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何かをしたいと思った。
悩んでいるユウのために、出来ることを。
なにが起こっているのかはわからないし、ユウが何に悩んでいるかもわからない。
そんな僕では出来ることはそう多くないかもしれない。
もしかしたら、ユウからしたら大きな世話だという可能性もある。
コミュニケーション能力がない僕だ。知らないうちに地雷を踏んでしまうかもしれないという不安もあった。
……でも、ただ待っているのはだめだと思った。
ただ座って何かが起こるのを待っているだけでは、昔の僕と何も変わらない。
そんなのは、ただ一人で蹲っていた頃の僕と同じだ。
……ユウと出会って、色々なことがあった。
二人で買い物にも行ったし、旅行にも行った。
その中で、あの楽しい日々の中で、僕は一つ学んだことがある。
それは、欲しいものがあるなら行動しなければ駄目だということ。
雛鳥のようにただ口を開けて待っているだけじゃ駄目だという、当然のことだ。
夏の始まりのあの日、勇気を出してユウと買い物に行かなければ、僕は今も家と学校を往復するだけの生活をしていたかもしれない。
旅行に行きたいと思って計画を立てなければ、あの楽しい思い出は決して生まれなかっただろう。
そんな、僕のような引きこもりじゃない普通の人なら誰でも知っているような当たり前のことを、僕はユウのおかげで初めて知った。
……だから、今、僕は出来ることをしようと思っている。
僕はユウに笑っていて欲しいと思うから。俯いて悲しそうな顔をして欲しくないと思うから。
行動しよう、そう思った。
◆
「……ただいま」
扉を開け、家に入る。
今は、学校から帰ってきたところだ。家の中の暖かい空気が、冷え切った僕の体を温めてくれた。
「……お帰りなさい」
そう言って、リビングに繋がる扉からユウが顔を出した。
その笑顔はいつもより控えめで、声も小さい。
……今日も駄目、か。
十一月になって、今日でもう十日。
何日経ってもユウの状態はよくならず、むしろ悪化していた。
最近ではぼうっとしているだけでなく、笑顔が減り、泣きそうな顔で俯いている姿もよく見かける。
……やっぱり、行動するべきだ。
僕が学校に行っている内に問題が解決しているんじゃないか、なんて都合のいいことも考えたけど、そんなことはあるわけがない。
目の前のユウの影がある顔を見ていると、自然と手に力が入る。
手に持った袋がガサリと音を立てた。
「……?真、その手に持ってるのは?」
音に気が付いたのか、ユウが僕の手元を見て首をかしげる。
「うん……ちょっとお土産を買ってきたんだ」
もったいぶるものでもないし、リビングに向かいながら、ユウに袋を手渡した。
ユウが机の上で袋を開け、中身を取り出す。
「これ、ケーキ?」
「うん」
袋の中身である箱を開けると中から何種類かのケーキが出てくる。
二人で食べるには少し数が多いけど、こういうときにケチるのはよくないと思ったので、多めに買ってきた。
「美味しそう」
「なら良かった」
ユウのために出来ることをしようと思ったのが、今日の朝。
それから学校にいる間、何が出来るだろうと色々考えたけど、僕の頭では特別なアイデアなんて浮かばなかった。
それで、結局最終的に決まったのが、何かプレゼントをしよう、なんて平凡なアイデアだ。
このケーキはその最初にあたる。
プレゼントというのには安すぎるかもしれないけれど、情けない事に、僕には他のものがわからない。
プレゼントの定番である服やアクセサリーは僕には全く知識がなかった。
だから、そういうのはユウと今度一緒に出かけてその時にプレゼントするつもりだ。
「どうしたの?これ」
「これは――」
そう質問されて、少し悩む。どう返事をしたらいいだろう。
ユウは何があったか言いたくないみたいだし、あまりそこには触れないほうがいいだろうか。
……いや、正直に言った方がいいかな。
ユウは触れられたくなくても、僕は何があったかを知りたいと思っているんだし。
「――ユウが最近悩んでいるようだったから、買ってきたんだ」
「……え?」
驚きの表情を浮かべるユウの目を、しっかりと見る。
「ユウが何に悩んでるのか、僕にはわからない。でも、力になりたいと思ってるんだ」
「……」
甘いものでも食べて、少しでも気を紛らわせてくれたらと思う。
ストレス発散にも甘いものはいいと聞くし。
「……んで」
「ユウ?」
その時、ユウが小さくつぶやいた。
上手く聞き取れなかったので聞き返す。
「なんで?なんでそんな、力になりたいだなんて、私、私は、そんなことを……」
顔を伏せて、ユウが言う。
その声は少し震えていた。
……しかし、なんで、か。
それは簡単な事だ。考えるまでもない。
「それは、大切だからだよ」
「……大切?」
「そう。僕はユウのことを大切だと思ってるから、力になりたいんだ」
「……」
ユウは僕の大切な『親友』だ。
だから、笑っていて欲しいと思う。
「何か僕に出来る事があったら、何でも言ってほしい」
「……うん」
僕がそう言うと、ユウは小さな声でそう言って、頷いてくれた。
その後、ユウと二人でケーキを食べた。
ユウは最初は俯いていたけれど、話しをしているうちに段々顔を上げてくれて、最後には少し吹っ切れたような笑顔をしていた。
……うん、やっぱり僕はユウの笑顔が好きだ。
またユウが笑ってくれるように頑張ることを、僕は決めた




