0 1 3 邂逅・復讐者
「うそ、そんな……いや……っ!」
理解してしまったソアの脚がガクつきはじめ、ぺたんと力なくその場に座り込んでしまう。
今にも夜に食べたものが出てきそうでソアは必死にそれを抑え込む。
(どういうこと?え?警備隊の人たちの遺、遺体がこんなところにある、なん、て。
こういう時こそれい……冷静に……ええと。
血の感じからして……時間はそこまで経っていない、とおもう……じゃあ、外の変化は)
目の前にある死体と外から感じられる魔力の変化。
(怖がってちゃだめ、いかなきゃ……このことを都市に報告しなきゃ……)
プルプルと震える脚を握りこぶしで叩きながらソアは自分に今やるべきことが何なのかそれを言い聞かせる。
(異常事態、都市を守るお仕事、知っているのはわたし、だけ!)
握りこぶしを五回脚に振り下ろしてやっとソアは立ち上がることに成功するが身体はガチガチで全身が強張っている。
(何か悪いことが起こってる、それも今までで一番ひどい……!)
肩に力が入り過ぎて、痛い。
だが今はそのようなことを気にしている場合じゃない。
(切り替えろ、切り替えろ、切り替えろ。
切り替えろ!わたし!!)
あまりのショックで自然と溢れてしまった涙を目尻に浮かべながら、ソアは魔法を発動させる。
彼女が得意とする魔法はこの世界の何処かに存在するとされる魔法生命体“精霊”を己に憑依させ精霊の力を借りる“憑依魔法”。
神話の時代から時が経ち、魔法が一般化していくにつれ数を減らしていった精霊。
それに伴い憑依魔法を扱えるものも今ではごく僅かになり、この時代で“憑依”を扱える彼女はとても珍しい存在となった。
「お願い、力を貸して……イグニスっ」
今回憑依させるのは炎の精霊“イグニス”。勝気な性格で好戦的、今弱弱しい心を支えるには丁度いい相棒。
憑依させたことで、ソアの身体をほのかに赤い光が包み込む。
ソアは小さく「よろしくイグニス」と呟き洞窟の出入り口へと視線を向ける。
(今回も恐らくは神剣の魔力におびき寄せられた魔物による襲撃だろうけれども……今回は何かが違う……)
脚に精霊の力を込めて強く地面を蹴る。
イグニスの効果は攻撃力を中心とした全ステータスの上昇、そして自身の攻撃への火属性付与と火属性魔法への耐性。
純粋な強化系の効果を与える精霊のため敏捷性も上がっており洞窟出入り口へは直ぐにたどり着くことが出来た。
「……――ッ」
そして洞窟を出て月明りの下彼女が目にしたのは返り血を浴びた黒いローブに身を包んだ人の姿。
言葉を発するよりも前にソアは掌をその人物に向けた、どこの誰だかは解らないが敵だと理解するには十分過ぎる程その人物はソアに戦う理由を与えた。
禍々しい魔力と血塗れの黒ローブ、そして血がべったりとついた長剣――。
(誰?防衛部隊のひと?いや……違う!
なら取るべき手段は一つ……。魔法構築――!!)
精霊の力も借り、最短の詠唱と魔力放出で魔法発動条件を整えた彼女は即座に掌からソレを放つ。
赤く燃え盛る炎の矢、中級魔法“フレイムアロー”。
空中に現れた赤く光る魔法陣の構築音と共に勢いよく発射された炎の矢。
ローブの人物は見向きもせず都市を眺めている、気付いていない。
ここで無力化できる!そう判断したソアであったが、瞬きをした瞬間。
「なっ……」
気が付けば。
血を浴びた長剣によってソアの魔法は真っ二つに両断、ローブの人物の背後で爆発を起こす炎の矢。
激しい爆風によってローブが強く靡き、巻き上がる火の粉で留め具部分の布が焼き切れる。
留め具を失い舞い上がるローブを視界の端で捉えつつ、意識を彼に向けていたソアはその人物が“自分の知っている存在”だということに気付く。
「エギル……さん?」
光源の炎に照らされている今なら夜でもハッキリと顔がわかる。
過去にこの都市で、この場所を守っていた男――。
「久しいなファルネイルの子。
出来損ないの憑依士……名前は確か、そう。ソアだったな」
リンクと共にこのあらゆる魔の手から民を守り抜いた最高の戦士。
ソアもディアスもレイルも都市の子供たち誰もが憧れる最高の騎士。
元・都市防衛部隊副隊長 エギル・シンフォル。
しかし今、目の前にいる同一人物にその頃の面影は無く、その姿は最高の戦士からも最高の騎士からも遠く外れた存在。
「あなたが、やったんですよね……」
「ん?あぁ……警備隊の奴らか?そうだ、俺が殺した」
「どうして、何で……あなたがこんなことをっ?」
「復讐だ」
エギルが一言、そう答えると剣を構え突如ソアに襲い掛かった。
「ッ!」
同時にソアはフレイムアローを前方に三つ展開し脳内で発射の合図を行う。
三本のフレイムアローは誤差なくエギル目掛けて発射され、同時にソアは走り出して拳に火属性の魔力を纏わせた。