28裏
真の家に来て、そろそろ半年。
気が付いたら、真が隣にいることが当たり前になっていた。
一日一日、何気ないことが楽しくて、胸が暖かくて仕方がない。
大好きな人がいつもそばにいる、幸せな毎日だ。
そんな日々を過ごす私が、とある問題が起こっていることに気が付いたのは、ちょうど十一月になった日の事だった。
その日、いつものように真と並んで映画を見ていると、ふと違和感を覚えた。
普通の感覚じゃない、魔法的な違和感を。
気になって調べてみると、どうやら真にかけた洗脳魔法の調子がおかしいようだった。
一体どんな問題が起こっているのかは、詳しく調べてみないとわからない。
でも、このまま放置していると、真に何らかの不利益があるかもしれないと思うくらいには、様子がおかしかった。
だから、一度、ちゃんと確認して対処する必要があると思ったのだ。
……そして、その対処が、今現在私が悩んでいる原因になる。
対処法は、現状考えられるものは二つ。
一つ目は、不具合の程度が比較的軽いものだったときの方法だ。
単純に、メンテナンスをすればいい。
こちらの場合なら何の問題もなく、これからも今までと同じように過ごす事が出来るだろう。
だから、問題は二つ目、不具合が酷かったときの方法だ。
本当に状態がひどかった時はメンテナンスではどうにもならない。
そして、そんな時に取れる対処法は唯一つだ。
……洗脳魔法を解除する。
私が知っている限りでは、それしかなかった。
◆
「ユウ?大丈夫?」
「……へ?真?」
気が付くと、目の前に真がいた。
いつの間に近づいていたんだろう。考え事をしていたからか、気が付かなかった。
「ユウ、何かあったの?さっきから上の空みたいだけど」
「え?だ、大丈夫。何もないよ」
私の顔を覗き込む真の顔は、心配そうに歪められていた。
……心配してくれている。
そのことが嬉しくて、でも同時に申し訳なかった。
だって、質問されても誤魔化すしかない。
あなたにかけた洗脳魔法の調子がおかしくて悩んでいるんです、なんて言えるはずがないのだから。
「……」
……もし、もしも、だ。
仮に洗脳魔法の調子がどうしようもないほどに悪かったら、私はどうしたらいいんだろう。
まだ詳しく調べていないので、実際にどうなっているかはわからない。
でも、万が一、洗脳魔法を解くしかなくなったら、私と真の関係は一体どうなるんだろうか。
人を洗脳していいように操ろうなんて、決して許されないことだ。
私も呪いで縛られていた立場なので、操られるのがどれだけ腹立たしい事なのか、気持ち悪い事なのか、よく知っている。
嫌な事をさせられていたという怒りもあるけれど、それ以上に、自分の体をコントロールされているという事に生理的な嫌悪感があるのだ。
……真はかつて、幸せだと言ってくれた。
私が来る前より、私が来た後のほうが楽しいと、私が一緒にいて幸せだと。
でも、それはあくまで、自分が洗脳されていることを知らない、という前提があるからだ
そこに、洗脳されていることに対する嫌悪感は含まれていない。
だから、真がそれをされていたと知った時、どんな顔をするのか。
それがわからなくて、どうしようもないほどに怖かった。
怒られるのは当然だ。
それだけのことを私はしている。
償いをしろというのなら、どんな事でもしよう。
何を要求されても、断るつもりはない。
でも、もし、真に嫌われてしまったら。
顔も見たくない、なんて言われてしまったら。
それを思うと辛くて仕方なくて、冷静じゃいられない。
想像するだけで胸が痛くて仕方なくて、今にも泣きそうになる。
「あの、真」
「なに?」
胸の中を満たす恐怖から逃げたくて、すがるように真に声をかける。
ばかげた行動だ。
これほどおかしな状況はないだろうと思う。
ひどいことをしているのは私なのに。
加害者の私が、被害者の真に縋りつこうとしているなんて。
「その、あの、ね?」
「うん」
衝動のままに口を開くけれど、続く言葉は何も出てこない。
何も言えない。言えることなんて、あるはずがない。
罪悪感で胸が痛くて、いっそ全てを打ち明けてしまいたいと思うけれど、そんなこと出来るわけがないのだから。
「その……」
もし一度解いた後に洗脳魔法を掛けなおすことが出来たら、と思う。
でも、洗脳魔法は負担が大きいので、一度解いた後にもう一度かけるなんてことは出来ない。
短時間に続けて洗脳したら、廃人になってしまう可能性があるからだ。
「ユウ?」
真は先程と変わらず、心配そうに私を見ている。
……最近、本当に幸せで忘れていた。
いや、忘れたんじゃなく、意識して思い出さないようにしていたのかもしれない。
私と真の関係は、洗脳の上に成り立っているものだという事を。
そんな、歪んだ関係なのだという事を。
「ご、ごめんなさい。なんでもないの」
「ユウ……」
いつまでも逃げているわけにはいかない。
真に被害があるかもしれない以上、近いうちに必ず何らかの対処をしなければならないだろう。
でも、今の私には、もうどうしていいか分からなかった。




