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32表


 夢を見た。かつての記憶を。



 あの日、僕が家に帰ると家の中に知らない少女がいた。

 時刻は夕方。

 電気をつけていない家の中は薄暗かった。

 

『君は』

『お邪魔してます』


 僕が驚いて声をかけると、その少女は今の彼女からは考えられないほど抑揚のない声でそう答えた。

 そして声と同じように顔も無表情だった事を覚えている。


 僕は当時、そんな彼女を見て、酷く嫌な感覚がした。

 その場にいてはならないと、本能がそう叫んでいるような感覚が。


 だから、すぐにその場を逃げ出そうとして――


『駄目です』


 ――でも、それは右手がつかまれることで妨げられた。

 ほんの少し前まで、離れたところにいたはずだったのに。

 

 しかも掴まれた腕が動かなかった。

 僕よりずっと細い腕なのに、まるで万力に挟まれたように感じた。


『逃がしません』


 訳がわからなくて、怖くて怖くて仕方なかった。

 何が起きているのか全くわからなかった。


『な、何が』

『え?』

『何が、目的なんだ』


 だから、理由を聞いた。

 掴みかかっているところからして、強盗だろうか?金が欲しいなら渡すからさっさと出て行って欲しい。

 ……なんて思ったことを覚えている。


『目的、ですか。

 ……そうですねえ』


 すると少女は俯いて、ゆっくりとした口調で話し始めた。


『私、行くところがないんです。だから住む場所とお金が欲しくて』

『そ、それなら――』


 用意できる、と口にしようとして、それ以上言うことができなかった。


 顔を上げた少女の顔をその時初めて間近に見たからだ。

 それまでは部屋が薄暗くて良く見えていなかった。


 僕は、彼女の美しさに、つい目を奪われた。

 感情の見られないその顔が、まるで人形、芸術品のようだと思った。


『だから、あなたを洗脳しようと思うんです』

『な、せ、洗脳?』


 視界の端で赤い光が点る。見ると、少女の手が赤く光っていた。

 少女の手が僕に向かって伸ばされ、目の前がどんどん赤く染まっていった。


『どういう設定がいいですかね……恋人は駄目、家族も厳しい。

 ……親友ということにしましょうか』


 伸びてくる手から逃げようとしても、右手が動かないのでは何も出来ない。

 僕は、ただ見ていることしか出来なかった。


 少女の手が僕の額に当たり、意識が遠のいていく。

 手の向こうに見える少女の表情は、最後まで変わらなかった。


 ……それが、あの日、僕が失っていた最初の日の記憶だ。


 


 ◆




 目を開けると、ユウの顔が見えた。

 ユウの整った顔がすぐ近くに見えて、心臓が大きく跳ねる。


「真?」


 少し混乱しながら周りの状況を確認する。

 すると、頭の下に暖かくて柔らかいものがあるのがわかった。


 ……これは膝枕だろうか。

 ユウの顔が横向きに見える辺り、間違いないだろう。


「真、起きたの?」

「……ああ、うん」

 

 ……しかし、なるほど、洗脳か。


 さっきまでよくわからなかったけど、こうして解けてみるとよくわかる。

 僕は、確かに洗脳されていたようだ。


 ……だって、全然違う。


「……真、大丈夫?」

「大丈夫」


 心配そうな顔をしているユウに返事をし、体を起こす。

 頭にかかっていたもやが晴れているように感じた。 


「……ユウ?」


 腕がユウに握られる。

 見るとユウが僕を下から見上げていた。


 近くで見るその顔に、一瞬、夢で見た姿が重なる。

 

 ……変わったなあ。


 今、目の前にいるユウは、不安そうな顔をしたと思ったら、次には嬉しそうな顔、そして、また不安な顔へ、と表情がコロコロ変わっている。

 あの夢で見た、無表情な姿とは似ても似つかなかった。


 ……僕は、こっちの方がいいな。

 あの時の人形のようなユウも綺麗だと思うけれど、今の感情豊かなユウの方が僕は好きだ。


「……」


 こちらを覗き込むユウと目が合う。

 するとユウは本当に嬉しそうな顔で笑った。


 ……胸の辺りが熱くなる。

 そんなユウの姿をずっと見ていたいと思う。


「ねえ、真、その、私のこと……」

「嫌いじゃないよ。絶対に」


 ユウの言いたいことが何となくわかったので先回りする。

 

 すると、ユウが目を一度大きく見開いた。

 そして、その次の瞬間、幸せそうに、花が咲くように笑う。


「――」


 ――ああ、本当に可愛いなあ。


 ユウの笑顔を見ていると心からそう思う。

 洗脳が解けてから、ユウのことが気になって仕方ない。


「くふふ、くふふふふふ」

 

 ユウが僕の腕を両手で握り、胸に抱き寄せる。

 そして、僕の肩に頬を擦りつけた。


 近くでゆれる髪からユウの匂いがする。

 

 ……やっぱり、無理だ。


 少し時間を置こうかと思ったけど、我慢できそうにない。

 目が覚めてから、胸の中で渦巻いている感情があった。

 きっと、これは洗脳の力で抑えられていたものなんだろうと思う。


「……」


 ……それに、あの事だってある。


 意識を失う前、ユウがいってくれた言葉を思い出す。

 あの、大好きだといってくれた時の事を。


 あの時はよくわからなかったけど、洗脳が解けた今なら理解できる。


 ……あんな事を思い出して、平然としていられるはずがない。


「ユウ。ユウに言いたいことが、あるんだ」

「なあに?」


 少し、いや、かなり緊張する。

 ユウの気持ちも聞いていて、この期に及んで、という気もするけどそれでもだ。


「……」


 一度、深呼吸をして、気を落ち着かせる。

 そしてユウに向き直った。


「ユウ、僕は……」

「うん」


 ユウはニコニコと笑いながらこちらを見ている。

 ……そんなユウの傍にずっといたいと思う。


「……僕は、ユウのことが好きだ。僕の恋人になって欲しい」


 だから、僕はユウにそう言った。



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