4裏
正直に言って、株とかよくわからない。
電車に飛び込む、というのだって、あちらの世界に飛ばされたあの日、父がテレビを見ながらそういっていた記憶があるからだ。
あの日のことを、絶望の底で何度も何度も思い返したから覚えていただけにすぎない。
あの地獄のような異世界に株なんてあるわけないし、よくわからなくて当然だと思う。
でも、よくはわからないけど、先程から真が説明しているのを聞いて、なんとなく金を稼ぐことができるのだということはわかった。
そして、真がそれで金を稼いでいるということも。
……軽く、部屋を見渡す。
3LDKの広い部屋と高そうな家具が目に入った。
こんないい部屋に大学生が一人で住んでいるから、親が金持ちなのだろうと思っていたけれど、そうではないのかもしれない。
……少し、調べてみようかな。
◆
次の日、家事を終えた後、真の部屋に侵入して、調べてみることにした。
扉に進入を検知する罠が仕掛けられているか確認する。
別に入るなとは言われていないが、これからやるのは後ろめたいことだ。極力痕跡は残さないようにしたい。
……大丈夫みたいだ。
この辺りの技術は異世界で散々使っている。今となっては慣れたものだ。
問題なく部屋に入り、軽く見回す。
……昨日と特に変わりは無い。
当然か。そう時間が経っているわけでもないし。
周囲に気を配りながら目的の場所に向かう。
そう広くない部屋だ。数歩でついた。
目的の場所、パソコンの前に立つ。
これの中を確認するのが今日の目的だ。
株があいつの収入源なら、それについて知るのは間違いなくこれからの役に立つだろう。
情報は大事だ。戦場で学んだ。
情報がないと知らないうちに敵に囲まれたり、水の補給が出来なくなったりするのだ。
私はパソコンに手を伸ばし――
「……あれ?」
これ、どうやったら動くんだろう。
「ボタン……これ?」
テレビみたいなのにボタンがついている。
これを押せばいいんだろうか。
「……いや、違ったような……?」
微かに残る記憶を掘り返す。
パソコン……パソコン……。
家では父が仕事道具だからと、触らせてくれなかった記憶がある。
それ以外だと……たしか小学生のときに授業で触ったはずだ。
「どんな感じだったっけ?」
……思い出せない。流石に昔過ぎる。
「……だめ、かな」
どうやら今の私ではパソコンを扱うことは出来ないようだ。
下手にいじって壊してしまったら、それこそ取り返しがつかないことになる。
ならばと説明書を探したが、それも見つからなかった。
本棚にもパソコンの本は無く、あるのは小説と株に関する本だけ。
真は整理をちゃんとしているので、決められた場所以外に物を置いているとも思えない。
残念だがパソコンの本はこの家に無いようだ。
「……と、なると知っている人、真に教えてもらうしかないんだけど……」
真の情報を得るために真からパソコンの使い方を教わる、と言うのはとても奇妙に感じるが、教わるのは真の情報ではなくパソコンの使い方だ。
何に使うかを言わなければ問題はないだろう。
しかしそれ以外の問題が一つある。
「教えてくれるかな?」
この家に来たとき、家具の扱いに関してはあいつが直接教えてくれたし、昨日も株について教えてくれたので、ものを教える、ということは嫌がらないだろう。
でも、パソコンを使って株をしている以上、これは商売道具だ。
そういうのは秘密にするのが当然だと思う。
異世界では魔法使いに魔法を教えてもらおうと思ったら、とんでもない額を積む必要があった。
昨日は商売道具の株について教えてくれたけど、昨日教えてくれたのは株とは何か、についてであって、株での儲け方について教えてくれたわけではない。
異世界で例えてみると、魔法とは何かについて教えてくれても、魔法の使い方を教えてくれたわけではない、という感じか。
そして、パソコンの使い方、は魔法の使い方に該当するだろう。
そういえばこの世界でも、新聞に挟まれたチラシにパソコン教室○○万円、とかかれているものがあった気がする。
それを考えると簡単には教えてくれないだろう。
教えてくれるように洗脳する?
……いや、それは無理だ。
前回の洗脳からそう時間が経ってない。
洗脳は脳に負担が掛かるので、あまり多用すると廃人になってしまう。
異世界では、それを利用して間者を潜入前に予め洗脳しておいて、敵方でつかまって洗脳されても廃人になってしまうようにしていた。
あちらの世界では、路地裏に入ればたまにそうやって廃人になった人間が転がっていたが、この世界でそれをやると大変なことになるだろう。
「いっそ別の人を洗脳して……いや、それもきついかな」
洗脳は繊細な魔法だ。複数の人間に掛けるのは難しい。
「どうしよう」
いい案が思いつかない。
いっそパソコンを使うのを諦めようか。
……いや、それも駄目だ。
問題は株のことだけじゃない。
パソコンの操作を諦めると言うことは、今後、この中にはいった情報の全てを諦めると言うことだ。
やっぱり情報は大事で、それを無視することは出来ない。
しばらくの間、頭をひねらせる。
しかし、夕飯の準備をする時間になってもいい考えは浮かばなかった。
「駄目だ」
諦めて夕食の準備にキッチンへと向かう。
……とりあえず、真に教えてくれるか聞くぐらいはしてみようかな。
頭が痛くなってきたので、成功確率は低いと思うが、一番リスクが低い案を採用することにした。
夕食後の気が抜けたときにでも聞いてみることにしよう。