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30表


 学校帰り、ケーキ屋へ向かう。


 いつも通る道から一本ずれた通り。

 その交差点のところにその店があった。


 少し古い外見の木造の店だ。

 個人経営の店で少し値段は高いけど、その分美味しいので、甘いものを食べたくなった時はここを利用している。


「いらっしゃいませ」


 カランカランという音と共に扉を開けると、店の中から店員さんの声が聞こえてくる。

 中に入ると、ここ数日で見慣れた店員さんがみえた。


 ……数日前のあの日、ケーキを買って帰った日から、僕は毎日のようにこの店でお菓子を買って帰っている。


 その理由は、やっぱりユウだ。


 あれから何日か経ったけど、まだユウの様子は元に戻らない。

 それどころか、どんどん悪化している。


 昨日なんて、夜トイレに行こうと思って起きるとユウの部屋から嗚咽(おえつ)が聞こえてきた。

 朝には何事もなかったような普通の顔をしていたけど、あれは確かに泣いている声だったと思う。


 それで、なんとかしたいと思って事情を聞いてみたけど、いつものようにはぐらかされてしまった。


 ……情けない事だけど、僕はユウの助けになることが出来ていない。

 だから、せめて少しでも元気を出してくれたらとお菓子を買って帰っている。


 馬鹿の一つ覚えのようかもしれないけれど、それでもユウはお菓子を食べる時だけは笑顔を見せてくれるからだ。


「……このプリンを、二つ」

「極上プリンを二つですね?かしこまりました」


 ショーケースの前に立って、店員さんに注文する。

 プリンにしたことに深い意味はない。一昨日がゼリーで昨日がケーキだったからプリンを選んだだけだ。


「こちらでよろしいでしょうか」

「はい」


 確認の言葉にに頷き、何となく、店員さんの手元を見る。

 慣れた手つきで紙の箱が組み立てられていった。


「……お客さん、最近よく来てくれますね」

「え?」


 いきなり話しかけられて顔を上げると、店員さんが僕のほうを見ていた。


 目が合って、改めて店員さんの顔を見る。

 若い女性の店員さんだ。メガネをかけていて真面目そうな雰囲気があった。


「ここのところ毎日じゃないですか?」

「え、ああ、そうですね。ここのお菓子は美味しいので」


 少し動揺しつつも、とっさに店員さんの言葉に返答し――

 ――内心、僕は驚いていた。


 普通に返答できている。この僕が。

 ユウでも家族でもない人に。


「あら、ありがとうございます。これは何かサービスしないといけませんね」

「ははは……」


 おっかなびっくりに、でも問題なく会話を続けていく。

 そして気が付くと、普通に雑談していた。


「お客さん、前に金髪のすごく可愛い女の子と一緒に来てくれた人ですよね」

「え?……ああ、そういえば一度一緒に来ましたね」

 

 その雑談の中で、こんな話題が出た。


 金髪のすごく可愛い女の子というのは多分ユウのことだろう。

 九月だったか。以前、映画の帰りにここで買い物をしたことがある。


「ですよねえ。驚いたのでよく覚えてます。あんな可愛い娘、テレビでも見ませんよ」

「そうかもしれませんね」


 確かに、ユウは本当に可愛い。

 一緒に住み始めてからもう半年になるのについ見とれてしまう事も多い位だ。


「大事にしなきゃ駄目ですよー?」

「ははは、もちろんです」


 そして、しばらくそんな風に雑談した後に商品を受け取って店を出る。

 ありがとうございました、という声を背に、通りに出た。


「……ふう」


 普通に会話できていたとはいえ、緊張しなかったわけじゃあない。

 思わず大きく息を吐いた。


 ……でも、僕も少しは成長できていたのかもしれない。


 きっと、ユウと多く会話してきたからだろう。

 僕も少しは人と会話できるようになっていたようだ。


 気が付かないうちにしていた自分の成長に嬉しくなる。

 今ならもしかしたら、ユウから事情を聞きだせるんじゃないだろうか。

 

「ふふ…………ん?」


 そんな風に少し調子に乗って、思わず笑ってしまった。

 ちょうどその時の事だった。


「……ユウ?」


 視界の端に何か金色のものが見えた。

 一瞬しか見えなかったけどユウの髪の色に似ていた気がする。


 近くにいるのかと思って、辺りを軽く見回す。

 でも、周囲にユウの姿は見えなかった。


「……気のせいか?」


 見間違いだったのかもしれない。

 ほんの僅かな時間しか見えなかったし、きっと光が反射したのを勘違いしたんだろう。


「帰ろう」


 気を取り直して帰ることにする。

 その道中、ユウからどうしたら事情を聞きだせるか考えながら歩いた。



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