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5表



「じゃあ、次はキーボードで文字を打ってみようか。まずはキーボードを自由に打ってみてくれる?」

「う、うん」


 そう言うと、ユウはキーボードを人差し指でゆっくりと叩き始めた。


 人差し指入力か……。

 初心者だから仕方ないんだけどユウみたいな美少女がやるとすごく微笑ましく見えるな。


「うん、ありがとう。これ、英語になってるよね?英語を打ちたいときはこれでいいんだけど、日本語を打ちたいときはやらなくちゃいけないことがあるんだ。それが―――」


 普段からパソコンを使っていると忘れるけれど、パソコンの使い方というのは意外と難しく、覚えることも多い。

 僕自身、初めてパソコンに触ったときは一つ一つの操作に手間取って苦労した覚えがある。


 初心者はまず、モニターの電源をつけるところから学ぶ。

 そのレベルからスタートして最初から一つ一つ丁寧に教える必要があった。

 そのため、初心者にパソコンを教えるというのは案外難しい事になる。

 教える量が多すぎるのだ。 


 それに、初心者はすぐに操作を忘れる。

 覚えることが多いため、操作を覚えきれず、忘れてしまうからだ。

 なので、初心者が操作を完全に覚えるまで何度も何度も同じことを教え続ける必要がある。


 パソコンを教える、というのは思ったよりも時間と根気が必要なことなのだ。

 少なくとも一日二日でどうにかなることじゃない。


「うん、いいね。ユウは覚えがいいよ。じゃあもう一度、テキストファイルを開くところから文字を入力するところまでやってみよう」

「は、はい。えっと、えっと、たしかまずは……」


 ユウは覚えはいいほうだと思うけれど一度で完璧に覚えられるほどでもない。

 やっぱりそれなりに時間はかかりそうだ。


 でもそのことに文句を言うつもりもないし、僕に出来る限り全力で頑張るつもりでもある。

 それは、ユウに僕が教えることを選んだのは僕自身だからだ。


 あれは昨日の夜の夕食後のことだ。

 食後のお茶を飲んでいると、ユウに申し訳なさそうな顔で頼まれたのだ。

 私にパソコンを教えてくれないか、と。


 最初、ユウに頼まれたとき、僕は悩んだ。

 僕のような素人が教えるよりもパソコン教室に行って、プロに教えてもらった方がいいのではないかと思ったからだ。

 もちろんお金はかかるけれど、普段の家事のお礼をしたいと思っていたし、それを考えるとそれくらいの金はなんてことはなかった。


 でも結局そうしなかったのは、ユウがとても申し訳なさそうな顔をしていたからだ。

 

 ユウはとても遠慮深い子だ。


 この前、欲しいものを聞いたときも何も言わなかった。

 これまで一週間以上一緒に暮らしていたけれど、何かを要求してきたことなんてほとんど無い。

 たった一つ要求してきたのが棚にストックしてあるスナック菓子で、それを毎日少しづつ食べているらしい。


 そんな子に何万円もするパソコン教室に行けといっても負担になるだけじゃないかと思った。

 だから僕がパソコンを教えることにしたのだ。


「文字を打つことは出来たから、次は文字の変換をやろうか。まずは僕がやって見せるから見ていてくれる?」

「は、はい」


 ……しかし、なんだか今日のユウは妙に硬いな。


 返事も噛んでいるし、いつものはきはきした感じが無い。

 こちらをうかがっているような、そんな雰囲気がある。


 パソコンみたいな精密機械を使って、緊張しているんだろうか。

 それとも僕の教え方に問題が?


 人に物を教えるなんてのは初めてでよくわからないから、山本五十六の『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』という言葉を参考に頑張っているんだけど、なにか駄目なところでもあっただろうか。 


 ……いや、それもわからないな

 硬いのは硬いけれど、いつもよりいいところもあるし。


「もう覚えたのか。すごいよ。僕はこんなに早くできたかなあ」

「そ、そうかな」


 ユウがミスなしで操作できたことを褒めると、ユウは照れくさそうな顔で笑った。


 その顔は、ユウを褒めると見せてくれるもので、今日初めて見せてくれたものだ。これまでの生活では見たことが無かった。


 いつもの清楚な笑顔とは違う、本当に嬉しそうな顔。


 その顔を見ていると、パソコンを教えるのはお礼のつもりでやっていたけれど、十分以上の報酬をもらっている気がした。







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