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27裏


 痛くならないよう、真の耳の穴の中で丁寧に耳かきを動かす。

 

「……痛かったら言ってね?」

「あ、ああ、うん」


 わかってはいたけれど、やっぱり難しい。

 何度か自分で使ってみたけれど、こうして人にするのは初めてだ。


 昔、本当に小さい頃母親がやってくれたのを思い出してやっているけれど、やっぱり耳の中は見辛いし、自分にするのとは勝手が違う。


「んー……」

「……」


 顔を近づけて中を覗きこむ。

 傷つけないよう、ゆっくりと耳かきを動かした。


 ……しかし、風邪のときから思っていたけれど、こういうのも案外いいものだと思う。

 おかゆをあーんしたり、耳かきをしていると、どこか楽しい。


「……こんなものかな?仕上げにこのフワフワを入れて……」


 一通り掃除し終わったので、仕上げに逆側についている綿のようなものを入れる。

 確か昔のお母さんはこうしていたはずだ。


「……よし、これで片方は終わり。今度は反対側を向いて?」

「……い、いや、それは本当にちょっと……」


 次にもう片方もしようとしたら、何故か真がまた抵抗を始めた。

 

 ……何でだろう。

 さっきの耳かきが不快だったんだろうか?


「あの、もしかして、痛かった?」

「そ、そういうわけじゃないんだけど……」


 それは違うらしい。

 でも、この慌てている様子からして、何か理由がありそうだと思う。


「じゃあ、なんで?」

「…………その、反対側を向いたら、顔がユウの方に向くから」


 顔が私のほうに?

 

「……っ」


 そう言われて、真が言いたい事が理解できた。

 顔に少し血が集まる感覚がする。


 今、真は私のお腹に頭側を向けているけど、反対側を向いたら顔が私のお腹のほうに向いてしまう。


 そうしたら、真の顔に私のお腹や胸が押し付けられる形になるだろう。

 慣れてない私では、耳かきをしていると、どうしても体が前のめりになってしまうからだ。


「……ぅ」


 ……流石に、それは恥ずかしいと思う。

 この前の布団の件もあるし、自分から押し付けるなんて、そんなはしたない真似はできない。


「……そう――」


 だから、『そうだね』と真の意見に同意しようとして口を開いた。

 ちょうどその時だった。


「ほ、ほら、僕とユウは『親友』なんだからさ、流石にそれはどうかと思うんだ」


 真のそんな言葉が耳に入ってきた。


 ……『親友』、ねえ。

 

「……」


 わかっている。

 真と私の関係が『親友』だ、なんてことは私だって理解している。


 私は真に告白をしたことなんてないし、された覚えもない。

 だから、真がそう言うのは当然のことだ。ちゃんとわかっている。


 ……でも、なぜか、不思議な事に、少しだけイラっとした。

 

「……」

「ユ、ユウ?」


 真が私の太ももから頭を浮かせようとしたので、それを両手で押さえつける。


「真、反対側を向こうか」

「え?でも」


 何か言おうとしているみたいだけど、そんなことは関係ない。


「ね?」

「……はい」


 真の顔をこちらに向けさせる。

 そして、先程と同じように耳かきを始めた。


「んー……」

「……あ、あの、ユウ?」


 真が慌てたような声を出しているけど、気にしないことにする。

 今の私には当たっているだとか関係ないのだ。


 ……私の頭の中の一部が、冷静になれと言っている。

 真は間違ったことは言ってないのだから、こんなふうに苛立つのは間違っていると。


 ……でも、どうしても感情を抑えることが出来ない。

 頭の中で“どうして”だとか、“私はこんなに好きなのに”だとか、そんな言葉がぐるぐると回っていた。


「……」


 真の頭を押さえつつ、一通りの耳掃除を終わらせる。

 最後にフワフワを入れて仕上げをした。


「……これで終わったよ」

「……あ、ありがとう」


 そう言って手を離すと、真が体を起こした。

 その顔はのぼせたかのように真っ赤になっている。


 そんな真の姿を見ていると、少しだけ溜飲が下がる気がした。


「じゃ、じゃあ僕は部屋に戻るよ……」


 真がふらつきながら部屋に戻っていく。

 開けられていた扉がゆっくりと閉まっていき、音を立てて閉じた。


 ……ちょっとやりすぎただろうか。

 真がいなくなって、冷静になってきた。


「……はあ」


 少し、自己嫌悪に陥る。

 何をしているんだ私は。『親友』だって言われてイラつくなんて。

 そんなのただの事実でしかないのに。

 

 勝手に怒って、無理やり押さえつけて。


 ……それで、あんな事をするなんて。

 ふと、ついさっきまでの事が脳裏に蘇った。


「……ぅ」


 顔が熱い。今更恥ずかしくなってきた。

 さっきまで私は真の顔に、その、自分から押し付けるようなまねをしていたのだ。


「……っ」


 だめだ、これ以上考えちゃいけない。

 とっさに頭を振って、その思考を頭から追い出した。


「そ、そうだ、家事をしないといけないんだった!」


 わざわざ口に出して意識を逸らす。

 私は熱くなった顔を抑えつつ、残った家事をするために台所へと向かった。





これで間章は終わりになります。

次は最終章にあたる、4章11月に入ります。

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