3裏
悩んでいた。この家に来て一番といっていいほどに。
「欲しいもの、ねえ……」
何を悩んでいるかって、さっき真に言われたことだ。
いきなり欲しいものはないか、なんて。
わけがわからない。
あれはなんだったんだろう。
私が何か手柄を立てて、それからさっきの言葉を言われるのならわかる。
手柄に対して報酬を渡すのは当然の義務だからだ。あの腐った異世界でもそれは例外じゃなかった。報酬の中抜きは酷かったけど。
しかし、今回、私は何もしていない。やっているのは家事だけだ。
それ以外は本当に何もしていないのだ。
『親友』の洗脳に胡坐をかいて昼間からテレビを見たりしていた。
まさか家事の報酬というわけでもないだろうし、報酬をもらう理由が全く無い。
あれは本当になんだったんだろう。
……もしかして、罠?
そういえば異世界の軍隊では、年始の儀、というふざけた行事があった。
まず、年始に入隊した新人に、上官が最初に何か要望がないかと聞くのだ。
それに対して、新人は一人一人返事をさせられる。
ここで大事なのは新人は“ありません。ありがとうございます”以外言ってはならないことだ。
もし間違って何か要望を言おうものなら、調子に乗っているとみなされ、その日は一日中罵倒され、暴力を振るわれていた。
そこそこ有名なので大体の新人は問題ないが、年に一人ぐらい田舎から出てきた新人が知らなくて、ぼろ雑巾のようになっていたものだ。
もしかして、それと同じで私は試されていたんだろうか。
さっき何か要求を言っていたら、調子に乗っていると罵倒されて殴られていた?
もしそうなら、先程私が返した“不満なんて無いよ”、という返事は正解だったことになる。
窓を拭いていた手を止め、横目でこっそり真を見た。
いつものしまりの無いヘラヘラとした笑みでパソコンを見ている。
腹黒いことを考えているようには見えない、間の抜けた顔だ。
……いや、それは流石にないか?
あの顔を見ていたら考えすぎの気がしてきた。
あの、平和ボケした男がそんなことをするとは思えない。
……うん、やっぱりないな。多分。
やはり先程の質問には別の意味があったと考える方が自然だろう。
真から視線を外し、窓ガラスの清掃を再開する。
しかし、そうなると本当に何を考えてたか分からなくなる。
まさか、本当に家事の報酬?
いやいやまさか。いくらなんでもそれは無いだろう。
それはあいつでも流石にありえない。
それでなくても金を持ってない人間一人養っているのにその上お礼?
家事をしているだけで?いくら『親友』の洗脳があってもありえないと思う。
万が一そうなら、あいつの脳みそはお花畑でいっぱいになってそうだ。
軽く頭を振って自分の頭に浮かんだ馬鹿な考えを打ち消す。
……まあ、多分、こちらの世界に帰ってきたばかりの私では分からないような理由があったんだろう。
この世界に帰ってきてからの一週間で、私の価値観が日本人とは違うものになってしまっていると言うことは理解している。今回も多分その類だ。きっと、今の私では考えてもわからないことなのだと思う。
……しかし、欲しいものか。
せっかくだし考えてみようかな。
欲しいもの、欲しいもの……。
うーん………………金かな。
沢山金が欲しい。生きていくのに困らないだけの。
異世界でも金の価値だけは変わらなかったし。
まあ、流石にそんなことあいつに要求できるわけ無いけどね。