0 1 1 鉄壁崩すは醜悪なる獣
零秒――。
正門の崩壊と共に押し寄せる魔の軍勢、防衛機工で数は減らしたといってもまだ数百も残っている。
なだれ込んでくるその光景は圧巻の一言。人とは違う身なりをした悪の塊が一斉にこちらに向かってくる光景……まるで世界の終わりを見ているような感覚にさせられる。
どの個体も中央塔を目指しているような動きで眼前の第五部隊のことは眼中にない様子。
「下級魔物風情が……侮るなよ!後方支援部隊!放て!」
詠唱が完了した第一隊が赤く燃える掌に収縮された魔力を解放、火の弾が放たれる。
詠唱とは魔法を完成させるために必要な言葉を組み立てていく行為。無詠唱でも魔法は扱えるがその分性能は完全に詠唱した魔法に劣る。
その詠唱より放たれるは簡易的な迎撃用火属性魔法『ファイア』、消費魔力が少ないが威力は十分、長期戦に向いた燃費のいい魔法だ。
実力者が使えばそれだけで戦闘を終わらせることができる可能性を秘めている。
勢いよく放たれたそれは前衛で身構えている近接戦闘部隊の隙間を通り抜け魔物の軍勢に直撃。
爆音から微かに聞こえる断末魔、仕留められたのは前列の数十体。
「まだまだ……!第二隊!」
続いて第二隊による中級魔法。
ファイアよりも数倍大きく燃え盛る炎『フレイムアロー』。
火に形状を与え威力を底上げ、並の魔力コントロールを必要とする魔法だ。
第五部隊隊長の合図によって一斉に放たれる火の矢、数体の魔物がその魔力に反応し迎撃態勢を取る。
爆発音、魔法音。あらゆる音が入り交じる。
爆煙によって遮られた視界から物陰が迫る、前衛が飛び散る火の粉を盾で受け止め身構える。
「良くて百体か……いや上々!このまま我々で終わらせるぞ!
前衛部隊!戦闘開始!」
「「「ウォオオオオ!!!」」」
煙の中から飛び出してきた魔物を盾で受け止め後方へと押し返す、体勢が崩れたところを槍を装備した隊員達仕留めていく。
「後方支援部隊は第二詠唱を開始」
魔物の強さはたいしたことはなく、一般的な訓練をした民間人でも対等に渡り合える程度の強さであった。それにより第二詠唱が始まるころには五十の魔物が地に伏せ黒い粒子となって消えていた。
「第三隊、第四隊詠唱開始。第一、二隊は詠唱完了次第発射せよ」
近接部隊は詠唱の完了を感知すると一斉に後方へ下がり盾を前方に構えた。
再び炎弾が放たれ残りの魔力を殲滅。
これを繰り返すこと三度、数百の魔物の消滅を確認。
「このまま一気に押し攻める!」
勢いに乗れば勝利――そう確信した隊長は全軍に前進命令を下す。
地面に固定していたタワーシールドを引き抜き前進する前衛達。
だがその瞬間魔物の中より聞いたこともない雄叫びが機工都市ルフスに響いた。
「Giiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!!!!!!!!!!!!!」
「な、なんだ!?」
魔物を蹴散らしながらこちらに向かってくる膨大な魔力反応。
敵の軍勢の中から現れたのは全身が漆黒に染まった異形の化け物。
“あの男”が生み出した個体――。
「ひるむな!」
相手は一匹、魔物の実力は今の戦闘で把握済み、先程と同じように盾を構え化け物の攻撃を防ごうとした、が。
「ッガァアア!!」
異形の化け物の腕は易々と厚い鉄でできた盾を破壊、その腕で隊員の頭を掴み容赦なく地面に叩き付けた。
「な――ッ!」
血しぶきが舞う中、二方向から攻撃を仕掛ける数名の隊員。
だが化け物はそれを簡単に腕で払い吹き飛ばした。
「ぐぁっ!!……かはっ」
大通りに展開された壁に叩き付けられずるずると地面に落ちていく。
壁は赤い血で染まり、叩き付けられた彼らはピクリとも動かなかった。
「ぐっ……総員後退!後方部隊は魔法発射!その間に陣形を組み直し迎撃を――」
この化け物は強い……部隊の全員が気付いた頃にはもう遅かった。
後方部隊の魔法反応を目視で確認した化け物は下半身からいくつもの黒い棘を発生させそれを地面に突き刺し、大きく口を開く。
開かれた口の手前に凄まじい速度で大気中の魔力が集められていく。
その魔力は後方部隊の魔力より数段上の質を持ちそれを使って放たれるであろう魔法の威力は恐らく後方部隊全員が同時に放つ魔法より勝る。
「まずい……盾を構えろ!防御壁もッ」
そう指示を出すも間に合わず、化け物は魔力の塊を第五部隊ではなく背後の土門に向けて解き放った。
「GAaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」
大気が震える。
分厚いタワーシールドも、展開されかけていた防御壁も貫きその塊は土門に直撃。
大爆発を起こす。
爆発は土門を容易く破壊しその爆発に巻き込まれ第五部隊は壊滅。
鉄壁と呼ばれた彼らはたった一匹の魔物によって突破された……。