0 1 7 呑み込む獣の悪性
ラーカとレフリアのサポートに回る隊員達。
ルフスエアブレードの機動力を利用した反撃の隙を与えぬ素早い連携攻撃、着実に化け物を追い詰めつつあった。
「ギィィイ……!」
振れども振れども当たらぬ攻撃、肉体の至る所に蓄積されていくダメージ。
僅かな戦闘で化け物は実力では完全に彼らに劣っていると確信する。
だが化け物に死への恐怖は微塵もなかった。
それは彼に動物としての思考回路や本能が無いと言うわけではない。
ただ単純に。
“自分はまだ強くなる”というもう一つの確信があったからだ――。
戦闘開始から数分が経過。
高い防御力を崩すためラーカとレフリア、そして部隊長の実力と攻撃力が高いメンバーを主軸にした戦闘へと変化していく。
自分だったらどう動くか、ディアスが思い浮かべるビジョンとはまるで違う動きで彼らは化け物を圧倒していく。
剣の柄を握る手に力がこもる。
ディアスは今安堵している、自分が戦わなくても済むこの状況に。
「この程度の魔物にここまで突破されるとはな、やはり訓練の改善が必要か」
「いやいや、あなたが鬼のように強いだけですよ部隊長殿」
第二部隊の隊長を務める部隊長・ザックハイン。
彼の剣戟は今までの隊員の誰よりも重く、並大抵の魔物なら一振り一振りが即死級の一撃。
眼前の化け物の硬質な皮膚に目立った外傷は無いが確実にダメージは蓄積されており先程よりも明らかに動きが鈍くなっていた。
「相当疲弊しているな」
我武者羅で戦術の欠片も感じられない化け物の攻撃を数センチ単位の動きで回避しつつザックハインは化け物の腹部に剣を当て地面に叩き付けた。
「都市の被害状況把握、上空の魔法物体……やることはまだ山ほどあるのでね、君には悪いがここで終わりにさせてもらおうか」
ザックハイン部隊長が構えを取った瞬間、彼の肉体から一気に魔力が放出されそれらは一斉に剣の切っ先に集中していく。
「死ね――。“葬帝乱撃”」
容赦のないトドメの一撃。
繰り出される斬りつけと同時に切っ先から放たれる赤い斬撃。
斬撃を構成している魔力が直撃による衝撃で崩壊を起こし大爆発が発生、激しい爆風が吹き荒れ、周囲は砂埃によって視界が遮られる。
山さえ抉る威力を秘めた渾身の一撃。
それを肉体で受け止めれば粉みじんに吹き飛んでいてもおかしくはない、が。
「しぶとい奴だ」
ザックハインの呆れ声と共に砂埃を突き破って姿を現す化け物。
繰り出された攻撃をひらりとかわしてザックハインは言う。
「高濃度魔力による攻撃も決定打にはならんか」
しかし確実に致命傷レベルのダメージは受けている様子で化け物の口元と攻撃を受けた腹部からは紫色の血のような液体が垂れていた。
そして化け物から感じられる高密度の魔力、恐らくその魔力をこちらにぶつけようとしているのだろう。
「甘いな」
上級クラスの魔法を同時に何発も発動可能な魔力量を前にザックハインは堂々と構え。
「私を殺したいのであれば、その五倍は用意してこい」
化け物を挑発。
「グガァ!!」
放たれた魔力の塊に先ほどの剣技『葬帝乱撃』を叩き付け相殺。
相殺の余波が吹き荒れる中ザックハインは前方へ踏み込み、更に上の剣技を放った。
「連武天撃・雷豪牙!」
繰り出されるは一撃一撃が必殺級の威力を秘めた雷属性を含む連続攻撃剣技。
剣を振る度に雷が迸り、雷の槍がザックハインの背後より出でて化け物に突き刺さる。
斬撃と雷の応酬の中、化け物はただ一点ザックハインを瞳で捉えていた。
そして、連武天撃・雷豪牙最後の一撃が繰り出されようとしたところで化け物は発した。
人の。
言葉を。
『コロス』
「ッ!?」
ザックハインを襲う得体のしれぬ寒気。眼前のボロボロの化け物に視線を向けると満身創痍のソレはニタリと不気味な笑みを浮かべていた。
(コイツ今なんて言った?空耳か……!?)
瞳の奥より放たれる悪意と殺意はザックハインが今まで戦ってきたどの相手よりも強く、彼の肉体をネットリと包み込み動きを鈍らせた。
(だが、今更奥の手を出そうとしたところでもう遅い――ッ。死ね!!)
下唇を噛み切り、悪意と殺意を振り払ったザックハインは地面を強く踏み込み最後の一撃を打ち込んだ。
神の鉄槌のごとき雷を天より受けた化け物は地面を転がった後ピクリともせずその場に伏している。
数歩後退し、いつの間にか激しく乱れていた息を整える。
「大丈夫ですか、部隊長」
ザックハインの変化に気付いたラーカとレフリア等は彼に声を掛ける。
「あ、あぁ。私としたことが奴の殺意に呑まれてしまった……完全に油断していたようだ」
「最後の抵抗、というやつですかね。だがこれで奴も……な」
な――。
レフリアの言葉がそこで止まる。
少し遅れてザックハインはその訳を理解した。
化け物が消えた――。