺さる。

 ぼたぼた、と床に血が落ちて溜まる。

 初めは痛みのせいか少し動いた燐の体も、数度の痙攣を終えて以降は、ピクリとも動かなくなった。そして最後に巨大な腕が燐の体を握り潰す。もう生きているとかそういう問題ではない、首より下は絞ったあとの雑巾のようになって、もはや生物であったかすらわからない。そこまでして、やっと巨大な腕と無数の剣が消滅する。

 残ったのは大きな血溜まりと、ボロ雑巾のようになった燐の死体。それと飛び散った肉片だ。


「殺した、のか……?」


「殺したよ。楠田士郎、あなたには悪いけど、彼女だけは危険すぎる」


「だからって殺すことーー!」



「……………………ああ、ボクのために怒ってくれるなんて、やっぱり士郎は優しいね」



「は……?」


 声がした。聞こえるはずのない声。もう話すことなどできない者の声。

 士郎は疎か、斬華も〈ウィッチ〉も状況が飲み込めず周囲を見渡す。すると、視界の端で何かが動いた。それは小さな炎で、燐の死体の方へと向かってゆっくりと進む。

 その小さな炎をよく見てみると、中心には細かい肉片が存在していた。


「ま、さかーー」


 もう誰が言ったのかも分からない。しかしその場にいる全員が思ったことだ。

 死んだはずの燐の声が聞こえ、飛び散った肉片が炎を纏って死体となった燐の方へと向かう。これがどういうことか、予想外で想定外で、考えうる限り最悪のシナリオだ。


「ごめんね。ーーボク、()()()()()()


 肉も血も、文月燐だったものは全て炎に包まれる。そして数秒もしないうちに、元の姿を取り戻した魔王〈クイーン〉は、見たこともないような凶悪な笑みを浮かべてそう言った。


「あり、えない……不死身だなんて、そんな……」


「そうは言っても、目の前にいるこのボクが、何よりの証明だ」


「くっ……!」


 〈ウィッチ〉は警戒して、燐から距離を取る。そしてそれを見た燐は笑みを浮かべながらその手に炎を生み出す。


「さて、ちょっとだけ仕返しだ」


「ーー〈濤透婦(ピスケス)〉っ!」


 燐から放たれた炎が、一直線に〈ウィッチ〉へと向かって飛ぶ。それはさっき士郎に向けて放ったものとは格が違う。魔王ですら一瞬で消し炭になるだろうということが、魔力の感知など碌にできない士郎ですら理解した。しかし〈ウィッチ〉が手をかざすとその炎が消えてなくなる。


「そういえば、キミの〈眷属〉はそういう能力だったね」


「……だから、なに」


「いや、別に。ただ少し、気になることがあるだけだよ」


「そう、なら気になったまま死んで」


 またしても、さっきと同じ剣が何も無い空間に発生した。しかもその数は先程の比ではない。軽く百はくだらない大量の剣、その全てが燐に狙いを定めて放たれる。


「そうそう、ボクが気になってるのはこの能力だよ。キミの〈濤透婦(ピスケス)〉は物を消すことはできても、逆のことはできないはずだろう?」


 飛んでくる剣を炎で防ぎながら、そんなことを言う。随分と余裕があるらしい。


「本当にそう思う? 消すだけじゃなく、生み出すところまでが〈濤透婦(ピスケス)〉の能力かもしれないよ」


「いいや、〈濤透婦(ピスケス)〉にそんな力はないよ」


「……まるで〈濤透婦(ピスケス)〉の能力を全部知ってるみたいな口ぶりだけど」


「知ってるよ。〈濤透婦(ピスケス)〉だけじゃない、〈屍毒翁(スコーピオ)〉、〈誓従帝(カプリコーン)〉、〈癒綿姫(アリエス)〉、〈破砕王(タウラス)〉。あの日にいた魔王の〈眷属〉の能力はすべて知ってる。ついでに〈斬殺鬼(キャンサー)〉と〈箝替公(リブラ)〉の能力もね」


 それを聞いた〈ウィッチ〉の顔色が変わった。

 知らない情報を聞き出そうと思っていたが、そんな悠長なことを言っているわけにはいかなくなった。やはり文月燐という存在は危険すぎる。


「そんなに睨まないでよ、お姉さんこわーい」


「…………」


「ちょっとちょっと、無視は酷いんじゃないかなー」


「……うるさい。お前は今、ここで死ね」


「え?」


 燐を中心に、床に巨大な幾何学模様がいくつも現れる。そのすべてが膨大な魔力で編まれており、そしてそれぞれが別々の法則をもって存在している。


「これ、は……なんだ?」


魔術(まじゅつ)だよ。あなたを殺すための」


「魔術……?」


「そう。魔王だとか関係ない、私が個人として持っている力」


 パチンッ

 〈ウィッチ〉が指を鳴らすと、幾何学模様から半透明の鎖が飛び出す。燐は咄嗟にそれを避けようとするが、鎖はまるで生き物のようにうねって燐を追跡する。

 ならばと燐が〈燼滅妃(レオ)〉の炎で鎖を灼こうとするが、どういうわけか鎖は炎を吸収してさらに加速した。炎が効かず、さらに急加速した鎖にとうとう燐は追いつかれ、両手足を拘束されてしまう。


「これは、魔力を……!」


「そう、その鎖は魔力を吸収するの。そして吸収した魔力が強ければ強いほど、鎖の強度も増す。そういうふうに作ってある」


「なるほど……それなら流石に分が悪い」


 燐の頬を汗が伝う。

 いくら不死身と言っても、それは〈燼滅妃(レオ)〉の能力、つまり〈眷属〉ありきの不死性だ。

 そして〈眷属〉を使うためには魔力が必要になるが、この鎖が魔力を吸うというなら、まず身体の再生に回そうとした魔力が途中でいくらか持っていかれる。そして燐自身の魔力の総量もじっくりと減らされていく。

 このまま時間が経てば、どんどん燐の不利な方へと事態は傾いていってしまうのだ。ならばどうすべきか?

 答えは至極簡単なことだ。


「ーー魔力がある間に逃げてさせてもらうよ」


 その瞬間、拘束されていた燐の手足が付け根から焼き切れた。


「逃がすか!」


「逃げるよ」


「ーーいいや、逃がさない」


 手足を失った燐の姿が陽炎のように揺らいで消える寸前、燐の体が胸のあたりから斬り離された。

 〈ウィッチ〉の後ろにいる斬華が手にした、禍々しい気を洩らす漆黒の日本刀が振るわれている。


「はは、無駄だよ。キミの〈斬殺鬼(キャンサー)〉じゃボクは殺せない」


「確かに〈斬殺鬼(キャンサー)〉じゃ貴様を殺すのは不可能だ」


 やけに自信満々な斬華の様子に不信感を抱いた燐は、視線を下ろす。自身の胸のあたり、先ほど斬華に斬られた場所だ。

 いつもならすぐに再生が始まり、とっくに完全復活しているはずだった。しかし、それが一向に始まらない。それどころか、斬られたところからボロボロと体が崩れ始めていくではないか。


「なんだい、これは……?」


 燐の問いに、斬華は答えない。いや、答えられないと言うべきか。

 実を言うと、斬華自身でさえこの力が何なのか分かっていないのだ。〈斬殺鬼(キャンサー)〉を召喚したつもりだったのだが、どうも今手にしている刀は違うらしい。

 しかし、力の使い方は分かる。〈斬殺鬼(キャンサー)〉ではないこの刀が、それでも戦い方だけは教えてくれる。

 斬れ、斬れ斬れ、斬れ斬れ斬れ、斬れ斬れ斬れ斬れ、斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れーー


「がっ……! なん、だ……これは……」


「まずいっ! 楠田士郎、その刀の力を封印して!」


「え、いや、封印してっていきなり言われても……」


「早くっ! 如月斬華の意識が乗っ取られる前に!」


 そう叫んだ〈ウィッチ〉と斬華の間に、突如として巨大な壁が発生した。床がせり上がったとか、上から降ってきたとかではなく、本当に突然そこに壁ができた。

 その壁を見て、いつの間にか元通りに再生した燐は面白くなさそうに言う。


「それ、邪魔だね」


「それはそうだよ。あなたの邪魔をするために作ったんだから」


「『作った』ね……。やっぱり〈眷属〉とは別に、そういう能力があるんだ。もしかして彼女のあの刀も同じものかい?」


「答える必要がある?」


「そういう返しをする時はだいたい『イエス』なんだよね。知ってた?」


「……答える必要がある?」


「ははは、その返し方は『ノー』の時だ」


 なんて、軽薄な笑みを浮かべた燐の首が飛んだ。続いて〈ウィッチ〉の背後にある壁がゆっくりと崩れ落ちる。そして最後に〈ウィッチ〉の髪が数本、はらりと斬れた。


「斬華……?」


 今の一撃は、斬華らしくない。そう士郎は感じた。

 燐を斬ろうとするのはわかる。だが、壁越しで姿の見えない〈ウィッチ〉を、巻き添えにする可能性があった。もちろん斬華の技量なら、〈ウィッチ〉を掠めるだけで燐を斬ることができるのだろう。

 しかし、それを実際にやるかどうかは別だ。姿が見えない以上、万が一ということがある。そのリスクを考えたとき、如月斬華が刀を振るうことはありえないはずなのだ。


「すまない〈ウィッチ〉、士郎と〈トリックスター〉を連れて逃げろ」


「っ……わかった。ーーそれ、魔力を使い切れば落ち着くはずだから。絶対に主導権を渡しちゃ駄目だよ」


 〈ウィッチ〉は燐に背を向けると、そのまま士郎といろはを担いで天前高校から離れる。

 その様子を見送った斬華は、手に持った漆黒の刀を見つめる。

 主導権を渡すなとは言われても、既に斬華の意識は半分ほどこの刀に支配されていた。なんでもいいから斬りたい。それだけが頭の中をぐるぐると回る。


「ーー〈斬殺鬼(キャンサー)〉はもっと落ち着いていたんだがな……。〈クイーン〉とか言ったか、悪いがこいつの相手をしてもらうぞ。私もこれ以上、抑えられそうにないんでな」


「ちょっと相性が悪いから、できることなら遠慮したいんだけど……」


「私も貴様の相手なんて危険なことはしたくないのだがーーああ、もう限界だ」


 斬華が刀を下から上に振り上げる。同時に燐は体を横にずらした。するとその左腕が宙を舞った。その傷口はやはり、ボロボロと崩れ始めて再生が始まらない。

 なので燐はその部分の肉を無理矢理抉って引きちぎる。


「距離があっても斬れるのは〈斬殺鬼(キャンサー)〉と同じ。違うのは斬った場所から崩れていくところかな。他に何かできることは?」


「知るか」


 斬華は次々に刀を振るう。袈裟斬りからの切り上げ、時には突きや足下を狙ったりもする。

 燐も負けじと〈燼滅妃(レオ)〉の炎で応戦するが、やはり相性が悪い。斬華は飛んでくる炎を、後ろにいる燐ごと斬ることができるので、牽制にすらならない。

 はっきり言って勝ち目がないと、燐は薄々気づいていた。攻めるにせよ逃げるにせよ、魔力が足りない。調子に乗って雨雲を消し飛ばしたりしなければ、まだなんとかなったかもしれないが、やってしまったことは仕方がない。


「……仕方ない。我慢比べといこうか」


「どういう意味だ?」


 斬華の攻撃を紙一重で躱しながら、燐は笑う。


「キミとボク、どちらの魔力が先に尽きるかってことだよ」


「勝てると思うのか?」


 既に魔力が底をつきかけている燐に対し、斬華はまだまだ余裕がある。何せ封印されたはずの〈眷属〉に似た、〈眷属〉以上の力を持つ何かを顕現させることができているのだ。現在の魔力量は天と地ほどの差がある。

 しかし燐は、息を切らせながらも不敵に笑ってみせた。


「ボクはその刀に斬られなければ、魔力を使わない。だがキミはそれを手にしているだけで、どんどん魔力が減っていくだろう?」


「だとしても、私が貴様を殺す方が早そうだ」


「……あれを見ても同じことが言える?」


 燐が指差したのは空だった。上方向、空を見上げた斬華は絶句し、攻撃の手が止まる。

 そこにあったのは、空を覆い尽くすほど大量の黒い影。初めは雨雲かと思ったが、よく見ると黒い影は無数の何かの集合体らしく、不気味に蠢いている。


「なんだ……あれは……」


「ーーやけに遅いとは思ってたけど、あれだけの数を揃えてくるなら納得だ」


「貴様の差し金か……?」


「うーん……半分正解。確かにあれをここに呼び寄せたボクだ。でも、ボクにとってもあいつらは敵だよ」


「それはどういうーー」


「ほら、よそ見してると殺されるよ」


 視線を戻した斬華の眼前には、無数の光が迫っていた。


「チッ……!」


 咄嗟に刀を構えて、その全てを斬り捨てる。

 燐に助言されたというのは癪だが、空を覆う何かを無視するわけにもいかないらしい。


「それで、あれはいったい何なんだ」


「『デモニア』だよ。キミも知ってるあの機械人形たちさ」


 天から無数に降り注ぐ光の雨を躱し、弾き、斬り捨て、焼き払いながら二人は話す。

 既に共通の敵が現れた以上、魔王同士で争っている場合ではない。


「……あれが、全部ドールなのか?」


「おそらくね。もしかしたら、ドールより強い個体がいるかもしれないけど」


 そう言われて見上げると、確かに空を覆っているのは『デモニア』のドールだった。

 その数は千や万ではない。文字通り、空を埋め尽くしている。数えるのが億劫になるほど多く、燐の炎で晴れた空がまた雨雲に覆われたようだ。


「……貴様、何が目的だ? どうして『デモニア』を呼ぶような真似をした」


「そんなの決まってるよ。一ヶ所に集めて、一網打尽にするためさ」


 燐はその手に魔力を集中させる。さっきまでとは比べ物にならない、強力な魔力を。

 これだけの力があるのなら、斬華とももう少しまともな勝負ができたはずなのだが。


「勘違いしないでほしいけど、これは別にキミを侮っていたわけじゃないんだ」


「ーーそれだけの魔力を隠しておきながらよく言えたな」


 斬華の表情には怒りと、ほんの少しの恐怖心が混ざっていた。魔力を温存されていたことに対する憤慨。それは個人としてのプライドが許せないと言っている。そしてあれだけ消費して、なお有り余る量の魔力に、ほんの少しだけ恐れを抱く。

 仮に初めから魔力を全開にされていれば、こうも簡単に追い詰めることもできなかっただろう。それでも自分が負けるとは思えないが。


「……キミがどう考えてるかはわからないけど、これは『デモニア』を消し飛ばすための力だ。それなりの代償も伴う、まさに諸刃の剣ってやつだよ」


「代償……?」


 斬華は怪訝な顔をするが、燐はそんなこと意に介さず、魔力をさらに増幅させていく。

 これだけの力があれば、本当に空を埋め尽くすドールを一掃できるかもしれない。

 燐自身、先ほど雨雲を消し飛ばした時とほぼ同等の魔力が溜まっていることがわかった。


「……ここが、限界か」


 燐の膨大な魔力がその指先に収束し、小さな火球を作る。大きさはせいぜいビー玉ぐらいだろうか、しかしその中には信じられない量の魔力が籠められている。本当にあの数のドールを一掃できるほどの量だ。


「一応キミも身を守っておきなよ」


 ふっ、と笑った燐の指先から、火球が放たれる。それはありえない速度で上昇し、破裂した。


 音も光も衝撃も無かった。そこにあるのはただの熱。ドールの元へ到達した火球は弾け、莫大な熱と共に膨張した。

 焼けるとか焦げるとか、そういったレベルではない。もちろん融けるなんて生易しいものでもない。それに触れたものは、全て消滅する。消え去るのだ。

 そしてそれがとんでもない速度で膨張し続け、空を覆うドールを次々と呑み込む。


 ありえない。いくら〈眷属〉の力が大きく、魔力が膨大であったとしても、このようなことがあるはずがない。

 文月燐という存在は、魔王から見ても異次元な存在だった。


「……貴様、何者だ」


「ただの魔王だよ。最強だけどね」


 神妙な面持ちの斬華に向かって、燐は火球を飛ばした。

 その火球にはほとんど魔力が籠っておらず、直撃してもダメージにならない。そんなことはわかっていた。しかし斬華は反射的に後ろへ跳ぶ。ただの牽制だと頭では理解していても、いま目の前で起こった光景がどうしても恐怖心を掻き立てる。

 もしこの火球も急に膨張したら? などと、ありえないことを考えてしまう。籠められた魔力ではそんなこと不可能だと、一目見ればわかる。わかってはいるが、やはり警戒せずにはいられない。それほどまでに衝撃的な光景だったのだ。


「隙あり、じゃあね〜」


 斬華がそうこうしている間に、燐の姿が陽炎のように揺らいで消えた。逃がすまいと刀を振ったが、紙一重で届かなかった。


「ちぃっ……」


 悔しそうに舌打ちをした斬華は、周囲に燐の気配がないことを確認してから空を見上げた。

 一面真っ青で雲一つない、綺麗で澄みきった青空が広がっている。さっきまでドールに覆われて暗かったのに、今は燦々と太陽の光が降り注ぐ。

 ふと振り返れば、見慣れた街並み。たった一ヶ月見なかっただけで、随分と懐かしいような気がする。今はここに住む人たちは、街の外へ避難しているらしいが、明日になればまたすぐに活気を取り戻すのだろう。


 そんなことを考えながら、斬華は街を見渡す。よく行くショッピングモールはさすがに見えないが、士郎と歩いた通学路ならはっきりと見える。

 毎朝美味しそうな薫りをさせるパン屋や、クラスの女子がオシャレだと言っていたカフェ。少し寄り道をすれば双葉が行ってみたいと言っていたラーメン屋も見える。


 斬華はそれらを懐かしみながらーー()()()()()()()()()()


「…………は?」


 気づいた時にはもう遅かった。

 パン屋もカフェもラーメン屋も、その隣の本屋も、少し離れた英会話教室も、はてはただの一軒家からアパートまで、斬華は無意識のうちに斬っている。


「なんだ……これはっ……」


 止められない。まるで体だけが別の生き物のように全てを斬り続ける。


「くそっ、止まれ! それ以上、何も斬るんじゃないっ!」


 体が言うことを聞かない。それどころか、斬る速度も威力もさらに増していく。

 もう既に斬華の体は完全に乗っ取られていた。それなのに、なぜか意識だけははっきりしている。

 如月斬華という人格の中に、一切の不純物は混ざっていない。

 元魔王で、コーヒーをよく飲んで、楠田士郎が好きでーー全てを斬り捨てる。


「……そうだ、私は何をしていたんだ。ーー斬ればいいじゃないか」


 ふと落ち着いてそう言った斬華は、刀に魔力を纏わせると校庭に向かって軽く振るう。たったそれだけで、地面が穿たれた。


「……こんなものか」


 そう呟いた斬華は屋上から校舎の中へと入っていく。行き先はどこなのか自分でもわからないが、気の向くままに行けばいいだろう。ついでに目に入ったものを斬ればいい。


「どうせなら、ここも斬ろう」


 コツコツとローファーを鳴らしながら、校舎内をくまなく歩く。各階の端から端まで、余すことなく歩いて、学校を自身の魔力で満たす。今や学校自体が斬華と一体になっているような状態だ。

 学校の中であれば、どこであろうと瞬時に斬れる。そして侵入者がいればそれもすぐさま感知できる。


「……これは、士郎か」


 校舎に踏み入る気配。きっと『デモニア』が消え去ったことで安全と判断して戻ってきたのだろう。もしくは、〈ウィッチ〉がどこかから様子を見ていたのか。いずれにせよ、もう危険はないので士郎が戻ってきても問題ない。

 なので少しぐらいはしゃいでもいいだろう。とある教室で席に座った斬華は、なんとなく士郎を斬ってみることにした。とは言ってもほんのイタズラで、少し血が出る程度だ。


「すまない」


 一応断ってから士郎を魔力で斬るのだが、どういうわけか士郎が傷つくことはなかった。


「……なんだ?」


 もう一度、今度は少し強めに斬ってみる。

 ーーしかし斬れない。士郎には傷一つつかない。まるで斬る前に魔力が消え去っているような感覚だ。


「斬れ、ない……?」


 いや、そんなはずはない。今の斬華はそこらの魔王とは比べ物にならない魔力を有している。その上自身の魔力を媒介に攻撃しているので、それが見えない士郎が感知して防ぐことなどできるはずがない。

 しかしそれでも防ぐというのなら、それすらできないほどの力で斬ればいいだけだ。

 周囲の魔力を集めて士郎へと向ける。これが当たれば、おそらく士郎は真っ二つだ。だがそんなことより、斬れないという事実の方が問題だ。たかが人間すら斬ることができないとなれば、なんのための力なのだろう。

 おそらく士郎の体質のせいで、斬る前に魔力が吸収されてしまっているだけだ。大きな魔力をぶつければ少なからず斬れるはずだと、そう思って士郎へ特大の一撃を放つ。


 しかし、それでも士郎は無傷だった。

 代わりに士郎の歩いていた廊下の壁が消し飛んでいる。


「…………そうか、士郎を傷つけたくないのか」


 ぽつりと呟く。まさか自分の中にそんな気持ちがあるとは思っていなかった。

 全てを斬り捨てたいというのに、たった一人の人間だけは斬りたくない。なんと我儘なことだろう。しかもそれが深層心理に染み付いたものだというからタチが悪い。

 全力で当てようとした攻撃すら、無意識のうちに逸らしてしまうようでは手に負えない。もうこの体が士郎を斬ることは不可能なのかもしれない。


「しかしそれでは面目が立たないか」


 魔力を通して斬ることができないのなら、直接斬ればいいだけだ。

 斬華は漆黒の日本刀をしっかりと握って、教室の扉が開かれるのを待つ。


 そして、その時がやってきた。


「おかえり、士郎」


「ただいま」


 互いに踏み出して、距離を詰める。

 一歩目で士郎の右腕が宙を舞った。

 二歩目で左腕が落ちる。

 三歩目では右足が無くなり倒れ込む。

 四歩目には身を捩って進むしかなくなる。


「ーー死ぬぞ、士郎」


 四肢を失った士郎を見下ろしながら、斬華は呟く。どういうわけか、燐の時と違って士郎の傷口は崩れ落ちない。


「俺の中にはさ、〈斬殺鬼(キャンサー)〉と〈箝替公(リブラ)〉以外にも〈眷属〉がいるらしいんだよ」


 満身創痍でありながら、士郎は普段と同じような口調で話し始める。


「『ブレイヴ』でも見つけられないほど小さいけど、燐の〈燼滅妃(レオ)〉が俺の中にもいるんだってさ」


「それがどうした?」


「俺の中の〈燼滅妃(レオ)〉は本当に小さくて、攻撃に使えるような炎は出せないし、再生だって燐みたいにすぐにはできない」


「…………」


 斬華は黙って士郎を見つめる。何が言いたいのかまったくわからない。まったくわからないから、可能性の話をする。


「だが、今この空間には私の魔力が満ちている。士郎の体質ーー光力であればこれらを吸収して〈燼滅妃(レオ)〉に回すことができるんじゃないか? 意図的に再生を早めることができるかどうかは別としてな」


 確かにその通りなのだが、ことはそう上手くいかない。

 士郎の中の〈燼滅妃(レオ)〉は小さく、また士郎の中にある魔力も少ない。再生するにしてもまず魔力が足りない。

 そして魔力が足りたとしても、士郎自身が〈燼滅妃(レオ)〉の使い方を理解していなければ治るものも治らない。

 今までは光力や『ブレイヴ』のサポート、そして何より〈燼滅妃(レオ)〉が持ち主を殺さぬように頑張ってくれていたから、運良く生き残れていたものの、その間気を失っていた士郎では感覚を掴んだりはできない。

 しかしそれは本来であればの話だ。


「う、おおおおおおおおおおおおおおお」


 士郎はイメージする。燃え滾る炎が傷口を覆い、それは新たな形として生み出される。

 燃えてはいるが、熱は感じない。それはつい昨日、燐に焼かれたときと同じ。あるのは魔力を急激に吸われるような感覚のみだ。


「もっと、もっと魔力を……!」


 光力を使い、初めて意識的に魔力を吸収する。今までのように自然に溜まるのを待つのではなく、この空間に満ちた魔力を意図して我がものとする。

 そして吸収した魔力はすぐさま〈燼滅妃(レオ)〉の元へと運ばれ、傷口の炎が一段と勢いを増した。

 その様子を無言のまま見つめる斬華に、士郎は四肢を失った状態で語りかける。


「どうした、何か思い出したか?」


「……思い……出す……?」


「そうだ、俺と斬華が初めて出会った日のことだよ。お前は知らないだろうけど」


「何を……言ってるんだ?」


「お前に、用はない。さっさと斬華を返せ」


「士郎……?」


 斬華の顔が歪む。状況が飲み込めず、士郎の方を固唾を呑んで見つめる。


「お前は斬華じゃない」


「私は私だ、如月斬華だ! 士郎お前まさかーー!」


 〈ウィッチ〉に何かされたのか。そう問おうとしたが、士郎の傷口から噴き出した炎がそれを遮った。


「それ以上、その口を開くな。今すぐその刀をこっちに渡せ」


 士郎は立ち上がる。ゆっくりと、〈燼滅妃(レオ)〉で再生した手足の具合を確かめるように。

 そして目の前にいる斬華の姿をした何かを睨みつける。


「……これを渡せば私は消える」


「わかってる。だからさっさと渡せ」


「……話を聞いてくれ」


 瞬間、またしても士郎の腕が斬り飛ばされる。


「すまない、何かを斬りたくて仕方がないんだ。だが再生できる士郎を斬ったことは評価してくれ、少し話がしたいだけなんだ」


「お前と話すことはない」


「そうか……それは残念だ」


 少しだけ悲しそうな顔をした斬華は、徐ろに手にした刀を自身の首筋へ当てた。そこからうっすらと血が垂れる。


「話を聞いてくれないなら、このまま死ぬ。どうせそっちに渡れば消えるんだ。私にとっては同じことだが、士郎は困るだろう?」


「っ……ふざけるな!」


「それはこっちの台詞だ。私はただ話を聞いてほしいだけなのに、何をそこまで焦っている?」


「いいから早く斬華を返せ!」


「私の話を聞いてくれれば返す」


「それを信じろって?」


「いや、信じるしかない。これ以上無駄な問答をするようなら、今すぐ死ぬ」


 斬華の首筋に当てられた刀が魔力を帯びる。

 本気だ。本気で自分の首を撥ねようとしている。これで士郎は迂闊に口答えすることもできなくなった。それを見た斬華は安心したように一息ついて、改めて士郎の方へ視線を戻す。


「わかってくれたようで何よりだ。安心しろ。話が終わる頃には私は消えるさ」


「…………」


「ふむ、では始める前に一つだけ。『私』についてどれだけ知っている?」


「……〈ウィッチ〉が言ってたことしか知らない。お前は〈眷属〉とは別の存在ーー〈使徒(しと)〉だってこと。そして今は主である斬華の意識を乗っ取ってるってことぐらいだ」


 〈ウィッチ〉に連れられ斬華の元を離れた士郎は、そこで〈使徒〉のことを聞かされた。

 どういった理屈で発現するのかは不明だが、魔王には〈眷属〉とは別の〈使徒〉という力が存在しているらしい。

 そして今の斬華は、その〈使徒〉に意識を乗っ取られかけていると〈ウィッチ〉は言っていた。しかし士郎が学校へ戻ってみれば、もう斬華の意識は完全に消えて〈使徒〉が斬華の姿をして存在していたのだ。


「だいたいそんなところだが、先に名乗っておこう。私は〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉、知ってのとおり、魔王〈ムラマサ〉の〈使徒〉。本体はこっちだが、今は一時的に体を借りてる状態だ」


 〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉と名乗った斬華は漆黒の刀を士郎へ向けてから、また自分の首へと戻す。


「ーーさて、私がどうしてわざわざ表に出てきたかわかるか?」


「斬華の〈使徒〉はまだ生まれたての赤ん坊みたいなものだから、自分の欲望に忠実だって〈ウィッチ〉は言ってた」


「そうだ。私は私が本来持っている『何かを斬りたい』という欲望には逆らえない」


 そう言いながら、また士郎を斬る。


「しかしだ。実は私にはもう一つ、どうしても逆らえない欲望がある。これは私という〈使徒〉が持っていたものではなく、如月斬華の〈使徒〉となったことで得たものだ」


 〈使徒〉として発現した際に、斬華の心に触れた。記憶を覗いた。そこで見つけてしまったのだ。本来ならば絶対にありえない、〈使徒〉としての欲望が侵され、蝕まれる。

 斬りたい。ただそれだけしか無かったはずなのに、気づけばそれすら忘れてしまうことがある。

 暗くて、寒くて、寂しくて、そんな心が満たされる過程を見せられた。人の心というものを学んだ。優しくて、暖かい、とても穏やかなものに触れた。

 そして気づいたのだ。


「私は、楠田士郎を愛している」


「…………」


「なあ、士郎。ーー私じゃ駄目か?」


 そう言いながら、士郎との距離を詰める。何もせずとも、触れてしまいそうなほど近くまで寄る。


「私は士郎に尽くせる。士郎がしたいことならなんだってしてやれる。士郎のためなら『デモニア』も潰す。文月燐も殺す。邪魔するようなら『ブレイヴ』だって斬り捨てる。それに私になら何をしてもいい、好きな時に好きなことをしてくれていい。士郎になら何をされたって受け入れられる。だから……だから私を選んでくれ。如月斬華じゃなく、〈使徒〉である私を……!」


「やめろっ!」


 ビクッと〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉が肩を揺らす。

 しかしそんなことお構い無しに、士郎はその胸ぐらを掴み上げた。


「俺が好きなのは斬華だ。お前じゃない。例えどんなことがあっても、それだけは変わらない。だからそれ以上、斬華の顔で……斬華の声でそんなことを言わないでくれ」


 士郎の怒号を正面から浴びた〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉は、へなへなとその場にへたり込んでしまう。なぜ士郎が怒っているのか理解できない。なぜ自分が怒鳴られたのか理解できない。これだけ士郎を愛しているのに、全てを捧げられるのに、なぜ選ばれないのか理解できない。


「なん、で……? 私じゃダメなんだ……? 顔も声も同じだ……そして私の方が士郎のことを愛しているはずなのに……なんで、どうして、おかしい、こんなこと、ありえない、だって、私が、士郎を、愛して、違う、あいつが、如月斬華が、いない、私は、愛して、士郎が、なんで、嫌だ、そんな、同じなのに、なんで、愛して、ありえない、士郎も、嫌だ、如月斬華に、おかしい、そうだ、消えろ、いなくなれ、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」


 壊れた機械のように、怨嗟の言葉を繰り返す〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉に士郎は気圧されて一瞬反応が遅れる。その隙に〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉は徐ろに刀を真上に放り投げた。それは天井スレスレで頂点に達し、あとは重力のまま落下する。その刃を真っ直ぐに見上げた〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉の額に吸い込まれるように落ちる。


「如月斬華を殺せば、士郎は私を愛してくれる」


「ば、やめーーっ!!!」


 あまりに落ち着いた行動に、士郎は反応できなかった。咄嗟に手を伸ばすが届かない。絶望的に遠い、士郎の腕があと倍の長さはなければ落ちる刀を弾くことすらできない。


 ーーまた目の前で斬華を失うのか。また手の中で斬華が消えていくのを感じなければならないのか。

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。もう二度と斬華を一人にしない。もう離さないと誓ったのだ。

 力不足だろうがなんだろうが、死ぬまで足掻いて不可能だって可能にするんだ。


 そして士郎は、無意識のうちに叫んでいた。


「〈斬殺鬼(キャンサー)〉ァアアアアアアアアアア!!!」


 ーーキィンッ!


 二振りの刀がぶつかり合う。

 一つは弾き飛ばされ教室の壁に突き刺さり、もう一つは士郎の手にしっかりと握られている。

 〈斬殺鬼(キャンサー)〉。如月斬華の〈眷属〉であり、斬華を護るために、またしても士郎の手に召喚されることを受け入れた稀有な存在。


「か……はっ……!」


 しかし、その代償は大きく。士郎の体内に蓄積された魔力を全て食い潰す。

 今は校内に充満した魔力を吸収していたおかげでなんとか気を保っているが、それも時間の問題だ。気を失う前にしなくてはならないことがある。


 士郎は壁に刺さったもう一振の刀を引き抜くために踏み出した。

 が、その前に〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉が両手を広げ立ちはだかる。


「待ってくれ士郎! この体は如月斬華に返す! だから封印するのだけは……!」


「……そこを、どけ……」


「頼む……! 〈使徒〉は〈眷属〉と違うんだ。封印されれば、私という人格は消える……私は消えたくない、この体は返す、もう二度と乗っ取ったりしない! だから封印だけは……頼む、お願いだ……」


 泣き入るような声で、〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉は必死に懇願する。おそらく封印されれば消えるというのは本当のことなのだろう。でなければここまで必死になることもない。

 しかしーー


「……お前は、斬華を殺そうとした……何を今更……」


 士郎は止まらない。それどころか邪魔する〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉を力ずくでどけようと〈斬殺鬼(キャンサー)〉に力を込め、人間が相手ならば十中八九死ぬであろう勢いで振るった。


 その瞬間、〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉の放つ雰囲気が少し変わったような気がした。


「ッ!?」


 まさに紙一重。〈斬殺鬼(キャンサー)〉が肌に触れるかどうかというところで停止する。


「……少しヒヤッとしたぞ。と、今はふざけている場合ではないな」


「斬華……なのか……?」


「ああ、私だ。〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉が奥へ引っ込んだから出てこれた。嘘だと思うなら〈斬殺鬼(キャンサー)〉で私を斬ってくれ」


 斬華にそう言われ、士郎はほんの少しだけ斬華の手の甲を斬る。それだけで今の言葉が真実だと伝わってくる。

 〈斬殺鬼(キャンサー)〉の「斬った者の考えていることがわかる」という力で見ると、思考が完全に斬華のものに戻っていた。


「本当に、斬華だ……」


「だからそうだと言っているだろう。それよりだ、士郎。〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉を封印するのは待ってやってくれないか?」


 なんて、ふざけたことを言い出した。

 自分を殺そうとした相手を助けようとは、いかに斬華の願いであっても聞くことはできない。


「士郎の言いたいこともわかる。だがこいつの気持ちもわかるんだ」


 壁に刺さった〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉を抜いた斬華は、その刀身を優しく撫でる。


「こいつが士郎のことを愛しているというのは事実だ。今回はそれが暴走してしまっただけで、今は反省もしている。だから許してやってくれないか?」


「……そいつは、斬華を殺そうとしたんだ……許せる、わけが……」


「……そうか。なら仕方ないーー〈斬殺鬼(キャンサー)〉」


 〈眷属〉の名を呼んだ斬華だったが、その手に〈斬殺鬼(キャンサー)〉が召喚されることはなかった。

 いや、そもそも斬華は〈斬殺鬼(キャンサー)〉を召喚しようとしてその名を呼んだわけではない。斬華が呼びかけたのは、士郎が手に持っていた〈斬殺鬼(キャンサー)〉の方だ。しかしーー


「どうした〈斬殺鬼(キャンサー)〉。……まさかお前、そっちにつくのか?」


 斬華の言葉に頷くように、士郎の手の中で〈斬殺鬼(キャンサー)〉の放つ魔力が膨れ上がった。

 いったい斬華が何をしようとしたのかわからないが、〈斬殺鬼(キャンサー)〉は斬華を裏切ってまで士郎の味方をしてくれるらしい。


「いや、まさかお前と敵対する日が来るとは……そこまでこいつが許せないか? それとも、お前も士郎に惚れたか?」


 〈斬殺鬼(キャンサー)〉は答えない。しかし着実にその刀身に魔力を溜め込む。士郎の体内からではなく、空間に充満した斬華の魔力を吸収しているようで、士郎もあと数分ぐらいは気を保っていられそうだ。

 士郎は一言、礼を言ってから再度斬華の方へ視線を向ける。


「ありがとう、〈斬殺鬼(キャンサー)〉。ーーさあ斬華、〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉をこっちへ渡せ」


「断る。お前らが何をどう言おうと、こいつは渡さん。どうしてもと言うなら、力ずくで奪ってみろ」


「……やれるか? 〈斬殺鬼(キャンサー)〉」


 〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉を構えた斬華を前に、士郎はその手に握った〈斬殺鬼(キャンサー)〉に尋ねる。

 手にした武器も、使い手の能力も全て斬華の方が上。そんなことはわかっているが、それでも士郎は立ち向かうと決めた。そして〈斬殺鬼(キャンサー)〉も、そんな士郎を信じて戦ってくれる。


「いくぞ、斬華」


「ああ、殺す気でこい」


 二人の視線が交錯し、士郎が地を蹴って飛び出した。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ーーどこだ、ここは。

 暗い、広い。そしてどこか懐かしいような。


「おはよう、皐月いろは。気がついた?」


 誰だ。お前は。


「私は〈ウィッチ〉。死にかけのあなたをここに連れてきた、命の恩人ってところかな」


 ここは、どこなんだ。暗くて何も見えないのに、やたらと広いことはわかる。懐かしい感覚があるし、何より居心地がいい。


「ここは魔界。もちろん私じゃなくて、あなたのね」


 あたしの魔界、だと……?


「そうだよ。ここにはあなたの魔力が満ちている。ーーそろそろ普通に声も出せるんじゃないかな」


「こ、え……?」


「うん、いい感じ。その調子で全身の火傷とか怪我も治していって。またしばらくしたら迎えにくるから」


「……ま、て」


 〈ウィッチ〉の気配が消える。

 どうやって魔界へ出入りしているのかはわからないが、彼女にはそういった能力があるのだろう。

 これは元の世界へ戻り次第、士郎に知らせなくてはならない。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「…………ぅ、ん……?」


「目覚めたか?」


 士郎が目を覚ますと、斬華が顔を覗き込んできていた。服装は変わらず見慣れない黒いセーラー服だが、手にしていた〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉は既に消えていた。

 頭は何か柔らかいものに乗せられている感覚がある。この感触と今の見える景色から考えるに、膝枕をされているのか。


「どれぐらい、気を失ってた?」


「三十分も経っていない。〈斬殺鬼(キャンサー)〉は士郎の魔力をほとんど使っていなかったみたいだ」


「そっか、感謝しないとな……。それで、〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉はどうしたんだ?」


「ああ、私の中でおとなしくしているよ。今は眠っているみたいだ」


「……そいつが目を覚ましたら、また乗っ取られたりしないか?」


「さあな」


「さあなって、お前……」


「冗談だ。今の私には〈斬殺悪鬼(カルキノス)〉を召喚できるほど魔力はない。正直に言うと、今にもぶっ倒れそうだ」


 そう言いながら笑う斬華の顔は、確かに疲弊の色が見える。それに気づいた士郎は、斬華の膝から起き上がって向かい合う。


「……どうした? 急にかしこまって」


「いや……斬華がちゃんとここにいるんだなって思って」


「今更か? ははっ、おかしなやつだな」


「笑うことないだろ。この一ヶ月、俺がどれだけ……寂しかったか」


 そこまで言って、士郎の頬を涙が伝った。

 今まで抑えていたものが、溢れ出すようにして。

 斬華が本当に帰ってきた。そのことをやっと心が実感したのだ。またこれからも一緒に暮らせる。きっと双葉も喜んでくれるだろう。

 そんなことを考えていると、涙が止まらなくなる。


「何も泣くことないだろう。というか双葉ならまだしも、士郎が泣くとは思わなかった」


「なんでだよ……」


 涙声で聞き返す。


「だって士郎、そういうところ人に見せないだろう?」


「そんなことは……」


 ない。とは言えなかった。

 確かに両親が死んでから、双葉を不安にさせないために、そういった部分は見せないようにしてきたかもしれない。

 しかしそれは意図していたわけではなく、無意識のうちにそうなっていただけだ。


「ここには私しかいないんだ。もっと泣いたっていいんだぞ」


「こういうの、斬華に一番見られたくないんだよ」


 斬華はそういった弱い部分も受け入れてくれるのだろうが、やはり男として好意を持つ相手に泣いているところは見られたくないものだ。


「照れることないぞ。私は士郎が泣き虫でも好きだ」


「それだと俺の格好がつかないから……」


「格好悪くても問題ない」


「あー、うん。ありがとう、それは素直に嬉しい。けど、そういうことじゃなくて……」


「ならどういうことだ」


「なんだろう……プライド? とか見栄? みたいなものかな。斬華はどんな俺でも好きだって言ってくれるけど、やっぱり斬華の前では格好つけたいんだよ」


「……そういうものなのか……?」


「うん、そういうものだ」


 そうか……。と、まだあまり理解できていない様子の斬華と、それを見て笑みを浮かべる士郎。そんな二人だけの空間に突如として、ポンッ、と可愛らしい音を立てて一人の少女が何も無い空間から現れる。〈ウィッチ〉だ。


「ーーお話、いい?」


「せっかく士郎と二人きりだったのに……。まあ、お前には今回かなり世話になったからな。だが手短に頼む」


「斬華、そんな言い方……」


「気にしないで、要件は二つだけだから。まず一つ、皐月いろはは無事に彼女の魔界へ運んだ。早かったら今晩にも傷は完治するけど、治ったら届けに行く」


「え、ああ、うん……?」


 そんな宅配便みたいな扱いなのか、今のいろはは。と、曖昧な返事しかできなかった士郎を余所に、〈ウィッチ〉は話を続ける。


「二つ目の要件はこれを渡すこと。それじゃあね」


 〈ウィッチ〉がそう言うと、斬華の目の前に折りたたまれた天前高校の制服が現れる。しかもその上にはご丁寧に黒いブラとショーツ、そして学校指定のソックスまでが綺麗に置かれていた。

 これはいったい何かと尋ねようと視線を戻すが、既に〈ウィッチ〉の姿はそこにはなかった。


「これ、なに?」


「私も知らん。だが、あいつが置いて帰ったということは、何か意味が……あ、る……?」


 話しながら、如月斬華は気づいた。

 最初の違和感は一瞬、視界がぼやけたような気がした。次に目眩と、脱力感。

 そこで初めて、自分の中の魔力が減り続けていたことに斬華は気づいた。既に〈眷属〉も〈使徒〉も消えている。ただそこに存在しているだけなのに、魔力が減り続けている。


「くっ……魔力が……!」


「斬華!?」


 斬華はその場に座っていることすら危うくなり、咄嗟に両手を床について体を支えた。

 まずい、魔力が足りない。そう思っても魔力を補給する手段がない。このままでは確実に消える。魔王という存在を突き詰めれば魔力の塊なのだから、その魔力を失えば当然死ぬ。

 魔王の肉体は常に魔力を生み出しているので、魔力切れを起こすことなど滅多にないのだが、今は生み出される量より多くの魔力が浪費され続けている。


「どうした、大丈夫か!?」


「少し、まずい……魔力が、無くなる……!」


 そんな会話をしている間にも、斬華の魔力は削れていき、とうとう底をついた。


 パッ、と光の粒になって、斬華の着ていたセーラー服が消え去った。


「なっ……!」


「…………〜〜〜〜っ!?!?!?」


 頭が追いつかなかった二人は数秒ほど硬直し、互いの顔を見合った。


 先に動いたのは士郎だ。羽織っていたシャツを脱ぎ、斬華の肩に掛けて自分はすぐさま後ろを向く。あまりの速さに斬華も目で追うことができなかった。光力の恩恵がまさか、こんなところで役に立つとは。


「……見た、か……?」


「……えっと、まあ、一瞬だけ……」


「そ、そうか……」


 気まずい空気が漂う。どちらからも会話を切り出すことが難しく、そのままいたずらに時間だけが流れた。


 今度は先に斬華が動いた。士郎のシャツを肩に掛けただけの姿のまま、士郎に背後から抱きつく。


「斬華……?」


「……少しぐらい、いいだろう?」


「それは、構わないけど……せめて服を……」


「いや、これぐらいはしておかないと。士郎はすぐ自分が誰のものなのか、忘れるみたいだからな」


 ぐっ、と士郎を抱く手に力が籠められる。


「き、斬華? ちょっと痛いんだけど……」


「ーー双葉はいい、妹だからな。だが〈トリックスター〉と、あとあの茉莉ちゃんとやらにまで、少しデレデレし過ぎじゃないか?」


  「えーっと……どういう意味で……? というかなんで、茉莉ちゃんのこと知ってるんだ?」


 斬華は学校でも茉莉と会ったことはないはずだ。どういうわけか、茉莉が士郎に会いに来るのは決まって斬華がいない時だったのだ。

 だから斬華が茉莉のことを知っているはずがないのだが。


「……私がどうやって生きながらえたかは聞いたか?」


「今のいろはと同じように、魔界で大量の魔力を使ってなんとか助かったって、〈ウィッチ〉から聞いたけど……」


「そうだ。あの時、完全に消滅する直前、私の核となるほんの小さな欠片を〈ウィッチ〉が拾って魔界へと運んでくれた。そこで体の再生を始めたわけだが、まあほぼ死んでいたからかなり時間がかかった。その間にも私の魔界はこっちの世界と接触しては離れてを繰り返していてな。その接触した部分からたまに士郎たちの姿が見えて、声が聴こえたんだ」


 こちらの世界と魔界が接触することで、まさかそんな現象を引き起こしていたとは。


「というわけで、私は士郎がほかの女に鼻の下を伸ばしていることも知っている」


「鼻の下、伸びてたかなぁ……?」


 そんな自覚は一切ない士郎だったが、客観的に見た斬華がそう言っているのだからきっと伸びていたのだろう。そうに違いない、気をつけよう、と無理やり自分に言い聞かせて納得させた。


「さて、ではそろそろ帰るか。やることは多いぞ」


「そうだな、まず服を着てくれ」


「…………『デュランダル』に行くのか?」


 士郎の背後で衣擦れの音がするが、できるだけそれを聞かないようにしつつ会話に集中する。


「うん、一応な。燐のこととか報告しないといけないし、それに斬華が生きてたって知ったら、きっとみんなも喜んでくれるだろうしさ」


「ふむ……ならそうするか。そうと決まれば善は急げだ。士郎、まずは『デュランダル』に向かうぞ」


 着替え終えた斬華と二人で、『デュランダル』に拾ってもらうために校舎内を歩いて屋上へ向かう。

 斬華がいなかった間、学校ではこんなことがあったとか、そんなどうでもいいような世間話を士郎は楽しそうに語る。それに斬華は目を輝かせたり、笑ったり、時には呆れたりしながら相槌をうつ。

 この瞬間が永遠に続けばいいのに、なんて思えるほど満たされた時間だった。


 しかし、楽しい時ほどあっという間に過ぎるもので、二人は屋上へ着いてしまった。

 もっと話したいことがあるのにと、少しへこみながら士郎は『デュランダル』へ連絡して艦内へ転送してもらう。もちろん斬華も一緒にだ。


『デュランダル』の艦橋では、斬華が生きていたと判明した途端に、上へ下への大騒ぎだった。すぐに精密検査が行われ、そのせいか斬華の機嫌が少しだけ悪くなったような気がする。

 よくわからない機械に長時間入れられたり、血を抜かれたりするのを繰り返されれば誰だってそうなるだろう。いくら精密検査とはいえ、あそこまでされれば自分でも怒るなぁ、と士郎は他人事のように付き添っていた。


 数時間に渡る検査を終えた斬華と付き添いの士郎は、最後にいつもの医務室で皇と如月に今回の件について詳しく報告していた。


「……なるほど、わかった。〈クイーン〉を逃したのは残念だが、今回は街を守れただけで良しとしよう。それに、いろはくんも無事なんだね?」


 全身包帯でぐるぐる巻きのミイラ男、もとい『デュランダル』の艦長、皇恭弥はその格好に似合わず真面目な顔で尋ねた。


「ああ、問題ない。〈ウィッチ〉の話だと今晩にも戻ってくる」


「なら明日、もう一度こっちに来てくれないか。今度はいろはも一緒にだ」


「なんだ、まだ調べたいことがあるのか……」


 如月の言葉に辟易したように斬華が返す。今日だけでも相当量の検査をされたのに、明日もと言われれば誰だってこんな態度になる。


「いろはの検査は今日じゃなくていいんですか?」


「本来ならすぐにでも検査すべきなのだが、色々と立て込んでいてね……。『デモニア』や避難させた住人たち、あとは街への被害の確認など問題は山積みだ。いろはは同じ症例の斬華の検査結果を見る限り、今すぐ対処しなくてはならないわけではない。優先順位の問題だからね」


 決していろはを蔑ろにしているわけじゃないよ、と如月は付け加える。

 確かに斬華の受けた検査の結果だけ見れば問題は見られない。おそらく奥深くで眠る〈使徒〉にも気づいていない。そしてそれが士郎と斬華にとって最大の問題となっている。

 いろはが戻ってきたとき、もしも斬華と同じように〈使徒〉を従えて、その制御ができていなかったら。

 その時は魔力切れで人間同然の斬華と、体内に蓄積された魔力を失ったただの人間の士郎の二人で相手をしなくてはならない。〈ウィッチ〉が手を貸してくれなければ、最悪二人揃って殺される可能性もある。

 しかしそれだけのリスクを背負ってでも、斬華は〈使徒〉の存在を報告することを躊躇った。もし〈使徒〉の存在が知られれば、それは『デュランダル』だけでなく当然『ブレイヴ』の上層部にも伝わる。そうなれば〈使徒〉にも対応できる手段が生み出されることとなる。

 士郎から皇の生い立ちや、魔王に対抗する力を持っていることを聞いた斬華は〈使徒〉のことを黙っておこうと決めたのだ。〈使徒〉の力が強力だからこそ、『ブレイヴ』に対する切り札として伏せておくべきだと判断した。

 だからもし、いろはが〈使徒〉を制御できていなければ、文字通り死ぬ気で止めなければならない。


「ーーさて、とりあえず今日はこのあたりにしよう。如月くん、二人を地上まで送ってあげてくれ」


「わかりました。では行こうか、二人とも」


「はい、じゃあ失礼します」


 またね、と朗らかな笑顔で手を振る皇にお辞儀をしてから医務室を出る。

 そのあとは特に会話もなく、最後に如月にも挨拶をしてから地上へ降りた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 その日の晩、士郎と斬華は避難先の中学校を抜け出して近場の公園へとやってきていた。

 もうあと少しで日付も変わろうかという時間、さすがに周りに人の気配はない。

 そこにいるのは士郎と斬華、それと姿の見えない魔王〈ウィッチ〉の三人だけだ。


「それじゃあ、皐月いろはを返すけど……どうしてそんなに身構えてるの?」


 姿は見えないが、〈ウィッチ〉が首を傾げて不思議そうにしていることはわかる。それほどまでに士郎と斬華は緊張していた。


「問題ない、早く〈トリックスター〉を出してくれ」


「……? まあいっか。ーーはい」


「うわぁっ!? なんだなんだ!?」


 ドサッと盛大に尻もちをついて、皐月いろはがその場に現れる。


「いってぇ……ってシロ助、それに……〈ムラマサ〉?」


「ああ、私だ。久しいな〈トリックスター〉」


「どういうことだよ、〈ウィッチ〉のやつはいないのか?」


「いるよ、あなたに見えてないだけ」


「いるなら姿ぐらい見せてくれてもいいんじゃねえか?」


 いろはのもっともな意見に、〈ウィッチ〉は呆れたようにため息をついてその姿を現す。


「……これで満足?」


「意外と小さいんだな」


「あなたが大きいんだと思うけど?」


 どっちもどっちだと思った士郎だが、余計な口を挟むと二人の矛先がこちらを向くので何も言わないことにした。


「……まあいい、今回も助けられたんだ。多少のことは目を瞑る」


「そう、それはどうも。ーーで、あなた、体に異常は?」


 〈ウィッチ〉の問いに、いろははその場でジャンプをしたりと体を動かしてみせる。


「問題ないな。あれだけの魔力に浸ってたせいか、むしろ調子がいい」


「ーーそれは良かった。ところで〈トリックスター〉。お前、〈眷属〉の調子はどうだ?」


「いや……特にどうともないけど……」


「いろは、本当に問題ないか?」


「んだよ、シロ助まで……。そもそも〈箝替公(リブラ)〉の本体はそっちにいるんだから、あたしの方でどうこうなることはねえだろ」


 士郎と斬華は顔を見合わせ、意見を聞くために〈ウィッチ〉の方へと視線を向ける。

 だが〈ウィッチ〉は首を横に振りながらこう言った。


「私にもわからない。けど、〈使徒〉が発現する条件も不明だから、少なくとも現状の皐月いろはは問題ないと思う」


「〈使徒〉? なんだよそれ」


「説明すると長くなるんだけど……」


「知らねえ方が気持ち悪いだろ、必要なことだけ話せ」


 そうは言われても、〈使徒〉について説明する前にまず斬華が何をしたかを説明する必要がある。そのためには斬華がどのように生き延びたかを先に教えておかなければならない。


 ということで、十五分ほどかけて事の顛末を洗いざらい説明した。それを聞いたいろはは、顎に手を当てて何か思案している。

 しばらくすると、吹っ切れたように顔を上げてーー。


「駄目だ、〈使徒〉については前例が無さすぎてわかんねえ。せめてもう一つぐらい例があれば、共通点を見つけられるかもしれねえんだが……」


「…………」


 いろはが〈ウィッチ〉の方へ視線を向けるが、〈ウィッチ〉は何も言わずに顔をそっぽ向けた。


「……まあ言いたくないなら、無理にとは言わねえよ。〈使徒〉についての詳細は不明だが、あたしの中にはまだいなさそうだしな」


「ならひとまずは安心だな。いろはがもし暴走したら、俺らだけで止められるか不安だったんだよ」


「そうなったらあたしも無事じゃすまねえな……」


 頬を掻きながら苦笑しながらいろはは言った。だが次の瞬間には真剣な表情になる。

 雰囲気が変わったというか、空気が少しだけ引き締まったような、そういった類のものだ。


「いろは? どうかしたか?」


「安心しろ、〈使徒〉じゃねえよ。ただーー」


 言葉に詰まる。第三者もいるこの場で言ってもいいものか、そんな逡巡がいろはの脳内を回るが、むしろ今だからこそ言うべきだと判断する。


「シロ助、そこの〈ウィッチ〉はこっちの世界と魔界を自由に行き来できる。この意味がわかるか?」


「…………」


 わかっている。

 今回の件で、〈ウィッチ〉は魔界へ行って帰ってくることが可能だと判明した。

 それはつまり、魔王が望めば元いた世界へ帰ることができるということだ。


「わざわざ俺が魔王を救う必要はない……ってことか?」


「……そうだ。〈ウィッチ〉に頼めば魔界へ帰ることができる。そうなったら、こっちの世界で安全に過ごすために〈眷属〉を封印したりする必要なんてなくなる。ついでに言うと『ブレイヴ』のやつらの仕事も無くなるな」


「…………」


 確かに〈眷属〉を封印せずに安全な場所へ帰れるのなら、そうした方がいいのだろう。

 それに〈眷属〉がいれば、斬華やいろはのように、ほかの魔王に命の危機に晒されることもまずない。

 もちろん【滅災(めっさい)】が起きればまたこちらの世界へやってくることもあるかもしれないが、それも確率的にはそう高いものでもないだろう。なんせ規模が世界と世界なのだ。【関東大滅災】や【東京消滅】レベルの大きさでもない限り、魔王がこちらへ来ることはないと思っていい。

 そんな風には思考を巡らせる士郎の隣で、おとなしく話を聞いていた斬華が口を開く。


「ーー実際、魔王全員を元いた魔界へ帰すことは可能なのか?」


「頼まれればできなくはない。けど、それはあまり現実的な話じゃない」


 三角帽子を目深に被って表情の見えない〈ウィッチ〉の口元がニヤリと笑う。


「だってこっちの世界に来た魔王が向こうに帰りたがるなんてこと、絶対にありえないんだから」


「どうしてそう言いきれる?」


「どうして? そんなの聞くまでもないでしょ。如月斬華、皐月いろは、あなたたちは魔界に帰りたい?」


 そう訊ねられた二人は揃って首を横に振る。

 帰る理由がない。確かにこちらの世界で生きていくにはまだ、知らないことやわからないことが多い。しかしそれは今からでも覚えればいいし、何より魔界は退屈すぎる。


「そういうこと。いくら危険だろうと、それ以上の価値がこっちの世界にはある。だから楠田士郎、あなたはあなたのやりたいようにすればいい」


「ーーああ、そうするよ。俺は今まで通り魔王を救う。それは〈ウィッチ〉も燐も例外じゃない」


「……そうだね。その時は楽しみにしてるよ」


 満足そうに笑った〈ウィッチ〉の姿が闇夜に紛れて消えた。

 その様子を見送った士郎に、斬華といろはが語りかける。


「簡単に行かせてよかったのか?」


「そうだぞシロ助、三対一ならあいつのこと封印できたかもしれない」


「まあ、今のところ敵じゃないみたいだし……それに斬華もいろはも助けてもらったしな。わざわざ機嫌を損ねるようなこと、しなくてもいいだろ?」


「…………」


「…………」


 斬華といろはは顔を見合わせ、二人同時にそれもそうか、と頷いた。

 すると突然、いろはが思い出したかのように口を開く。


「そういや〈ムラマサ〉、お前双葉にはもう会ったか?」


「あ、ああ……会ったぞ」


 顔を引き攣らせながら斬華が答える。なぜそんな表情をするのか、何が起こったか知らないいろはの頭上にはクエスチョンマークが踊っている。

 ちなみにそれを知っている士郎は苦笑いを浮かべていた。


「……まあ、会ったならいいよ。お前は知らないだろうけど、双葉にお前の話すると一瞬すげえ悲しそうな顔するんだよ」


「それは……悪いことをしたな……」


「それについての責任はあたしにある。遅くなったけど、あの時は悪かった。あたしのせいで……」


「勘違いするな、庇ったのは私の判断だ。断じてお前のせいではない」


 斬華の威圧感が増す。自分の死を勝手に美化されるのが気に食わないのか、それとも単にいろはのせいで死んだということが気に食わないのか。


「それにな、私はお前に感謝しているんだ」


「……は? 死んで頭おかしくなったか?」


「茶化すな。ーー双葉から聞いた、私がいなくなってから、ずっと双葉の話し相手になってくれていたそうだな」


「そうなのか?」


 なぜか士郎がいろはに尋ねる。実際いろははよく楠田家に来るようになっていたが、それは斬華がいなくなってからしばらく経ってからだった。


「士郎が知らないのも無理はない。なにせ士郎がいない時を見計らって、双葉のところへ行っていたのだからな」


「あー、だから急に双葉と仲良くなってたのか」


「……たまたまシロ助がいなかっただけだ」


「双葉が言うには『私の部屋の鍵を〈眷属〉で無理やり開けるから、お兄ちゃんがいない時を狙ってたんだと思う』とのことだ」


 突然いろはがやってきて、双葉の部屋の鍵を強引に開けようとすれば、士郎は当然止めるだろう。


「なるほど、それでわざわざ俺のいないときに……でもなんで双葉に?」


「そうだな、それは双葉からも聞けなかった。私も気になるな」


 士郎と斬華がいろはに詰め寄る。いろはは少しずつ後ずさりするが、とうとう背がジャングルジムにぶつかった。

 深夜の公園でこんなことをしていれば、見る人が見れば事案なのだが、幸いなことに誰も通りかかったりしない。


「大した理由はねえよ。罪悪感とか責任感とか色々とあったけど、実際ただの気まぐれだ。双葉のことが少し気にかかったから、顔を見に行ってただけで」


「……まあ、そういうことにしておこう。実際には双葉に泣きながら謝ったり、それを双葉に本気で怒られて数日へこんだりしていたらしいがーー」


「テメッーーなんで知ってんだ!?」


「双葉が嬉しそうに話してくれたよ。っと、誰にも言うなと、言われてたな。悪いが聞かなかったことにしてくれ」


「あたしに届いた時点でそれもう意味ねえだろ!」


 けらけらと笑う斬華に、割と本気で怒っているいろは。確かにそんな話は誰にも聞かれたくなかっただろう。

 現に士郎ですら知らなかった。しかし双葉にとって、斬華が生きていたことの衝撃が色々なことを上回ってしまったのだろう。


「双葉のやつ……帰ったら覚えとけよ」


「……さて、くだらない話はこのあたりにして本題に入ろうか」


 なんて、斬華が急に真面目なトーンで言い出した。本題とはなんのことか、少なくとも士郎は聞かされていないし心当たりもない。

 いろはの方もぽかんとしているので、おそらく知らないのだろう。


「〈トリックスター〉。いや、皐月いろは」


「……なんだよ」


「私たちはもう魔王ではない」


「厳密に言えばまだ魔王のままなんだが……それでも魔王を名乗れるほどの力はもう無いな」


「そうだ。魔王としての力を失った私たちは、既に魔王ではない」


「……確かに〈眷属〉を封印されて力のほとんどを失った。だけどな、あたしらは人間ではないんだよ」


「だが魔王でもない」


「カテゴリとして見れば魔王だ」


「〈眷属〉は封印され、魔力の大半を失ってまだ魔王だとでも?」


 空気が張り詰める。二人は睨み合い、今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気だ。

 さすがにこんな場所で暴れられては困ると、横で見ていた士郎は二人の気を逸らすために、気になっていたことを質問した。


「なあ二人とも、俺って人間?」


「何を言ってる、士郎は人間だろう」


「いやいやいや、もう人間じゃねえだろ」


「えぇ……二人揃って、さっきと言ってること逆になってない?」


 魔王としての力を失ったからという理由で自身を人間とする斬華と、生物としての分類で見たらという理由で自身を魔王だといういろは。

 しかし、斬華は〈眷属〉の力を持つ士郎を人間と言い、いろはは人間という生物としてそこにいる士郎を人間ではないと言う。


「……皐月いろは」


「ああ、言いたいことはわかる」


 二人は揃って大きなため息をついた。

 しかしそれは呆れたとか落胆したとか、そういったものではなく、むしろ顔を上げた二人の表情はどこか吹っ切れているようにも見える。


「どうしたんだよ、二人とも」


「いや、なんでもない。というか、どうでもよくなった」


「そ。どうでもいいんだよ、魔王とか人間とかくだらないことは。あたしは皐月いろはだし、こいつは如月斬華。んでお前は楠田士郎だ」


「……まあ、よくわからないけど、二人がそれでいいなら俺はいいよ……?」


 最後まで首を傾げながら、士郎はなんとなくで納得した。しかし言った通り、士郎としても別に斬華といろはがそれで納得できているならそれで構わないのだ。

 魔王の矜恃とか、そういったものは士郎には一切わからない。だから当人たちがそれでいいなら、正直なところどうなろうが関係ない。


「ーーんじゃ帰るか」


「そうだな、双葉に見つかる前に戻ろう」


「双葉が朝起きたらいきなりあたしがいる……大丈夫か?」


 いくら双葉でも時と場所ぐらいは考えるだろうと、そうは思いながらも三人の顔には揃って苦笑が浮かんでいた。

 しかしそれも明日の朝になればわかることだと、そう言いながら避難所へ戻るのだった。

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