0 1 5 邂逅・二人
空気と魔力を裂いて鉄製の刃が迫る。
(あぁ……)
朦朧とする意識、フェードアウトしていく視界。
瞼を閉じると暗闇の中に浮かぶ一人の青年の姿。
「レ……いる……」
自分はここで終わる。
恐怖はある、だが消えかけの意識の中恐怖を受け付ける余裕はない。
ただ思考するのは一人の青年のこと。
だから、“彼”は激怒していた。
風を切る物体は一つだけではない、もう一つエギルが振るう刃よりも速くソアに迫るモノ。
鬼神――。
「な」
「ふざけてんじゃァアア、ねぇぞォオ!!!!」
「がァっ!!!!??!」
ソアの前に立ちはだかる一人の男。
長剣の刃はその男の肌に直撃するが皮膚の硬度によって“刃”が二つに折れる。
エギルの頬を殴りつける拳、都市からの全力疾走長距離ランによって速度の乗った一撃はエギルの肉体を地から離し遠く離れた森林の大樹へと叩き付ける。
「すまねぇソア、本当にすまねぇ。こんなボロボロになって……」
トドメの一撃から彼女を救ったのは機工都市ルフスを守る最強の男、リンク・クレイオス。
落ちていく意識の中でソアは僅かに瞼をあけてリンクの姿を見る。
「リンク……さん……エ、ギルさん……」
「わかっている。
アイツは俺に任せろ。すぐ片付ける」
耳元に手を当てて、遠隔会話魔法を起動。
『残留魔力・地点Ξに重傷者一名、俺はこれから襲撃首謀者と思われる野郎と交戦を開始する――「クハハハハハハハハハハァアアアアアアaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」
叫び声のような笑い声と共に森林から放出される膨大な量の魔力。
大樹を数本倒してようやっと吹き飛びの威力が相殺されエギルは木クズまみれの身体を起こす。
「クハ……クハハハハ!!!ようやく会えたなぁ!!リンクゥ」
「生きてたんだな、お前」
不気味に笑うエギルを冷めた目で見る。
背中に装備した自身の等身と同じ長さの刃を持った大剣を引き抜き、切っ先をエギルに向ける。
「クハハ……あぁ、生きていたさ俺ァ。この通りピンピンでよぉ!!」
森林の地面が爆ぜ、間合いを詰めるエギル。
リンクは深く溜息をつくとエギルの魔力を帯びた手刀を大剣で受け止め力技で押し返した。
「あの時俺が“殺した”と思ったんだがな、エギル」
ふわりと宙を舞い、二回転した後地面に着地するエギル。
ソアは残存魔力を使い治癒を施しつつリンクの言葉を聞いて違和感を覚えた。
(た、しか……エギルさんは……)
遠征で姿をくらました、昔そう聞いた。
「何が目的だ?この裏切り者……」
「何?クハッ、そんなのひとつに決まってるじゃねぇかリンクさんよォ!!!!」
待ち望んでいた敵との邂逅でハイになったエギルは楽しそうに大笑いをして自身の腹部に手を当てた。
手を当てた腹部に黒と紫が入り交じった禍々しい魔法陣が現れ、周囲の空間に黒い魔法の弾が複数出現。
「神剣……か、お前も落ちたな。魔物共と同じように神剣に魅入り」
こちらに向けて射出された魔法弾を簡単に大剣で弾き消しつつ憐れんだような目をエギルに向ける。
エギルの腹部に出現した魔法陣から剣の柄のようなものが生えエギルはそれを掴むと一気に己の肉体から引き抜いた。
「魅入るだァ?この俺がァ?フォいオイ!!冗談も休み休み頼むよリンク様ァ!!」
夜闇の中でもハッキリとわかるくらいのどす黒さを放つ漆黒のもやを纏ったエギルは獣のような動きでリンクに突撃、肉体から引き抜いたいくつもの刃が重なったような形状の武器を振るう。
人ならざる動きから放たれる激しい連撃に顔色変えずに対応していくリンク。
「思い出すなぁリンク!!こうしてテメェと剣を交えると!!!あの時のことをよぉおおお!!!!」
「すまねぇな、忘れたわ」
会話を交わす両者に息の乱れは感じられない、どちらもまだまだ本気ではない。
「お前が俺をぶっ殺した時だよ甘チャんがあああああぁあぁぁあああ!!」
武器を手放しリンクの大剣を鷲掴みにすると力強く振るい無理矢理リンクの隙を生む。
がら空きとなった部分に拳を突き出す、ソレはリンクに防がれることなく直撃するもリンクは微動だにせず体勢を保ったまま不動。
「……」
ギロリ、とエギルを睨みつけ肉体からの威圧のようなものを放出させリンクは彼を後方へと離す。
今の一瞬、本来のリンクであればエギルの攻撃を受けることすらなくカンペキな対処をおこなえただろう。
だがそれをしなかった。
エギルの行動とは別の起因による隙、それが生じていた。
恐らく、彼らの言う“殺した”時のことが関係しているのだろう。
リンクの脳裏で過去の戦いが過る――。
どす黒い闇の魔力に包まれたエギル、周囲には燃え盛る民家。
炎は周囲の木々に燃え移り夜だというのに昼のように明るかったのを覚えている。
この日は東の大陸遠征四日目、地区を脅かす魔物の群れを屠り宴を開いていた、まだ新米だったロイや他の防衛隊員達の初実戦の初勝利……それを祝う宴だった。
燃え盛る今、この場に経っているのはロイと自分、そして“悪魔”に成り果てたエギル。
他の若き隊員達は皆、無残にもエギルに殺された――。
「偽物じゃないみたいだな」
脳裏の映像を止めて、現実に目を向ける。
機工都市ルフスの壁外、月明りと都市の光に照らされたその男の姿は紛れもなく“奴”。
あの時確かに殺した、感触も未だに残っている。
悪い夢であってほしいと願うリンクを他所にエギルはケラケラと壊れたように笑いながら襲い掛かってくる。
「実は夢だったりな」
「現実だァよカスバエがァアアア!!!」
ならば。
「今度こそ殺すまでだ」
「!」
醸す雰囲気が変わる。